中小企業における世代交代と次世代経営者の育成




 
 

             社団法人中小企業研究センター 調査研究報告 No.109

                                2002年3月刊



 
 (三井逸友、高橋美樹、塩見正洋 担当執筆)


 
序章 「第二創業」としての中小企業の事業承継・世代交代

 
 
1.企業の世代交代と存続はなぜ重要か

 
 洋の東西を問わず、中小企業の経営は概してきわめて属人的であり、所有者と経営者が一体であることが多く、経営者個人の意思や判断、さらに人格や性格が企業経営全体に強くかかわっていることが特徴となっている。それだけに、所有経営者の交代ということはきわめて重大な意味を持つものである。

 別のみかたをすれば、企業を起こした創業者が高齢化し、あるいは事故や病気で経営を続けられなくなる、死去する、そうしたことをきっかけとして事業を断念することはめずらしくない。そのような際に、何らかの適切な方法で、次の経営者へのバトンタッチができる、あるいは企業自体の売却などの方法で、ともかく企業が存続できれば社会的には望ましい事態となると言えよう。それにより、企業というかたちに結合され、効果的に利用可能な状態となってきたさまざまな経営資源が生かされ、技術や人的技能、経営方法などの蓄積が継承存続され、そして雇用機会としての企業という場が守られることになるからである(もちろん、社会的経済的に存続の根拠をすでに失った企業が、こうしたきっかけで静かに「退場」=廃業していくのをことごとく止める理由もない)。一方ではまた、ほとんどの中小企業の所有経営者とその家族にとっては、事業の存続が同時に生活の支えでもあるので、他に有力な収入の道を得られるのでなければ、何らかのかたちで事業が受けつがれ、引き続いて所得をもたらしてくれることを期待せねばならない。

 したがってここに、「中小企業の事業承継」という大きなテーマが生まれ、その必要性重要性とともに、これに障害となるさまざまな問題を解決し、事業の存続承継が可能になる環境づくりが課題となってくることになる。もちろん、事業の将来をどうするかは所有者や関係者、あるいはそこに働く従業員らが主体的に判断選択をすべきものであるが、少なくとも、税制などの面での積極的な配慮と環境づくりの必要なことは、わが国のみならず、こんにち多くの国々で広く認められているのである*(1)。特にわが国のバブル期のように、地価や有価証券などの異常な高騰により、事業を他の後継所有者が受けつぐ際、相続税制などに関して企業全体の資産価値が高額に評価され、それに見合う相続税などを負担せねばならず、ために資産売却などを余儀なくされ、結果として事業の存続が不可能になるといった事態は、決して望ましいことではない。そうした際の地価形成のメカニズムはしばしば、事業本来の収益性を大きく越えた、土地投機などの要因によって左右され、経済全般にはネガティヴなインパクトとして結果するものである。こうした事態を防ぐ方法は、法律上制度上からもさまざま検討されてきており、最近も税制面などを含めた新たな施策*(2)が提案実施されているところである。

 
 しかし、企業の存続は、単に現状を維持するというだけのものであってよいというものでもない。なによりも、「事業承継税制」などの税制整備は、「あくまで支援であって、事業承継の困難さ、特に後継者難の問題を救うのは社会的・経済的環境の改善、なかんづく経営上の改善と、事業者自身の全人格的な不断の行動」*(3)にあると指摘される。のみならず、単に自分たちの地位・立場ないし資産を守るというだけの主張では、国民的合意は得られない。一方では、中小企業の継承存続がどのような社会的経済的な積極的意義を持つのか、社会にどのような利益をもたらすのか、これを示せないと、税制面での配慮はかえって、税負担の公正や法のもとの平等の侵害というそしりを免れなくなる*(4)。「中小企業の所有者だけに、なんで配慮をする必要があるのか」、「所有と職業は世襲されるものか」という非難を被るのである。

