中小企業の産学連携とその課題


 
 

             社団法人中小企業研究センター 調査研究報告 No.119

                                2006年3月刊


 
 (三井逸友、高橋美樹、北原哲 担当執筆)


まえがき
 
 
 激しい環境変化のもとで、多くの中小企業は既存の事業分野や製品・サービス・業態などに安住せず、新たな挑戦をさまざまなかたちで続けている。中小企業の経営革新と創造的事業活動はまさしく現実の課題である。しかし、個々の企業だけでは利用できる経営資源や固有の技術等に制約が多く、むしろ外部の経営資源をどのように取り込むか、あるいは他企業などの主体とどのような新たな関係を結べるかが、こうした企業の挑戦課題となっている。政府の中小企業政策においても、2005年に制定された中小企業新事業活動促進法を手がかりに、「新連携」施策を軸とした新しい連携への動きを今後の主な支援対象とするものである。
 
 その際、他の中小企業とのみ連携共同をはかることが必ずしも順調にいかず、期待したような成果を容易にあげないことが80年代からの異業種連携などの試みの教訓となっている。これにはさまざまな条件と課題が絡んでいるが、それのみならず、日進月歩の科学技術の進展を積極的に応用利用する、あるいは技術上や経営戦略ないし経営技法上の困難と課題を打開していくため、大学や研究機関の最新の研究動向、そこから派生する成果をとりこみ、またこれらと協力し、企業の技術と経営能力を大幅にステップアップしていくことを考えるべきである。過去の蓄積と実績はその基盤であっても、ともすれば「ロックイン」の危険を企業経営にもたらし、袋小路に追い込むことも避けがたい。そのため、中小企業の側からの産学連携の模索は近年活発になっていると言える。
 
 
 一方で政府はグローバル化と知識基盤経済下における厳しい国際競争と急速な技術革新の波を乗り切るために、「技術立国」を掲げ、大学や研究機関の研究成果を事業化に結びつけていくための一連の立法と政策的環境整備に努めてきた。TLO(技術移転機関)の設置、国立大学や国立研究機関の独立行政法人化、産学官連携を推進するしくみづくりなどの動きが顕著である。その結果、公私を問わず多くの大学が産学連携を重要な目標に掲げ、推進に努めている。こうした動きはもちろん世界共通のものであり、米国経済の復活を支えたシリコンバレーモデル、欧州における産業クラスター戦略とRIS地域イノベーション戦略などは象徴的である。その中では、大学や研究機関と大企業との連携にとどまらず、地域の中小企業との連携と成果の実現こそが各国並びに地域の知的インフラと競争力を形成するものであり、これを目的意識的に追求すべきであるという考え方が強まっている。
 
 もちろん、現実の中小企業の産学連携の試みには数多くの障害と困難もある。中小企業庁の調査によっても、従来から地域の中小企業を支えてきた公設試への期待が依然強い一方、産学連携自体から新技術や新製品につながる成果を得てきた例は決して多くはない。また大学等での研究成果をもとに起業する研究開発型企業も相当数現れているものの、これらと既存企業との関係が望ましいように展開しているとも言えない。大学等の研究の水準と中小企業の実情とのギャップ、双方の根本的な情報の不足、大学側の無関心や人的つながりの乏しさ、利害一致への展望の乏しさ、研究資金や事業化資金の不足などが根底にあると考えられる。「大学は敷居が高い」という先入観は依然根強い。
 
 しかし、こうした現状を大きく打開することができなければ日本経済の未来はない。また、多くの中小企業の将来はひらけず、大学や研究機関の使命は十分に発揮することができない。そこで当調査研究においては、中小企業による産学連携の意義、性格と課題を理論的に整理するとともに、これを効果的に推進実現する道を多くの実例における教訓に求め、画期的な成功例のみならず、さまざまな試行錯誤の過程を忠実詳細に追い、具体的な展望と政策的なインプリケーションを示すものである。調査研究においては、産学連携の活動によって広く知られる中小企業を全国に求め、計15社を訪問調査し、詳細な聞き取りと資料収集を行った。それにより、企業側のとりくみや大学等の実情・とりくみのみならず、上記のような双方の情報と信頼関係の不足を補い、中小企業の特質と制約に十分に配慮したしくみづくり、仲介機関やコーディネーターの役割、また資金面を含めた効果的な政策支援のあり方などにも注目している。
 
