idle talk54

三井の、なんのたしにもならないお話 その五十四

(2020.1オリジナル作成)



 
 研究レビュー『日本の中小企業研究』第1次〜第4次 を、読んでくれ!!


 この歳で、完全リタイアとなると、人生振り返っての感傷か後悔か、はたまた趣味の駄弁か、ということに終始している観だけど、まじめなことも考えているというところを、なんとかアピールしたい。

 
 そのなかでも、これは絶対に言わなくては、私の最後の公的使命としても、というのが、「研究レビュー『日本の中小企業研究』第1次〜第4次 というのを、是非読んでくれ、目を通してくれ」である。これは、その名の通りに、戦後日本の「中小企業研究」の歴史を、包括的かつ客観的に俯瞰し、そのなかでの論点や諸議論、そしてそれぞれの研究成果というものを、大きくとりまとめてきたもので、過去40年近くにわたり、10年ごとに第一次から第四次まで刊行されてきている。

 
 私の表現で言うところの、戦後日本の中小企業研究の各世代が、さまざまな意見や立場を越え、極力客観的な俯瞰を可能にするべく、こうした努力を積み重ね、成果を世に問うてきたわけである。その第1世代を代表する、山中篤太郎氏が残した学問的遺産の一つが、この『日本の中小企業研究』の刊行であった。山中先生は、日本中小企業学会の設立と、「日本の中小企業研究」レビューの作業開始を見届けられ、いまから39年前の1981年1月に亡くなられたが、その遺志を受け継ぎ、当時の中小企業事業団中小企業研究所の手で、大がかりなレビュー作業が開始され、1985年には全三巻『日本の中小企業研究 成果と課題』・『主要文献解題』・『文献目録』として、公刊を見ることができたのである。このときの編集代表は、故瀧澤菊太郎教授であった。

 以来、1992年、2003年、そして2013年と、4次にわたり刊行を重ね、時間の経過の中での新たな研究成果と、そこに示された諸論点や諸議論の整理文章化、データベース化を図ってきたのである。特に文献目録の作成、また書評対象文献の抽出準備等には、この分野の文献の整理保存に長年注力されてこられた、大阪経済大学中小企業・経営研究所のご貢献が絶大であり、これなしには、なしえなかった事業であることは間違いない。

 
 以下、参考のために、それぞれを列記しよう。
 
 『日本の中小企業研究』全三巻(中小企業事業団中小企業研究所編、編集代表.瀧澤菊太郎)有斐閣、1985年
 『日本の中小企業研究 1980〜89年』全三巻(中小企業事業団中小企業研究所編、編集代表.小川英次・佐藤芳雄)同友館、1992年
 『日本の中小企業研究 1990〜99年』全三巻(財団法人中小企業総合研究機構編、編集代表.小川英次)同友館、2003年
 『日本の中小企業研究 2000-2009年』全二巻(CD-R付属)(財団法人中小企業総合研究機構編、編集代表.三井逸友)同友館、2013年

 

 正確には、この第1次版の刊行はいろいろ曲折があったようであり、はじめは非売品の、同研究所の研究報告書の体裁で刊行されたと記憶する。これをのちに、有斐閣が商業出版を引き受けられたのである。しかしまた、こうした商業ベースに乗りにくいものの出版は容易なことではなかったが、のちのちには同友館が特段のご厚意を供してくださっている。日本中小企業学会の「論集」も、ずっと同友館から刊行されている。