 他方でも、事業の承継が通常、経営の承継でもある以上、企業経営としての積極的な発展のきっかけを得られず、ただ現状を受けついで存続をはかるというだけでは、経営環境の変化の急なこんにち、事業が存続したこと自体がかえって、のちにより多くの困難をもたらし、事業の破綻などによる悲劇を拡大することになりかねない。「問題の先送り」としての事業承継であってはならないのであって、それならば所有経営者の「引退」を契機に、「交代」ではなく「静かな退場」の道を選ぶ方が、社会的にも、また所有経営者自身や家族などの生活のうえでも望ましい判断だとなる可能性もある。また、中小企業の経営の歴史は絶えざる環境変化との戦いでもあって*(5)、同じ経営方針や市場、製品などに安住を続けるということ自体が本来、ほとんど不可能でもある。「交代」を「転換」と「飛躍」の機会とするということが、現実にも決してめずらしくない。

 そのような意味で、『2001年版 中小企業白書』が指摘するように、中小企業の「世代交代」は「第二創業」的な意義をつよくもっていると言える。事業承継は「経営資源の維持・再生」なのであり、「企業価値」の存続である。我が国経済の活力維持のうえでは、「創業」と同じような位置づけを与えられる性格を持っている*(6)

 中小企業の順調な世代交代により、企業の長期的な存続が可能になり、さらに企業の成長発展を期することができれば、これは新規の創業を促進することに匹敵する意味を持ちうる。「創業」自体に困難が大きく、開業率も依然低迷をしているこんにち、「第二創業」があらゆる意味でこれにとってかわるものでもないが、雇用機会の存続確保とともに、市場経済への新たな刺激、イノベーションへのきっかけとなれば、社会的にも望ましいことである。

 
 また、中小企業の世代交代は、既存企業の「経営革新」への大きなきっかけでもある。「経営を革新しなければ生き残れない」時代にあって、変化への対応を欠き、単に「家業を受け継ぐ」という姿勢では、中小企業の未来は開けず、企業の衰退を止められない。若い新人の力を得て、新しい知識・技術を導入し、新しい発想でそれを活用する、そうした「二代目経営者による経営革新」こそが今日重要である*(7)。「経営の革新には、何よりも経営者の意識改革が必要である。社長の世代交代は、経営革新の最大の好機であり、企業存続の条件なのである。」*(8)。世代が変わらなければ発想転換ができないというものでもないが、大きなステップになる可能性は高いと言えるだろう。

 
 さらに、世代交代を真に「経営革新」たらしめるためにも、次世代経営者の人間性・人格形成と人的経営能力の獲得・発揮は決定的に重要である。次世代経営者に誰を選ぶのかは多くの企業にとって頭の痛い問題ではあるが、それが誰であるにせよ、創業者らの努力の軌跡をたどり、その成果を担うだけの力を発揮できなくてはならないし、さらに、それを乗り越え、革新を実行できるという、先代経営者に数倍する能力を示せることが期待される。それはなによりも、次世代経営者の人間性を問われる事態なのであり、また現実にはきわめて困難なことでもある。苦労して業を起こした先代らの努力に比べ、あとの世代はとかく楽をしがちであり、俗には「三代目にしてつぶれる」などと揶揄されるものでもある。そうした人間性と人格の形成は、事業を受け継いだのちの問題というよりも、次世代の経営者が長い時間の経過の中でどのように育ち、どのように自らの能力を身につけるのか、さらには前代からの「バトンタッチ」の期間をどのように過ごすのかといった形で考えることができるだろう。


 
 
2.中小企業の世代交代に伴う諸問題

 
 しかし、中小企業の世代交代には多くの問題が伴っていることも事実である。そしてその問題がクローズアップされたのは、ひとつには80年代後半から90年代はじめにかけての「バブル期」であり、いまひとつは、景気低迷と先行き不安が深まり、経済全般としても活力の低下が懸念される90年代末以降の時期なのである。

 
 まず第一の問題は、後継者自身の不在である。1990年の中小企業事業団・中小企業研究所の調査でも、後継者が決まっているとする企業は半数あったが、全体の30%は未定であり、「適任者がいない」とする企業も8.3%あった*(9)。また、この時点での廃業企業の廃業理由にかんする調査結果では、4割の企業が「経営者の高齢化」を、3割近くが「後継者難」をあげ、後継ぎのいないことが事業の消滅にそのままつながっている事情を示している*(10)。まさしく、「後継者のいない」ことが、中小企業の経営基盤崩壊の危機という様相があったのである*(11)

