一. 誕生日と命日(上・下)
二. 規則の異なった世界(上・下)
三. 自動書記の開始
四. 信仰の意義
五. 無名の陸軍士官
六. 霊界の分野(上・下)
七. 五歳の女児と無名の士官
八. 叔父の臨終(上・下)
九. 霊界より見た人間の肉体
十. 霊界の図表(上・中・下)
十一. 聖者の臨終
十二. 霊界の学校(1~5)
十三. 自分の葬式に参列(上・下)
十四. 霊界の大学(上・下)
十五. 犬の霊魂(上・下)
十六. 星と花
十七. 問題の陸軍士官(上・下)
十八. 守護の天使
十九. 実務と信仰
二十. インスピレーション(上・下)
二十一. 霊界の美術と建築
二十二. 音楽と戯曲(上・下)
二十三. 霊界からの伝言
二十四. 大学の組織
二十五. 霊界の病院(上・下)
二十六. 無理な注文
二十七. 公園の道草
二十八. 霊界の動物(上・下)
二十九. 幽界と霊界
三十. 幽界見物(1~4)
三十一. 欧州の戦雲
三十二. 戦端開始
三十三. 通信部の解散
一. 誕生日と命日(上・下)
●誕生日と命日 上

ワード氏の叔父に当たり、且つ同夫人の父であるL氏(H・J・L)は1914年1月5日午前9時、その80回の誕辰を以って身罷(みまか)りました。しかるにワード氏はこれに先立つこと約一ヶ月、1913年12月初旬に叔父の死ぬる夢をありありと見たのであります。これがそもそもワード氏の身に、世にも不思議なる幽明交通の道の開けうる発端であります。夢の知らせは叔父が急病で死んだことから始まり、それから段々その葬式の模様に移り、自分自身が式に参列している光景さえ見えるのです。その時の悲しい感じ、又悔やみに来た人達の言語動作の一切がありありと同氏の胸に深く刻まれて、覚めてからも消えないのであります。
で、氏はこの事を夫人のカーリーに打ち明けますと、それなら一緒にロンドンへお見舞いに行こうということになったのですが、生憎夫人が病気になって、決めた当日に出発することが出来ないでしまいました。すると1月5日午前10時15分頃、叔父が死んだという急電に接したのであり、その時の悲しい感じ、又続いて経験した葬式中の出来事は一ヶ月以前の夢と寸分の相違がないばかりか、棺桶の中に永眠している叔父の顔までが夢で見たのとそっくりで、生きている時の顔とは余程異なっているのでした。叔父の葬式は1914年1月8日に執行されました。
ところが、叔父さんが亡くなって丁度7日目、1月12日の月曜の晩にワード氏は又もや叔父の夢を見たのであります。叔父の顔は生時の顔と似ていて、しかし何処やら異なっている。言わば生顔と死顔とをちゃんぽんにつき混ぜて半分にしたような顔なのでした。
叔父さんはこう言い出しました――
叔父「ワシは最初カーリーに通信してみようと試みたのじゃが、いくらやってみても上手く行かんので困った。最後にお前を見つけてやっと成功した。カーリーにはお前からよく言い聞かせてもらいたい――霊界へ来てからワシは以前よりもずっと元気がよくなり、頭脳の具合なども大変よくなって来たと・・・。
しかし近頃ワシは勉強することが沢山で、まるで小学校の生徒のようなものじゃ。生きている時分にさっぱり信仰上の準備をせずにおった罰でな・・・。ワシの居る所は何れも信仰心の薄い、初心の連中のみの集まっている境地じゃ。カーリーにもこの事はよく言い聞かせてもらいたいな。
しかし、いくらかマシなことには、ワシはこれでも多少の信仰心はもっていた。さもないことには、危なくもう一段下の組、つまり未信仰者の部類に編入されるところであった。ワシは生きている時分に、人間は何を信仰したところで同じことだ、などとよくよく呑気なことを言ったものじゃ。しかし霊界へ来てみて、それが間違いであることがよく判った。そんな気でいると、少なくとも霊界へ来た時に大まごつきをやる」
ワード「只今あなたは組と仰いましたが、一体それは何のことでございますか?」
叔父「ワシは死んでから初めて知ったのじゃが、人間というものは、信仰の程度に応じて死後それぞれの組に編入されるのじゃ。どの組にも教師が一人ずつ付いているが、その教師というものは、つまり昔話に聞かされた天使みたいなものじゃ。しかし絵に描いてある、あの馬鹿げたものとは余程検討が違う。
この教師がワシ達に不足している箇所を教育して行ってくださるのじゃ。いよいよ出来上がると、ワシ達は上の組に進級し、従って従来と全く違った人達と一緒にされる。一体自分と毛色のまるきり同一な者と始終顔を突き合わせているほど退屈なことはない。上の組へ行くと、種類がずっと増えるからありがたい・・・」
●誕生日と命日 下
叔父さんの方では判り切ったことであっても、聴く方の身になると疑問百出で、話はそれからそれへと続きました。
ワード「あなたは只今上の組と仰いましたが、それはどんなところでございます?」
叔父「それは信仰心はあっても、行状がそれに伴わぬ連中の居る境涯じゃ」
ワード「すると、天国、地獄、煉獄などというものは、あれは実際存在するのでございますか?」
叔父「さぁ地獄の有無はまだ今のワシには判らない。現在のワシに判っているのは自分の居る組と、自分より上下の組だけじゃ。実は霊界へ来た時に、昔の友達に会えるだろうと予期していたのじゃが、まだ会えない者が沢山ある。が、勿論霊界に居ないのではなく、ただ他の組に入っているだけのことらしい。純然たる未信者は皆下の組に居る。そして暫く経てばその連中がワシ達の境涯へ上って来る。
それからあの煉獄じゃが、あれは大体自分達の居る境地を指して言っているものらしい。しかし煉獄はむしろ勉強の場所であって、刑罰の場所ではないようじゃ。もっともいくらか刑罰の気味もないではない。生前くだらなく時間を費やしたことが霊界へ来てから悔やまれる――それが刑罰と言えば刑罰に相違ない。それから不思議なことには、ワシ達の仲間が大勢いるくせに、何やら心寂しく感じられてしようがない。どうも余りお互い同士が似寄り過ぎていると、相手にして面白味がないものらしい。で、ワシは一時も早く他の組に入って、昔の友達に会いたさに、今せっせと勉強しているところじゃが、中々思うように進歩せぬには弱っとる。現在のワシはまるきり小学校の生徒さんじゃ――それはそうとワシの誕生日は月曜日で、死んだのも月曜日であった。死ぬることはつまり霊界に生まれることじゃ。して見ると月曜日は何処まで行ってもワシの誕生日に相違ない・・・」
ワード「叔父さん、あなたは御自分の葬式のことを御存じでございますか?」
叔父「そりゃ知っています。ワシは自分の体がベッドの上に横たわっているのを見ました。あの時はお前もワシの死骸を覗きに来てくれたね・・・。
時に、これだけは決して忘れずにカーリーに伝言してもらいたい――生きている時に信仰心をもっていると、死んでから進歩が早いので大変助かると・・・。出来ればワシなどももう少し信仰心があればよかった」
ワード「叔父さん、あなたはもう一度現世に戻る思し召しはございませんか、若し戻れるものなら・・・」
叔父「それは無い! 霊界の方が余程面白い。毎日毎日進歩しているもの・・・。いやワシはもう帰らなければならぬ。ワシはもう一度学校をやり直すので、大変多忙じゃ。うかうか遊んでばかりはいられない・・・」
言うまでもありませんが、この時分の叔父さんの霊界知識は頗る幼稚なものであり、同時にワード氏の質問ぶりも素人臭味がたっぷりで、思わず失笑させられるところがあります。地獄の有無の問題などは後に於いて充分修正されてあります。
二. 規則の異なった世界(上・下)
●規則の異なった世界 上
前の夢を見てから丁度一週間目、一月十九日の晩にワード氏は又も恍惚状態に於いて叔父の姿を見ました。二人の間には早速例の問答です――
ワード「いかがでございます、相変わらずご勉強ですか?」
叔父「さぁ、余り捗々しくもないがね・・・」
ワード「私は――というよりも私達はあなたにお訊きしたいことが沢山ございますが・・・」
叔父「何でも訊くがよい。ただ上手くワシに返答が出来ればよいが・・・」
ワード「一体叔父さん、あなたは目下何処にいらっしゃるのです? 何処か遠方からお出ましになるのですか?」
叔父「そうでもない。ワシは始終ここに居る。ワシ達の世界とお前達の世界とは離れたものではない、ただ違った規則に支配されている。ワシ達の世界には時間と空間とが存在しない。こんなことは甚だ陳腐に聞こえるじゃろうが、真理というものは大抵皆そうしたものじゃ。真理であるから、いずれの時代にも当てはまる」
ワード「しかし叔父さん、あなたは今ここにお出でなさるでしょう。それなら空間が存在しているではありませんか?」