 
 なお、今日では中小企業の困難打開のために、科学技術面などに限らず、大学の研究スタッフや学生などの地域連携、「商学連携」などの動きも見られ、大学側の地域貢献や学生のインターンシップと起業教育の機会として関心を集める向きもある。これらにも共通する理論的ないし政策的なインプリケーションがあろうが、本調査研究としては主には、フォーマルインフォーマルを問わず、中小企業の研究開発、新技術利用、新製品開発や技術的課題の解決を主目的とした産学連携の経験を調査対象とした。また、大学の専門研究者が研究成果をもとに企業をおこす「大学発ベンチャー」の動きも注目され、政策的な焦点の一つにもなっているが、こうしたかたちは今回の調査研究の対象とはしていない。あくまで、「普通の中小企業」が大学等と連携をして新技術などに取り組む動きを考察するものである。

 

 
 当報告書は以下のように構成される。
 
 
 第1章では、中小企業の産学連携の形態ならびに一般的な意義とこれをめぐる最近の状況を概観し、多くの試みが本来の目的、つまりイノベーションの一手段を生かし「革新利潤」を得られるところには必ずしも到達していない現状を指摘する。今回の調査ではこうした現実のもとで、中小企業がどのようにして産学連携を経営成果に結びつけられるのか、そのために政策的にはなにが必要なのか考察するものであると位置づけられる。また、経営成果の指標として特許件数などを用いないことを説明している。
 
 
 第2章では、今回調査した中小企業事例の概要と事業内容を紹介し、それらがなぜ産学連携にとりくんだのか、どのように連携先を見出し、関係を築いてきたのか、契機と糸口を具体的に検討している。既存事業の不振や縮小の不安などもあれば、事業発展、企業価値向上をめざしての新技術開発の挑戦もある。地域とのかかわりが概して大きい。しかし大学の「研究成果先行」的なタイプが多く、それだけに具体的な事業化までに要する期間や販路開拓などに課題がある。連携先をえるについては、公的支援機関の紹介や仲介、交流会や研究会の場などが多いが、独自にアプローチしていった例も決して少なくない。具体的な「経営成果」面では数字で目に見えるものが多いとは言えず、企業体質変革や人材能力育成、知名度向上などさまざまな側面が意識されている。
 
 
 第3章では、事例企業の産学連携へのとりくみの諸問題を分析し、検討している。個々のとりくみも決してつねに順調ではなく、容易に成果を示せない。そこには、対象となる技術自体の性格の問題、中小企業の新事業展開などに共通する制約と問題、企業と大学などという異質な組織間の連携関係に伴う問題、中小企業自体の経営のあり方に伴う問題が指摘される。十分な情報の収集と活用、市場の用途開拓や売り方のしくみ開発、産学連携関係へのつよいコミットメントと企業側の積極的な経営努力とともに、主体的なリーダーシップの確立と発揮、それぞれの立場をわきまえた関係構築と人間的な相互理解の進展、企業内部での調整と産学連携の効果活用が必要である。
 
 
 第4章では、産学連携の成果の多様さを認めながらも、新事業の創出や新技術開発など本来のイノベーションを可能にする条件を考察検討し、「技術プッシュモデル」に比べて、市場ニーズを起点とし、多くのフィードバックを伴う「連鎖モデル」の方が中小企業には相対的に適していること、また社外知の積極活用をはからなければならないことを示している。社外知の活用をおこなうには問題解決能力の蓄積向上が欠かせないのであり、そのための問題の明確化と学習能力養成にさまざま努力していることを多くの事例は物語っている。もちろん企業の目的が商品化・事業化にあれば、学習能力の養成を媒介とした段階的発展と企業進化のスパイラルが描ける。加えて、メンタルモデルのすりあわせと企業のリーダーシップ、ギブアンドテイクの精神、技術知識と現場感覚を持つ仲介機関の活用が有益である。
 
 
 第5章ではまとめとして、今回の調査研究の含意を再度整理し、中小企業の産学連携の一般的意義、企業経営面や公共政策面における課題などにわたって提起をしている。中小企業の産学連携には諸方面と当事者たちが長い目でかかわることが望まれる。
 
 
 巻末には、今回の調査事例15社をそれぞれ詳しく事例研究し、掲載している。

問い合わせ先.中小企業研究センターのWEBサイトへ

これまでの、三井のかかわった調査研究紹介のページへ




もとへ戻る