磐田は、立ち上がり前半8分、フェルナンドにゴールを奪われ、鹿島の勢いに押される守勢に回った。直後の11分、GKヴァンズワムがハンドのファールで退場、早くも数的不利を背負うだけではなく、リーグ戦初出場となるGK高原寿康が、最初のプレーをフリーキックで迎えるという二重のピンチを同時に背負うことになってしまった。まだアップを十分に行っていなかった高原は、フリーキックをフェルナンドに決められ、一度もボールを触らずに失点という気の毒なデビューとなる。
1人少ないまま、マークをしっかりとらえられず、16分にはコーナーキックから、磐田から移籍した大岩 剛にヘッドで飛び込まれて、16分で3失点と、首位を譲るかのような試合展開となってしまう。
ホームで、柳沢 敦のラストゲームであることも作用してか、鹿島の前線からの積極的な攻撃に、磐田の数的不利はあまりにも状況が悪く、前半ロスタイムにはゴール前でオーバーヘッドを試みた大岩がダミーとなる格好で、後ろにいた柳沢がこのボールをシュート。4点目(今季2点目)を決めて、後半へつないだ。
10人の磐田は、後半には持ち味のパス展開からリズムを建て直し、攻撃的な姿勢を見せる。5分には、右サイドから3人を抜いた前田がシュートを打って、これが1点目となる。2分後には名波 浩─福西崇史とつないで、福西がPKを奪う。これをグラウが決めて2点差に詰めて意地を見せた。
しかし磐田の反撃もここまでで、アウェー、数的不利の劣勢に、最後はエウレルにヘディングで決められ、2−5と敗れ、首位を市原に明け渡した。鹿島が2位に浮上した一方、磐田は3位に落ち、柳沢にもビッグプレゼントを贈る試合となってしまった。
磐田/柳下正明監督「鹿島の勢いに押され、どうしてもゴール前でのプレーが多くなってしまった。マーキングがずれたこと、前半15分までの落ち着きが欠けていたことが、こうした試合の要因になった。ただ、後半は何とか1点を取りに行くという姿勢を見せてくれて、これが次の試合につながると思う」
藤田俊哉「長いシーズンなら必ず一度はこういう試合はある。けれども絶対に投げずに試合をすれば、必ず次があると信じている。切り替えること、それだけだ」
◆柳沢のサポーターへの挨拶:
「シーズン途中の、苦しい状況の中での移籍となるが、僕自身、これで鹿島のキャリアを終えるつもりもないし、今回の移籍に大きな理解と協力をしてくださった皆さんに心から感謝したい。新たなチャレンジとなるが、これを十分に楽しんで、また一回りも、ふた回りも大きくなって、このピッチで再びプレーをするのを楽しみにしています」
◆柳沢の一問一答:
──最後の試合を終えて
柳沢「はい。本当にシーズン中ということで僕の気持ちの中でもとても難しいコンディションでしたが、その中で点を入れることができたし、順位を上げることができたし、本当に素晴らしいゲームで嬉しく思います」
──(イタリア人記者から)サンプドリアのノベリーノ監督はとても厳しい。その中でどういう風に自分をアピールしていけると思うか。
柳沢「昨日、セレーゾ監督からもその話があって、彼は非常に気持ちを表に出してやる監督だと言われた。ただし、これだけは言えるというのは、ベテランであろうが名前があろうが若手であろうが、(フェアに)コンディションのいい選手を使うということなんで、やりがいはあるかな、と思う。もちろん、すべてが初めての経験で新しいことばかりになるので、これを楽しみながらやりたい」
──生き残り、レギュラーを獲得するためにどんな取り組みを?
柳沢「選手としての課題は常にあるし、それを説明するのは難しい。いろいろな状況の中で、対応して行くことが大事だろうし、監督の言うことを理解して、表現していけばレギュラーも見えてくると思う」
──鹿島の思い出と、ここで得たものは
柳沢「今日もこれだけたくさんの人が入ってくれて、サポーターの偉大さには入団したころから感謝している。一人でサッカーができるのではないし、チームメイトに恵まれてここまで自分の力を引き出してもらった。思い出には順位はつけようがないので、すべて、です」
──不安は? またサンプの情報は?