叔父「さぁ我々霊界の者は、一の思想の塊、若しくは思想の繋がりと思ってもらえばよかろう。大概それで見当がつくじゃろう。今お前達が地上でロンドンの事を考える。するとお前達の眼にロンドンの光景が浮かんで来る。その点までは我々とお前達とがよく似ている。しかしお前達のもっている霊妙な機能は肉体で押さえつけられているので、ロンドンに起こりつつある時々刻々の変化までは判らない――お前はあの精神感応(テレパシー)というものを知っていると思うが・・・」
ワード「知っております」
叔父「あれじゃ、あの精神感応法で全てが判る。あれは我々霊界の者がもってる能力の発露したもので、霊界と物質界との連絡はあれで取れるのじゃ。お前も知っとる通り、霊媒的素質を有する者には遠方の事柄が感識される。ところが霊界に居る者には誰にでもそれが出来る。ワシ達はその方法で意思を通じ合うので、言葉というものは全然使わない。バイブルにもそんな事が書いてあろうがな。それで霊界では嘘を吐いたり、吐かれたりすることがまるきり出来ない――が、これだけの説明ではまだ不充分である。霊界では個々の思想が悉く独立して存在し、そして思想の形が悉く目に見えるのじゃ。霊界の刑罰は主としてこれで行なわれる。自分の犯した罪や悪い考えがありありと形で現れる。しかもその付帯物件までが目に映る・・・」
ワード「付帯物件と申しますと・・・」
叔父「さぁワシ自身の恥を晒すのも決まりが悪いから、仮に架空の一例を引いて説明するが、例えばここに一人の男が生前殺人罪を犯したと仮定する。すると単にその犯行ばかりでなく、その犯行の起こった周囲の状況――例えば部屋だの、什器だのに至るまですっかり形態で現れるのじゃ」
ワード「実際罪を犯したのと、ただ犯意だけに止まる者との間には、何らかの相違がございますか?」
叔父「さぁそれは一概にも言われまいな。例えばお前の劣情が打ち勝って何かの罪を犯しかけても、お前の良心が最後にそれを押さえつけたとすれば、そんな場合には自分の悪い思想の形が目に映った後で、やがて又自分の善い思想の形が目に映って来るから、心が余程慰められる訳じゃ。ところが何かの故障の為に犯行は無かったとしても、犯意の存在する場合には、それを打ち消すものがないから中々苦しいに相違ない――兎に角霊界の者は、自分自身で造り上げた一つの世界に住むのじゃ。従って自分の造った世界が周囲の人達の造った世界に近ければ近いだけ道連れが多くて寂しくない・・・。孤独が霊界では一番の刑罰じゃ。傷のある者でも他人を愛して友達をこしらえておけば、霊界でそれだけの報酬が来る」
●規則の異なった世界 下
叔父さんの霊界の説明がワード氏に判ったようで中々判らない。で、氏は更に念を押しました――
ワード「して見ると霊界の状態は永久不変なのですか? それとも段々友達が増え、それに連れて過去の嫌な記憶・・・思想の形が遠ざかって行くのですか?」
叔父「この前にも説明した通り、無論霊界の状態は不変なものではない。我々の信仰心が加わるに連れて、周囲の状態はズンズン改善されていくのじゃ。何故過去の嫌な記憶が次第に遠ざかって行くのかはワシにもまだよく判らない。が、兎に角我々がこちらへ来てから次第に高尚な思想を創造して行くと、それが我々の心を引き立て、不思議に旧悪の苦痛を緩和して行くことになる。人間には自分を欺くことが出来るが、霊界の居住者にはそれが出来ない。
イヤ最初霊界へ来た時には、まるきり悪夢を見ているようで、一生涯に積み上げた旧悪が悉く形をなして雲霞の如く身辺を取り巻いたものじゃった。が、暫く過ぎるとそれ等のものにキチンと整理が出来て来た。ワシにはその理屈は少しも判らないが、兎に角以前よりも凌ぎよくなって来た――イヤこちらへ来てからワシにはまだ判らぬことばかり、先日来お前に説明して聞かせたものだって、皆ワシの教師から最近教わったことばかりじゃ・・・」
ワード「時に叔父さん、あなたはどんな方法を用いて私の所へお出でなさいます?」
叔父「方法と云って別にありゃしない。ただお前のことを思えばよいのじゃ。もっと詳しく説明すると、ワシの精神をお前一人に集め、他の考えを一切棄ててしまうのじゃ。最初は中々やり難い仕事であったが、近頃はもうお手のものじゃ。こちらはそれでよいが難しいのはお前の精神をワシの精神に調子を合わせることで、それが出来ないと結局通信は出来ない。ワシは最初他の人達にも色々試してみた。カーリーにも、Hにも、それからFにも試したのだが、どいつもこいつも皆上手く行かない。最後にお前ならばと目星をつけたのだ」
ワード「そうすると、あなたはこの世界にお出でになって、私達のように何かを御覧なさるのですね」
叔父「この世界に居ることは居るが、しかし何もこの世界にのみは限らない。又お前達とは物の見方が違う。我々には過去が見える。修業の積んだ者には未来までも見える。もっともワシにはまだそれは出来ないがね――現にお前だとて、ワシの死ぬる一ヶ月前にワシの死ぬる実況を夢に見たではないか――イヤしかし今日はお前も大分くたびれたろう。それともまだ質問が残っているかな?」
ワード「はぁ御座います。あなたは人間に劣情のあることを仰いましたが、何かその劣情を挑発する悪魔でもあるものでしょうか?」
叔父「それはまだワシにも判らん。現世に生きている時分にワシは勿論悪魔などがあるとは思わなかった。しかし死んでから初めて信ずるようになったことも沢山あるから、事によると悪魔が存在せぬとも限るまいが、それは後日の問題にしよう・・・」
ワード「何故あなたの教師にそれをお訊ねしないのです?」
叔父「そう何もかも一度には行かない。お前じゃとて、一人の子供にユークリッドを教えている最中に、突然歴史の質問をされたらどうします? 霊界でもそれに変わりはない。数あることが沢山なので一遍には訊かれはせぬ」
ワード「私にとりては、叔父さんがこうしてお出でくださるのは大変ありがたいのですが、叔父さんの方では何故私の所へお出でなさるのです?」
叔父「一つはお前が好きなせいじゃ――が、何よりもワシは少しなりとも他人の利益になることをしたいのじゃ。霊界で他人を助けるのは決して容易なことではない。ワシは生きている時にもう少し善い事をしておけばよかった。カーリーには格別お前から詳しく伝えてくれ。一番カーリーがワシを理解していてくれる。出来ることなら彼女と対話をしてみたいが出来ないから致し方がない――お前は大分疲れて来たね・・・。何れ又会おう。何れまた・・・」
ワード氏はそれっきりぐっすり寝込んで、翌朝まで何も知らずにおったのでした。
三. 自動書記の開始
一週間と決まっている規則を破り、叔父さんのL氏は突然そのあくる二十日の晩にも又現れました。
叔父「またやって来たがね、今晩はホンのちょっとの間じゃ。実はお前に自動書記を頼みに来たのじゃ。ワシは霊界でPという人物に出会ったが、その男が自動書記をしてはどうかとワシに勧めるのじゃ。Pは生前シェッフィールドに住んでいたそうで、その頃自動書記の経験があるそうな。なんでも生きている人間と通信をやるには、夢よりもこの方式でゆく方がずっと具合がよいというので、それをワシに伝授する約束になっている。中々の人柄な男で、ワシは付き合ってもよいと思っとる」
ワード「実は私も自動書記なら一、二度試したことがあります。しかし成績は悪かったです」
叔父「何時そんなことをやったのかい? ワシが死んでからかいな?」
ワード「イヤその少し前です」
叔父「騙されたと思ってもう一度やってみておくれ。ワシはかなり多忙じゃが、きっと忘れないでその時は出て来ます。カーリーには宜しく言っておくれ・・・」
これっきりで夢は消えてしまいましたが、その晩ワード氏は突然自動的に次の文句を書きました――
「約束通りワシは出て来た。Pさんがワシを助けてくれている。やってみると自動書記もあまり易しくはない。上手く読めればよいが・・・。今晩はこれだけにしておく。さようなら・・・」
自動書記は二月二十二日の晩にも行なわれました。最初一、二回は半ば恍惚状態でありましたが、間もなくワード氏はすっかり意識を失うようになりました。
ワード氏はそれを始める前に、先ず二、三の質問を書いておきます。するとこれに対する返答が何時の間にか自動的に書かれており、自分も覚醒後にそれを読んで大いにびっくりするという始末であります。
ワード氏が最初叔父さんに提出した質問は左の三か条でした――
一、あなたは生前好物のチェスその他の娯楽がやれなくなって御不自由ではありませんか?
二、あなたの世界には階級的差別がありますか?
三、あなたは祖先、親戚、又は歴史上知名の人物にお会いでしたか?
