勝ち点2差で2位につけている磐田に直接対決で勝って優勝へ王手をかけたい市原は、今季、他チームを圧倒してきた走力と、運動量をベースに攻撃的なサッカーを前半から展開する。
前半27分、磐田の名波 浩が獲得した右コーナーキックから前田遼一、グラウと、FW2人の連携で1失点するが、市原はラインを下げることなく、後半からは中盤の佐藤勇人のポジションをかなり前にあげて得点を奪いに行く。前半4分、ゴール前で崔 龍洙がシュートを放ってから、市原は磐田のゴール前にラッシュをかける。直後には左サイドから切り崩し、その後は逆サイドの坂本將貴に展開して、坂本は鋭いドリブルで藤田俊哉と1対1に持ち込む。藤田がたまらずファールを犯し、これがPKに。
今季、PKが初めてという市原の大事な場面は、崔が落ち着いて、GKを欺くゴールを奪って同点とする。
気温26度、湿度84%の悪条件の中、90分の走力に自信を持って、あえて前半を飛ばさなかった市原に対して、磐田は後半序盤から動きが止まり始め、また、揺れるジャッジにも翻弄されたのか、ミスが多発する。この時間帯を、市原は見逃さず、25分の間接フリーキック、疲労と早いパス回しでマークがずれ始めた磐田のスペースに崔、サンドロが飛び出す。中央からの崔のヘディングに、サンドロが走りこんでこれをヘディング。勝ち越しする。
しかし、直後のプレーで、左サイドで直接フリーキックを与え、名波の素早いリスタートからジヴコヴィッチ、最後は高さのある前田のヘディングを決められ同点とされる。
両チームとも、最後まで攻撃的な姿勢を崩さず、スピードも保たれ、さらにFW4人がそれぞれ得点するなど見ごたえのあるゲームとなったが、結局2−2の引き分けで終了。勝ち点は市原の27、磐田の25となる痛み分けも、市原にとっては限りなく勝ちに等しい引き分けで、次節、横浜FMと磐田の結果によっては優勝が決定する可能性が出てきた。
なお、この試合にはジーコ日本代表監督が視察に訪れたが、好ゲームに前半で帰京する予定を変更してギリギリまで観戦した。
試合データ
磐田 |
|
市原 |
11 |
シュート |
10 |
12 |
CK |
6 |
16 |
FK |
30 |
0 |
PK |
1 |
市原/オシム監督「ジュビロは本当にいいサッカーをする。ああいうサッカーはまず身体能力が必要になる。こういう湿度の高い中ではあのサッカーを90分、高いレベルで続けるのは難しいと思うが。
(後半、佐藤をかなり前に出したが何を指示したかと聞かれ)私は何も言っていません、というのは冗談で、監督ですからハーフタイムに何かを言うためにロッカーに戻りますので」
磐田/柳下正明監督「前半はうちのいいサッカーができたが、後半、相手はワイドで速い展開を徹底させ、うちのリズムが崩れてしまった。(磐田の)お互いの距離が、これによって保たれなくなってしまったところで失点をした。判定に対しては、冷静さを多少欠いた面が残念ではあるが、選手は最後まで攻撃的な姿勢を失わずにゴールへの意欲を見せていたと思う。(オシム監督の湿度が高い中では……、の質問を受けて)とにかくうちはアクションサッカーで、70分、80分を高いレベルにするサッカーをして行くことを考えている」
今季初PKを決めて12点目とした崔「ゴールキーパーが速く動いてしまう癖を知っていたので、ああいう(タイミングを外した)シュートが合うとずっと考えていた。引き分けでも満足している。
先制ゴールを奪ったグラウ「ミスをすればこういう結果になる。非常に強い気持ちで臨んだのに残念だった。残り2試合を勝つしかない」
2点目を奪ったサンドロ「あのシーンは、磐田の足が止まり、前線に大きなスペースが空いていたので、狙っていた。崔と、早く動けばスペースが生まれると話していたら、ヘディングでチャンスが生まれた」
同点ゴールを決めた前田「前線でキープできずにミスをした時間帯に失点をした。得点よりも反省が残る」
イタリアW杯ではユーゴスラビアをベスト8に導いたオシム監督の会見は、いつもユニークらしい。
――前節、磐田に対して、市原が偶然首位にいるのではないことを見せたい、と話していたましたが
オシム監督 私ではなく、みなさんがどう見て判断したか、率直に。
――今日の引き分けはどういう結果でしょうか
監督 肉でも魚でもない。
――これから2試合が大変だと思いますが
監督 簡単ですよ。逆に、なぜそんな質問をするのですか。
――市原が優勝を経験したことのないチームだからです
監督 なぜ優勝していないとダメなんですか。すでにここまできたことが素晴らしいのだと私は思っているので。まあ残り2試合、市原に対してみな勝とうと懸命にくるので、本当は今日あたり、負けていたほうが相手が気を抜くので良かったかも。
最後は、本当に楽しそうに笑って会見を締めた。
経験主義を重視し、「監督経験がない」「最後はやはり経験の差が出た」と落ちをつけたがるのは、日本の典型的な発想で、会見での質問は何らおかしいものではない。しかし、監督は、会見後のミックスゾーンでこう話して、笑い出した。
「今日の試合で言えば、前半、磐田に対して先制を許せば、選手はシリアスに考えるものだ。しかし私は、シリアスになることは何もない、と言った。会見では優勝までが難しいことだと言われたが、難しいことはない、と言った。私は、長い経験からサッカーを悲観的に考えないことにしている」
あえて言うなら、市原の快進撃は、オプティミスト(楽観主義者)のサッカーを見せていることなのかもしれない。失敗を前提にするのではなくて、成功を先にイメージする。この日も、磐田が気合十分だったのに、市原には気負いがなかった。
テクニックでも相手の欠点を突くよりは、自分たちの長所を引き出す。
例えば、先制点を奪い、崔をどう抑えるかを考えた磐田の後半に対して、崔とサンドロでどう点を取るかを考え、佐藤をさらに前に出した市原の戦略には、良し悪しではなく、監督の思考の違いがわかる。そしてそれを形にする選手たちもまた、悲観を前提としない。
サンドロは、磐田との試合を引き分けで終え「これまででもっとも難しい相手だったが非常に勉強になった試合でもある。ハーフタイム、優勝がかかるゲームであるにも関わらず、監督は、シリアスに考えるな、と言う。監督が練習からさまざまな意識付けをしてくれる」と話す。次節は出場停止だが、「誰が出ても大丈夫なチーム」と自信を見せる。
引き分けが肉でも魚でもない、とは、いくらでも解釈できるユニークな答えだ。引き分けだからどっちでもいいということも言えるが、どちらにしてもまだメイン料理ではない、という意味ともとれる。
「あえて言うなら、ピッチで起きることについて、私は嫌というほど知っているから簡単だ」と言う。
「経験なら、全員の分を引き受けてもまだ大丈夫なくらいあるよ」
62歳の監督は、帰り際、そう言って笑って引き上げて行った。