 
 今ひとつ、この事業の実施ととりまとめの主体は、もとの中小企業事業団付属の研究所であり、これはのちに財団法人中小企業総合研究機構になった。政府系の中小企業専門の研究機関として、世界の流れに伍する存在であり、私もここの調査研究等さまざまな事業に協力をさせて頂いたし、よい機会を与えられたと思う。のちには財団の評議員も務めた。しかし、こうした機関はリストラの嵐に見舞われ、2013年度をもって廃止されてしまった。なぜ、そんな措置が必要だったのか、私には今もって分からないし、世界の流れにも反していると思う。
 そのため、この四次にわたり積み重ねられてきた中小企業研究のレビュー作業の次の版、2010-2019年版が実施できるのかどうか、非常に危惧されるところである。2019年が終わったいま、もちろんまた私が表に出るなどの出しゃばりは必要ではない。私を含めた「中小企業研究の戦後第三世代」の出番はすでに終わり、「第四世代」以降の方々に担っていってほしいと思う。ただ、こうした歴史的な作業には継続性が重要なのだから、「日本の中小企業研究 第五次」がともかく出るという方向を願うばかりである。

 

 『日本の中小企業研究 2000-2009年』は上記のように、「第1巻 成果と課題」、「第2巻・主要文献解題」の2部からなり、合計1186ページという大部である。従来の「文献目録」に代え、第2巻には「文献リスト」CD-Rがついており、文献の検索がPC上で縦横に行えるようになっている。

 全体は「第一部 総論的研究」:「理論・本質論」「政策」「経営」「歴史」「国際比較」、「第二部 環境・市場の変化と中小企業に関する研究」:「生産・技術」「市場・流通」「雇用・労働・労務」「金融」「経営管理」「情報化社会」「社会的責任」「地域経済」「まちづくり」「グローバリゼーション」「ライフサイクル」「組織化・連携」「イノベーション」、「第三部 中小企業の業種・業態別研究」:「製造業」「商業」「サービス業」「建設・運輸・その他の産業」「下請系列企業」「小企業」「ベンチャー企業」という、編別構成になっている。

 この構成は第一次から基本的に踏襲されてきており、研究の手引き・フォローとしての連続性を重視しながら、時々の新しい研究課題や思潮も取り入れ、再構成されてきている。注目すべき論文や著作、刊行物等に関し、各レビューアーティクルの構成および文献解題は、のべ40人以上の、中小企業研究の第一線の研究者たちによって担当執筆され、研究動向のフォロー、主要な論点の整理・位置づけなどが図られており、これらに目を通すことにより、今日の我が国での中小企業研究がどのように進み、なにが注目され、どのような議論が展開されているのか、他に類を見ない絶好の手引きとなっている。もちろんそれに至るまでには、各編集委員の間での相当な議論と作業の積み重ねがあったのであり、編集代表を務めた私にも非常な苦労があったことは否定できない。けれども、一研究者としての責務とともに、後世にまで研究の意義と成果を整理し、伝えていくことは、この上ないやりがいある仕事であったといまも自負できる。

 私は僭越にも、この第1次から4次まで、すべてに関わってきた。そして上記のように、第4次版では、全体のとりまとめを担当した。
 
 

 けれども、『日本の中小企業研究』第5次の行く末が見えない以上に不本意なことは、こうして膨大な労力と知恵を結集し、相当の費用もかけた作業の成果が、世の中においてどれだけ生かされているのかという疑問である。こうしたレビューアーティクル刊行の意義は、当事者たる中小企業研究者たちの振り返りと共通認識のためにとどまらず、むしろ「それ以外」の分野の研究者らにとってのよき手引きとイントロダクションの意味を持つはずである。「中小企業研究の見地では、こんな研究成果があり、こんな議論がこれまでなされているのか」、「それを自分の研究のなかではどう生かせるか」、「そこに欠けているもの、足りない研究は何か」、「こうしたアプローチや方法で迫れば、なにが新たに見えてくるのか」、等々であろう。もちろん、「中小企業研究」を今後の自分のテリトリーとしたい若手研究者にとっては、必読の手引きになるはずである(それが、本来の「レビューアーティクル」の教育的意義だろう)。
 