いかにも初心の者が提出しそうな、罪のない質問ばかりであります。これに対して次の返答が現れました――
「ワシは霊界へ来てからもチェスをやっているからちっとも不自由はしない。肉体の熟練を要する遊戯ならこちらでは出来ない。体が無いから・・・。しかし精神的のものはいくらでも出来る。チェスは全然精神的の娯楽であるから、心でそれをやるのに何の差支えもない。現にワシは今の今までラスカーとチェスをやって来た。勝負は先方に勝たれたが、しかし中々面白い取り組みじゃった。
一体霊界に居る者は皆肉体の娯楽を必要としない。必要を感じたところで許されもしない。肉の快楽は若い者には必要じゃが、我々老人は死ぬるずっと以前から、大抵そんな事には倦いている。余りにそんな真似をしたがると制裁を免れない。幸いワシは死んだ時はもう老い込んでいたし、それに元来その種の楽しみには割合に淡白な素質であった。
次に第二の質問であるが、勿論階級というような制度は霊界には無い。が、教育の有無が階級らしい差別を自然に作る。教育の行き届いた上流の人達は、兎角無教育な貧乏人達とは一緒になろうとしない。
それから第三の質問・・・。これは当分預かりじゃ。何れこの次に・・・」
ここに一言注釈しておかねばならんのは、叔父さんの言葉の中に出て来たラスカーという人物です。後で調べてみると、この人物はまだ生きていることが判明しました。で、後日ワード氏がその旨を叔父に質(ただ)すと、生きている人の霊魂は睡眠中にいくらでも霊界に入るもので、ただ覚めてからそれを記憶せぬだけの事だという返答でした。心霊問題に心を寄せる者の見逃し難き点でありましょう。
四. 信仰の意義
ワード氏の自動書記は最初の一、二回を除けば全然無意識状態でやったのですが、これは独り自動書記に限らず、あらゆる神憑り現象に於いてそうなることが望ましいようであります。
人間の体は使い道が二通りあります。大雑把に言うと甲は頭脳を使用するやり方、乙は頭脳を使用せぬやり方であります。頭脳を使用するのは平生我々がやりつけの方法で、学問の研究だの、事務の処理だのは皆これでゆくのが本当であります。
頭脳を使用せぬのは変態中の変態で、その時は人間の体が一つの機械の代わりを為し、これを動かす所の原動力は他から入ってまいります。それが即ち神憑り現象であります。そんな際には出来るだけ本人の意識が蔭に隠れ、憑って来るところの者をして自由手腕を揮(ふる)はしむることが望ましいことは申すまでもありません。
自動書記にも深いのと浅いのと色々あります。浅いのになると、本人自身の意識が混入して不純性を帯びることを免れません。どうしても純の純なる自動書記の産物を得ようとするには当人が全然無意識の恍惚状態に入り、体全体を憑依霊に貸切にする必要があります。
但しこんな場合には心霊問題に対して充分の理解と同情とを有する立会人が傍に付き切りにして監視を怠らぬことが何より肝心であります。さもないことには無抵抗な本人の体が憑依霊の為にどんなイタズラをされるか知れたものではありません。ワード氏の場合には幸いK氏夫妻が立会人としてあらゆる警戒保護の任に当たりつつありましたので大変好都合であったのであります。
1月24日にはK氏の居宅で自動書記が行なわれましたが、その際左の三か条の質問が紙片に書いて提出されました。
一、P氏は何処で死にましたか?
二、あなたが『信仰』と仰るのはどういう意味ですか。何を信仰することです?
三、あなたは祖先、親戚、史上の人物等にお会いになりましたか?
右に対する返事はやがて次の如く現れました――
「ワシは出掛けて来ましたよ。第一の質問に関しては直に調べてあげる。それから第三の質問じゃが、ワシはまだ歴史上知名の人物には会いません。しかしそれは出来ないのではない。もっと上の組に進めばきっと会えると思う――ア、今Pさんから聞いたが、同氏は極東・・・日本で死んだと言っている。
近頃ワシの仕事は大変順調に進んでいる。次の月曜日には又必ずお前の所へ出かけます。時にワシはお前に聞かせることがあるが、実はホンの昨今下の組からワシ達の境涯へ上って来た一人の男がある。それがまた素敵に面白い人物で、生きている時分には極端な悪漢じゃったということで、死後色々の恐ろしい目に遭っている。その話が余りに面白いものだから、ワシは目下しきりに根堀り葉堀りほじくって聞いているところじゃ。
それから第二の質問じゃが、信仰というのはつまり死後の生活を信じ、神を信ずることで、別に新しいものではない。全て人間は真っ先に何でもいいから信仰の手掛かりを見つけることじゃ。信仰しさえすれば、その対象は先ず何でも構わない。野蛮人のやってる動植物や、無生物の信仰でも無信仰よりはまだマシじゃ。しかしお前は大分疲れたネ。三十分間ばかり休んでからもう一度やるとしよう」
それで一旦自動書記は中止されました。右の自動書記が正味有りのままのものであることは、立会人のK氏が自筆で証明を与えております。又Pという人物が日本で死んだという事は、当時ワード氏にも立会人にも判らなかったが、後日調査の結果、正確な事実であることが立証されました。
五. 無名の陸軍士官
三十分間休憩の後、今度は質問抜きで自動書記が開始されました。時に午後六時半。
先刻ワシは面白い人物に会ったとお前に言ったが、その人物は今ワシの直ぐ傍に来ている。元は立派な身分の方で、籍を陸軍に置いていたが、何か背徳の行為があったので、陸軍から除名処分を受けた。手始めに彼は一人の処女と結婚してその財産を巻き上げた。それからインドに行って、ここでも又一人の婦人を騙して金を絞り上げ、又一人の土人を殺害した。婦人の件は官憲に見つけられたが、土人の件は闇から闇へ葬られた。それから英国へ戻って泡沫会社の製造を企み、散々貧乏人の金銭を巻き上げた挙句に法網に触れて、五年の懲役を言い渡された。妻の方から離婚の訴訟を起こして、その通りになったのは在監中のことであったそうな。
監獄を出ると早速賭博場を開いた。が、それも忽ち世間に漏れて、方々の倶楽部から除名処分を受けた。今度は何やらの発明をした青年を抱きこみ、暫くその提灯持ちをしていたものの、よくよく契約証書に調印という段取りに進んだ時に、ロンドンのストランド街で自動車に轢き殺されたのじゃが、この人物がお前の体を借りて自動書記をやりたいと言うのじゃ。暫くやらせてみることにしよう・・・」
ここまで書いた時に筆跡ががらり一変して、速力が非常に加わり、同時にワード氏の態度までがまるで別人のようになりましたので、傍についているK夫妻は余程驚いたということであります。
さてその文句はこうでした――
「吾輩がちょっとこの肉体を借りてみたが、中々上手く行きません。吾輩は面白半分試しているだけである。吾輩は生前野獣のような生涯を送った者じゃ。その罪滅ぼしの出来ることがあれば、何か一つやりたいと思う。吾輩には自動書記がまだ上手く出来ない。吾輩は生前大失敗の歴史を残した。しかしL氏の助力を以って、必ずその取り返しをやる。これでL氏に体を譲る・・・」
叔父のLが交替して、次の文句を書き続けました――
「事によると、只今の人物がお前の体を疲らせたかも知れん。ワシも未熟だが、この人ときては尚更未熟である。霊界で修業を積んでいないのでどうも荒くていけない・・・。何しろ極度の刑罰から脱け出して来たばかりで、只今のところでは精神が少しも落ち着いていないが、これでも霊界の穏やかな空気に浸っておれば段々立派なものが書けるようになるだろう。当人は早く何か善い事をしたいと言って一生懸命焦っているものだから、ワシの方でも止むを得ずちょっとやらせてみることになったのじゃ。後日機会を見て、変化に富んだその閲歴を述べさせることにしましょう。ワシのとはまるきり種類が違っているから面白い。霊界へ来たのは却ってワシよりも先輩じゃ。死んだのは確か1905年(明治38年)で、乗合自動車が初めて運転を開始した時分じゃと言っている。イヤこの人の風評ですっかり時間を潰してしまった。今日はこれで終わりじゃ」
それが済んだのは午後七時半でした。ちなみに右の陸軍士官の死後の体験は本書の後編に纏められてあります。
六. 霊界の分野(上・下)
●霊界の分野 上
右の自動書記に引き続いて今度は霊夢式の現象が起こり叔父さんから今度送られるべき通信の内容につきて細々説明がありました。それは1914年1月26日の晩の出来事であります――
