三井のロンドン絵日記(6)

英国鉄道片思い記



 少し堅い話になりすぎました。


 「柔らかい話題」といきたいところですが、残念ながら英国では「浮いた話し」以前に「腹の立つ話し」が多いのも事実です。だから英国人はいつも、「なんでこんな国へ好きこのんでやってくるんだ?」と怪訝な顔をし、「英国(大好き)病」にとりつかれた日本の旅行者や学者たちを謎として見ているのです。今もって、ニッポンの大きな本屋へ行けば、「英国もの」の本がずらりと並んで、みんな売れ行き好調ときているのですから。

 日本の学者やジャーナリストや「随筆家」、「旅行作家」、果ては「英国生活体験記」の主婦や学生に至るまで、これだけの稼得機会を与えてくれる国に、やっぱり日本人は深く感謝しなくちゃなりません。あだや足を向けては寝られません。でも、間違っちゃあいけないのは、はっきり言ってどのような意味でも「日本のお手本」になるようなものはこの国にはごく少ない(ないとは言わないが)という事実です。その代表格が、世界最初の称号を得ている「鉄道」です。


 私はよほど英国の鉄道に好かれているのか、この半年ほど、払った運賃に比べはるかに長い時間、駅や車両を利用できるという幸運に浴してばかりです。昨年末にロンドンからコベントリーに行った際、「電力線の故障で」いきなり数時間も待たされた話しはすでに書きました。先日、同じユーストン駅から今度はマンチェスターに行く際、案の定まず、到着の列車が大幅に遅れ、それが折り返しマンチェスター行きとなるので、これまた出発が遅れてくれました。不幸にして15分くらいであり、しかもあろう事か、途中頑張って、マンチェスターには定刻に着いてしまったのです。

 翌日の帰り路は定刻に出るかな、と思いましたが、それはそうだったものの、乗った車両は始めから終わりまで電灯がつかず、トンネルに入るたびに真っ暗になって、乗客のこどもが歓声か悲鳴をあげていました。検札の車掌は、「電灯が故障だよ」と言っておしまいです。あのまま日暮れの列車になったらどうするんでしょうか。


 最大の歓迎は、5月の日曜日におきました。ウィンザーの川べりで、SBRCのローラ嬢が「博士号」を受けたのを記念して、ピクニックというわけで、我が家からはこのルートが近いだろう、ただし日曜はウィンザー行きは一時間に一本だからなどと考え、リッチモンド駅へ行ったものです。窓口で「ウィンザーまで」と言ったら、駅員、やおら何か通知を見始めるじゃありませんか。そんなのはいいから切符を売ってくれと思いましたが、曰く、「今日はトウィッケナムとどことやらの間が大規模な工事で列車が走っていない」というんです。その間には「代替バス」が出ているが、行かれるかどうかわからないぞ、と告げるわけです。

 ここでおとなしくあきらめればよかったのですが、買ってしまったのが運の尽きでした。まず、そのトウィッケナムまでの列車が、ラグビー見物の乗客がいっぱいで大幅に遅れました(わずか2駅なのに)。降りたところで、日本のように「バスはこっちです」などと余計な世話をやく人間もおらず、みんなうろうろです。それでもなんとか、「代替サービス」と書かれたバスにみんな乗り込んでみたものの、ラグビー試合のせいか道は混み、なかなか進みません。列車なら5分で済むところを、30分近くかかり、ようやく折り返し点のフェルタム駅(ここまでなら、自宅から路線バスで来た方が簡単だった)まで来れば、これまたウィンザー行きの列車がどうなっているのかさっぱりわからない状況です。悠々と現れた駅員がやおら説明を始めましたが、よく聞こえません。駅の外の張り紙まで見てようやくわかったのは、ともかく今日の折り返し運転ではウィンザー行きの列車は毎時16分発となるということです。一時間に一本は変わりないのでやむをえませんが、時計を見ればまだ40分もあります。何もない駅で、ひたすら待つしかなく、大部分観光客のウィンザー行き乗客たちはくたびれきりました。


 やっと列車に乗れ、ともかくウィンザーリバーサイド駅にたどり着くことはできましたが、結局のべ3時間近くかかりました。これにはローラ嬢ら、ピクニックのみなも驚き、同情してくれましたが、帰り道がまたすばらしかったのです。もちろん同じ道を戻りたくはないので、ウインザーの中央駅から別の路線をとることにしました。ただし、案の定、「同じ切符(往復券)を使えるか?」と尋ねたら、駅員はにべもなく「No!」と言いました。だいたい鉄道会社が違うのです。よその線の「工事」の話しなんか、聞いてもいないでしょう。

