8月31日


シドニー五輪男子体操公開練習日
(東京杉並区・朝日生命体操クラブ)

 男子総合で、ロス五輪の具志堅幸司氏以来の金メダルを狙う塚原直也(朝日生命)らが合宿中の体育館で会見に応じた。夏バテで体調を崩している塚原も緩急をつけた練習を行いながら調整段階に入ると話し、心配された発疹の影響はないようだ。
 また、吊り輪と平行棒を除く4種目に出場する笠松昭宏(徳州会)も「床とあん馬でメダルを取りたい」と、種目別にかけるスペシャリストの意気込みを見せた。

「ゼネラリストとスペシャリスト」

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 久々に上昇気運のある男子体操の中にあって、父に金メダリストを持つ塚原と笠松、この2人への期待は大きい。
 塚原は男子個人総合金メダルという、月面宙返りで世界中を驚かせた父・光男氏も果たせなかったタイトルに挑戦し、「カサマツ跳び」の生みの親でもある茂氏を父に持つ笠松は、吊り輪、平行棒を除く4種目での種目別にかけている。父たちの時代、ミュンヘン、モントリオールといった70年代の日本体操陣の黄金時代から20年、ゼネラリストとスペシャリストの対比はユニークである。
 塚原は万能型の選手として、恵まれた体格を持ち、さらにアンドリアノフ(ロシア)というかつての世界チャンピオンで、父のライバルに英才教育を受けてきた。父のアドバイス、アンドリアノフの指導は、かつてのサッカー少年を金メダル候補にのし上げた。
 今も、父は常に傍にいる。そんな父は息子を「努力の男」と評する。

 一方、笠松は父には体操を教わっていない。父は苦笑する。「私に似て、腕力がない」と。同じ年代の選手と比べても力技は見劣りする。強豪校に属さなかった高校時代には、父のクラブにあるビデオ、教則本を徹底的に読み、「人と違った技の見せ方」を独学する。圧巻なのは、300近くもある体操の技の数々を教本から学んだこと。それは同時に採点規則を学んだということでもある。笠松は審判の得点法を子供の頃から知り尽くし、非力を理論武装で補ってきた。
 父は女子選手のコーチでもあり、代表が決まってから一度も話をしていなという。そんな父は息子を「工夫の人」と評する。
 2人の存在は単にメダルを取る取らないではなく、選手の育成方法、適性の見分け方などさまざまな背景を映し出す意味で興味深いのではないか。
 初日の団体で競技がスタートする。ともに日本男子体操界を表彰台に牽引するはずだ。
 父たちが手を振った表彰台に、20年以上の年月をかけて。

「器具に慣れる」

 男子の合宿はほぼ2か月にも及び、その目的の重要な部分を占めたのは五輪本番の器具に慣れることだった。
 特に違うのは、床の弾力が普段のものよりもかなりある点と、鉄棒の反発だという。鉄棒の反発が非常に早いために、テンポを少しずらしていかないと離れ業で弾かれてしまうと笠松は解説してくれた。
「反発がゆっくりだと、逆に早めにつかまないと(滞空時間は限られるので)逃げられてしまう。今回は早いので少しずらさないとつかみ損ねる。ほんの一呼吸くらいの話ですけれど」
 床も日本人にとってはむしろ弾力が味方するのではないか、と話す。笠松自身は「非常にやりやすく、自分には向いている」と得意意識を磨いているそうだ。
 用具にはロージンのほかにも滑り止めがいる。日本では斎藤良宏(大和銀行)だけが塩水で、あとは全員が砂糖水を手にかけている。蜂蜜や、コカコーラなどの場合もあるそうで、斎藤は「ぼくは塩がいいんです。砂糖はベタっとするけど、塩はザラっとした感触ですべりを止める」と話す。
 シドニーの会場は空調がきき、下(選手の演技フロアー)の気温が低く、観客席の気温が高い。こうした中の調整法には細心の注意もいる。また、夏から冬へといった移行も体操の競技会日程から言うと異例だけに、塚原光男氏も「心配といえば唯一、その季節の変化が体にどのくらいのストレスをもたらすか」と話す。
 研ぎ澄まされた感覚の世界での、さらにミクロの戦いだけに、対応、順応といった点が極めて大きな要素になる。

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