叔父「今回ワシ達が自動書記を始めたのは大当たりじゃった。これから自動書記で続き物の通信を送って、一つ霊界生活につきて纏まった記事を作らせることにしよう。段々調べて見ると、今まで有りふれた霊界通信は兎角当人の直接見聞した体験のみに偏しているようじゃ。ワシの意見はそれと違って、自分の体験の外に自分の上に居る者や下に居る者の体験談をも加えて発表したらと思うのじゃ。そうすれば少なくとも三つの境涯の事情が判ることになる。尚ワシの友達で近頃上の境涯に昇った者もあるが、その人が一段上の境涯とも接触を保つつもりじゃというから、ざっとそう云った種類のものが出来上がることになるであろう。勿論ワシ自身の死後の経験も詳しく述べる。一体死んだ時には、さっぱり訳の判らぬことだらけであったが、その後ワシの守護神に導かれて地上に出掛け、他人の死ぬる実況を霊界から見物したので、近頃は大分勝手が判って来た・・・。
ところで霊界の配置じゃが、段々調べてみると大分在来の説明とは相違の点がある。但し昔の教典が間違っているというよりも、教師達の解釈の仕方が間違っているのが多いようじゃ。その中で一番優れたものでも、やっと真理の一面を掴み得た位のものに過ぎない。我々じゃとて、無論一切の真理を掴み得たという訳ではない。真理というものは多角多面のダイヤモンドそっくりで、それぞれの面が真理の一部分を有しているに過ぎない。又その面には大きいのと小さいのとがある。で、どんな小さい教理でも真理の一面をもっていさえすれば生存に堪えるが、ただ真理の要素がまるで欠けている信仰は、とても存在し得ない。成らうことなら其の面は大きいに限る。世界の宗派の中で、ローマカトリック教などは一番真理の面の大きい方じゃが、あれにも決して一切の真理が含まれてはいない。尚霊界には仏教徒が居る。沢山の異教徒が居る。その他ありとあらゆる宗教の信者が居る。我々はこんな宗派被れの境涯から脱却して一切の真理を腹に蔵めることが出来た時に、初めて本当に神の思し召しが判ったといい得るのじゃが、それは前途中々遼遠じゃ。
が、ワシの手に集めた新材料を説くのにも、在来の学説に当てはめた方が理解し易かろうと思われるから、ワシも大体に於いて天国、煉獄、地獄の概念を採用することにしよう。しかし多くの人達の説くところとワシのとは大分文字の用法が違うから、そのつもりでいてもらいたい。大雑把な説明をするには、在来の分類法に便利な点もないではないが、ワシの知る限り、地獄が永久的のものだという証拠は少しも見出し得ない。一時も早くこの考えは棄てるに如(し)くはない。一旦この考えを棄てると共に、この他の問題が判り易くなる。無論地獄という所には大変永く押し込められている霊魂があるにはある。例えばローマのネロなどは現に今でも地獄に居る。そして今後も中々出られそうにない。
しかし地獄から脱出した実例としては、現に先般お前に紹介したあの陸軍士官がある。それを見ても地獄が永久呵責の場所でないことは確かである。ただ地上の人間と交通する大概の霊魂は、地獄へ行った経験が無いので、殆ど地獄の状況を説く者がない。多くの者はその存在さえも知らない。陸軍士官の物語が素敵に面白いは主としてこの点に存ずる。まだワシも詳しいことは聞かないからよく判らぬが、地獄というものは、つまり無信仰者の入って居る所と思えばよいようじゃ。又煉獄というのはつまり我々の境涯を指して居る。何ら信仰の閃きがなければ地獄にやられるが、多少なりともお光に接した者は我々の境涯に入って来る。キリストはわざわざ地獄に降りて、霊魂達に信仰を教えたというが、成る程そんなこともあったろう。今でも高級の霊魂は、宣教の為にわざわざ地獄へ降りて行かれる。
それから天国じゃが、我々には残念ながらそちらのことはまだ一向分からない。天国は上帝と共に在る所――そう思っていれば現在の我々には充分である。ワシなどは煉獄の最下層に居る身の上であるのだから、其処へ達するまでの道中はまだまだ長い・・・」
●霊界の分野 下
叔父さんの霊界の説明は中世期時代の西洋思想――例えばダンテの説いたところなどを引き合いに出しておりますが、これは仏教思想に対照して見ても大差は無いようであります。地獄、浄土、極楽――その概念は右の説明でほぼ明白になるかと存じます。
叔父さんはなお言葉を続け諄々(じゅんじゅん)として地獄の意義その他につきて叔父さん一流の説明を試みました――
「ワシは先刻地獄という言葉を使ったが、その意義を誤解されると困る。ワシはただ「未信者の居住地」という意味にそれを用いている。其処は霊魂にとりて一番の難所には相違ないが、一旦それを越してしまえば、それから先は坂道が緩くなる。又煉獄という言葉も誤解せぬようにしてもらいたい。煉獄というのは我々の霊魂に付着せる浮世の垢を除き去る場所で、苦痛もあるが、同時にまた進歩するにつれて幸福か伴って来る。
ところで、こう言うとお前達がびっくりするかも知れぬが、実は我々とてやはり堕落する虞は充分あるのじゃ。少なくとも前へ進む代わりに後へ退歩する虞がある。煉獄というものは決して安息逸眠の場所ではない。ワシ達は上へ昇るべき努力の為に常に忙殺される。但し我々にはもう色欲の誘惑だけはない。そんなものはすっかり振り落としてしまった。よくよく憐れなる地獄の居住者のみがその誘惑にかかり、依然として煩悩の奴隷となる・・・。何れ詳しい話は後で述べるが・・・。
それからお前に一言注意しておくが、時とするとお前はこの霊界通信の仕事において、つまらないと思うことがあるかも知れぬ。が、こればかりはどうか中止せずに続けてもらいたい。この仕事はワシにとりても中々一通りの骨折りではない。しかしワシは生前の怠慢の罪を償うべく進んでそれをやっている。霊界通信はただお前の利益になるばかりではない。世間の方々も又これによりて多少学び得ることがあろうと思う。
以上述べたところで、大体ワシの目論見は判ったと思うが、兎に角ワシの通信を読まれる者は、成るべく最後の結論を後回しにして、是非種々の条項を比較対照して頂きたい。特にワシの通信中に何も書いてないからというので、ワシがその事実を否定するのであると早合点されては迷惑である。一口に霊界といっても広大無辺の境域であるから、いかなる霊魂にもその中のホンの一小部分よりしか判りはせぬのじゃ――今日はこれでおおよそ言い尽くしたつもりじゃが、それとも何かまだ質問があるかしら・・・」
ワード「霊界に光だの闇だのがあるものですか?」
叔父「お前の思っているような光だの闇だのは先ず無いな。霊界は物質界ではないのであるから、従って物質的の光の存在すべき筈がない。が、一種心の闇というような闇はある。地獄は信仰の無い境地であるから、従って真っ暗である。ワシの居る境地はお前に今実地を見せるから、眼を開けて見るがよい!」
そう言われると同時に、ワード氏の眼には一種穏やかな夕陽の色が映ったのでした。
叔父「これがワシの居る世界の光じゃ。我々は全き信仰に入った者の如く判然と物を観ることは出来ない。ただ一歩進めば進むにつれて光は段々強くなる。光――若しそれを光と言い得るならば――は全て自身の内部にある。今日はこれで別れる・・・」
叔父の姿は次第にワード氏の眼底から消えて、やがて氏ただ一人後に取り残されました。
七. 五歳の女児と無名の士官
ワード氏が右の霊夢を見てから五日目の一月三十日、午後二時半頃、ブランシーワード氏の愛嬢で当時五歳(詳しくは四年三ヶ月)の女児――に不思議な現象が起こりました。
その時ブランシは食堂の窓に乗り出して庭を見ていたのですが、急に「お祖父さまが見える!」と騒ぎ出しました。お祖父さまは例の黒い頭巾を被って、フワフワ空から降りて来て、何やら優しい言葉をかけながら、彼女の手首を握って空中へ引き上げる真似をする。彼女が手首を引っ込めると、お祖父さまはそれを放してあちこちと庭を歩き回り、やがて家の後ろの丘に登り、其処にある大きな岩の上から邸宅中を見下ろしている・・・。
ざっとこういったことをばブランシは一生懸命、指差しながら、折から部屋に居合わせた母親に説明するのでした。その態度がいかにも真面目なので、母親もこれには少なからず感動されたそうであります。なおその晩父のワード氏が戻って来ると、ブランシは詳しくその話を繰り返して聞かせました。彼女は祖父に向かって「おぢいさま今日は・・・」と挨拶すると、おぢいさまはにっこり微笑みをもらし、じっと彼女を見つめたそうであります。
その翌日はシェッフィールドに於けるK氏の住宅で例の自動書記が行なわれましたが、その際右の一些事が質問の種子になりました。当日の質問は左の二ヶ条でした――
一、先日御紹介の陸軍士官の姓名は何と申しますか?
二、あなたは金曜日にあなたのお姿をブランシの眼にお見せになりましたか?