 運良く(?)ウィンザー発の列車にすぐ乗れ、ひと駅で、次の乗り換え点スローに着きました。スローからパディントン行きの列車にも順調に乗れて、これで今日はもうなにごともなし(ただし、若いのが一人、「無賃乗車」を車掌に見つかり、しかも手持ちのカネがなく、罰金の支払い通知のようなものにサインさせられていましたが)、と思っていたら、これが大きな間違いだったのです。新しくパディントン・ヒースローを走る空港特急の試運転ぶりなど横目に見ながら、降りる予定のイーリングも近づいたな、と思ったころ、突然列車が止まり、動きません。どうしたのかと外を見ていると、運転手が後ろへ走って行くじゃないですか。そのうち、何かアナウンスがあって、今度は列車はもと来た方向へ逆行を始めました。はじめは止まる駅を行き過ぎてしまったのかと思いましたが、どんどんスピードが上がり、下り線に入ってひたすら走るのです。10分も走って、もうもとのスローに戻ってしまうんじゃないかというころようやく止まり、やっとのこと、再びパディントンへ向かって走り出しました。

 どうやら、途中で間違った線路に入り込んでしまったというわけのようです。こんな走り方をして、ほかの列車とぶつかるんじゃないかと冷や汗までかかせてくれた(実は、半年前にこのイーリング近くで特急が脱線転覆し、おおぜいの死傷者が出ている)のは、またとないサービスと言えましょう。はじめに戻ってやり直しをして、正しい線路をもう一度たどるという、実に念の入った慎重さは、鉄道という、線路のうえのみを走る交通機関にまつわる世の常識をうち破る快挙とも申せましょう。

 ともかく、やっとの事でなんとかイーリングブロードウェイ駅に着き、そこで地下鉄線に乗り換えることができました。どう見てもこれで20分近く遅れたわけですが、みんな黙って降りていきます。無事に着けただけでもうけものくらいで、驚きも怒りもせず、散っていくのです。


 日本の「鉄道」というものが世界の標準と思っていたら、腹の立つことばかりなのは、ヨーロッパの多くの国の実態ですが、わけても世界の鉄道発祥の地とされている英国については、もうびっくりばかりです。

 まず、「時間に正確」ということはまず期待できません。だいたい、「時刻表」というものをほとんど見ることができないので、時刻表通りに走っているかどうかなんて、乗っている人間にはよくわからないのです。もちろん停車各駅の着発時刻といったものはありますが、まあなかなか守られません。以前、国鉄時代に、「鉄道の運行が乱れるという批判もあるが、調査の結果、なんと90%の列車はプラスマイナス5分以内で走っていると判明した」との大広告を見ました。それが大変な自慢であったようです。


 なぜ運行が乱れるのか?いろいろそのつど理屈がついて回ります。ダイヤが複雑、それもあります。かつて文字通り網の目のように発達した各路線の間をいろいろ走る列車があるうえ、ロンドンの各駅はじめ、大きな駅は「ターミナル駅」として「行き止まり方式」になっており、どのホームのどの線路に入るのか、実に複雑です。ウォータールーやユーストン、キングズクロス、ビクトリアなどの幹線始発駅は線路が20以上もあって、実に壮観なくらいです。ですから、一本の列車が遅れれば、たちどころにその影響が多くの路線の列車に及んでしまうわけです。通常、ターミナル駅に入る手前で(そうでなくても)、信号待ちの「一時停止」するものと見た方がいいでしょう。


 それから、車両や施設の老朽化です。はっきり言って、こんなボロい車両がよくまだ走っていると思うようなものが珍しくありません。特にキングストンなどのロンドン南西部の路線を走っているのは、相当な時代物がよく見られます。少なくとも、30年以上は経っているでしょう。ですから、よく故障があります。というより、車両のやりくりがつかないから運休、なんていうのは日常なのです。そして、信号系統やポイントの故障、これも日常茶飯事です。大事故にならないだけみっけものと思うしかありません。

