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こうしたCSでの放映で、私がいままで見ることができなかった、ある米国映画を見る機会にありつけたのは、正直40年待ちの思い成就でした。それはWBの1954年作品
The High And the Mighty(邦題『紅の翼』)です。これは公開当時はかなりのヒットで、アカデミー賞にもいくつもノミネート(音楽賞のみ受賞)、日本でも知られたはずなのですが、その後はまるで見る機会もなく、忘れ去られてしまいました。あるいはどっかでテレビ放映されたのかも知れません。それも見逃した私には、題名が記憶にとどまるのみでした。ソフト発売もいまに至るまでないのです。米国では、ビデオ、DVD発売されているようなのですが。
この映画が日本で忘れられてしまったのには、実につまらない理由もあります。のちに日活がユージローの「アクション映画」の一つとして、同名の映画を1958年に作ってしまったからなのです。まあ、日活の方も「航空映画」ではあるようだし、その原作自体が「紅の翼」の題であったそうだし、別に邦訳題名に著作権が主張されたわけでもないでしょうから、同名だから怪しからんとも言えないでしょうけれど、おかげさまで洋画の方は完全に忘れ去られました。いまでも、googleなどで検索すれば、ユージローの方ばかり上がってきて、どうにもなりません。おまけに、のちに宮崎駿は『紅の豚』なんていう、航空アニメ映画もつくるし、そのほかにあっちでもこっちでも「紅の翼」タイトルの曲もつくられるしで、もう映画は完全に埋もれています。
そんなこんなで、
The High And the Mightyをこの目で見る機会はもうないかと悲観していたところ、あったのですよ。「洋画専門チャンネル・ザシネマ」という局が放送してくれたのです。50年前の片思い相手に会えたような感動ものです。
米映画『紅の翼』はもちろん、不朽の名作とか、映画史に残るとかそういったものではありません。のちの『大空港』などの航空パニックもの映画の先駆けとは一般に理解されていますが、1950年代作品らしいお手軽さも見えています。なにより、主演がジョン・ウェインとあっては、いかにものプログラムものと、脱力感しきりでしょう。ただ、ウェインは製作者に名を出しており、本来自分で出演するつもりもなかったそうで、それならもっとほかにいい役者もいただろうに、さすればこの映画も歴史に名を残しただろうにとは悔やまれます。なにせハリウッドきっての大根役者ジョンウェインですから。どんな映画でも、なにを演じてもおんなじです。
もっともジョン・フォードはそこのところをわかっていて、敢えて「演じない」、そのまんまで役にはまるような配役をさせていた観もあります。
The Quiet Man(邦題『静かなる男』)の主人公ショーン・ソントン役なんて、その典型でしょう。朴訥茫洋としていて、がたいはでかいが感情の起伏表現も乏しいまさしく「静かなる男」、それがいよいよとなると爆発、妻メリーケートを引きずり、傲岸な義兄ウィル・ダナハーに決然と勝負を挑む、これでいいんですよ。ラブシーンもただただ立ってるだけでしたしね。
しかし、『紅の翼』でのウェイン演じる古参のコパイ、ダン・ロマンというのはなんともはやでした。以下、そのライバルであるキャプテンのジョン・サリバンを演じるロバート・スタックのストーンフェースぶりと合わせ、役の存在感を全然感じられない、そのぶん客席内の多彩な乗客の面々が引き立つ仕掛けだったと勘ぐれば、まあもっともらしく聞こえましょうか。でもね、ウェインにはせめて、この映画で賞も取った、ティオムキンのテーマ曲をいつも口笛で吹いている、そのときくらい「吹いてる」演技をして下さいよ。危機の機体を立て直し、着陸にまで持っていこうとするところだけは、ウェインらしい存在感でしたが。
この配役の難だけではなく、至るところ突っ込みどころだらけなのも、あらためて見た『紅の翼』のおもしろさであります。中味以前に、この邦訳題が上記のように、映画の存在を陰に隠すきっかけになっただけではなく、日本での扱いにもおまぬけな点が多々つきまとっていました。ティオムキン作曲のテーマのみは、後々まで日本でも記憶にとどめられたのですが、これに時として『崇高なるものと逞しきもの』なんていう邦題がこれまたつけられたりしたのですな。明らかに、The High and the Mightyという映画原題から類推されたのでしょう。とんだおとぼけピンぼけぶりです。high-and-mightyというのは、さすがに辞書にも載っていますが、「横柄な人、お偉方、実力者」といった意味なのでして、つまりここでは乗客や関係者の方々、という引っかけなのでしょう。あとでも記すように、当時は、飛行機でハワイ・サンフランシスコ間を飛ぶというのは、よほどのえらいさんか金持ちであったはずでもあるわけで。そういうわけで、「崇高」でも「逞しく」もありません。
もちろん、航空映画なので、the highには高いところを飛んでいる(そんなに高くもないのですが)、the mightyには危機を乗り切る力をそれぞれひっかけてもいる、という解釈も可能ですが。
ともかく、映画の「魅力」というのは、立派なストーリーや役者らの演技や、美の極致のような画像ばかりにあるとも限りません。私が40年来見たかった理由の一つは、これは1950年代の「航空映画」というところにありました。ところがそここそ、いまにしてみると突っ込みどころのかたまりなのです。
セキュリティなど完全無視?
