2003年8月9日

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陸上

パリ世界陸上男子短距離代表合宿
(静岡・富士吉田市内ホテル)

 二百メートルでファイナリス(決勝進出)、メダルを狙う同種目20秒03の日本記録保持者・末續慎吾(ミズノ)、百メートルで日本歴代2位となる10秒02を持つベテラン朝原宣治(大阪ガス)、また前回2001年エドモントンの四百メートル障害銅メダリストの為末 大(大阪ガス)ら男子短距離陣が、台風10号が関東、東海、甲信越を直撃した9日、合宿を打ち上げ、富士市内のホテルで取材に対応した。

 百メートル出場を取りやめ、二百メートルに専念する末続は「興奮しすぎるのがよくないので、今はあえて(調子は)上げないで直前まで貯めていくように」と、ピーキング(ピークを試合に持っていく調整方法)にのみ集中できる最高の状態だと話した。

 今季はまだ10秒26にとどまっている朝原も「ここに来てようやくいいイメージができあがってきた。これなら何とかなるかな、という手ごたえが持てる」と、4回連続となる世界陸上に意欲をのぞかせた。

 前回の銅メダリスト為末は、今季自らが「スランプ」というほど大きな壁に当たっていた。さらに実父は闘病生活をし、7月に亡くなられたばかり、と精神的には厳しい状況の中だが、レースに対して気持ちをあえて前向きにする。

「何とか世界陸上を見て欲しかったが、本番では自分のいい走りを見せたい。今季は本当に苦しいシーズンとなったが、今は決勝進出が見える最低ラインには戻ることができた」と、しみじみと話していた。末続、為末、またリレーはファイナリストへの可能性が高く、特に末続は「決勝に残ればメダルを」と口にしている。

 男子短距離陣は15日にフランクフルトでの直前合宿に出発。朝原はヘルシンキでレースに出場してチェックする。


「失敗の引き出しもたまには開けて」

「有言実行」といえば、バルセロナ世界水泳平泳ぎで2つの金メダルと世界記録を獲得した北島康介のテーマでもあり、今年の流行語大賞にノミネートされそうな勢いである。しかし、黒人選手やアフリカ選手らの天性を相手に格闘している陸上界にも、有言実行アスリートが多いことも知っていていただければと思う。
 末續慎吾の場合、有言実行は、故郷熊本の方言「やったるばい」となるのだが。

 陸上のビッグイベントにおいて、短距離種目のファイナリストとなることはほとんど不可能な挑戦だと思われてきた。末続を指導する高野 進氏(東海大)が91年、東京世界陸上四百メートルでファイナリスト(7位)になり、92年バルセロナ五輪でも8位となったシーンを見ていた末續自身「すげえなあ。でもあれはあの人だけの特別なこと。俺にはできっこない」と見ていたそうだから。
 同じ東海大の先輩、伊東浩司(甲南大)が10秒00の日本記録をマークしてもなお、ファイナル進出は困難を極めた。
 ところが、末續少年が高野氏のレースを目撃してから12年、今度は、さらにスプリント能力が求められ、黒人選手、アフリカ選手がひしめく二百メートルで、自身が目指すのは、決勝進出、そしてメダル獲得である。

 9日、末続は今合宿でも「血の滲むような練習をしました」と、なぜか場がなごむような笑いを携えながら話す。これだけやれば、どんなハプニングも困難も耐えられるし「不思議とびびってません」と、自信を見せる。
 調子はあえて上げないで抑えて本番に入ること、またこれまでは失敗をすぐに切り替え、あくまでも前向きに取り組んできたが、今回は、これもあえて過去の失敗を引きずりだしているそうだ。

「たまには失敗の引き出しも開けないと、と思って。今まではすべてプラス思考ばかりでしたけれど、時にはこうして失敗を見ると、まあかなり参考になるものです」

 スプリントでは名誉の4度の世界陸上出場を果たした朝原も、やはり失敗の引き出しからここまで持ってきたはずである。

 深刻なスランプから逃げなかった為末は、引き出しを増やしていたかもしれない。

「強かったときの自分の姿を、嫉妬とか悔しさとか、ふがいなさを感じず、あえて(突き放して)機械的に見るのは本当に辛く、難しいと思った。でも、何とか手ごたえが見えてきました。いつか引退したとき、この苦しい経験こそが自分が陸上を好きだと思った醍醐味だと思えるはずです」と、丁寧に言葉を選び説明をしていた。

 事前合宿への出発は15日、いろいろな「引き出し」から彼らが一体何を詰めていくのか楽しみである。2年に一度の世界選手権は、今年はフランスサッカーの聖地、サンドニで8月23日から行われる。



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