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プライドのめばえ

2011.08.04. 掲載
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孫娘は今、2歳8ヶ月になる。最近は週1〜2回預かってお守りをしている。一緒に過ごしていると、感心することの連続で、ジジ、ババはほめまくるが、聞き慣れているせいか、孫はそれほど嬉しそうな素振りを見せない。そのほかのことでは、身体全体で、嬉しさ楽しさを表現するこどもなのだが、、、

先日、「久石譲 in 武道館−宮崎アニメと共に歩んだ25年間−」というビデオを一緒に観ていた。林正子というソプラノ歌手が、「もののけ姫」を素晴らしく歌い上げ、「崖の上のポニョ」のオープニング主題歌を格調高く歌うのを聞いたところで、「りおちゃんも大きくなったら、この人のように上手に歌えると思うよ」と私は言った。

すると、即座に裏声を使って、その歌の最後の部分を歌ったのだ。これには仰天し、絶句してしまった。カンツォーネやオペラのアリアがよくやるように、歌の終わりを通常より4度か8度上げ、延ばして歌うあの歌い方である。後で、調べてみると、B♭(ビーフラット)だった。

孫の裏声(ファルセット)など、これまで一度も聞いたことがない。いつもは、身体でリズムを取りながら、自分も一緒に歌うのを、1年も前から何度も見てきている。しかし、これまで一度も歌ったことのない難しいスローバラードの最後を、音程を違えず、ファルセットで即座に歌ったのだから、呆れてしまった。

その時、かって私は、めばえはじめたばかりの孫のプライドを、それとは気づかずに傷つけてしまったことを思い出した。

昨年9月、孫が1歳9ヶ月のころ、私はミュージカルに出演し、「美しき国・美しき人」というスローバラードを歌った。翌10月、孫一家の青森旅行にお供した時、レンタカーの中でその歌を孫が歌うので、私も妻も驚嘆し、感動した。この歌は音域が広く、格調高いスローバラードである。スゴイ子だと思い、夢中でほめた。

孫が2歳になる直前、ミュージカルのビデオを喜んで観ていた時のことだった。私の歌う「美しき国・美しき人」が始まると、「オオゾラ、カケエルユメー、、」と一緒に歌いだした。そこで、私も一緒に歌うと、身をよじらせて拒否し、負けないように声を張り上げる。しかし、最後は歌わないように手を左右に振り「ボウボウ、ダメナノ」と3回も言った。「ボウボウ」というのは、祖父としての私の呼び名で、「ボーボとグランマ」に詳しく書いている。

「ボウボウにも歌わせてよ」と言われ、仕方なく自分も一緒に歌っているが、やる気は落ちている。最後はボールを見つけ、ビデオを観るのを止め、ボールを触りはじめた。

そのあと、ボールから、ままごと遊びに変わったが、「ウツクシキ、ウタウ」「ウツクシキ、ウタウ」「ウツクシキ、デテキナサイ」と言っている。「どこへ出たらいいですか?」と問うと、「ラクダ」という。ミュージカルの名前は「ラクダのダンス」だ。ここで自分が歌いたいと言っているのだろうか? とにかく、孫の気持ちは乱れている。

これらは、撮影したビデオの内容を、記録のために書き出していて分かったことだった。撮影中は撮ることに関心が集中し、孫の気持ちにまでは気が回らなかった。そして、2歳足らずの孫娘にめばえてきたプライドを、私は気づかずに傷つけてしまっていたことを知ったのだった。もう、たまらなかった。

ミュージカルの他の歌は、私が一緒に歌っても嫌がらない、むしろ喜ぶ。また、自分がよく知らない歌は、「ボウボウ、ウタッテ!」とせがむことも良くある。しかし、この歌だけは、一緒に私に歌われたら困るのだということを、ビデオを整理して、はじめて知ったのだった。

孫には可哀想なことをしてしまったが、「こどものプライドの誕生」を体験できたことはありがたかった。孫と一緒にいることで、人間は、生まれてから、どのようにして成長していくのかを学ぶことができる。これが老人の知的好奇心を刺激し続ける。孫を授かったから、そして、守りをさせてもらえるから、このようなことが可能なのだと、運命に感謝している。

その後も、この「美しき人」を私が歌うと「ジブンデウタウ」とか、「ボウボウ、ウタッテハダメ」などと嫌がる。他の歌では言わない。この難しい歌を歌うのに、周りが本気で驚き、感心したのがよほど嬉しかったのだろう。だから「美しき国・美しき人」は自分の持ち歌、十八番と思っているのかもしれない。

最近、そのこだわりも少なくなってきたと感じていたら、今回の林正子の歌の真似で、ど肝を抜かれてしまったのだ。

孫は、歌が好きで、リズム感、音程も確かである。ふだん良く歌い、鼻歌まで出る。それなのに、昨年のあの時以来「美しき国・美しき人」をあまり歌おうとはしなかった。今回、自分では一度も歌ってはいない難しいスローバラードの最後を、裏声を使って正しい音程で歌った。

このことから、孫のプライドは「難しいスローバラードが歌える」ことだと分かった。プライドというものは、秘かな思いなのだ。声高に話すものではない。リズムのある楽しい歌を歌うのは、自分が好きで楽しんでいるのだから、誇りでも何でもないと言うことだろう。

孫のように、ほめられ続けてきたこどもは、大人が心底から感動してほめた時に、心に大きなインパクトを受けるのかもしれないとも思った。

これらのことを勉強させてもらった。面白い子だ。そして、可愛い子だ。


<2011.8.4.>

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