航空パニック映画の元祖とされるのに、鉄板の、ハイジャックや機内犯罪などの危険がまるで無視です。
なによりあっと驚くセキュリティの無防備ぶりで、映画冒頭にひとり旅する少年は,足におもちゃのピストルホルスターを結びつけていてカウボーイ気取り、それで乗り込むタラップの下まで行って、操縦室のダンに向けて銃を撃つまねをし、ダンも見事に「撃たれ芝居」をしてみせるという「微笑ましい」エピソード。これ今どき、万一にもそこまでおもちゃでも持ち込んで、撃つまねでもすれば、すぐに容赦なく警備兵、特殊部隊らのSMG猛射をあびせられ、たとえ子供でも蜂の巣で即死でしょう。
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それどころか、なんと乗客のひとりは本物のピストルをポケットに入れて乗っており、女をめぐる恨みを機内で晴らすつもりなのです。これはもう正真正銘のハイジャック犯、映画の中ではピストルを取り出す前に、ほかの乗客に格闘で取り押さえられ、ピストルも取り上げられるという展開ですが、『紅の翼』が作られた頃には、そんな危険な事態の導く最悪の筋書きなど、誰も考えもしなかったのでしょうか。もちろん、搭乗前の手荷物検査だのボディチェックだのあり得なかったんでしょうね。さすが「銃と殺人の自由の国」です。しかもこのピストル、あとで本人に返されるんですよ。
映画の各シーンで、キャプテン以下、スチュワーデスのスポールディング嬢まで全乗務員が操縦室ではひっきりなしに煙草をくゆらしているのも唖然です。乗客の健康や快適性以上に、ガソリン満載の機内での危険は考えられなかったのでしょうか。もっとも、機内全面禁煙になったのはそんなに昔のことではないのも事実ですが。
DC-4旅客機の「勇姿」と、苦行のはずの乗り心地と
この映画の陰の「主役」はDC-4旅客機です。本来は大戦中につくられた軍用輸送機C-54で、当時としては最新技術でも、今どきあり得ないようなレベルで、なにより全長29mという(B747ジャンボ機は全長70m、ジェット輸送時代の先駆けDC-8でさえ46m、今日の代表的な短距離旅客機B737 -100よりも短い)小ぶりな機体にレシプロエンジン4発、非与圧機体で、ために騒音や振動、排気の臭気などはすさまじかったはずです。飛行高度も映画中で3,000m、これではもろに天候の影響を受け、『紅の翼』の展開の悪天候下の飛行では、船並みに揺れたでしょう。乗客はひたすら苦行に耐えていたはずです。そういうところは映画のなかで一切描かれません。どだい、旅客輸送機といってもDC-4は最大60人程度で、この映画の機体では座席数40人くらいにしか見えず、その半分は空いていたのも大したものでした。
こんな「定員充足率」では、TOPAC航空も商売になるのかと心配になりますが、そこは映画のご都合主義で、あんまり乗客が乗っていると、それぞれのエピソードをつくるか、完全無視するかしないといけなくなるんで、カットしちゃったのが真相でしょう。いや、この時代の旅客機なんて、この程度で飛んでいたのかも知れません。一人あたり運賃がどのくらいだったか、想像するだに恐ろしいことです。
ともかく、いまのターボファンジェットの大型高速輸送機で、高度10,000mの成層圏を亜音速で飛行し、嵐も眼下に見下ろして飛ぶ時代とは、残念ながらまったく隔世の感のはずです。それなのに、映画の中では今どき飛行機以上に静寂と安定、平穏を保ち続ける機内でして、あり得ないことこの上ないのです。あんまり静寂な機内なので、いまだ気づかれないエンジンの異常で、不思議な振動が突発的に生じ、スチュワーデスが入れようとしていたスコッチが、次にはコーヒーがこぼれるというシーンを重要なエピソードにしているのですが、まさしくあり得ないシナリオですね。