 こうした後継者難の状況は、特にバブル期固有の原因もあったと考えられよう。一方では、うえにみたように、地価などの異常な高騰により、相続税などの問題から、事業承継自体に大きな困難が生じていた。他方では、順調な成長を続けられる企業もあったものの、世の中全般の景気の過熱状況ゆえに、浮き沈みと気苦労の多い中小企業の経営をあえて引き継ぐ気が起こらない、あるいは先代経営者自身も、これを潮時に転業や廃業をしようか、資産活用に転じようか、という誘惑も多かったのである。言うなれば、「退出障壁」が限りなく下がった時期であった。そうであれば、「後継者」と目される次世代も、やる気を失い、ほかにもっと「おいしい」仕事やチャンスが待っているはず、という思いに駆られ、むしろ「親の背を見過ぎて育った」*(12)弊害、つまり、親のやってきた仕事の苦労など思えば、このご時世にあえてそれを継ぐこともないといった事態になってしまうことも、十分想定できる。

 バブル崩壊から10年余を経た今日では、そういった「気楽さ」はもう許されない。ある意味では「背水の陣」で、企業経営を引き継ぎ、守るという姿勢も後継者たちに求められてくる。しかしまた一方では、景気低迷と先行き不安の増大ゆえに、企業の存続自体が危うい、従って「後継者問題」も起こりようがないという事態も考えられる。前記の、国民金融公庫の1996年度の調査でも、現在企業の経営者が五〇歳以上でありながら、後継者がまだ決まっていない企業は47.0%を占め、依然ほぼ半数に及んでいる。しかし、このなかには、一代限りや事業の将来性不安などからすでに廃業の意志の強いものが相当数あり、本来の意味で後継者難に悩んでいる例は35.3%であると推論している*(13)

 
 もちろん現実には『2001年版 中小企業白書』があげたように、「受注量の確保」や「低価格競争」など、まさしく景気低迷の現実を反映する問題に直面する企業が最も多いが、「後継者の不在」を企業経営上の重大課題とあげる企業も、製造業の30%、小売業の34%と依然少なくない*(14)。この事実を決して軽視できるものではないが、後継者難も見方を変えれば、「一代限り」の予定等を別として、次世代経営者にふさわしい人材を育てられるのかどうかの問題の結果と考えることもできる。また、古典的な「家業」意識にこだわり続けるのではなく、企業自体の存続を願い、『2001年版 中小企業白書』が指摘するように、新たな経営主体や人材を広く外部に求めるのも、後継者問題への対処の道である。

 そうした事情もあり、この調査研究では、企業の存続と後継者の存在を前提とした事例を対象としており、「誰を後継者にすることができるのか」、あるいは「どのように企業の存続を図るのか」という一般的な課題自体は、あえてはとりあげていない。

 
 第二には、ここにもあげられるような、税制や事業用資産評価など、世代交代を可能にし、後継者が順調に事業を承継発展させることができるような制度的環境がどれだけ整っているのか、さらに社会全体がこうした事業承継をどれだけ積極的に評価し、有意義なものと認め、その社会的ないし文化的環境までも築いているのか、という問題である。これについては90年代以降、さまざまな制度的検討もなされてきたし、経営相談などを通じ、事業承継を円滑に進められる方法の開発と普及もはかられてきた。税制面での配慮も相次いで実施されている。近年はまた、資産の相続と企業経営の存続とは同じではない点に着目し、親から子へといった承継だけではなく、上記のように、欧米では多々見られるような企業の売却・M&AやMBO(経営幹部による企業所有権の買収)による存続の可能性も注目され、その環境整備もはかられてきている。さらに、厳しい雇用情勢が続き、企業数減少もとまらないもとにあっては、企業の存続にはより積極的な期待が寄せられ、世の「就職難」もあって、「社長の道」を目指せる次世代経営者の存在感も高まっていると言えよう。そして、「ベンチャーブーム」など、世の中全体での「企業家文化」ないし「起業文化」*(15)機運の隆盛もあって、次世代経営者の生まれる環境はより整ってきていると考えられる。

