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たまにはちょっとまじめな話し
1999年秋、日本政府の中小企業庁は、1963年に制定された「中小企業基本法」の全面改定版を決めました。
このとき、日本の「マスコミ」はあげてこれを大歓迎し、「時代遅れの、弱者としての中小企業保護や二重構造論にたつ見方がようやく一掃された」と万歳を三唱したものです。
ところが、そういった、お勉強をしたこともない愚かなひとたちはもちろん、多くの人たちが気づかなかった重大な事実があります。それは、それこそ「中小企業弱者観」(法のどこに、そう書いてあったんだ?)だの、「二重構造の底辺」だのといった見方を一掃するために、政府が行った一連のキャンペーン(うえの、中小企業政策審議会の「報告」や、その下書きとしての、私的「研究会」の報告など)のうちでさえも、どこにも理由や根拠が記されることなく、旧「基本法」の重要な柱であった、「事業活動の不利の是正」という文言一切がなくなってしまったというできごとでした。
私は、中小企業近代化政策という特定の目的性をもった中小企業政策と、その一つの糸口でありまた目標とされた、「大企業と中小企業の格差の是正」という政策理念に、基本的な見直しは必要であると考えます。そういった政策の時代的役割は終わり、またその政治経済学的意義には大きな制約があったからです。しかしそれに代わるべき理念は、少なくとも「先進国型経済」下での、中小企業の役割の再確認と、望ましい競争秩序と市場のルール、産業組織と企業間関係のあり方であり、その点では政策の普遍性を各国間で共有できるし、またさまざまな利害関係者、政策論者の間で、最大公約数として合意できる範囲にあるものと考えます。個人的にはそういった「経済民主主義論」の「現状確認」にとどまらず、一歩すすんで、新たな中小企業の社会経済学を構想し、そこに可能性を見いだしていくべきと考えますが、まずはみんなが納得できるところでなくてはなりません。それが、この中小企業の「不利の是正」というスタンスにあると言えると思います。(その中身については詳しくは、私の、他のもう少し「学問的な」論稿を参照してください)
実際に多くの国々でそういった共通理解がすすんでいます。そして実は日本でも、1993年の、基本法制定三〇年を機会としての、同じ中小企業政策審議会中間報告「今後の方向」では、産業政策としての中小企業政策というスタンスから、中小企業政策を大別して、「経営基盤の強化(不利の是正)」<産業組織的政策>、「構造改革の支援」<産業構造的政策>、「小規模企業対策」の三つの柱からなると位置づけていたのです。以来、中小企業庁の諸施策解説もこの線に沿う形で、説明展開されてきていたのです。ところが今回、何らの説明もなしに、この「不利の是正」というものが消えてしまったのです。これはいくらなんでもひどいんではないでしょうか。これまでのがいけないというのなら、こういった言葉をもう用いるべきではないというのなら、少なくともその理由くらいちゃんと書くべきではないでしょうか。子供のざれごとじゃないんです。
したがいまして私個人はささやかながら、この点に異議を唱え、機会あるごとに、なんで「不利の是正」が消えたのかとただしてきました。また、実際の現政府の諸施策から、中小企業の「不利の是正」的な政策が一挙になくなってしまったとは思いませんし、そんなことはできるわけもありません。そうしたら、中小企業庁などやることがなくなってしまうわけです。企業間の競争関係や取引関係での中小企業の不利の是正、金融市場などへの中小企業のアクセスと諸資源調達上の不利の是正、これらをやらずにいたら、それこそ日本では反乱が起こってしまいますから(それが、「政策の必然性」というものです)。
ま、そのような私の疑義と主張になんとか「こたえる」つもりなのか、実は何とも不可解な事実を「発見」してしまったのです。
仕事の資料探しに、WEBページによってあれこれ検索をしていて、中小企業庁のサイトを見ているうちに、奇妙な不整合を発見しました。
具体的に申しましょう。
中小企業庁の本年度(平成十二年版)『白書』の概要を乗せたWEBページには、
http://www.chusho.miti.go.jp/280-hakusho-tyousa/hakusyo00/hakusho.htm
これまでの中小企業政策 | 新しい中小企業政策 | |
中小企業のイメージ | 二重構造の底辺・弱者 | 我が国経済のダイナミズムの根源 |
政策理念 | 大企業との格差是正 | 独立した中小企業の多様で活力ある成長発展 |
政策の柱 | 中小企業構造の高度化 事業活動の不利の補正 |
経営革新・創業促進、経営基盤強化、セイフティネット整備 |
となっています。
ところが英文ページでは、同じ表のはずのものが、
Before |
Now |
|
Image of SMEs | Bottom of Dual Structure Weak Enterprises |
Source of Dynamism in Japanese Economy |
Object of SMEs Policy | Correction of Difference (SMEs and Large Enterprises) |