 老朽化車両までいかなくても、知るひとぞ知るように、幹線の特急列車(インターシティ)でさえも、いまだ大部分の車両は「手動ドア」(!)です。それで200km近いスピードを出したりするので、スリル満点ですが、一応「電動ロック」になってはいます。でもたまに走行中にドアが開き、転落して死ぬ人間もいます。そこまでいかなくても、乗客が乗り降りでドアを開けても、自動で閉まってはくれません。ですから、特急の各停車駅では駅員が待機していて、発車間際の各車両のドアをはしから閉めて回ります。それだけで相当に時間がかかること必定、おまけにやたら乗り降りに時間がかかる人間、発車間際に飛び乗る人間も少なくありません。これが特急だけじゃなく、ロンドン南西部の通勤列車の旧式車両に至っては、前世紀の遺物とも言える「コンパートメント方式」になっていて、それぞれにドアがついていたりするので、一両にドアが8つも9つもあるのです。駅に停まるたびにえらいことなのは明らかでしょう。


 車両がボロなら、線路の施設も相当に時代物です。ですから、頻繁に工事が必要になるのはやむを得ないところでもありますが、この国では線路工事を夜間にやるという発想はありません。日中、しかもよく列車を止めてやるのです。ウィンザー行きの「大惨事」の前にも、ロンドンの知人を訪ね、リッチモンドからの「ノースロンドンシルバーリンク」という誰も知らない路線を使ったのですが、以前には順調にいったので安心していたところ、油断大敵、列車がなかなか来ません。リッチモンドに早く着きすぎたので、一本見送ったら、これが間違いのもとでした。15分も遅れて発車、前のは定刻通りに出たのになんでだ?と思っていたら、やはり途中で「工事中」でした。そうした際には、列車を一時「通行止め」にするなんて、よくあるのです。ここの鉄道では、どうやら工事の現場責任者には列車を止める権限があるようです(12年前、工事区間にさしかかった列車が一時停止、そして逆行し、今度はべつの線路に入りなおして通過するというのを経験したこともありました。要するに、「道路工事」と同じ発想と思えばいいのです)。


 そして、このトウィッケナム・フェルタム間のように、工事で終日列車を止めるなどというのも決して珍しくないのです。日本のように、その何ヶ月も前から予告の掲示や広告を至る所に出し、頻繁に車内放送や駅構内放送をやり、「周知徹底」を行き渡らせたうえ、当日は各駅に駅員が総出で案内や誘導にあたるなんて、そんなカネのかかることを間違っても予想してはいけません。確かに、言われてみればリッチモンドの駅構内に「工事で運休」の張り紙は出ていましたが、詳しいことは書かれていませんし、ましていつもその駅を利用していなければ、絶対に気づかないことです。平日に工事をやって列車を止めるより、日曜日だからいいだろうが、と言わんばかりの姿勢のみ目立ちます。


 つまるところ、「鉄道だから、いつも正確に走っている」といった先入観を捨てればいいのです。まあ、「走っていて、乗れて、目的地にまでたどり着けたらもうけもの」と悟ることです。現場の人間たちは気楽なものです。運休や遅れで乗客がどんな顔をしていようと、常にマイペースです。たばこをくゆらし、飲み物を飲み、仲間と談笑し、ジョークを言い合って、楽しいものです。今度連休に、ダーリントンに行くので、キングストンの駅で座席予約をしようとしました。まず行ったら、いきなり「コンピュータが故障で、座席予約などできない」との女性駅員のお返事です。「今日は無理か?明日なら?」と聞けば、「そんなことわからん」と宣告されました。2日後に行ったら、今度は予約窓口が開いていたので一安心と思って列に並んだところ、折からの雷雨で、どこかに落雷があり、一瞬電灯が消え、なんとコンピュータの画面も消えました。ああ、これで今日もダメかと思いましたが、幸いにしてコンピュータは回復、もちろん担当の中年男の駅員はいささかも動じません。でも、私の番の前に、デスクのうえを虫が這っているのを発見し、早速同僚を呼んで、「おい、見ろよ」などとやっているのです。

これが「指定席券」!?