 こうした法制や税制、企業形態などにかかわる問題もきわめて重要ではあるが、すでに少なからず公にされている他の諸研究に譲り、この調査研究の主題とはしていない。

 
 第三には、後継者の人選とその育成の問題である。従来の議論では、この点への注目が少なくなく、詳しい観点や方法がとりあげられてきている。事業の所有権はともかく、経営権も子供、特に長男に継がせるといった傾向が根強いのは、多くの調査などが証明するところであるが、そうした古典的家族制度の発想が普遍的に有効であり、最優先されるべきであるという根拠があるわけでもない。先行書に依れば、そこにそれなりの合理性が要求されることは当然ではある*(16)。選定基準の明確さと順位の明確さを前提とし、実力と人望を重視し、かつ「お家騒動」のような事態を回避しようとする立場で、それでも長男に経営をゆだねる根拠があるとすれば、それは「経営者としての教育期間が公私ともに一番長かったゆえに」であり、「社長と寝食をともにし、一番付き合いが長く、父親の人生観、経営姿勢を見てきている」長男がふさわしいからだ、とされるのである*(17)。今日的には、単に先代の人生観や経営姿勢をなぞるだけでは不十分と言えようが、次世代経営者がどのように育てられたのかというところに注目した考え方と言えよう。

 こうした見地からしても、「誰を後継者とするのか」という問題は、その能力形成や人生観・経営姿勢などの問題とすることもできるのであって、この調査研究においては、「なぜその人が後継者となったのか」という点よりも、「後継者となったひとはどのような能力を持ち、またそれをどのように獲得し、発揮してきたのか」という点に重きをおいた考察を行っている。またそのなかみとしても、単なる「精神論」や「帝王学」、あるいはまたハウツー的な経営テクニックもしくはマネジメントスキルの問題にとどまるのではなく、幅広くかつ実践的な意味で、経営能力の学習と形成の問題を考えている。

 
 第四には、うえに見てきたように、単なる「引継ぎ」では経営の存続も危うくなっている厳しい環境下での、経営資源の維持・再生と経営革新のきっかけを、実際に世代交代に伴って実現できるのか、むしろ「先代の影」があまりに大きく、世代交代が現状維持や保守的志向の継続にとどまるおそれはないのか、という点が問われる。

 これにかんしてすでに、「世代交代は創業者と二代目の融合化である」*(18)という指摘がある。要するに、単に「受け継ぐ」という姿勢ではダメなのであって、先代、次世代それぞれの持つ様々な能力や経営資源を補い、活用しあうという立場でなければ、しょせん現状の維持も怪しいという指摘である。今日的に申せば、どこまでが受け継ぐべきコアコンピタンスなのか、どのような経営資源の補完と相乗的作用の関係を築いていけるのか、という問いになろう。しかもそれは、技術的知識や経営方法などを含めて、新たな企業外部の経営資源の導入と利用のチャンスと見ることもできるはずである。具体的には、経営戦略全般の見直し、新市場開拓や新技術利用、新分野進出、新たな企業間システム構築、あるいは組織革新や経営管理の革新、人材の流動化などにつながる機会であると考えられよう。

 しかし、すでにまた、事業承継後に新たな取り組みをした企業は9割以上に及ぶものの、真に革新的な、「企業を大きく変えるような取り組み」は少なく、設備投資や労働時間短縮などが目立つ程度であったとも指摘されている*(19)。世代交代は意外に保守的な形で進んでいるのである。もちろん別の見方をすれば、「世間知らずの二代目が、無茶なことを思いこみやひとりよがりで強行し、企業に致命傷を与える」危険がないともいえない。形だけ「革新的」であればよいというものでもなく、合理的で合目的的な「成功の可能性」が必要である。


 
 
3.本調査研究の視点と構成

 
 そうした様相を実態の中で詳しく検討し、構造転換期における中小企業の後継者と世代交代を、今日の社会的課題でもある「第二創業」ととらえ、後継者の人格形成や経営能力の発揮、そしてそこにおける経営革新の方向と可能性*(20)との関係において考えてみてみようというのが、本書のねらいである。そしてここでのキーワードは、企業家的能力全般の形成、知識の習得と応用の能力、個人および企業組織としての学習能力、経営資源の継承と活用およびその制約の危険、企業内外組織・ステークホルダーに対する人的権威と信頼の関係形成、イノベーションの契機とメカニズム、継続的イノベーションと破壊的イノベーション、戦略やコアコンピタンスなどにおける連続性と不連続性、経営改革と組織革新、経営体質や文化、後継次世代経営者のもつつよみとリスク、「原点」としての人生観や目的達成意欲、といった点にある。