Support of Various and Active Development of SMEs |
Main Policy | Modernization of SMEs | 1) Promotion of Start-up, Business Innovation 2) Reinforcement of Management Resources 3) Improvement of Safety Net |
で、全然違っていたのです。
個々の表現に大いに疑問はあるものの、欧文と英文の記載がこんなに違っていては、大いに疑念を抱かせます。
この違いは、「ウチ向け」には、「中小企業構造の高度化」と「事業活動の不利の是正」はやめちゃった、基本法から一掃しちゃったと宣言しているのに、「ソト向け」にはだんまりという意図ではないかと、私は勘ぐりました。
これは、私が「新中小基本法」に対して抱いてきた、「国際スタンダード」でもある「中小企業の不利の是正」に背を向けてしまった、これはまずいと、なかったことにして繕おうという姿勢ではないかと疑ったわけです。
また、「ウチ向け」にははっきり語ってこなかった、従来の基本法が「近代化理念」にのっていたことを、ソト向けには認めているという点も見落とせません。なぜなら、その方が、「不利の是正」をなくしてしまったよりは、ソト向けには説明がつきやすいからです。
実際の英文版『白書』もこのように使い分けを載せているのか、いま手元にないので確認できませんが、大いに疑問とするところです。
一国の政策って、こんないい加減なやり方でひっくり返っちゃったりするんですね。
後日談 あっと驚く早業
うえのように、私が「おかしいじゃないか」と声を出し、またこの事実を、知り合いの中小企業研究者の多くにメイルで伝えました。
するとどうでしょう、なんとわずか3日にして、この英文ページの記載が訂正されてしまった(2000年7月31日現在)のです。
この早業ぶりは、以下をご覧下さい。
Before |
Now |
|
Image of SMEs | Bottom of Dual Structure Weak Enterprises |
Source of Dynamism in Japanese Economy |
Object of SMEs Policy | Correction of Difference (SMEs and Large Enterprises) |
Support of Various and Active Development of SMEs |
Main Policy | Modernization of SMEs Supplement of SMEs' Disadvantage |
1) Promotion of Start-up, Business Innovation 2) Reinforcement of Management Resources 3) Improvement of Safety Net |
これは、中小企業庁内で「まずい」と気がついた人があった可能性もありますが、この情報がそちら方面にも耳に達するよう、私が仕掛けたので、「迅速に」反応した可能性の方が大です。
まあ、間違いを改めるに早すぎることはないので、それはそれで、私の投じた一石に意味あり、でしょうが、それでもなお、あえて言えば、英語版の"Modernization"(中小企業の近代化)と、日本語版の「高度化」とは同じではないと思います。なぜって、従来から企業庁などは、「近代化」と「高度化」を使い分け(政策体系が違うのです)、それでこの説明しづらい「高度化」の語に、Upgrading (!)といった訳を当てていたのですから。
そして
この件については、中小企業庁の関係者から、担当部署に「他意はなく、単に『事業活動における不利の補正』を的確に表す簡潔な英語に翻訳することが(限られた時間で)困難だったため、"Modernization"で代表させてしまった」、そこで、「誤解を招かないよう、『事業活動における不利の補正』に対応する英訳を加筆した」という、経過の説明を頂きました。
この経緯については、私個人としては「?」という思いもありますが、事態を公にしてしまったことについては、ともかくこたえを得たということで、お読みのみなさんの今後の判断にゆだねたいと思います。ひとまずは、ともかくこたえをくれた、誠意を買いたいと思います。
ここで、「おとなげない」表現で、感情的対立を招くのは、一学究としての私の本意ではありません。むしろ、こうした政策理念をめぐって、大いに議論のわき起こる、そしてそれが世のためひとのためになる、これのみが私の願いだからです(特には、私の勤務先の駒澤大学が主催校となって、2000年秋、日本中小企業学会の大会を開き、その主題が「中小企業政策の『大転換』?」であるものですから、このテーマにふさわしい「挑発」でしょう)。
したがって、このページの書き方も、「感情的な」ところは出来るだけ正しました。
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