idle talk58

三井の、なんのたしにもならないお話 その五十八

(2020.10オリジナル作成)


 
 「手術」をしました


 
 
 この半年近く悩まされてきた症状に、ピリオドを打つべく、「手術」をうけました。
 
 正直、書物や新聞雑誌を読むのに困難を来しておりました。カメラで画像を撮るのもそうでした。
 
 生まれてこの方、「手術」だの「入院」だのを経験したことのない私ですが、積年の不摂生と寄る年波の総決算として、この事態になったわけです。
 と言っても、「日帰り手術」であり、実際の施術時間は、準備作業を入れても15分程度、大きな病や負傷で、さまざまな苦難と困難を経験されてこられた方々からすれば、ものの数にも入らないのかも知れません。
 
 詳しいことは、追って書き記したいと思いますが、まあ「手術は成功」のうちだろうと思います。担当の先生の素晴らしい学識・知識・知恵と、名人的な手腕と技巧に、ひたすら感謝をしております。
 

 ただ、個人的には若干悪趣味にも思えるのですが、「術中の映像」を後でくれるのですよ。「これを戒めに、養生しろよ」と言うことでしょうか。
 自分ではあまり見たくもないのですが、スクショをあげてしまいます(目玉焼きを食すではござらん −似たようなものか)。
 
 


白内障の手術

 病名を記しておりませんでしたね。「白内障」(cataract)であります。要するに、眼の水晶体が濁ってしまい、見えにくくなる症状で、これは薬などで直すことはできず、水晶体を人工のものに変えることで、視覚を改善する手術が療法となるわけです。
 眼科の資料だと、70代での罹病率は84%、80代では97%なそうで、ある意味みんな歳取ればなるのですね。うがった見方をすれば、人体のパーツの寿命より本体の方が長くなってしまった報い、対策はそのパーツを交換するのみ、と言うことでしょう。


 ただまあ、私が罹ったのには、やはり積年の不摂生不養生があると責められても、抗言出来ません。実は、この眼の状態だけでなく、ここのところ相次いであちこち悪くなり、増えるは診察券と薬ばかりなりと、絵に描いたような悲惨な老後に陥っています。たばこは40年前にやめました、酒も数年前にやめましたなど、身体に悪そうなことは次々に切っているのですが、そんなくらいでも報いは止まりそうにありません。



 決して健康体でも筋骨隆々でもない、もともと相当にポンコツ状態でここまで来た私ですが、実は「入院」の経験は皆無です。入院なんて、入獄と大差ないじゃないか、と恐れてきております。

 ただ、「手術」の経験は皆無なのかどうか、これはよく考えてみるに、ないこともない、と思い当たります。物心つく前に、中耳炎の手術をしたと後々聞かされました。ために、私の片耳はずっと聞こえが悪いのです(昔のことで、鼓膜に穴を開けたとか)。子供のころ、虚弱でよく熱を出していたということで、扁桃腺を切除しました。さらに、若いころに指の傷が悪化して、?疽の手術をしております。いずれも日帰りの施術でした。


 白内障の手術も、いまや誰でもやるものになっている以上、全国至る所に対応の眼科と医師がおり、これも基本日帰りです。でも、こうした私の人生のうえからは、ちょっと「引ける」経験でした。それを、一週おきで両眼やりました。「手術」と言っても、部分麻酔はしますが、基本目覚めた状態で、手術台のうえで、わが眼にメスが入り、水晶体の切除、周辺の「掃除」、そして人工水晶体のセットと調整といった一連の「工程」を、文字通り目の当たりにするのです。実質15分くらいのものですが、まあかなりの体験でした。
 二回目にもなると、流れがわかってきますが。現代の医学は凄いものです。設備・工具やIT関連など含めて。でも、やはり基本は担当医師の腕と経験なのでしょう。



 術後、痛みなどなく、やたら目薬をつけますが、あまり心配もせずに過ごせます。実は、最初の左目の術後、一度「凄くよく見える」のがまた白く濁ってきて、これじゃあおんなじじゃないのかとがっかり、でも眼科に問い合わせても心配しておらず、翌朝には霞みもなくなりました。「よくあること」なのだそうです。まあ、あれだけのことをしたんですからね。


 よく言われるように、見えはまさにダンチです。落ちてるゴミやわが手の皺がやたらよく見えます。

 実は、遡ると、もう二年近くも前から、視力の低下は自覚されていました。ただ、この歳でもあるので、やはり老眼の進行は避けられないだろうと、諦め気味でした。私は半世紀前から、近眼と乱視があり、眼鏡をかけております。ただ、そんなにひどくもないので、遠くのものを注視するのでなければ、かけなかったりしておりました。それが、近くのものがよく見えなくなる、これはついに老眼か、と思っていました。

 しかし、その状態が半年ほど前から激しくなりました。ではといって、老眼鏡を買ってきてかけても、あまり改善しません。ともかく、書物や新聞雑誌などを読むに困難が激しくなってきます。老眼鏡ではなくてルーペを使って拡大すれば、なんとか判読出来るという状態です。読み書きを商売としてきた私としては、これは一大事です。

 もちろん、書く方は今どき手書きはなく、基本PC使いですから、なんとかならないことはありません。しかし、小さい画面で小さい文字表示などには困ってしまいます。ぼんやりしてしまうのです。為に、せっかく整えたモーバイルPC環境も、使えないかという事態に直面しました。

 しかも、大きい画面で、TVなども見にくくなってきました。画像ぼんやり、コントラストがはっきりしないのです。これはいかんと、通院経験のある近くの眼科に駆け込み、リッパに「白内障です」と診断された次第。


 こうしたすべての困難が、一挙に解消されました。「老眼」はどっかに行っちゃいました。さすがに現代医学は凄いものです。



 コロナ禍での受診中止や、手術希望の患者大勢の中で、順番待ちの結果、半年近くが過ぎて、この手術実施に預かれたわけです。ありがたい限りです。
 しかも、日帰り、さすがに術後予後2週間は自宅安静とされており、前後約一ヶ月は諸活動は大幅制限ですが、この「視力取り戻し」に勝るものはありません。左目から手術した後の実感は、水晶体交換した左で見える風景は油絵、まだの右目ではパステル画、という連想でした。一週間後に右も手術したので、いまや両方油絵の色感とコントラスト感です。


 畏友渡辺氏は、昨年重い病で、思いもかけず大きな手術と3ヶ月以上の入院生活を経験されました。現在は健康状態に戻られていますが、その厳しい闘病記をblogで記されておられます。それに比べれば、私の「手術」など、蚊が刺したに近いものであると自覚せねばなりません。でも、それでも「一大事」ではあったのですよ。

 

 眼の病は、読み書きだけでなく、映像関係にも当然響いておりました。


 ここにも記したのですが、デジカメだろうがなんだろうが、画像・映像を撮るには「ファインダーが決め手」と主張してきておりました。ところが、眼の状態が悪化するにつれて、ファインダーが見づらくなってしまったのです。小さいファインダーをのぞいても、しっかりと被写体などを認識出来ません。そのため、やむなくカメラ背面の液晶画面などに頼る傾向になってきていました。その方が少なくとも大きいですからね。わが主張に矛盾する事態です。
 と言うか、そもそも対象をしっかり捉えていない、だいたいのところで写す、そうなってきていたとも申せましょう。


 これが、手術後は間違いなく、ファインダー回帰可能です。ちゃんと認識出来ます。まだ、「外で撮る」機会自体がありませんが、個人的には嬉しいことです。






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