之に対する自動書記の文句は左の通りに現れました。勿論ワード氏に憑って来たのは叔父さんのL氏であります――
「今日は第二の質問から片付けてしまおう。ワシはブランシに会いました。ワシはお前の住宅を一度も見たことがないので、ちょっと行って見る気になったのじゃ。そうすると何時の間にやら其処へ引かれて行った・・・。ブランシの言っていることは少しも違っていません。
それから第一の質問に移るが、どうも困ったことには先方では姓名は絶対に名乗ろうとしない。それには相当の理由もあるようじゃ。しばらくワシが退いて当人自身に憑ってもらって説明させることにしよう。ワシが側に控えているから危ないことは少しもない。安心しているがよい・・・」
K氏は例の通り立会人としてこの自動書記の状況を監視していたのですが、筆記がここまで進んだ時にワード氏の容貌態度等がガラリ一変して、気味の悪いほど興奮した状態になり、鉛筆の持ち方までも変わって来たのでした。その筆跡の相違して来たことも勿論であります。現れた文字は次のようなものでした――
「吾輩は只今L氏から紹介に預かった陸軍士官であるが、姓名を名乗れとはもっての外である。そんなことは絶対にご免被りたい!」
けんもほろろの挨拶で、これが若し人間同志の談判であるなら満面朱を注ぎ、怒髪冠を突くと云った按配であったでしょう。文字はなお続いた――
「しかし吾輩が姓名を隠すについては其処に相当の理由がある。こう見えても吾輩は人の親である。吾輩に一人の娘がある。娘が吾輩如き悪漢の血汐を受けているだけでそれで充分である。その上殺人犯人の娘であると世間に謳わせるのは余りに惨酷じゃ。吾輩が人を殺したことはまだ地上の何人にも知れていない。然るに若しもこの秘密が自動書記ですっぱ抜かれるが最後、誰がそんな者の娘と結婚する者があろう? そんな可哀相なことが出来ますか? 娘ばかりか吾輩には妻もある。その身の上も考えてやる義務がある。吾輩の自動書記が無名であるので価値がないと言うのなら勝手にお止めなさい。しかしそんなことをすれば結局あなた方の損害でしょう。吾輩は言うだけ言ったからこれでL氏と交代する・・・」
ここでワード氏の態度が一変して元の叔父さんの態度になり、次の文句が書き付けられました。
「どうも只今の陸軍将校が姓名を名乗ってくれないのは残念じゃが、しかしあの人の言うことにはもっともなところがあるから、いかに学問の為とはいえ無理にという訳にも行くまい。今回はこの辺で一くさりつけておいて、次回にはワシが憑って、ワシの死んだ時の詳しい物語を書くことにしましょう――これで三十分間の休憩・・・」
八. 叔父の臨終(上・下)
●叔父の臨終 上
前の通信に於いて約束されたとおり、この自動書記は同夜午後八時に始まり、叔父さんは、自分自身の臨終の模様並びに帰幽後の第一印象といったようなものを極めて率直に、又頗る巧妙に語り出しました。「死とは何ぞや」「死後人間は何処に行くか」――これ等の痛切なる質問に対して満足すべき解答を与え、有力な参考になるものはひとり帰幽せる霊魂の体験談のみで、そうでないものは、西洋に行ったことのない人達の西洋物語と同様、いかに巧妙でもさしたる価値は認められません。叔父さんの霊界通信はこの辺からそろそろその真価を発揮してまいります――
「それでは約束通り、ワシ自身の臨終の体験を物語ることにしましょう。ワシは最初全く意識を失っていた。それが暫く過ぎると少し回復して来た・・・。イヤ回復したような気持がした。頭脳が妙にはっきりして近年にない気分なのじゃ。が、どういうものか体が重くてしようがない。するとその重みが次第次第に失せて来た・・・。イヤただ失せるというのではなく、寧ろワシが体の重みの中から脱け出るような気分・・・。丁度濡れ手袋から手首を引っ張り出すような按配になったのじゃ。やがて体の一端が急に軽くなり、眼も大変きいて来た。
さっきまではさっぱり判らなかった室内の模様だの、部屋に集まっている人達の様子だのが再び見え出したなと思った瞬間、俄然としてワシは自由自在の身になってしまった! 見よ自分の体はベッドの上に横臥し、そして何やら光線の紐らしいものを口から吐いているではないか! と、その紐は一瞬間ビリビリと振動して、やがてプツリ! と切れて口から外へ消え去ってしまった。
「いよいよこれが臨終で御座います・・・」――誰やらが、そんなことを泣きながら言った。ワシはこの時初めて自分の死顔なるものをはっきり見たが、イヤ平生鏡で見慣れている顔とは何という相違であったろう! あれが果たして自分かしら・・・。ワシは実際自分で自分の眼を疑いました。
が、そうしている内にもひしひしと感ぜられるのは、何とも名状すべくもあらぬ烈しい烈しい寒さであった。イヤその時の寒さと云ったら今思い出してもぞっとする!」
例によりて友人のK氏並びに他の人達が、ワード氏の自動書記の状況を監視していたのでありますが、この辺の数行を書きつつあった時に、ワード氏の総身は寒さに戦慄し、傍で見るのも気の毒でたまらなかったといいます。
自動書記はなお続きました。
「全くそれは骨身に滲みる寒さで、とてもその感じを口や筆で伝えることは出来ない。何が冷たいと云っても人間界にはそれに比較すべきものがない。ワシは独り法師の全裸体、温めてくれる人もなければまた暖まるべき材料もない。ブルブルガタガタ! イヤその間の長かったこと、まるで何代かに亙るように感ぜられた。
と、俄かにその寒さがいくらか凌ぎよくなって来た。そして気がついて見ると誰やらワシの傍に立っている・・・。イヤワシにはとてもこの光彩陸離たる御方の姿を描き出す力量はない。その時は一切夢中で、トンと見当も何もつかなかったが、その後絶えずその御方のお供をしているので、今では少しは判って来た・・・。イヤ今でも本当に判っていはしない。その御方の姿は時々刻々に変わる。よっぽどよく突き止めたつもりでも、次の瞬間にはもうそれが変わってしまっていて掴まえ所がない。微かに閃く。パッと輝く。キラリと光る。お召し物も、お顔も、お体も言わば火じゃ。火の塊じゃ。イヤ火ではない、光じゃ・・・。イヤ光と云ってもはっきりはしない。しかも一切の色彩がその中に籠っている――霊界でワシを護っていてくださるのはこんな立派な御方じゃ!」
●叔父の臨終 下
「が、ワシが自分の守護神のお姿を認めた瞬間に」と自動書記は書き続けております。「ワシの居った部屋も、又部屋に集まった人達も忽ち溶けて消え失せるように思われた。そしてふと気が付いた時には自分は何とも言われない、美しき景色の中に置かれているではないか!
イヤその景色というのは一種特別のものじゃった。自分が生前かつて行ったことのある名所旧跡らしい所もあるが、同時に一度も見物したことのない所もある。見渡す限り草や木の生い茂った延々たる丘陵の続きで、そこには色々の動物も居れば又胡蝶なども舞っている。あらゆる種類の花も咲いている。それ等がただゴチャゴチャと乱雑に並んでいるのではなく、妙に調和が取れて不釣合いな赴きは少しもない。熱帯産の椰子の木と英国産の樫の木――そんなものが若しも地上に並んで生えていたなら余程不調和に感ぜられるであろうが、ここではちっともおかしく思われないのが不思議じゃった。
で、ワシはここは一体何処かしら? と心に訝(いぶか)った。すると、ワシの守護神は早くもワシの意中を察してこう言われるのであった――ここは死後の世界である。汝はここに樹木や動物の存在することを不思議に思うであろうが、霊界というものは決して無形の世界ではない。かつて汝の胸に宿った一切の思想、又かつて地上に出現した一切の事物は悉(ことごと)く形態を以って霊界に現れている。霊界なるものはそうして造られ、そうして殖える。今後汝の学ぶべきものは無数にある・・・。
そう聞いたワシは、果たして一切の思想が霊界に現れているかしら? と疑った。するとその瞬間に今まで眼に映っていた全光景がパッとワシの眼底から消え失せ、その代わりに千万無数の幻影が、東西南北から、さながら悪夢そのままに、ひしひしとワシの身辺を取り囲んだ。イヤその時の重さ! 苦しさ! 一瞬間以前には胡蝶の如く軽かった自分の体が、たちまち幾千萬貫とも知れぬ大重量の下に圧縮されるかの如くに思われた。
ワシは今止むことを得ず幻影と言っておくが、当時のワシの実感から言えばそれは立派な実体であった――ワシの過去の生涯全部が再び自分の眼の前に展開して実地そのままの活動を繰り返しつつある所の一の活動写真であった。
最初それ等の光景にはまるきり順序がなかった。さながら夢と同じく、全てが一時に眼前に展開したのであった。ああ今まで忘れていた、過去の様々の行為が再びありありと湧き出でた瞬間の心の苦痛悔恨! しかもどんな些細なことでもただの一つとして省かれていぬではないか! 見せ付けられるワシの身にとりては、その間が実に長く長く、さながら幾百千年もそうして置かれるように感ぜられたのであった。
が、ワシの未熟な心にも最後に天来の福音が閃いた。ワシは生まれて初めて神に祈る心を起こしたのである! この時ばかりはワシは真剣に神に祈願を捧げた。すると、不思議なもので、今までの混沌たる光景は次第次第に秩序が立ち、自然と類別が出来て行くように見えた。大体に於いてそれは年代順に排列され、例えば一筋の街道が眼もはるかに何処までも延び行くような按配であった。恐らくその街道はワシが進むにつれて永久に先へ先へと延長し、最後に神の審判の廷に達するのであろう。無論右の光景の中にはワシの疲れ切った魂に多少の慰安を与えるものも混ざっていた――外でもないそれは、ワシがかつて人を救った親切の行為、又首尾よく誘惑を退けた時の心の歓びなどであった。兎に角ワシはこうして、自分の就くべき位置を霊界で割り当てられたのである」