かなりチープなセットで、客室内や操縦室内を撮っているのは見え見えなのですが、もう少し考えて欲しかったところです。まあ、あんまりリアルに撮ると、みんな恐れをなして乗ってくれなくなるという、当時の航空会社の心配をそのまま反映したのでしょうか。後世の航空映画ではそこまでのはないと思うのですが。
私自身はさすがにレシプロエンジンの機体に乗った経験はありません。間違ってはいけないが、レシプロエンジンというのは、いまの自動車エンジンと同じ、シリンダー内のピストン、クランクの往復で動力軸を回すのもので、これが飛行機用には軸まわりに星形や対向型に多くのシリンダーを配置した構造になっていて、高速強力回転をさせ、それでプロペラを回していたのでした。第二次大戦まで、飛行機のエンジンはみなこれです。それゆえ、燃料消費が多大であるうえ、騒音振動や臭気はものすごく、また構造も複雑で,トラブルも生じやすかったはずです。それで、みな我慢して乗っていたのでしょうが、戦時中の輸送機や爆撃機はともあれ、旅客輸送には有り難くない代物であること間違いありません。
1960年代以降、ジェットエンジンの普及で,プロペラ回転によって得られる速度の空力学的限界が突破されるとともに、エンジン自体がターボジェット方式によって一挙に単純化高速化しました。現在では、一部の小型単発機などのほか、レシプロエンジンを用いている機体はほとんどないのです。私が乗った中にも、DHC-7やSAAB340だのプロペラを回している機体もあるのですが、それはターボエンジンの回転を利用しているターボブロップエンジンであって、プロペラ推力の限界はあるものの、レシプロエンジンとはまったく違う仕組みです。ターボブロップエンジンを用いたブリストルブリタニア機など、「ささやく巨人」と呼ばれたくらいで、差は歴然としていました。
プロペラは回さなくても、ジェットエンジンも現在はほとんどがターボファンエンジンで、燃料燃焼の噴射推力だけでなく、ターボ回転でファンブレードを回し、エンジン周囲の高速空気流を重要な推力に用いている構造です。これにより、非常に効率的経済的な飛行推力がえられるようになったのです。
現在の高速大量輸送を支えているターボファンエンジンの優位性はあらゆるところで明らかですが、その重要な構成要素が、燃料に灯油を用いていることにあるのは意外に知られていません。よく、「飛行機にガソリンを給油して」とか、「事故時に積んでいるガソリンの危険」などと平気で記すひとが、マスコミ関係にもいまだ珍しくないのです。ジェットエンジンが優れているのは、高速度大推力が得られるだけではなく、高価なガソリンではなく、比較的安い灯油を用いるからです。レシプロエンジンでは引火点温度の低いガソリンが不可欠で、それはいまだ100年前のテクノロジーに依存している自動車の限界を示すものでもある訳ですが、ターボエンジンでは「燃えればいい」から、石油ストーブ同様の灯油で十分間に合うのです。もちろんジェット燃料としての灯油は、精製度などがずっと高く、さまざまな添加物を加えてありますが、発火点温度は高くて安全性が高いのも利点です。
DC-3とDC-4は第二次世界大戦を支えた軍用輸送機であり、また戦後もかなり長く民間輸送の担い手になったのでした(マッカーサーが厚木に乗り込んだ時に乗ってきたのも、DC-4)。それだけ完成度は高かったのでしょうが、限界も大きく、決して旅客輸送向きとは言えません。そこで、ダグラス社が本格的な旅客輸送機として開発した、DC-6、DC-7の登場で、一挙に出番がなくなってしまったようで、日本で飛ばしていた日航も、60年代前半でDC-4は引っ込めたものです。DC-6やDC-7は与圧機体で、レシプロエンジン駆動ながら7,000m以上の高度を時速400kmから500km以上で飛び、航続距離7000km以上、乗客数も100人近かったから、日本の国際線旅客輸送を支えることになったのでした。航続距離5000km足らず、乗客数も最大70名程度のDC-4ではあまりに時代遅れとなったのは間違いありません。