 
 本報告書は、以下のように構成される。

 第一章では、今回調査事例14社の概要と特徴をあげ、多くの事例企業がその歴史の中でさまざまな環境変化に直面し、幾たびもの転換と飛躍をはかり、困難を乗り越えてきたことが指摘される。そしてこの企業の成長と環境変化のサイクルと、経営者個人の人生のサイクルとが合致する保証はない以上、経営者の高齢化や事故などによる世代交代が厳しい経営環境下に迫られ、二重三重の困難を迎えたことも珍しくなく、そこに次世代経営者の実力、経営革新への挑戦の真価が問われてきたことを指摘する。

 第二章では、次世代経営者の能力形成と世代交代のありようとの関係を分析し、世代交代の前提条件の準備状況ないしは偶発性と次世代経営者のキャリアプロファイルとの関係から、「自社内修業型」、「他社武者修行型」、「社内経験者型」、「未経験ぶっつけ本番型」といった4つの類型に事例を区分する。先代経営者と密着「伴走」できるなどの自社内での修業の一連の利点の一方で、このかたちには自立した判断と行動をうながす厳しい鍛錬や、外部の情報と学習機会への積極的なアプローチが求められる。外部の情報や経験、鍛錬の機会をあえて求める他社での修業を前提としたかたちにおいても、それのみの効用を求めるのは禁物であり、企業経営独自の学習も必要である。社内の人材が偶発的な事情で経営責任を担うようになった場合、あらためて経営能力の錬磨と発揮が要るとともに、社内での信頼の確立が求められるが、そこに次世代経営者の努力のしがいが見られる。さらに、特異な条件下に未経験のまま経営責任を引き受けることになった事例も少なくないが、このもっとも困難そうなケースにおいても、困難と障害を逆にバネとし、3年に及ぶ社内での適応と学習努力、新しい理念と知恵の積極導入などにより、環境変化を乗り越える力を発揮している。つまり、逆境が大胆な転換へのイニシャルキックとなり、後継経営者には自立と挑戦へのステップともなっている。

 第二章後半では、狭義の経営能力の形成にとどまらず、次世代経営者それぞれの歩んできた人生や諸経験、そこで形成された人間性や価値観などを探り、またとりわけ企業外部の情報と学習の機会がどのように積極活用されているかを、事例のうちから検討する。人生の原体験にはじまり、事業承継前後における外部でのさまざまな場と出会いなどを通じて、企業経営に求められる幅広く多様な能力が培われている。今日にあって企業経営を受け継ぐとは単なる過去の継承ではなく、時には古参幹部を「切る」など、文字通りの「人心一新」さえ避けられない。まさしく「第二創業」としての飛躍と挑戦が求められるのであり、したがってその精神は探求心や向上意欲、成功への思いだけではなく、時には反抗心や挫折体験、不撓不屈の気力などにも支えられていることに留意する必要がある。

 第三章では、事業承継をイノベーションの機会ととらえ、その推進の条件を、経営者のみならず企業組織の経営資源活用能力と学習能力の観点から検討している。企業におけるイノベーションは持続的イノベーションと破壊的イノベーションに大別できるが、今回の調査事例にはその両者が見いだされる。一方事業承継はそのままでは経営資源の承継であり、経営資源活用能力自体は自動的に受け継がれるものではない。従って、その能力を習得し向上させる努力が不可欠である。また、社内外からの信頼を獲得するについても、単なる正統性や学歴・職歴などではなく、社長自身の経営資源活用能力向上がその基盤である。持続的イノベーションの際には組織と人的資源・人的ネットワークの活用も効果的であるが、破壊的イノベーションの際には組織の抜本改革が不可避であり、さらに組織としての求心力の確保に向けた、カリスマ・ワンマン型から多様性重視の参加型へ、経営理念の見直しへ、といった社内改革も特徴的である。