九. 霊界より見た人間の肉体
叔父さんの霊界談は何処まで行っても皆理詰めで、ちと学究くさいが、その代わり誤魔化しがない。ワード氏の質問ぶりもどちらかと言えば地味で、生真面目で、霊界の真相を飽くまで現代人の立場から説明しようとせいぜい努力している様子が明らかに認められます。2月2日夜の恍惚状態に於ける霊夢には、自動書記に関する親切な注意やら、霊界から見た人間の姿に関する面白い観察やらが現れていて、中々有益な参考資料たるを失いません。これが当夜二人の間に行われた問答の筆記であります――
叔父「これから追々例の陸軍士官に憑ってもらって地獄の体験談を自動書記で発表してもらうことになるじゃろうが、それをお前が行なうについては、Kさんその他の友達に頼んで充分監視を怠らぬようにしてもらいたい。この種の仕事には多少の危険が伴うことはどうしても免れないから、くれぐれも油断はせぬことじゃ。もっとも一々ワシの言いつけを厳守してもらえば滅多に間違いの起こりっこはないが・・・。
陸軍士官の通信が一分一厘事実に相違せぬことだけはワシが保証する。あの人のは大部分地獄に於ける体験談であるから、それを書物にして発表する時には、ワシの物語と混線せぬよう、一纏めにして切り離すがよい。ワシのとは違って波瀾重疊(はらんちょうじょう)で、中々面白い。ある箇所などは確かにジゴマ(フランスのレオ=サジー作の探偵小説の主人公)以上じゃ。もっともあの人の地獄の体験と云ったところて、それで地獄の全部を尽くしているという訳ではないに決まっている。あの人の堕ちた場所よりもっと深いところがあるかも知れん。又他の霊魂が必ずしもあの人と同一経験を重ねているとも限るまい。しかしあの人の物語を聞いてみると従来疑問とされた大抵の不思議現象、例えば幽霊屋敷とか、憑依物とか、祟りとか云ったような現象の内幕がよく判る。
兎に角何人がお前の体に憑るにしても、ワシが始終傍についているから少しも心配には及ばない。但しワシの言いつけは固く守っていてもらいたい――何ぞ他に質問することはあるまいかな?」
ワード「叔父さん、あなたが自動書記をしていらっしゃる時に、ここに集まっている人間の姿があなたの眼にお見えになりますか?」
叔父「そりゃ見えます――ただワシが見るのと、お前達が見るのとは、その見方が違います。ワシ達は人間の正味のところを見るが、お前達は人間の外面を見る――そこが大いに相違する点じゃ。例えば人間界で美人として通用する者が、しばしばワシ達に醜婦と考えられるようなのが少なくない。
要するにワシ達は肉体よりは寧ろ霊魂を見るのじゃ。ワシ達から見れば肉体は灰色の凝塊で、丁度レントゲン光線で照らした時に骨が肉を透かして見えるような按配じゃ。勿論精神を集中すればワシ達にも時として肉体がはっきり見えぬではない。しかし正味の醜い人間を美しい者と見ることはどうしても出来ない。彼等の霊魂の醜さが、その肉を突き通してありありと見え透いて、どうしても誤魔化しが利かない・・・。
又ワシ達には単に生きている人間に宿る霊魂の姿が見えるばかりではない。肉体を棄てて独立している色々の霊魂の姿も勿論すっかり見える。不思議なのはある種類の人間だの、又ある特殊の場所だのが色々の霊魂を引き寄せる力があることじゃ。人間の方ではちっとも気が付かずにいるが、霊界から見ると中々賑やかなものじゃ。無論引き寄せられた霊魂には善いのもあれば悪いのもある。酷いのになるとまるで百鬼夜行の観がある・・・」
その晩の問答はここで打ち切りとなり、叔父さんはワード氏に分かれて早速自分の勉強に取り掛かったのでした。
十. 霊界の図表(上・中・下)
●霊界の図表 上
1914年2月9日の霊夢に於ける叔父さんは頗る研究的な態度で、相当苦心の結果に成ったらしい一の図表をワード氏に示し、霊界の組織をはじめ各境の関係交渉等を熱心に説明しました。研究が念入りであるだけ、それだけ読むのに少々骨が折れますが、一旦これを腹に入れておくと色々の点に於いて大変重要であります。
叔父さんは学校の教師然たる態度で次の説明を始めました。
「今日は一般研究者の便宜の為に霊界の区画の説明から始めることにしましょう。さて霊界の分け方はこうである。
一、信仰と実務と合致せる境。
二、信仰ありて実務の伴わざる境。
三、半信仰の境。
四、無信仰の境――地獄。
全て霊魂は幽界(アストラル・プレーン)の最高の境涯――即ち卒業期に達した時に言わば二度目の死というべきものに遭遇する。換言すれば其処で幽体を放棄してしまうのである。が、ここまで向上した霊魂はむしろ幽体を失うことを歓んでいる。地上の人間が死を怖れるのとは大分訳が違う。それだけの準備が出来ていない霊魂は決して幽界の境界線を越すことは出来ない。
さて死者の霊魂が一旦幽界を出て霊界(スピリット・プレーン)に入ると、もう後へは戻れない。宇宙間は幽界までも入れて全て七つの世界がある。七つの中の最上界は無論上帝と共にあるところの理想境である。
ワシの居る霊界は第六界で、即ち幽界の次の世界である。ワシ達は時節が来るまで第五界には行かれない。が、一旦行けばもう二度と戻れない。
しかし、この規則には多少の例外が設けてあって各界の間に全然交通が途絶している程ではない。何ぞ正当の理由があれば上界の使者がワシ達の許に送られる。丁度我々が何かの理由で時とすれば地上に姿を現すのと同様じゃ。
が、それよりもっと普通の交通法は霊媒を用いることである。ワシ達がお前の体を機関として人間界と交通するのと同様に、第五界の者はワシ達の中から適当な霊魂を選んで、それを媒介として交通を試みる。従って第五界発の通信が人間界に届くまでには途中で二人の霊媒が取り次ぎをせねばならぬ。
第六界に属するそれぞれの境は更に幾つかの部に分かれ、その各部は又幾つかの組に分かれる。よく呑み込めるように、ワシは霊界の図表を見せてあげる」
叔父さんの話が其処まで進んだ時に大きな一枚の紙がワード氏の眼前に現れ、それには霊界の図表が書いてあったが、紙の地質は暗灰色で、それに火の文字が極めて鮮やかに浮き出ていたそうであります。

●難しい漢字の解説(管理人調べ)
猶太=ユダヤ
囘=イスラム
浸禮=洗礼?=バプテスマ(キリスト教の一派を指すのか?ちなみにバプテスマはキリスト教の儀式)
沸教=仏教
萬有=万有(草も木も一切神とみる見方)
白晝(はくちゅう)=昼間のように明るい、という意味だと思われる。
●霊界の図表 中
叔父さんは右に現れた霊界の図表を指しながら、なお熱心に説明を続けました――
「勿論これは大よその図面であって、出来るだけ簡単にしてあるから、小さい宗派の名などは一つも載せてはない。しかしこれでも気をつけて見れば余程手掛かりにはなるであろう。
言うまでもなく図に示してあるのは状態の区別であって場所の区別ではない。お前も既に知っている通り、霊界に場所などは全然無いからな。それから宗派などは実際は大変入り込んでいるもので、中々簡単に図で表せはしない。例えばイスラム教神秘派の教理は明らかに萬有神教と類似点を有し、又モルモン教がイスラム教と一致点を多量に持っているの類じゃ。そんな箇所は観る者の方で適宜に取捨判断してもらわねばならぬ。
これと同様に、我々霊界の居住者とてただ一箇所に噛り付いてばかりはいない。必要に応じてあちこち移動する。例えば例の陸軍士官などは大抵は半信仰の境の第一部に居るが、時とすればちょいちょい第二部にも顔を出す。
ワシなどは現在主として第二部の方に居る。ワシが第一部に居たのは、自分の心持では何年も滞在したように感じられたが、人間界の時間にすればたった四、五日位のものであった。
ところで、ここに一つ是非とも注意してもらわねばならんことは、霊界の仕事と人間界の仕事とがあべこべになっていることじゃ。霊界の仕事というのはつまり精神の修養で、遊びというのが人間界の所謂業務に相当する。我々肉体のなくなった者は衣食住その他一切の物質的問題に関与する必要がなくなっている。しかし道楽で我々は、自分と同一趣味、同一職業の地上の人間と交通接触し、頼まれもせぬくせにその手伝いをしたり何かする。勿論道楽でやるのであるから宗派の異同だの、信仰の有無だのには一向頓着しない。こいつも一つ図面で見せることにしよう」

又もワード氏の眼には火で描かれた別図が現れました。叔父さんはそれを見ながらしきりに説明を進める――
「例えばワシが建築に趣味をもっているとする。他に一人の彫刻家があって、その人も又別の見地から建築に趣味を有するものとすれば、ワシと右の彫刻家とは、建築という共通点で交通を開くことになる――ざっとそう言った関係から霊界と人間界との間にも交通が開けて行こうというものじゃ。
お前にはもうワシの言葉の意味がよく判ったようであるから説明はこの辺で切り上げておくが、兎に角こんな按配式で、霊界に来てたった一つの仕事にしか趣味を持たない者は甚だ知己が少ないことになる。趣味というものは中々有り難いもので、たとえ宗教上にはまるきり相違した関係をもっている者でも、趣味のお蔭でいくらでも接触することが出来る。道楽もきれいな道楽ならば決して悪くないが、女道楽、酒道楽――そんな欲望を相互の共通点として交通することになると所謂魔道へ堕ちて地獄の御厄介にならなければならない。そんな話は陸軍士官のお手のもので、何れ奇談百出するであろう。ワシの道楽はせいぜい建築道楽、チェス道楽位のものであるから、あっさりしている代わりに現代式の強烈な刺激はない・・・」
●霊界の図表 下