柳沢「不安は特にありません。今のサンプについてもあまり情報はないです。イタリアという国は選手も次々と変わるし、昔はこうだった、でも今はこうだ、と1年がまるで50年くらいの勢いで変わっていくところだと思う」
──プレースタイルが守備的なところもある。イタリアでどうゴールをイメージするか。
柳沢「日本対イタリアの試合(2001年11月7月、柳沢はこの試合でゴールを決めている)を思い出しますが、僕はああいうゴール(ボールを奪った稲本から前線のスペースに抜けた柳沢へ素早いパスからゴール)をイメージしている。前は強いけれど、一瞬のすきをついて行くプレーがカギになるはず。正直、向こうのサッカーは、行ってから勉強したい」
──動きの質にこだわる、というが、それはイタリアでも?
柳沢「それが僕のよさだと思うんで」
──いつも、チームで奪うのがゴールで、自分の得点ではないと言っている。そういう考えが、ゴールを取ってこそFW、という向こうでも同じでできるかどうか
柳沢「本当にそうなのか(FWが得点だけなのか)、トリノで自分で感じたい。本当にそうなら、また僕の考え方も変えなくてはならないだろう」
選手の移籍セレモニーのたびに、こうしたイベントが無くなる日、つまり「誰がいつ、どこへ行こうが知ったことではない」といったサッカーのもっとも素晴らしい世界観が浸透する日が一刻も早く来ないものかと思う。選手のせいではないし、メディアが「旅立ち」「ラストゲーム」ということに原因があるので何ともし難いが、柳沢の挨拶は非常にユニークだった。
「これで鹿島のキャリアを終えるつもりもないし、一回りもふた回りも大きくなって、再びここに戻ってきます」
当然のことながら、別れを惜しむサポーター席から大きな拍手と歓声が沸く。もし自分が柳沢の熱烈なサポーターなら、「もう会えないかもしれませんが」と言われた方がいいか、せめて「いつの日かお目にかかれることを」と言われる片道切符の方がいいか迷うが、もちろん、良し悪しの問題ではない。
ただ、さあ、これから出かけようという時に、しかも、本人も周囲も「これがラストチャンス」という大きな岐路が目前に開けた時に、「再び帰ってくるのが楽しみ」という往復切符は、聞きながらどこかおかしかったが、柳沢という選手を、あるいはストライカーをもっとも端的に示した言葉だったのかもしれない。美学の問題である。
柳沢は、リスクよりバランスを選ぶ。賭けより安定を選ぶし、自我よりもチームを選ぶし、スターになることより引き立て役をあえて選ぶ。派手よりはきっと無難を選ぶ。
彼のインタビューをした際、彼がFWとして描く「理想」が、一人では絶対に実現しないことがよくわかった。難しいフリーキックを決めれば最高だという選手もいるだろうし、とにかく得点の積み重ねだけだという選手もいるだろう。「FWは取ってなんぼでは?」と、会見でも質問が出たが、柳沢は「FWは取ったところでなんぼでもないし、取らなくてもなんぼだ」とプレーで主張し、そういう仕事を続けてきた選手だ。得点と、常に理想の美学が価値観として付随する。だから、彼の内なる「野心」を、いつも探し当てることができないまま、ここまできたようでもある。一方で、彼とプレーをしたFWのほとんど全員が「あれほど一緒にプレーをしていてやりやすい選手はいない」「あれほど持ち味を引き立ててくれる選手もいない」と、プレーのレベルを絶賛している。
今回の移籍は、26歳で決断した柳沢の野心の形を、初めて明らかにしてくれる絶好のチャンスではないかと思う。
「もし本当にそうなら(FWは取ってなんぼだけなら)、僕の考え方も変えなくてはならないだろうし」と、会見の最後で言った。
26歳の彼は、自分のサッカーがどこまで通用するかといった現実的な答えと、自分がサッカーに抱き続けた美学はどこまで理想となるのか、その両方を確認したいのかもしれない、そう思った。
26歳の野心の形を、インタビューではなく、移籍からのリスタートで知ることができるなら、それもまたおもしろい。