 しかし、私として誠に気になるのは、どちらかと言えば従来の「中小企業研究」とは相対的に異なる分野や研究方法、視点や対象自体から、現実の中小企業存在やその実態、課題等に迫る研究成果を執筆上梓されてこられたような方々が、この『日本の中小企業研究』に目を通された形跡がまずないという実態である。そうであれば、もう少し見方が変わったのではないか、目を通し、言及する意味のある文献等を参考に選んでもらえたのではないか、というような感想を抱くのである。

 なんでこんな感想を抱くのかと言えば、それはこれまた山中教授らのもう一つの「遺産」でもある「中小企業研究奨励賞」の選考過程からである。この賞は、1976年に商工組合中央金庫によって創設され、のちには一般財団法人商工総合研究所が実施してきている。私もかなり長きにわたり、その選考に関わってきており、現在は選考委員の一人である。不肖私自身、この賞を、平成3年度、7年度の二回も頂いている(『現代経済と中小企業』青木書店、『EU欧州連合と中小企業政策』白桃書房)。そのため、選考対象となる諸著作を多数これまで読んできた。この賞はあくまで、「中小企業に関する優れた図書または定期刊行物に発表された論文を表彰するもの」と位置づけられ、幅広い領域や関心、研究方法のものを対象に取り上げてきている。実際、近年はますます、従来からの「中小企業研究」とは相当に異なるもの、新たな観点のものが珍しくなく、それ自体がある意味望ましい傾向とも言えるだろう。
 ただ、そうした研究成果や著作を読むにつけ、「このことはすでにだいぶ前に議論されているんだよ」とか、「この概念に関しては、従来からこういった理解や位置づけがあり、それを頭に入れたうえで、考えてほしい」などと感じざるを得ないことが、しばしばなのだ。そうした執筆者の方々の固有の研究領域や議論においては、相当に精緻を極めておられるのと対照的なくらい、「中小企業」に関する理解が軽すぎたり、一面的だったり、従来の議論と真っ向かみ合ってほしいところが避けられていたりする。そうしたものを読むたびに、誠に歯がゆい思いをする。だから、「またはじめから」などと無茶なことは申しません、そこで「早わかり」的に、『日本の中小企業研究』の、○○章のところ、◇◇に関する議論の整理に目を通してみて下さい、いろいろいっぺんに分かりますよ、と。『文献解題』編=個々の文献や論文などのサマリーと位置づけ整理や、『文献リスト』を見るだけでも、大いに役立つことは間違いない(そこを読むだけ、「原典に当たらない」のも手抜きでよくないが)。
 
 けれども現実ではそうならない、非常な努力と、高い思考と議論に裏打ちされた研究の成果なのに、「中小企業」に関わっては軽すぎる、一面的になっている、せっかくそれに言及し、その観点からも議論を構築しているのに、というような印象になるのである。もちろんご本人が、「中小企業の研究という意識は100%ありません」というのなら、これはある意味妥当であり、また「中小企業研究奨励賞」の選考対象になることもないわけだが、実際には「中小企業研究の学際性」「異質多元な中小企業存在」(山中篤太郎)からして、「関わってくる」ことがむしろ多々あるとできよう。特に、「中小企業政策」の枠組みや論理が考察対象などに入ってくれば、なおさらのことである。だから、「とりあえず『日本の中小企業研究』に目を通してみてほしい」と言いたくなるわけである。そのためにも、苦労して編纂し、まとめたつもりなのですが、と。

 あるいはまた、「従来の日本の中小企業研究にはこれがない、ここが足りない、それを新たな視角、理論・方法や資料、データで一蹴する」とか、大いにあってほしい。その「踏み台」を期待しているものでもある。そうあってこそ、学問研究は進歩する。


 

 いろいろ曲折ある経緯と現状の、研究レビュー『日本の中小企業研究』である。
 でも、ぜひ活用をして頂きたい。

 もとの中総研がなくなってしまっても、出版社同友館には、『日本の中小企業研究 2000〜2009』の各冊の在庫はあるはずである。もちろんその使命からして、大学等の図書館や資料室には多々備えられているものと信じる。
  




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