「我々の趣味道楽はざっと右に述べた通りじゃが」と叔父さんは言葉を続けました。「本業の精神の修業となると中々やかましい。精神の修養には宗教問題が必然的に伴って来る。我々半信仰の境涯に居る者には、宗教的色彩が頗る曖昧である。それを充分見分けるだけの能力が具わってはいないからである。が、一旦上の境涯に進み入ると宗派的色彩が大変鮮明になって来る。いつかも説明した通り、真理というものは多角多面のダイヤモンドで、それぞれの面にそれぞれの真理がある。その一面の真理を掴んでいるのが一つの宗教であり、誰しも先ず一つの宗教を腹に入れ、それを土台として他の方面の真理の吸収に進んで行くのが順序であるらしい。
が、宗教宗派の異同対立は要するに途中の一階梯で、決して最終の目的ではないらしい。人間が発達するに連れて真理の見分け方が厳密になる。一つの宗教の生命たる真理の部分だけは保存されるが、誤謬の箇所は次第に振り落とされて行く。最後に到達するのが神であるが、神は真理そのものである。
結局霊界の最高部に達すると再び宗教の異同などは問題でなくなって来る。一遍宗教に入ることが必要であると同時に最後に宗教から超越することが必要なのである。宣教の為に地獄の方に降って行く者は宗教を超越するところまで達した霊魂でなければならない。イヤ霊界の最高部の者でもまだ充分でない。それ等はやっと地獄の入り口、学校の所までしか降ることを許されない。地獄のどん底までも平気で宣教の為に降りて行くのは光明赫灼(かくやく)たる天使達で、それは霊界よりずっと上の界から派遣されるのである。霊界の者があまり地獄の深い所まで降るのは危険である。地獄の学校へ行ってさえも、現世的引力が中々強く、その為に自分の進歩を何年間かフイにしてしまうのである。
学校は大別して成人組と幼年組との二種類に分かれる。幼年組というものは、夭折して何事も学び得なかった幼児達を収容する場所で、科目は主として信仰に関する事柄ばかりである。霊界では読書や作文の稽古は全く不必要で、そんなものは人間界とは正反対に、純然たる娯楽に属する」
ワード「幼年組の教師は?」
叔父「それには霊界の最高部に居る婦人達の中で、生前育児の経験を持たなかった者が選び出されるのじゃ。こうして彼等は婦人の第一本能たる母性愛の満足を求める。その他生前教師であった者、牧師であった者もよく出掛けて行く。時とすると、行ったきり長い長い歳月の間、まるで戻らずにおる者もある。霊界では他人を教えるのは一の道楽であって、決して業務ではないのである。
最後にワシはくれぐれも断っておくが、ワシがお前に見せたあの霊界の図表は決して固定的のものではない。地上にも相当流点はあるが、霊界の方では尚更そうである。鉄の鋳型にはめたようにあれっきり造りつけになっていると思われては大いに困る――ワシは大概これで説明するだけのことは説明したと思うが、何ぞお前の方に訊きたいことがあるかな?」
ワード「あなたは先刻成人組と仰いましたが、そこでは何を教えるのです?」
叔父「信仰問題に関して大体の観念を養ってやる所じゃ。其処に居る者はただぼんやりと信仰でもしてみようかしら位に考えている連中に過ぎない。彼等の眼には生前犯した罪悪の光景が映っても、なぜそれが罪悪であるかがはっきり腑に落ちない。信仰にかけてはまるで赤ん坊なのじゃ」
ワード「それなら何故幼年組と別々に教えるのです?」
叔父「それは当たり前ではないか。信仰上又は道徳上の知識に欠けているという点に於いては双方似たり寄ったりであるが、一方は何ら罪穢れのない赤ん坊、他方は悪い事なら何もかも心得ているすれっからし、その取り扱い方も自然に異なると言うものじゃ――今日はこれだけ・・・。いずれ又出掛けて来る・・・」
十一. 聖者の臨終
これは2月14日に出た自動書記で、霊界から見た人間の臨終の光景が実によく描かれております。
通信者は例の叔父さんのLの霊魂であります――「憑って来たのはワシじゃ。最近ワシは人間の臨終の実況を霊界から見物したので、今日はそれをお前に通信してあげる。案内してくれたのはワシの守護神じゃ。何処をどう通って行ったものか途中はさっぱり分からないが、兎に角現場に臨んだのじゃ。見るとそれは通風のよい大きな部屋で、さっぱりはしているが、しかし別段贅沢な装飾などは施してない。部屋の外は庭園になっている。ただ何分冬じゃから別に面白いこともない・・・。
ベッドの上には七十歳ばかりと思われる一人の老人が臥せっている。その人の身分は牧師じゃ。するとワシの守護神が説明してくださる――
「彼は忠実なる道の奉仕者である。彼が死後直ちに導かるるは信仰と実務との合一せる、霊界最高の境涯である。彼はローマ舊教(ろーまきゅうきょう=カトリック)の牧師としてこの教区を預かっている身分である・・・」
ふと気が付くと室内にはたちまち麗しき霊魂達が充ち充ちて来た。それが後から後から殖えて行くので、終いには部屋に入り切れず、庭園へまでも溢れ出た。
「どんな人達でございます?」ワシはびっくりして訊ねた。
「いずれもこの者に救われた善良な霊魂達である」とワシの守護神が答えてくださる。「それなる婦人、彼女は一旦堕落しかけたのであるが、この者の導きによりて誠の道に戻ることが出来た。あれなる愚昧の少年、彼は一旦地獄へ堕ちたのをこの者の為に救い出された。あれなる父親、彼は今一息で、己の娘を娼婦の群に追いやるところであったのを、この者が娘を尼寺に連れて行ってくれたばかりに心が和らいだ。今では父子二人共霊界の最高境に達して楽しい月日を送っている。これ等の霊魂達が皆打ち連れて、父であり又友であるこの者を迎えるべく出て参ったのじゃ」
そう守護神が説明してくだすっている最中に、これ等の霊魂達よりも一段優れて麗しく光輝く何者かが室内に現れた。
「跪いて!」と守護神がワシに教えてくださる。
ワシが跪くと同時に部屋に溢れた霊魂達もことごとく拝跪(はいき)の禮(れい)をとった。
「どなたでございます?」とワシが小声に訊ねる。
「この御方がこの教区の真の支配者の天使であらせられる。わざわざお迎えの為にお出ましになられたのじゃ。気をつけて見るがよい」
すると、極めて静かに牧師の体から一条の光線が脱けて出た。頭部の辺が一番よく光る。色は金色に近いが、ただ幾分青味を帯びている。そうする内に右の光は次第次第に凝集して、頭となり、肩となり、いつしか一個の光明体が肉の被物の中から脱け出した。最初はうっすらしていたが、やがて輪郭がくっきりして来た。同時に幾百とも知れぬ満座の霊魂達の口から歓喜の声が溢れた。
「万歳万歳! 一同お迎えいたします!」
すると老牧師は一同に向かってにっこりしたが、イヤその笑顔の晴々しさ! 体全体が笑み輝くと疑われた。老牧師の霊魂はベッドの傍に看護の労をとりつつあった地上の人達に向かっても同様に笑顔を見せてその幸福を祈るのであった。
やがて体と霊魂とを繋ぐ焔の紐は次第に延びて、遂にプツリ! と切れてしまった。同時に看護の人達はワッとばかり泣き崩れたが、その泣き声は霊魂達の群からドッと破裂する歓びの歌にかき消されてしまった。と、お迎えの天使は老牧師の手をとって言われた――
「汝いみじき者よ、汝はよくも地上の哀れなる者の為に尽くした。余は汝に向かって汝が生前救済の手を述べた全ての者の支配を委ねるであろう」
言いも終わらず、又も満座の霊魂の群から起こった歓呼喝采! その響きは未だにワシの耳に残っている。
間もなく部屋の付近から全ての姿は消えて、後にはただワシと、守護神と、二、三の哀悼者のみが残ったが、イヤ実に何とも言われぬ結構な光景で、其処を立ち去った時のワシの胸も嬉しさに躍ったのである。
今日のワシの通信はこれで終わりじゃ。今晩仕事の手伝いをしてくれた五人の人達にはワシから厚くお礼を述べておく。何れ又・・・」
十二. 霊界の学校(1~5)
● 霊界の学校 一
ワード氏は2月16日に例の霊夢式の方法で霊界の叔父さんと会談しましたが、その日の叔父さんはいつもよりも一層学究的の態度で、自分が霊界へ来て初めて学校に入った時の、ちと堅くはあるが、しかし極めて意味深長なる実験談を詳細に物語ったのでした。
「叔父さん」とワード氏から質問しました。「あなたはこの前の通信で、色々の幻影がきちんと類別されていったことをお述べになりましたが、あれから先は一体どうなったのでございます?」
叔父「よしよし今日はあの続きを物語ることにしましょう。あの幻影の排列された街道は、前方を見ても後方を顧みても、どこまでも際限なく続いて、果ては彼方の風景の中に消え去ったのであるが、やがて突然ワシの守護神が直ぐワシの傍にお現れになった。
「付いて来い!」
そう言われるのでワシは守護神の後に付いて行くと、数ある景色の一つの中を突き抜けて、いつしかその奥の田舎へ出た。その際あの幻影がどんな風に処分されたのかはワシにも正確に説明することは出来ない。現在でもそれはちゃんとワシの眼に始終映っている――が、一口に言うと、全てが次第次第に背後の方へ引っ込んで行って余り邪魔にならなくなったのじゃ。
それからいくつかの野を横切り、丘を降りて、やがて行く手に一棟の華麗な建物の見える所へ出たのである。
「あれは何でございます?」とワシが訊ねた。
「あれは汝の入る学校じゃ」
「学校でございます? 私はもう子供ではございません」
「イヤ汝は子供じゃ。信仰の道にかけてはまだよくよくの赤ん坊じゃ。それその通り汝の姿は小さいであろうが・・・」
そう言う間にもワシの守護神の背丈がズンズン高くなるように思われた。しかしワシの体が別に小さくなるとは認められなかった。
やがてワシ達の右の建物の門前に出たのであるが、イヤその門の立派なことと云ったら実に言語に絶するものがあった。
間もなくワシは教室に連れて行かれた。他に適当な言葉がないから教室とでも言うより仕方がない。其処には沢山の児童達が勉強していた。イヤ児童と言うのもチトおかしい・・・。皆成人なのである。が、成人にしては妙に発育不充分で、ただ顔だけがませているのである。