その意味皮肉にも、DC-4の全盛時代たる1950年代を映画化した『紅の翼』の飛行映像は、貴重なものでもあるでしょう。しかし、その機内描写は実相にかけ離れ、あまりに実感が乏しすぎるのは残念です。
映画は一方で,「全面協力を頂いた」沿岸警備隊の宣伝映画みたいで,その機敏迅速な行動ぶりが多々描かれるのはちょっと興ざめです。他方では、のちのちの航空パニック映画に先駆けたとされながらも、あまりにリアリティのない描写がほかにも多々登場するのです。
「いまどきありえない?」場面の数々
エンジン故障で危機に陥った機をなんとか飛ばし続けるために、機体を軽くしようと、客室内どころか床下貨物室のハッチからもスーツケースやトランクなどぜんぶ取りだし、ドアを半開きにして外に放り出す、信じがたいようなことまで決行されるのです。当時の飛行高度や速度からは可能だったかも知れないが、それにしたって、放り出されたものが機体後部や尾翼にぶち当たらないか、それだけでもハラハラものです。当たれば、損傷甚大で墜落は間違いありませんから。
戦時下の航空輸送中であれば、こんな無茶ぶりもありだったかも知れませんが、いくらなんでも、民間旅客機でこんなことをしていいものでしょうか。荷物の損失補償などは度外視するとし、また非与圧機体ならではで、飛行中にドアを開けるのも不可能ではないとしても、それは禁じ手でしょう。スーパーマン ジョン・ウェインだって、実際の空中飛行中にこんなことさせられたら、命の危険で怒り狂うと思いますよ。
この当時のことで、またハワイ・サンフランシスコ間実に12時間の長旅だから、途中交代も含めて操縦クルーは3人いる、さらにナビゲーターもいるという大所帯はおもしろいところですが、しかしそのナビゲーターの仕事たるや、天井のドームから星を観測するのが主任務、レーダーも備えられているが、まったく原始的な代物で、オシロスコープのようなスクリーン上の輝線の動きで、なにかを読み取ろうとするらしい、こんなものに恐ろしくて命は預けられません。映画中で、「楽な仕事だ」とこのナビゲーターが述懐しているんですから、世話はないものです。
というわけで、操縦室には4人の乗務員、スチュワーデスはひとりしか乗っていませんが、乗客数に比べて乗務員おお過ぎ、いまどきの旅客機に比べればとんでもない多さで、その人件費など考えるに、ひとりあたり費用がどんだけ高かったろうかと想像できるものです。
3.『紅の翼』のお話し
肝心のストーリー展開など記すのを忘れました。ハワイホノルル空港からサンフランシスコに向けTOPAC航空の420便旅客機が飛び立つ、その乗客たちのさまざまな人間模様と、前後のエピソードと、そして機が異常に陥った際の、乗務員とともにとる行動が中心の展開です。記したように、本来の主役、コパイのダン・ロマンはなんと第一次大戦から飛行機に乗っているという途方もないベテラン、もちろん第二次大戦中はB-17、B-29のパイロットであったと冒頭で説明されます。それがいまだに、しかもキャプテンではなく乗務を続けている、それには悲劇的なエピソードがあると、旧友の整備班長が同僚たちに空港で語るのです。戦後まもなく、搭乗機が南米コロンビアで離陸に失敗、大破炎上し、ダンだけが操縦席から放り出されて助かったが、乗客らは全員死んだ、その中には彼の妻子もいたというひどい悲劇です。
この悲劇あればこそ、ダンは降格されても敢えて飛び続ける、まあその辺の心理描写だの、屈折した思いと行動だの、そんなむずかしいことはもちろん抜きのお話しです。ただ、ダンの存在はほかの乗務員たちにはいささか煙たいのです。キャプテンのジョンには、自分の数倍もの飛行経験を持つ、知らぬもののないベテランのダンが「部下」なのですから。若い見習パイロットのホビーやナビゲーターのレニーも、何となく距離を置いています。
