2003年6月7日

※無断転載を一切禁じます


サッカー

日本代表合宿
(大阪・長居スタジアム)

 8日のアルゼンチン戦を前に、日本代表は午後4時から公式練習をスタジアムで行った。練習は軽めの調整で仕上げ、練習後、ジーコ監督が会見。先発は、2日前から練習をしてきた、中盤の3ボランチ気味のシフトにすることを明らかにした。
 また、中田英寿はミックスゾーンでの会見を行い、「今はチームのコンディションを上げつつ、自分のコンディションを上げている段階」としながら、中山雅史との即興会見で笑いを振りまくなど、アルゼンチン戦を前に、韓国戦から沈滞していたチームに明るい流れを呼び込んでいた。

 ジーコ監督が明かしたスタメンは以下。
GK楢崎正剛(名古屋)、DF名良橋晃(鹿島)、秋田豊(鹿島)、森岡隆三(清水)、服部年宏(磐田)、MF小笠原満男(鹿島)、稲本潤一(フルハム)、中田浩二(鹿島)、中田英寿(パルマ)、FW鈴木隆行(ゲンク)、中山雅史(磐田)

アルゼンチン練習後のコメント

ビエルサ監督「明日は、非常に楽しみで期待している。良いサッカーをすることで、自分たちのサッカーの現状を評価することができる。これから、10人ほど代表を入れ替え(入る人とアウト)、10人を残しながら南米選手権などを戦っていく。明日は、日本の選手では、中田(英)、名良橋、稲本、小笠原に注目している」

サネッティ「日本のサッカーを尊敬しているし、明日は自分たちのいい形を出したいと思う。監督の意図するサッカーをしていきたい。今は心機一転、次のW杯に向けて新しいサイクルに入った感じだ。若手が多く出てきているし、新たなチームが生まれていく気がする」

サビオラ「今は時間をかけて成長する必要がある。監督が自分に何を見出していてくれるかをしっかりと把握していなくてはならないし、大事なのは、常に向上心を失わないことだ。日本はフィジカルでもとてもいいチームで、明日は、2つのいいチームが対戦するいい試合にしたい」


「即興、アドリブ、そして笑い」

 即興やアドリブがサッカーと関係があるのかどうかは定かではないし、もちろん根拠などないのだが、この日の、ジーコ監督の会見と、隣のミックスゾーンでほぼ同じ時間に行われた中田の会見は、このチームのポジティブで明るい面を示す、ユニークなものだった。

 テレビが指名したのは稲本と中田。稲本が話している最中に、ロッカーから出てきた中田がテレビの前に早く到着してしまい、ちょっとだけ待ち時間があった。そこへ、中山が通りかかり、キリンのマークが入ったお立ち台ボードの後ろで、2人が何やら楽しそうに耳打ちをしている。
「では、中田選手参りましたので、お願いします!」と、福士広報が声をかけた途端、2人が並んで出てきたものだから、ピントや証明をあわせていたカメラクルーやインタビュアーはびっくり。
「えーと、僕は付き添いです、ヒデへの質問は僕を通してください、あ、それと僕に質問は振らないで下さい」と中山が言って、場内は先ず爆笑に包まれる。

    ──どうですか?コンディションは
    中山 そうですね、だいぶん(ヒデから)罵声が飛び交い、チームがピリッとした雰囲気になってきて……。指導されてまして。
    中田 ちょっと、マジで答えないでよ。

    ──中田さんコンディションは
    中田 ちょっと休んだ時期もありましたし、正直、コンフェデレーションズ杯に合わせることで今は100%ではありませんが、この2試合は大事な試合なので、チームのコンディションをあげつつ、自分のコンディションを上げていこうと思うっています。

    ──韓国戦でもFWの決定力不足が言われているのですが
    中田 試合を見ていないので何ともいえませんが、試合ごとにチャンスは作っているわけですし、韓国戦はたまたま決まっていないということでしょう。まあアルゼンチン、パラグアイ戦でそういうイメージを払拭できて、全体のコンディションを上げていければいい。

