12.栄養素添加としての添加剤

 マットには添加剤を混ぜやすい事から、栄養素添加として添加剤を加えることが
多い様です。栄養添加剤として小麦粉を加えた場合について考えてみます。これま
での説明で添加剤として加えられた小麦粉のうち、澱粉質についてはかなりの%が
二酸化炭素や熱量として消えていくことがおわかり頂けたと思います。増えた菌体
数に合わせて菌の体組成や生成物の一部として形を変えて残っているとは思います
が、期待する程ではないでしょう。マットには糖質があまっています。

 しかし、小麦粉には蛋白質が含まれており、栄養添加剤の狙いはこちらにありそ
うです。では蛋白質はどうなるのでしょう。一般の生物では体組成に必要な窒素源
を蛋白質で摂取、分解、吸収、再構成しています。クワガタの幼虫もなんらかの窒
素源から蛋白質の再構成を行っているはずです。その窒素源を知る事が重要なので
すが、昆虫の消化吸収、ましてクワガタ幼虫となるとさっぱりわかりません。

 クワガタ幼虫の餌のベースが朽ち木であることを考えると、基本的に木質部から
タンパク質で消化、吸収というのはほとんど無いはずです。幼虫が蛋白質を直接食
べて消化できないか?に関しては”できる”というのがが正解でしょう。彼らが共
食いすることや、蛋白源があれば好んで食べることを考えれば当たり前の様な気が
しますが、普段使わない酵素をそんなに生成していたり、強力だったりとは考えに
くいので、通常は体内共生菌によって分解されアミノ酸やアミノ基を含む化合物、
窒素を含む有機物として間接的に消化吸収している割合が高いような気がします。

 小麦粉等の蛋白質を多く含む添加物を添加すれば、栄養素としてタンパク質が供
給され、より大型の個体が得られるのでは?と思われるでしょうが、実はタンパク
質には腐敗しやすいという栄養源として大きな欠点があります。従って、タンパク
質を栄養素として与える場合は、絶えず新鮮な蛋白質を与える必要があります。
 直接または定期的に蛋白質を提供することが可能な生物(カイコでは蛋白または
アミノ酸錠剤やふりかけを徐々に与える飼育法がある。)であれば全然問題無し
ですが、クワガタ幼虫の生態や丈夫さを考えると非常に難しいものがあります。

 腐敗しない蛋白源としては理想なのは生体が考えられ、この例が”餌カブト幼虫”
などであるが、一部で言われている変態ホルモンの直接摂取による変態異常、変態
促進等は十分に考えられることであり、若干の問題点がありそうです。

 多種多様な菌が生息する発酵マット下では腐敗防止機構を持たない蛋白質がその
状態を維持し得る可能性はありえません。腐敗と呼ぶばれる現象の多くでは蛋白質
に起因する独特の臭気を伴い、一種の有毒蛋白の生成、発生物質による環境の著し
い劣化を伴う可能性があり、安易な蛋白質の添加は腐敗を誘発する可能性が高いと
言えます。

 では、発酵マット下で蛋白質はどうなるのか?添加された蛋白質はものの見事に
菌によって分解され、まずアミノ酸や有機窒素にされていると考えられます。
 次に菌の呼吸や発酵によってアンモニアとして放出されていき、一部は菌自身の
体組成として同化されていきます。最終段階では硝酸塩に変ってしまいます。
 従って、添加時の蛋白質の状態で発酵マットに残留する事はないはずです。
この後、窒素源は菌の間で菌自体の死亡や代謝でリサイクルされて行きます。
 さらにこの後、嫌気状態で菌が繁殖することがあれば、酸素の代わりに硝酸塩が使
われ、脱窒と呼ばれる窒素の空気中の放出が行われるようになり、窒素源の含有量
の低下が起こりますが、発酵マットの世界でここまでは行われない様な気がします。

 添加された窒素源の循環から見ると蛋白質としてではありませんが、クワガタ幼
虫の窒素源になりうる事がわかります。蛋白質添加によりクワガタ幼虫が発酵マッ
トから得られる蛋白源は菌体そのものや菌体が生成するアミノ酸ということになり
ます。クワガタ幼虫は天然状態(茸の菌による腐朽材)では何から蛋白源を得てい
るのでしょうか?やはり、考えられるのは茸の菌体(菌糸)本体、アミノ酸類、自ら
砕いた朽ち木で繁殖した菌体およびアミノ酸類ではないでしょうか?こう考えると
菌糸瓶で大型個体ができるのはその菌糸自体を摂取するからという話も合点がいく
様になります。(興味が湧いたので含有蛋白量を調べてみました。項番13参照)

 ちょっと話を戻します。発酵マットにおける蛋白源供給が菌体数を増やす事で強
化できると考えた場合、ある程度の蛋白質を添加し、菌体数を増やす必要がでてき
ます。このとき考慮しなけらばならないのは如何にして菌体数を維持するか、有害
物質の生成を抑えるか?ということでしょう。添加蛋白量が多すぎた場合、一気に
腐敗へ進みこの問題点が顕著に現れる可能性が高いでしょう。従って、蛋白質添加
を行う場合は少量づつ加えていきながら、菌体数を増やすのがいいと考えます。

 この限界値がどの辺りにあるのかは今後実験をしていくことで確かめる必要があ
る課題ですね。もう一つ菌体の維持ですが、これはやはり大きな課題と言えます。
 クワガタ幼虫飼育では飼育期間が長期に及ぶ事を考えると、飼育途中での環境変
化はある程度さけられず、この環境変化が起こった時に多量の菌が死亡し、腐敗や
菌種の変化が起こる可能性を秘めており、菌体数が多ければ多い程この可能性は高
くなっていくということになります。このことから菌体数増加による栄養素強化法
では、死亡率低減の為の発酵マット法とは異り、温度管理、湿度管理といった管理
に注意する必要性が高い事が予想され、発酵マットによる意外な死亡率の高さの要
因の一つとなっているのではないでしょうか。

 クワガタの種類により、適応可能な菌種、環境があると思いますが、その部分に
ついては一切触れていません。しかも、あくまでも推察の域をでないことですから
この方法論については個人的責任において試されることを希望します。


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