 それでもようやくのこと、座席指定をやっていただくことができました。それも、よくわからないことをいろいろ言われたうえ、ともかく座席予約と乗車券は一緒に買わなくちゃいけない(そんなことどこに書いてある?)、帰りの列車は指定しないのか?この割引往復乗車券はいついつといついつは使えない、等々、ひとくだりあっての始末です。それでもらった「指定券」は、ちゃちな紙切れに手書きで、月日、発車駅と時刻、車両番号、座席番号などが書き込まれただけのものです。こんなのが「指定券」?誰もが恐怖と不安を覚えましょう。12年経ってもなんの進歩もないとは、大したものです。


 ここには重要な教訓がいくつかあります。まず、この国ではなんでも「聞け」というのが原則になっています。日本のように、自分で「時刻表」を買って、列車の運行時刻を調べ、接続を考え、それにもとづいて「特急券」や「指定券」を申し込むなどという酔狂な発想は、昔も今もありません。だいたい上記のように、「時刻表」を見かけません。いま、全国時刻表が駅の売店で売り出されており、私も一部入手しましたが、これはすぐに見かけなくなります。でも、各駅にも「列車ダイヤ表」といったものは一切なく、あるのは発駅と着駅別に記された、発着時刻一覧のみです。一見便利のようですが、接続や乗り換えなど一切わかりません。また、往復乗車券など実に複雑で、値段が千差万別ですが、その条件や制約などは切符のうえには一切書かれておらず、「掲示を見ろ」とのみなっています。でも掲示なんかどこにもないので、結局「聞く」しかないのです。

 「時刻表」も同じことです。しかも、時刻表にとって一番大事な、今度の休日にはどういうダイヤで走るのか、この列車は運行するのかといったことは書いてなく(平日と、土曜日、そして日曜日は大幅にダイヤが違うのです)、これも「聞け」と記されているだけです。


 では、どこへ行ったら「聞ける」のか?一般に鉄道を利用して旅行をしようなどという物好きは、各駅の「旅行センター」へ行って、長い行列に並んで、ようやく順番が来たら、自分の希望行き先、月日など一から話し、それに合わせて窓口の担当者が克明に調べ、乗るべき列車や乗り継ぎを詳細に提示し、アレンジしてくれるのを待ちます。親切のようでもありますが、ですから当然とんでもなく時間がかかります。そうでなければ、それぞれの地元のトラベルエージェントにすべてお願いした方が楽ということになりましょう。

 これではものの役に立たんと思うひとは、駅の出札窓口で「聞く」しかありません。そういう旅行者は当然少なくありません。まあ、それでいろいろ言っていただけますが、なんせ、窓口ごしのうえ、駅員の方々は、エイゴをよく解さない外国人には分かりやすく話してやるといった余計な親切心はありませんので、ふだん通り、仲間内同然、よくわからないしゃべり方でまくし立ててくれます。その意味が分からなかったら、もう「あきらめる」しかありません。後ろにはすでに長い行列ができていますので。

 「聞け」というのは、結局「知識の独占としての『職業能力』の証明」と、「仲間内の世界」なんだと、納得するしかないでしょう。もちろん日本のように、外国人にはほとんどわからない言語のみ通用し、また窓口の人間はほとんど外国語を理解しないというところも似たようなもの、とも思えますが、ともかくそこでは「知識」を「公表」「共有化」しようとするしくみができています。また、「ガイジンにはニホンゴがわからないだろう」という前提で、なんとか理解してもらおうとの懸命の努力をみんなやります。「聞け」で済んでしまう世界は、決して「ガイジン」には親切ではないのです。


 いまひとつは、「国鉄分割民営化」の成果です。最後のサッチャーリズムの実践か、あるいは日本のまねをしたのか、British Rail は分割民営化されました。でも、その実態もやり方も、日本とは大違いです(これについては、また詳しい「研究」を紹介したいと思います)。

 考えてみれば、日本の「国鉄民営化」はどこが民営化なのか、そっちの方が不思議な限りです。ですから以前にも、よく聞かれました。「誰が、いくらで鉄道を買ったんだ?」って。数十兆円の超借金超赤字国営企業をわざわざ買う、もの好きはいるはずがありません。ですから、借金はすべて棚上げ、営業収支で儲かること確実の路線区間と、絶対つぶれそうなところとに「分割」、なお、儲かりそうなところさえ、所有権は事実上国有そのまま、経営は旧国鉄経営陣が横滑り、要するに「国有」企業を形式上「一般民間企業」形態にしただけというトリックです。なるほどその後、分割された「東日本旅客鉄道株式会社」などの株式は公開されましたが、いまだってこの「企業」の性格を問えば、基本的に国営企業と見た方が妥当ではないでしょうか。口の悪い言い方をすれば、借金を棒引きにしてもらって、それぞれ「会社ごっこ」「競争ごっこ」を始めたというべきでしょう。