いろいろキャラの立った乗客たち、無愛想な学者フラハティ教授、実は自然破壊そのものの軍のミサイル開発プロジェクトに反逆、すべてを捨てて戻るところ。やたら浮き浮きしているハワイ旅行帰りの中年家具屋ジョセフ夫妻。もとミスコン優勝の経歴ながら、その写真で「引っかけた」婚約者に会いに行かねばならない女性サリー、辣腕の演劇プロデューサー、ただし無類の飛行機恐怖症のパーディと若い女優の妻。航空会社の株主でもあるやり手ビジネスマン ケン・チャイルズ。朝鮮系中国人女性チェン(いかにも米国人が考える東洋人のイメージ)。父に見送られ、母親の待つサンフランシスコにひとりで向かうトビー少年。祖父の巨額の遺産を相続し、それがために金目当てで結婚した夫に愛想づかししている、ニューヨーク乗り継ぎ予定のライス夫妻。カリフォルニアの漁師で、ハワイに漁の機会を求めてきたが失敗、生まれて初めての飛行機で戻るラテン系のロコタ氏。ハワイに飽きたひとり旅の、ど派手ゴージャス女性メイ・ホルスト。難病を抱え、自由がきかなくなる身体に悲観している中年男フランク・ブリスコー。新婚旅行帰りでやたらお熱い仲の若いカップル バック夫妻。離陸寸前に駆け込んできて航空券を買った、自称チャリティファンド創立者実はいんちぎ薬やのアグニュー、という17人です。この駆け込み男が銃をしのばせていたのでした。
まあ、なかなかひねりのきいた乗客たちそれぞれですが、またいまどきなら皆さん大まじめで平板に過ぎる観横溢ですが、一番目立つのはハワイ旅行帰りの家具屋ジョセフ夫妻です。「中年」と書きましたが、二人とも30代でした、それにしては老けてましたけど。空港チェックインカウンターで、二人ともいっぱいのレイを首にかけている、ハワイ言葉を振り回し、ジョーク言いまくり、もうそこから浮いています。機内でも勝手に盛り上がっているのですが、隣席となり、妻から離婚を宣告されて落ち込んでいるハワード・ライスを励まそうと話すことが、これまたとんでもない不運続きのハワイ旅行の顛末真相でした。せっかくお金を貯め、休みを取ってハワイに向かったのに、港では豪華客船がストで運行中止、かろうじて空席を見つけた飛行機で着けば、予約のホテルは手違いで取り消し、それでも泊まれた別のホテルのディナーにめかし込んで行こうとすれば、履き慣れないハイヒールで妻は階段で転び、腰を痛める始末、せっかくのハワイも3日間雨で閉じ込められ、ようやく晴れた最終日、海岸で日に焼きすぎ、二人とも背中が痛くて困っている、なんという旅だったのか、と。そのぶん、むりやりに「浮かれた休日」を演じていたのでしょう。
ジョセフ氏は、こうした人生の苦難や悩みをぶちあけあい、励まし合う集団に入っているのだそうで、その乗りで語り、気分を晴らしてあげようと努めるのですが、突っ込みが入ったように、ちょっと怪しい宗教集団の趣もあります。それはともあれ、この映画相当にカネをかけただろうに、せっかくのハワイも、空港での飛行機の離陸場面以外は基本的にセット撮影、ジョセフ夫妻も科学者フラハティ教授も、かなりちゃちな「ハワイ海岸」で演技しているのは気の毒でさえありました。これでは、ハワイ観光宣伝映画にもならないですね。
アグニューがケンに襲いかかり、ロコタらと機内で乱闘となったそのとき、嵐の中で一番エンジンが火災を起こして停止、プロペラも吹っ飛び、乗客たちはパニックになります。さらに翼の燃料タンクが漏れ、機体がピンチに陥ったと判明、そこでダンは客室に行って乗客たちに説明をする役を担います。ベテランらしく、落ち着いていて、ユーモアを交え、安全性を強調しながら、しかし事態の深刻さも誤魔化さずに語るのです。最悪の場合、燃料切れで不時着水を余儀なくされるかも知れない、それに備えてくれ、しかし必ず助かる、非常装備も十分ある、救援もすぐに来てくれると。そして、前記のように、荷物放り出しを先頭に立って実行するのです。

