世界陸上の選考会・
「日本選手権」の記録に注目


 この仕事を始めた頃、もっとも難しいと感じていたのが陸上競技の取材でした。サッカーならボールを見ていればいいし、野球も打球に注目すれば十分に楽しめます。ところが陸上競技は、ひとつの競技場で同じ時間に、ある選手は走り、ある選手は投げて、おまけにバックスタンドでは跳んでいるのです。
 1日で2つの世界新記録が同じ競技場で誕生する歴史的快挙が国内で達成されたことがありました。その時も、槍投げで先に世界新が誕生し、ワー、キャーと取材に走り回っていると、今度は棒高跳びのブブカ選手(ウクライナ)がバックスタンドでさり気なく世界新記録をマークしていたんですね。記者たちの慌てぶりは目に浮かびますよね。
 一方で、陸上ほど面白い種目もありません。人間が肉体の力だけによってシンプルに、力強く進化する歴史的瞬間、人間の喜怒哀楽が手に取るように分かるからです。
 6月8日から10日まで、日本のスポーツ界のシンボルともいえる国立競技場(新宿区)で第85回日本選手権が行われます。一度でいいから陸上競技を観戦していただきたいと思います。
 今年の日本選手権は、8月3日からカナダ・エドモントンで開かれる世界選手権(世界陸上)の選考競技会を兼ねています。各種目、日本選手権の上位入賞者が世界陸上代表に選ばれる仕組みで、普段以上に白熱した戦いになることが予想されます。
 上位に入賞するだけではなく、記録も重要です。「標準記録」を説明しましょう。
 世界陸上は五輪同様、競技の最高峰にある大会ですから、誰でも出場できるわけではありません。国際陸連が制定する厳しい「標準記録」A、B(※注)があり、それを超え、国内で上位に入った選手だけが代表になるのです。
 注目選手も紹介しましょう。今年、早くも日本記録をマークしているハンマー投げの室伏広治選手(ミズノ)は、父重信氏との親子鷹で知られています。シドニー五輪では惜しくも決勝進出はなりませんでしたが、4月彼がマークした82m60はすでにA標準の77m65を大きく上回っています。体重が80キロ台(外国勢と比較すると約20キロも軽い)と、肉体的不利を技術でカバーする大変な記録です。
 また、妹の由佳さん(ミズノ)もハンマー投げの有望な選手です。驚かれる方もいると思いますが、今夏から、女子ハンマーも正式種目となり、ちなみに陸上で男子にあって女子にないのは、これで三千メートル障害だけとなりました。現在59m38を持つ彼女がもしB標準62メートル(Aは65メートル)を突破し上位に入れば、父(現在はコーチ)、息子、娘とハンマー一家での出場と夢のような話が実現するかもしれません。
 ほかにも、日本選手権女子一万メートルには弘山晴美選手(資生堂)が再びトラック代表を狙って出揚します。本番の女子マラソンでも、土佐礼子、渋井陽子両選手(三井海上)らがメダル独占を狙うなど活躍が期待されています。
 世界陸上の選考となる日本選手権、そして真夏の祭典と続けて、陸上競技を楽しんでみてください。ワー、キャーと騒がなくてはならないとしても、もし日本新が目前で誕生し、画面の中でも世界新が生まれた瞬間を共有できたなら、鳥肌が立つほどの感激を味わうかもしれません。人類の新しい歴史の1ページを目撃したことになるのですから。

※注)世界陸上の場合、A標準を突破している人のなかから一国で3人(マラソンの場合は5人)まで出場することができる。A標準を誰も突破していない場合、A標準より記録の低いB標準突破者のなかから1名が出場できる。

(Bene Bene 7月号より再録)

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