    ──合流してチームの雰囲気はどうでしたか
    中田 正直なところ、疲れていたのか暗いのか、というのはありましたが……どうですか、中山さん!
    中山 うーん、でも大分雰囲気も上がってきましたからね。

    ──昨日は中山さん、シュート練習をかなりされていましたね。
    中山 はい、軽くこなしておきました。
    中田 えー、大分外していたじゃない。
    中山 うッ、クタクタだったんで……。

    ──アルゼンチン戦ですが
    中田 はい、中山さんが走ってくれると思いますんで、僕は走らずに行こうかと……。

    ―中盤の新しいシステムはどうですか?
    中田 中盤の動きは常に流動的なので(新しいとか)あまり気にしていません。

 というわけで、2人の掛け合い漫才? があまりに息が合っているものだから、会見は笑いに包まれ、いつの間にか、リラックスした明るいムード。もちろんこれは韓国戦の前や、韓国戦での敗戦からしばらく経ってからもなかったムードなのだが、こういう雰囲気がロッカー前やミックスゾーンに漂い始める。「気持ちを切り替えて前向きに行きます」と何度言ったところで、それが一向に変わらないことはしばしばだが、一瞬にして、こうしたムードを、中田が言ったように「払拭」するのは容易ではない。

 これまでの代表では、テレビやメディアの前でこんな好き勝手なことは出来なかったであろうし、許されなかったはずだが、隣の部屋ではジーコ監督自らが「アドリブ」で、これもまた明るいムードを作り上げていた。
 アルゼンチンの記者が英語で質問したものを、女性の通訳(彼女はスペイン語がわからないが英語ができる)が、監督のポルトガル語の通訳である鈴木氏に日本語で伝えようとしたが、上手く質問の要点が伝わらない。

    鈴木氏 えーと、ちょっと確認ですがその意味は……。
    ジーコ あなた、アルゼンチンならスペイン語でしょう? スペイン語で聞いてください。
    記者 どれくらいわかりますか。
    ジーコ いや、普通にしゃべってくれれば大丈夫だ。普段もよく使う。
    記者 ありがとう。では、チームに故障者が多く、非常に頭が痛いと聞いています。これから、2試合とコンフェデ杯に向けて、コンディションをどう整えるのですか。

 この早口のスペイン語を、ジーコ監督はスペイン語で相づちを打ちながら聞いて、今度は、鈴木通訳に向かってポルトガル語で「今の質問を日本語に訳して、記者のみなさんに言ってくれ」と通訳。通訳が通訳をしてもらう可笑しな場面に、場内には大笑いと、拍手が起きた。監督の完璧なスペイン語に、アルゼンチンの記者も感心していたが、2つの、並んだ部屋で同じ時に沸き起こっていた笑い声の種類は等しく、また、その笑いを起こした主の心や意図も、同じだったように思う。

 2度目のW杯が終わって1年、海外でプレーをする選手は98年には中田一人だったが、今ではこれだけに急増した。またシーズンのカレンダーが全く異なる2か国で代表を構成するのも、日本代表が常に抱えなくてはない大きな困難であり、矛盾となった。チームの状況がさまざまに異なる中で、浮き沈みがあり、ピークと底があり、考えやフィジカルやメンタル、テクニックが、ごちゃまぜの中から少しずつ削がれていく。その中で20人を超える男たちが時間をかけ、精神的にも技術的にも「まとまっていく」過程を目撃でき、何よりそれが常にオープンにされていることが、実は代表の大きな存在意義だと、個人的には思って来た。
 そんな集団は世間にはないだろうから。
 シュートわずかに2本の試合から、世界トップ5の国との対戦まで1週間、どう建て直しをはかってきたのか。2箇所で見た即興、アドリブと、響いていた笑い声は、これらに対する問いに、少しだけ答えていたのではないかと思う。



読者のみなさまへ
スポーツライブラリー建設へのご協力のお願い


BEFORE LATEST NEXT