その後、いよいよ危なくなって、乗客にはライフジャケットが配られ(この頃は、各座席下にはなかったよう)、新米スチュワーデスのスポールディングは冷静に指示行動しますが、緊張に耐えきれず涙します。荷物捨てての機体軽量化の効果も現れ、沿岸警備隊の救援機も接近し、望みが出てきたものの、乗客たちは不安と緊張の極致にあって、さまざま思いが曲折帰来します。この辺からは、ウソのように機体は揺れ出しますね。
ナビゲーターレニーは緊張のあまり計算違いをし、機が無事到着できる見込みはいったん失せます。荒れる海への、夜間の不時着水しかない極限の状況で、ダンは思い切った提案をします。自分の経験から速度を落とし、ぎりぎりの飛行を続ければ、燃料をもたせて着陸できるかもというのです。キャプテンのジョンは怒りますが、自分の未熟を悟り、結局ダンに操縦桿を任せるのです。
ついに陸地まであと僅か、「Fasten seatbelt」のサインが点灯し、ボビーとスポールディングは着水間近と考えて座席の乗客たちのライフジャケットをふくらまさせます。これはいまどきの緊急時規則とは異なりますね。「脱出時の妨げになる恐れがあるから、絶対に機内でふくらませるな」というのが現在の指示です。いよいよもう少しというところで、燃料を絞ったために第四エンジンも停止、機は危険な降下に入ってしまいますが、ダンとジョンの必死の努力で、姿勢を立て直し、高度をかろうじて回復します。そして、なんとか夜のサンフランシスコ空港に着陸するのです。
空港エプロンに無事停止した機体の下では、関係者やマスコミ、そして駆けつけた家族らが待っています。乗客それぞれがタラップをおりてくる、その姿と言葉が、人間模様のフィナーレ、ハッピーエンドを飾ります。この辺の感動は、お約束の流れとはいえ、ちょっと胸に迫ります。そして、クルーは最後に機をおり、破損した第一エンジンを見に行きます。機体にくっついているのが奇跡のような状態でした。残りの燃料も30ガロンだけでした。それぞれが家路につくなか、最後となるのはダンと、地上で緊急事態対応の指揮をとっていた航空会社のボス・ガーフィールド部長でした。彼がおそらくthe high-and-mightyなのでしょう。「So long, Dan!」の言葉を耳に、ダンは口笛を吹きながら通路を歩き去る、これでジエンドとなるわけです。待つ家族もいない、ちょっと寂しげな後ろ姿とともに。
私が『紅の翼』を見たかったのは、航空映画ということもあります。今どきでは逆に珍しくもないので、映画の物語ネタになりにくいのでしょうが、50年も前ならば、それなりに迫力あるドラマチックなシチュエーションでした。もっと昔なら、ハワード・ホークスの
Only Angels Have Wings(邦題『コンドル』)なんていうのはよかったですね。飛行機の離着陸シーンはちゃちなミニチュアでしたが、波乱のあるストーリー展開でした。また1950年代なら、
The Spirit of St. Louis(邦題『翼よ!あれが巴里の灯だ』)という、ビリー・ワイルダーの傑作もありました。
それとともに、『紅の翼』の原作者Ernest K. Gannアーネスト・ガンに対する興味もありました。日本ではそれこそ、この『紅の翼』の原作者ということぐらいにしか理解されていないでしょうが、米国ではそれなりに知られた作家で、もと本職のパイロットというのが異色のキャリアでもあります。作品もかなりあり、経験を生かし、飛行機にまつわる小説や回想録など書いています。
このガンの自伝的物語である
