2003年7月9日

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ハンマー投げ

室伏広治、欧州から帰国
(愛知・名古屋空港)

 6月29日行われた陸上のプラハ国際で世界歴代3位、現役選手としてはトップに相当する84メートル86の日本新記録(アジア新)をマークした室伏広治(ミズノ)が、プラハ、ギリシャ(7月6日82メートル57で優勝)での大会を終えて帰国した。今後、疲労を抜き、8月23日からパリで行われる世界選手権に向けて、ホームグラウンドである中京大での練習を積む。8月には日程が合えば試合に出場するとしており、前回2001年エドモントンで銀メダルを獲得した世界選手権に万全の状態で臨む準備段階に入った。

空港内会議室での一問一答

──あらためて世界歴代3位の記録の感想を
室伏 投げた瞬間、信じられない記録なもので、本当に驚いた。

──何が要因となったのか
室伏 何か急にということではなく、ここまで4試合(シーズン開幕から)こなしていて、安定した投擲ができていたし、82メートル83メートルを安定して投げていた事実があってのこと。条件さえ合えば記録は出せると思っていたが、まああそこまでとは思わなかった。

──何か違った感覚は
室伏 同じように投げることができたのがよかった(力んでいないということ)。手ごたえは、(その日の)それまでの投擲よりはうまくまとめられたとは思ったので、ほかの選手を抜くことができたと思ったくらいだった。

──今後の可能性は
室伏 まだ2、3年やっていく中でつかむものがあると思う。

──重信先生(父)は、動きの面ではセディフ、リトビノフらに劣らないのではと話していたが
室伏 それは難しい質問です。(ハンマー選手は)みな2人を研究していたし、2人とも手本となる動きをしています(すでに引退)。ただそれぞれ個性があるし、投げ方も違う。比べる土壌が違うように僕は思う。

──自分の記録についてどう分析するか
室伏 旧ソビエト時代の強かった選手たちの記録を抜くことは、夢のようなこと。セディフ、リトビノフに迫る記録ですから本当に驚いている。

──世界陸上への収穫は
室伏 対戦相手、ライバルがいるからいい記録が投げられる面もある。国内と違って凄く緊張もするし、それを何とかしたいと思って努力もする。ライバルのいるいい試合をしたことが大切。

──前回銀メダル、成績への手ごたえは
室伏 大事なことは(状況とは関係なく)練習を継続すること。みな大会にあわせてくるでしょうし、なかなか簡単にメダルを取れるものではないことも覚悟している。

──今後は
室伏 疲れもあるので、早く自分のペースをつかむこと。自分のペースで練習をして、8月に試合が合えばどこかで1試合は出たいと思う。

──記録的にはリーダーとなった、そういう自覚は
室伏 今までも(トップレベルという)そういう気持ちがあったし、リーダーとかはあまり思わない。試合で勝負に勝つことが大事ですし、ハンマーの技術を追求していく気持ちにも変わりはない。

──選手仲間からは祝福は
室伏 それはもうみなに祝福されています。みんなクレイジーだ、クレイジーだと。まあそうですね、なかなか見られる記録じゃあないですからね。

──具体的に世界陸上の目標は
室伏 確かな動きに頼るしかない。それには訓練しかない。

──プラハで記録を出してからは
室伏 疲れもあるし、集中力を保つのがたいへんだった。ギリシャへの移動や、食べ物、気候も欧州の中で変わる。すべての試合に同じように臨めるようにしている。

──疲れを(記録が飛びぬけたので)感じるか
室伏 結構ですね、疲れはあります。ただ、試合になれば集中しているし、まあ、(極度の疲労、緊張で)吹っ飛びますよ。

──今後どこまで記録が伸びるか
室伏 どれだけ伸ばせるかはわからないし、いつそのチャンスが来るかもわからない。ただ、いつでもそのチャンスをつかめるように準備をして行くことだと思う。

──ライバルは
室伏 ライバルがいることは自分が恵まれている点だと思う。勝負とはその辺にかかわってくるんではないか。今の時点では(記録的にみて)アヌシュだが、世界陸上にならないと本当の力はまだわからない。事実、今年の大阪、プラハと試合をして、少しずつ(自分との)記録は縮まって今は1メートル以内になっている。自分にそんな(ライバルは誰かといった分析をする)余裕があるとは思っていませんし、記録自体、それほど余裕があるとも思っていない。

──休みは、たまにはパーっと休んでも
室伏 ないですね、まあ8月が終わってからでいいのではないですか。あ? それともパーっと、みなさんで何か開いて下さるんですか?(会見場は大笑いに)


「なかなか見られる記録じゃありませんから」

 午前8時の到着、しかも緊張の連続だった国際大会を終えての帰国となったが、室伏は自らの言葉で世界歴代3位の記録を丁寧に説明した。自分のことだが、どこか客観視していて他人事のように聞こえるのは、むしろ、2週間経ってもなお、本人にとっての意外性の部分を象徴しているように思える。そして、そうした客観性に、「ハンマーで、僕ができるのは手を離すまでです」と、以前聞いた、投擲競技の真実のようなものがあるようにも感じる。
 会見でこんな下りがあった。
 仲間のリアクションについて聞かれたとき、「みんなにクレジーと言われて(手荒い)祝福をされている。まあ、なかなか見られる記録じゃないですから」と、自分の記録でありながら、どこか第三者的な感想を茶目っ気たっぷりに答えた。
 理想や夢が目の前に現実として現れたとき、誰の記録でも、たとえ自分の記録であっても、84メートルがいかに凄まじい記録だったかを、どんな反応よりも正確に示している。
 これまでの記録、世界歴代7位相当だった自己記録の83メートル47は一気に1メートル39も更新され歴代3位になり、現役ではトップの記録にしただけではなく、記録は1989年以降、つまりこの14年間での最高記録でもある。歴代5位までの記録のうちセディフの世界記録86メートル74、2位のリトビノフの86メートル04(ともに1986年にマーク)はともに旧ソビエト時代の記録で、85メートル台でも2人が合計で7度投げただけ。室伏の84メートル台のインパクトや、ハンマー投げの選手さえ「なかなか見られない記録」を共有した興奮は、今だ冷めやらない、むしろ一段落してからのほうが大きくなるのかもしれない。
 海外のトップレベルの平均体重と比較しても20キロは違う「細身の」室伏が、パワー系である投擲種目でこんな記録をマークする日が来るとは。前回銀メダルを獲得した世界陸上でも、彼の堂々とした実力に圧倒されたが、もし金メダル、世界新記録などと、さらなる未知に突入することになったら? 彼の潜在能力、何より能力をはるかに上回る勤勉さを知っているだけに、嬉しいとか、感動とか衝撃を超えて、何だかこちらまで「恐ろしく」なって来る。
 世界陸上のハンマー投げは、8月25日に決勝が行われる。

    ハンマー投げ世界歴代記録
    1 セディフ (ロシア) 86m74 86年
    2 リトビノフ (ロシア) 86m04 86年
    3 室伏光治 (日本) 84m86 03年
    4 アスタプコビッチ (ベラルーシ) 84m62 92年
    5 ニクリン (ロシア) 84m48 90年
    ※1、2、5位のロシア選手はすべて旧ソビエト時代の記録



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