 それでも、日本のあほなマスコミのおかげで、多くの国民はこの「分割民営化」により、借金が消滅したかのような錯覚に陥りました。「ジェーアール各社、経営順調」「単年度黒字化」などといった記事で、ああやっぱり「国営」はいかんなあ、「親方日の丸」はダメだよ、などと納得したものです。まあ、同じ人間たちが横滑りし、借金を棒引きしてもらって、絶対儲からないところをなしにしてもらって、それでも「つぶせ」ば、単に馬鹿というだけでしょうが(その借金のゆくえまで、誰も気にもしません)。


 「民営化」先進国英国では、正直に行きました。それぞれ、機能ごと路線ごとに切り売りし、「買い手」を探したのです。「ネットワークサウスウェスト」という、キングストンなどのロンドン南部の各路線の運行は、「Stage Coach」という名の、元来各地方の路線バスなどを経営してきた企業が買い取りました。ロンドンから北へ向かう幹線の特急列車部門のいくつかは、周知のように、リチャードブランソンのバージングループが買い取りました。その他の各路線をどこが買ったのか、また旧英国国鉄の借金はこれまたどうなったのか、私もよく知りません。もっと勉強する必要がありますが、少なくともこの分割民営化で、乗客サービスは悪化したということを、誰もが認めています。

 日本のように、「民間企業」になったとたん、みんな態度一変で「サービスにこれつとめる」などというのは、この国ではおよそ考えられないことですし、現にうえのようなありさまです。むしろ、「民営化」で、「クビの心配は当面なくなった」と、みんな安心しているのかも知れません。少なくとも「何も変わっていない」と私は感じます(以前のように、「乗務員が確保できないので −つまり、運転手が来ないので、この列車は運休」なんていうのはなくなったかも知れませんが)。

 逆に、車両や設備の更新などはいっこうに進んでいないように感じます。「民営化」すれば、民間資金が流れ込んで、新たな投資がはかどるという計算でしょうが、そうした動きは、前記のヒースロー空港特急などごくわずかです。商売上手のブランソンが、なんでこんなお粗末なサービスのままの列車を動かしているのかと言えば、彼も鉄道がこんなに金食い虫とは予想できなかったんだろうという風評も聞きました。せいぜい列車の色を塗り替えるとか、乗務員にバージングループの制服を着せるとか、そんな程度しかやっていないのです。


 もちろん、カネをかけなければ、公共輸送機関は生命の安全にかかわります。実際、各鉄道会社はともかく路線を運行するのに手一杯、線路の改修や向上に手が回らず、ために事故続発なんだという声もおおっぴらに出ています。先日も通勤時間のテームズリンクのキャノンストリート駅手前で、あと数十cmで二本の列車が衝突という大事故寸前の事態がありました。保線員が人手不足で、「酒酔い作業」でクビになったのがすぐに別の鉄道会社に雇われているなんていう記事もありました。


 この国では「分割民営化」なんてある意味では簡単で、ちょっと前までやはりその通りだったのです。それを、鉄道各社の経営不振から、1948年に当時の政府の「国有化政策」ですべて買収統合し、「British Rail」一本にしていたのです。それが元に戻っただけ、というのも実感です。

 信じがたいことに、「国鉄」になっても、もとの各社の「伝統」はそのままでした。ですからすでに書いたように、ロンドンの北と南では電化の方式がまったく違う(南は第三軌条方式)、一方西行きの路線はいまだ電化せず、ロンドン各地にはやたら大きな駅がやたらあり、キングズクロス駅(北イングランド・スコットランド行き)とセントパンクラス駅(シェフィールド行き)など隣り合ったまま、という状態でした(もっともセントパンクラスはユーロスターの最終ターミナルにする計画のようですが)。各地にはこれまたやたら大きな車両基地などがあり、朽ちるに任された古い車両が多数放置されているのをよく見かけました。そして、列車の座席予約システムなんて、この十数年間まったく進歩していないのです(今回経験したように、中央のコンピュータに各列車のデータはあるけれど、一部ターミナル駅を除き、各駅の端末はそれをややこしい手順で呼び出して、画面で列車と空席の所在を確認し、予約をキーボードから入れるだけ。あとは「手書き」。日本の20年以上前の光景を思い出せばいい)。


 分割民営化であろうが、統合国有化であろうが、別にそれ自身が「特効薬」でも「打ち出の小槌」であるわけでもありません。要はそれで何をやるのか、ということです。そして「経営」である以上、カネはどこからどのようにしてくるのか、何に使うのか、そして入るところと出るところの帳尻はどう合うのか、これが重要なのです。