 すべての事業承継が第二創業につながるものでもない。そこには、企業活動のルーティン化のメリットとデメリット、それにともなうイノベーションへの抵抗の作用があり、これを克服するには思い切ったルーティンの破壊も時には必要である。また、既存の経営資源に依拠している限りにおいては、「ロック・イン」(固定化)の障害も避けがたく、これを解除するためには、背水の陣の構えとしての「コミットメント」が決め手となる。もちろんそこにあるリスクを十分理解しておくことが必要であり、従って経営者自身や企業組織の経営資源活用能力と学習能力がやはり鍵を握っている。

 
 このように、継承から変革と挑戦へ、豊かな学習と幅広い情報活用へ、自立した人格による経営資源活用能力の発揮へ、という道筋こそが、今日の中小企業の事業承継と世代交代には期待されるのである。





*(1) EUの中小企業政策における「事業承継」(business transfer)への配慮については、三井逸友「21世紀を迎えるEU中小企業政策の新段階」『国民生活金融公庫調査季報』第55号、2000年、また、中小企業総合研究機構訳編『ヨーロッパ中小企業白書 2000年版』同友館、2001年、参照。

*(2)  税制に関して、近年以下のような措置が行われている。
平成12年度より相続税の延納の際に支払う利子税が引き下げられ、また、「取引相場のない株価評価」について、収益要因(利益金額)を重視した評価方法に改められ、減額率が会社の規模が小さくなるに従って引き上げられることになった。さらに平成13年より、贈与税の基礎控除額が60万円から110万円に引上げられ、個人事業者の事業用宅地評価の特例適用対象面積が330平米から400平米に引き上げられた。 中小企業庁編『平成13年度版 中小企業政策総覧』中小企業総合研究機構、2001年、および中小企業庁WEBサイトによる。

*(3) 江澤誠『成功した後継者たち −中小企業の事業承継対策』中央経済社、1997年、12ページ。

*(4) この点については、中小企業の事業承継に積極的な検討と提案を行ってきている大野正道氏の場合、W.レプケらの議論に依拠し、「中産階級保護」的な観点の必要なことを繰り返し主張している。しかし、こういった観点がこんにちの社会でコンセンサスを得られるのか、疑問なしとはしない。大野正道「中小企業における事業承継の研究」『商工金融』第42巻4号、1992年、同「中小企業法制の理論的基礎」『商工金融』第44巻5号、1994年、同『企業承継法の研究』信山社、1994年。

*(5) 三井、『現代中小企業の創業と革新』同友館、2001年、序章、参照。

*(6) 中小企業庁編『2001年版 中小企業白書』ぎょうせい、2001年、第2章−3。

*(7) 国民金融公庫総合研究所編『中小企業の後継者問題』中小企業リサーチセンター、1997年、第三部(喜多捷二氏による)。

*(8) 同上、104−105ページ。

*(9) 中小企業事業団・中小企業大学校中小企業研究所『世代交代期における後継者育成に関する研究』、1991年。

*(10) 中小企業庁編『平成2年版 中小企業白書』大蔵省印刷局、1990年。

*(11) 渡辺和幸『小さな会社 後継者の育て方』日刊工業新聞社、1991年。

*(12) 同上、19ページ。

*(13) 国民金融公庫総合研究所、前掲書、10ページ。

*(14) 前掲、『2001年版 中小企業白書』、50ページ。

*(15) 詳しくは、三井編、前掲書。

*(16) 渡辺、前掲書、41ページ。

*(17) 同上、42ページ。

*(18) 国民金融公庫総合研究所編『世代交代期を活かす』中小企業リサーチセンター、1991年。

*(19) 同上、145ページ。

*(20) 国民金融公庫総合研究所では、世代交代に伴う経営革新を、新技術やサービスの開発、新市場開拓、それに伴う設備投資、ハイテク化、外注利用(アウトソーシング)、海外調達、組織改革、「家業」からの脱皮、といった点において検討を加えている。 国民金融公庫総合研究所、前掲『中小企業の後継者問題』。





問い合わせ先.中小企業研究センターのWEBサイトへ

これまでの、三井のかかわった調査研究紹介のページへ




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