Fate is the Hunter(邦題『悲劇と脱出』)というのの訳本を、私は持っていたのでした。1962年刊の、相当に古いものですが、なぜか私は高校時代に買ったのです。航空輸送創世記からの数々の経験、戦争の記憶などが綴られています。『紅の翼』の原作も、邦訳本がのちに出たそうですが、残念ながら私は読んでおりません。
ガンの『悲劇と脱出』は、のちに同名の映画(邦題『不時着』)というのの「原作」とされたようですが、中身がまるっきり違う代物だったので、ガン氏は怒り、自分の名を引っ込めさせたそうです。
ともあれ、ガンの小説の映画化という意味でも、『紅の翼』は見てみたいものでした。うえに記してきたように、映画としての出来はいささかうーんと言うとこともありますが、まあ見て損した思いをするようなものではないでしょう。3時間近い162分というのはかなり冗長ですね、その辺がまた1950年代映画らしさでしょう。繰り返し記すように、1950年代の航空輸送の実情をそのまま記録して残してくれたおもむきも大です。また、この映画けっこうカネがかかっていて、シネマスコープ・立体音響であるのを、今回知ることができました。
題名 『紅の翼』 (The High And the Mighty) |
製作 | ロバート・フェローズ/ ジョン・ウェイン |
監督 | ウィリアム・A. ウェルマン |
脚本 | アーネスト・K. ガン |
原作 | アーネスト・K. ガン |
撮影 | アーチー・スタウト |
美術 | アルフレッド・イバラ |
特殊効果 | ロバート・A. マッティ |
音楽 | ディミトリ・ティオムキン |
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出演 | ジョン・ウェイン (コパイロット ダン・ロマン) |
| ロバート・スタック (機長 ジョン・サリバン) |
| ウォリー・ブラウン (ナビゲーター レニー・ウィルビー) |
| ドウ・アベドン (スチュワーデス ミススポールディング) |
| ウィリアム・キャンベル (二等機関士 ホビー・ウィーラー) |
| レジス・トゥーミー (運航部長 ティム・ガーフィールド) |
| ダグラス・ファウレィ (ホノルルデスク オルソップ) |
| ポール・ケリー (科学者 ドナルド・フラハティ教授) |
| フィル・ハリス (家具商 エド・ジョセフ) |
| アン・ドーラン (その妻 ミセスジョセフ) |
| デビッド・ブライアン (事業家 ケン・チャイルズ) |
| ラレーヌ・デイ (女相続人社長 リディア・ライス) |
| ジョン・ハワード (その夫 ハワード・ライス) |
| ジョイ・キム (朝鮮系中国女性 ドロシー・チェン) |
| マイケル・ウェルマン (ひとり旅の少年 トビー・フィールド) |
| ジョン・クアレン (西海岸の漁師 ホセ・ロコタ) |
| ジョン・スミス (新婚の夫婦 マイロ・バック) |
| カレン・シャープ (新婚の夫婦 ネル・バック) |
| クレア・トレバー (ゴージャス女性 メイ・ホルスト) |
| ポール・フィックス (車椅子の男性 フランク・ブリスコー) |
| ロバート・ニュートン (演劇プロデューサー グスターブ・パーディ) |
| ジュリー・ビショップ (女優で若い妻 リリアン・パーディ) |
| ジャン・スターリング (もとミスコン優勝女性 サリー・マッキー) |
| デビッド・ブライアン (自称財団創設者 ハンフリー・アグニュー) |
| ペドロ・ゴンザレス (船上から無線中継 ゴンザレス) |
| ウィリアム・ホッパー (サリーの婚約者 ロイ) |
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