 もちろん「企業」の経営がどうのような状態になろうとも、公益事業である以上、一般の利用者にとっては提供されるサービスがどうなるのかも当然大問題です。それこそが私たちが毎日直面する問題です。その点で興味深いのは、この国では鉄道に限らず、さまざまな分野で、利用者ないし受益者の利害を反映する機関が設けられているという事実です。これは、自治体、警察や水道などにまで及んでいます。労使関係における「三者協議」tripartite原則にも似て、公益事業体、利用者、そして第三者機関というルールができています。消費者の「苦情」を扱うという意味では、そうした機関が多くの分野に存在しています。

 分割民営化後、この第三者機関の要求にもとづき、政府監督機関にはどうやら、各鉄道会社を「懲罰」する権限もあるらしいのです。今回、各鉄道運行会社の、運行状況、安全確保、ラッシュアワー対策などの乗客サービス向上などについての「評定」が行われ、そこでのパフォーマンスが悪い企業に対しては、なんと「罰金」が課せられました。せっかくつぶれそうな国鉄を引き受けてやったのに、罰金なんかとられちゃあ合わない、とは思わないのでしょうか。

 「罰金」とは別に「補助金」も出ているのでしょうが、実に興味深いやり方です。「市場原理」と「政府の役割」の教科書的実験とも思えます。


 もっとも、この「民営化」にあたっては、とんでもない、ただ同然の代価で払い下げを受けた鉄道車両の所有会社ROSCOSが、今度はまたとんでもない価格で各路線運行会社に転売(本来リース)し、それでペーパーワークだけで巨万の利益を稼ぎ出したことが、最近暴露されました。まあ、日本の明治政府の「官営事業払い下げ」(あるいは、旧ソ連崩壊後の各「財閥」)のようなものと思えばいいでしょう。もっとも、とんでもない高値を設定し、それによって国民の懐から巨額のカネを吸い上げることに成功した、日本の電電公社民営化に比べれば、「政府の失敗」と言えるのかも知れません。

 この件について追及を受けた、当時の保守党政府の担当閣僚は、「市場原理のもとではそんなこともあり得る」と、堂々と開き直ったものです。まあ、いくら何でもこんなでたらめを言い、それでいて実際には「民営化」でボロ儲けをした連中とつながっていると誰もに知られている保守党が、政権に返り咲くのは、向こう10年間は無理でしょう。




 後日談

 そののち、休日を利用して、上記のように北東部ダーリントン(世界初の鉄道営業は、このダーリントンとストックトンの間のことでした)近くに住む知人を訪ねました。キングズクロス発の特急(グレートノースイースタン鉄道)では、以前より大幅によくなっていたのは、まず完全電化されたこと、客車のドアが自動化されたことです。もっとも自動ドアでありながら、開閉ボタンが付いているのは、都市近郊の通勤列車や地下鉄車両同様です。何でそこまで、乗客が開け閉めすることにこだわるのか(日本でもあるように、寒冷期の寒さしのぎという意味もありましょうが)、不思議です。

 列車はそれなりによかったものの、呆れたのは、乗ってみたら座席指定がいい加減で(ご存じの方があるように、ヨーロッパの列車では日本と違い、「指定席車」というものはなく、座席指定が申し込まれると、そのつど席ごとに埋まっていくしくみです)、私が買った席には「指定票」が差し込まれていないのです。これが背もたれのうえに差し込まれていることが、自分の番号の座席の「指定済み」の印なのですから、なんのための指定券かわかりません。私たちだけじゃなく、まわりの席もそうで、みんなとまどって騒いでいました。そんなに混んでいなかったので、これなら指定などせず、乗っかってその席に座っていたって同じこと(その席の指定券を持った客が来ない限り)、指定券分損したような感じです。

 それでもこの列車は、時刻表の表示に比べ、わずか1分の遅れのみで無事ダーリントンに着きました。これで「鉄道の魔神」とも縁が切れたかと思ったら、そんなに甘く見ちゃいけません。


