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三井の、なんのたしにもならないお話 その三十

(2012.9オリジナル作成/2024.3サーバー移行)



 
 
「サザン」は「さうざんおーるすたーず」?


 
 
 
 
 日本を代表する音楽グループ「サザンオールスターズ」はおそらく、「Southern All Stars」の意味で、名前をつけたのでしょう。「Southern」と呼んでも、別に「おいどんは……」などとは言わず、あくまで「湘南」のイメージなんでしょうけれど。

 
 
 しかし、これに誰もなにも抵抗なくても、肝心の本場英国の町・Southerhamptonには、ほとんどのマスコミがわざわざ「サウザンプトン」という読みをつけるのです。かつてタイタニックが二度と戻らぬ初めての航海に出た港、また近ごろはサッカーの某有名選手がここのチームに移籍するというので、またまた人口を膾炙しております。そういう際にはなぜだか、「サウザンプトン」になるんですな。

 
 もちろん、辞書で調べても、どこで聞いても、みんなネイティブは「さざんぷとん」と発音しております。本当は「サウス」→「サウザン」+「プトン」だろうって、発音というのはそんな理屈じゃないんですよ。日本でだって、「水戸」は「ミズト」のはずだろうとか、「日本橋」を東京では「ニホンバシ」、大阪では「ニッポンバシ」とは混乱する、どっちかにまとめろとか、「出雲」は辞書に読みがないのでけしからん、「デクモ」に直せとかなったら、どうしますか?余計なお世話もいいとこですよね。地名や人名は歴史とともに読みがつくられ、定着してきているので、理屈で発音をこねてみても仕方ないのです。
 ことに英国では、長い歴史の中で、独特の読みや短縮形が定着しているものが少なくないので、確かにスペリングだけ見るとよく分からないことは珍しくありません。ロンドンのSouthwark というところは「さうすわーく」ではなく、「さざっく」と読みます。Dagenhamは「だげんはむ」ではなくて「だげなむ」です。かつて「疑惑の銃弾」事件がらみで日本に知られたFulhamは実は日本の報道みんな誤りで、「ふるはむ」ではなく「ふらむ」と読むのです。そもそも、ロンドンの市域の「区」に当たるものはBoroughと称されますが、これも「ぼろう」でなく「ばら」なのです。

 
 なんでこんなことになるのか、調べてみると、かなりのまちがいが日本で出ている「旅行ガイドブック」のたぐいにあると分かりました。驚くことに、その半数以上がわざわざ「サウザンプトン」と記しているのです。信じがたいお粗末です。それどころか、ご丁寧にも「サウスハンプトンとも読む」なんて書いてあるのまでありました。それを真に受けたら、間違いなく現地で迷いますよ。

 しかしこれは別に驚くにも当たりません。ちょっと前、一瞬書店に並び、すぐに消えてしまった海外旅行ガイドブックの一大シリーズがありました。それを見ていたら、唖然とする記述がありました。やはり英国のWarwickというところを「ワーウィック」と麗々しく記しているのです。ここには英国でも知られたWarwick Univeristyもあります。しかしこれは「うぉりっく」と読むのです。なんか違和感あるなどと言ってみても仕方ありません。困ったことに、英国の地名の多くは北米大陸などにもあります。その両方の呼び方が変わってきてしまっていることも少なくなく、米国のWarwickは「わーうぃっく」と正式に呼ぶらしいので、間違えるのもあり得ないことではありません。
 けれども、この旅行ガイドブックシリーズは信じがたいことに、英国の有名な(世界最古の)旅行社の名を冠したものでした。それでお膝元の英国地名がこれじゃあ、と思い、私は敢えてご注進申し上げたのですが、「今後の検討材料にしたい」という判で押したごときこたえでした。それで、再版時に直したというお話しならめでたしめでたしですが、あんまりお粗末で、本家からクレームが出たのか、すぐに店頭から消えてしまいました。以来二度と出ることもありません。

 
 まあ、そんなものです。しかし、「確信犯」じゃないかと思うのは、念のために見てみた英国BBC製作のドキュメンタリーシリーズで、タイタニックを取り上げたもの、当然「サザンプトンから出港」という原語の解説ナレーションが流れるのですが、なぜかそれを日本語吹き替えではわざわざ「さうざんぷとんから」と直しているのです。まあ、英国人のまちがいを正してやろうという親切心でしょうか。

 

 ちょっとややこしいのがMiddlesbroughの場合です。この北東イングランドの寂しい工業都市、英国でいちばん教育問題が深刻なところともされる町にわざわざ訪れる日本の観光客もいなかったのですが、ここもサッカーチームに日本人プレイヤーが加わる云々でいっぺんに知られるようになりました。しかし、日本のスポーツマスコミはこぞって「ミドルズブラ」と書いています。Southernhamptonを「サウザンプトン」と書く感覚からは、あり得ない発音ですが、「みどるすばら」ではなく「みどるずぶら」と記すのは、かなり現地人の発音に近いところを意識している観があります。強烈な北東訛りの発音は難しいですから。
 もっともこれも、BBCの番組を聴いていたら、インタビューする側はかなり「みどるすばら」に近い発音をしていました。ありうることです。

 
 このように、英国の町の名前には「-ton」と「-borough」ないし「-brough」「-burgh」というのが多いのです。「-ham」というのもあります。伝統的なかたちでしょう。私が以前に住んでいたのは「Teddington」ですし、有名な「Edinburgh」(まあ、「えじんぶら」とは誰も読まなさそう)やら「Peterborough」など、そしてうえに書いたようにロンドンの「区」は「Borough」です。スペルの微妙な違いは、それぞれの歴史や地域の慣用表現の変化によるのでしょう。

 
 地名はなかなかむずかしいものです。ましてこれにも関係する人名となると、もう個々に聞いてみることしかありません。間違って呼んでは失礼になるし、しかし分からないままいい加減に扱うのもいっそう失礼だし、というところです。
 先日、私の名前にわざわざ「つとむ」などとふりがなを振られているひとのblogがあり、こういうのがweb上で一人歩きをすると、そっちがいつの間にか「正解」にされる恐れ大なので、あえて訂正をお願いしました。私の講演を聴いていた人が感想にそう書いたのですから、我が方のハチオンが悪かったせいなのでしょうか。なかなかありえない「読み方」ではありますが。

 
 ま、「さうざんおーるすたーず」とこれからは呼ぼうなんてなれば、桑田佳祐氏のみならず、ウン百万フアンの怒りを買うこと間違いないと思うんですけれど。




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