 帰路、知人一家に見送られて、ダーリントンから乗った列車は、平日なのになんと殺人的に混んでいます。スコットランドの果てから来た列車で、ほとんどの座席が指定になっているので、どうにもなりません。ただ、停車駅も少ないことですし、降りた乗客があっても、その席の指定票が除かれるわけじゃないので、座っていない席についていた指定票を確認しようとしたところ、向かいに座っていた老人に、いきなり「ひとがいるよ!」と怒鳴られました。しかし、その後同じ席に別の若者が来てやはり同じ試みをし、そのまま座ってしまったところを見ると、この老人はここのところの挑発報道(天皇訪英に対する)で、「日本人憎し」の怨念に駆られていたのかも知れません。そんな不快な物言いをされることはそうはありませんので。その後これらの席には実際に座っていた連中が食堂車から悠々と戻ってきたのですが、それも指定席客が降りたあとを占めていた連中だったのです。それで先の若者は立たねばならなくなったのですが、今度は別の空いたところにさっさと移って座っていました。

 こんなやりとりも不愉快だったし、なにより金を払ってこんな混んだ列車に乗り続けるのも面白くはないので、次のヨーク駅で降りてしまうことにしました。時刻表では、30分後に別の列車が来ることになっていたのです。

 ところがやはり甘く見ちゃいけなかったのです。容易に列車は来ません。発着の列車を表示するTVスクリーンの画面には、すでに遅れが表示されています。その遅れ予定もこえ、結局20分あまりの遅れでようやく列車は来ました。この遅れについての車内放送によると、「ニューキャッスル付近でこどもが線路に入り、一時停止した」こと、さらに「ダーリントン手前で、バンダリズム(要するに破壊行為、日本のマスコミ用語で言えば「悪質ないたずら」)によってガラスが割られ、駅で応急措置をしたことが原因だそうです。それは確かに鉄道会社の責任じゃありませんが、まあいろんなことがよくあるものです。

 幸いこの列車は空いていたものの、結局30分近い遅れでキングスクロスにたどり着きました。なかなかこの片思いの魔神は見放してくれないのです。





 その後の後日談

 日本ではなかなか知られなかった英国鉄道「分割民営化」のその後については、9月の労働党大会(ブラックプール)で、ロンドンからの代表団を乗せた特別列車がまたも大幅に遅れ、ついに担当のプレスコット副首相もブレア首相も激怒した、というニュースが報道されて、ようやくその一端が漏れ伝わるようになったようです。

 それにしても、この列車の遅れの原因が(バージントレインズ)、「交代乗務員が来なかったため」というのですから、笑っちゃいます。別に労働党大会をねらったサボタージュなんかじゃありません。うえに私が書いたことは残念ながら間違いで、民営化後も以前同様、「運転士が来ないから運休」なんて常態なのです。


 11月、さまざまな警告や罰金やその他もなかなか功を奏さないので、各列車運行企業グループ代表を集めた会議で、プレスコット副首相は、このままだと「免許更新はないぞ」と脅かしました。私も少し研究してようやくわかったのですが、この「分割民営化」では、インフラ部分と運行部分を切り離し、線路・施設を所有する企業、車両を保有する企業、そしてこれらからレンタルして、特定の路線の列車運行をする企業、といった具合に分けたようです。この列車運行企業が、全国各路線毎に相当数生まれ、それぞれ「入札」にもとづいて数年間の運行免許を得て、事業を行っているという形です。ですから、国有化以前にそのまま戻ったわけではありません。

 線路は別として、車両については、レンタルでも自前調達でもいいのでしょうが、それにしてもちっともよくなっていません。全然お金を使っていないことが一目瞭然です。特に、キングストン周辺の「Network South West」は最悪で、30年、40年前の車が「大活躍」です。

 そして、今度の運行企業会議の席で、あわせて「七〇〇人の新乗務員の採用が約束された」そうですが、全国でそんな数で足りるのか、ということと、運転士は採用後明日から運転ができるわけじゃなく、養成訓練に相当の時間がかかることを考えれば、事態の好転は容易なことじゃありません。しかも、車両等への新投資の具体的な計画の話は出なかったそうですから、なにをかいわんやです。その一方、「大幅改善にはその資金を運賃値上げで確保」という声も公然と出ているそうで、もう踏んだり蹴ったりです。


 ニッポンでは、そのバージングループを率いるリチャード・ブランソンの「伝記」だか「自伝」だかが出て、また評判を呼んでいるようです。確かに、パフォーマンスとマスコミ利用のうまい、やり手でしょうが、例によってこういうのを読んで「感激」された方は、是非とも「バージントレインズ」の特急に乗られ、その感激のナマの実感を味わわれることをおすすめします。





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