やがて其処の先生というのに紹介されたが、生徒達が揃いも揃って貧弱極まるのに反して先生の姿の立派なことはまた別段であった。ただに体が堂々としているばかりでなく、総身光輝いている。そしてその光の故で教室全体が程よく明るい。これに引き換えて、生徒達の体ときてはいずれも灰色で不景気極まるが、その中でもワシの体が誰よりもすぐれて真っ暗であった。
次の瞬間にはもうワシの守護神の姿は消え失せていた。先生が親切にワシの手をとってとある座席につかせてくれた。そしていよいよ授業が開始されたのであるが、ワシとしてこんな教授法には生まれて初めて接したのである。
大体において述べると先生の方で知識を生徒の頭脳に注入するやり方でなく、生徒の頭脳から知識を引き出すやり方なのである。
最初の間は、どの質問もワシにはさっぱり判らなかった。そのくせ他の生徒にはすっかりそれが呑み込めているらしく、一人の生徒が先生の質問に対して何とか答えると、それを手掛かりに次の質問が又先生から発せられる。何処まで行っても問と答えとの繋がりで、微塵も注入的なところがない。その一例として先生が私にかけた質問振りを紹介することにしよう」
● 霊界の学校 二
先生がワシに向かって質問されたのは、ワシが教室へ入って暫く過ぎてからのことであった。
先生「あなたは何ぞ質問がありますか?」
私「御座います―― 一体ここは霊界であるというのに、どうして色々の物が実体を具えているように見えるのです? なかんずく私自身が依然として体を持っているのが不審でなりません」
先生「それなら訊ねるが、人間は何物から成立しております?」
私「肉体と霊魂より成立しております」
先生「科学者はそれに何という定義を下します?」
私「物質と力だと申します」
先生「その通り――それで人が死ぬるとその物質はどうなります? 滅びますか?」
私「イヤ物質は滅びません、ただ形を変えるだけであります。私の肉体が腐敗して土壌に化すると、それから植物が発生します」
先生「肉体を働かせていた力はどうなります?」
私「力は霊界へ回ります。それが霊魂でございます。霊魂も又滅びません」
先生「宜しい。物質も力も共に滅びない。が、地上に残しておいた肉体は生前の肉体とどこか違った点はありませんか?」
私「違った点がございます」
先生「どの点が違います? 今あなたが地上へ行って自分の遺骸を見たとすれば、主としてどこが相違していると思います?」
私「肉体は腐敗しますから、段々原形を失いつつあるものと存じます。形が違います」
先生「事によると形はもう無くなっているかも知れない。ところで物質と力とは滅びないとすれば形はどうなります? 形は滅びますか?」
私「滅びるでしょう。滅びないという理由はないように思われます」
先生「然らばお訊ねしますが、あなたがかつて起こした思想の形は少しも滅びずに霊界に存在したではありませんか? 思想の形が滅びない以上、あなたの肉体の形とても滅びずにいないでしょうか?」
私「そうかも知れません――しかし思想を形作った私自身が今霊界に存在する以上、私のことを考えたものが私よりも以前に存在している筈だと思います。私が居って考えたからその思想の形が霊界に存在する。誰かが居って考えたから私というものが霊界に存在する! そうではないでしょうか?」
先生「その通りじゃ。誰かがあなたのことを考えたからあなたが出来上がったのである。その誰かが即ち神じゃ。神は思想を以ってあなたを創られた。それと同一筆法で、あなたも又思想を以って物を創る――これであなたは何を悟りましたか?」
私「形も又物質及び力と同じく滅びないということであります。それからもう一つは、神が私を考えて創られたと同様に、私も又考えて形を創り得るということであります」
先生「これであなたが最初発した質問に対する答案が出来たではありませんか?」
私「そうかも知れません・・・。私が現在霊界で見ているものは形である。私自身も又形に過ぎないから、それで自分と同じく全ての物が皆実体を具えているように見える・・・こんな道理かと存じます。しかし何故私自身実体があるように見えるのでしょう・・・」
先生「そう見えるのが当たり前じゃ。霊界には物質は全く無い」
私「それなら若しも私がこの形で地上に戻ったなら、自分が非実体的であるような感じが起こるでしょうか?」
先生「地上に戻ってあなたは物質化しますか?」
私「しません。するとあなたの仰る意味はこうでございますな――私が物質化するのでなければ、単なる形であり、力であり、物質との比較は出来ないと・・・」
先生「分かり易いように一つ例を引きましょう。若しもここに光があって、それを煙の真ん中に置いたとする。そうすれば何が見えます?」
私「勿論煙を通して光が見えます。恐らくいくらかぼんやりと・・・」
先生「煙は何です?」
私「力です」
先生「ただ力だけですか?」
私「無論炎には形もあります」
先生「煙は何です?」
私「物質と形とです」
先生「それであなたの質問に対する答案にはなりませんか?」
私「そう致しますと、先生の仰る意味はこうでございますか――人間の物質的肉体を通して霊魂が光るのは、丁度煙を通して蝋燭の火が光るようなものだと・・・」
先生「その通り」
● 霊界の学校 三
「ワシはその時一つの突っ込んだ質問を先生に発した――
「私は今物質を棄てて単なる形となっておりますが、この形も又いつか棄てることがありましょうか?」
そう言うやいなや教室全体は忽ち森閑と静まり返ってしまった。全ての生徒達は先生の返答いかにと何れも固唾を呑んだのである。
先生「あなたの質問には遺憾ながら私にも充分の解答を与えることが出来ません。私にはただこれだけしか判っていない――次の界に進む時には、我々は現在の姿を持ってはいない。しかし第五界以上に於いてそれがどうなるかは霊界に居る我々の何人にも判りません。我々は霊界を限るところの火の壁を透視する力量は全くない。丁度人間が死の黒い帷(とばり)を透視し得ないのと同様なのである。偉大なる天使達には勿論お判りになっているに相違ない。しかし我々はあなた方と同じく、霊界の者であるからどうしてもそこまでは判らないのです――他にまだ質問がありますか?」
私「それでは伺います。我々は神により造られ、従って神にすがりて救済を求め、我々の安寧幸福に対して一切の責任を神に負わせます。しからば我々も又自分の造った形に対して責任を負うべきではないでしょうか?」
この質問で、再び沈黙が全教室に漲るべく見えた。
先生「あなたは若いのに似ず大変実質のある質問をします――ではこちらから訊ねます。あなたは最初あなたの守護神と暫く言葉を交えた時にどんな体験を得ました?」
そう先生から訊ねられたので、ワシはあの時の恐ろしい悪夢式の光景を物語り、最後に神に祈願したので、全てが次第に順序よく整頓して行ったことを説明した。
先生「あなたの質問はそれで大抵解決されたでしょう。あなたの造った思想があなたに向かって責任を求めたではありませんか?」
そう言われた時にワシは心から恥じ入って頭を下げ、暫く二の句がつげなかった。
先生「それはそれでよいとして、あなたの質問には奥にもう少し意味があると思います。言って御覧なさい」
私「私自身は新しい思想を生みますが、思想が思想を生む力があるものでございましょうか?」
先生「勿論直接にはない。しかし間接にもないでしょうか?」
私「間接にもないかと存じますが・・・」
先生「でも物質世界に於いて一の邪悪行為が起こった時に、それを真似る者が現れませんか?」
私「それは勿論現れます。しかし霊界では万事勝手が違うかと存じますが・・・」
先生「皆さんの中で誰かこの答弁をやって御覧なさい」
先生がそう述べると、生徒の一人がやがて次のように答えた――
「地上に存在するもので霊界にその模写の無いものは一つもありません。樹木でも、建物でもその他一切が皆その通りです。相違点はただ霊界にあの粗末な物質がないだけです」
私「しかし霊界の悪思想が他に感染して他を邪悪行為に導くというようなことがあるでしょうか?」
先生「それでは又一つ訊ねる。あなたが地上に居た時に全く無関係な二人、若しくは二人以上の人々が、同時同刻に同一の発明をすることがあるのに気が付きませんか?」
私「それはしばしば気が付きました。が、私共はそれを偶然の暗号であると考えていました」
先生「イヤ偶然の暗号などというものは決して存在するものではない。それは人間が自己の無知識――神の根本原則を知らずにいることを隠蔽するに使用する遁辞に過ぎない。
所謂偶然の暗号と称するものの裏面には必ず霊界の摂理の手が加わっている。それから又あなたはいつどこから淵源を発したかも判らぬ古い思想が幾代かにわたりて人類に感化を与えていることに気が付きませんか? 本国ではすっかり忘れられているにもかかわらず、ともすればそれが遠方の何の連絡もなかりそうな他国民の間に復活している場合も少なくありません――判りましたか?」
私「そうしますと一の思想は他の新思想を創造して行くのでございますな」
先生「その通り――が、新思想と言っても全く無関係の思想ではない。何らかの連絡のある思想に限って創造されて行くのです」
● 霊界の学校 四
「ワシは何やらまだ腑に落ちなかったので、更に質問を続けた――
「もう一つ質問させて頂きます。一つの思想がまるきり無関係の新思想を創造することが出来ないというのに、何故それが人間には出来るのでしょう? 人間はある場合に於いて残忍な悪思想を創造し、その思想を以って他人を残忍な行為に導くことが出来ると同時に、次の瞬間には親切な善思想を創造し、これを以って他人を善道に導くことが出来ます。何故こんな相違が生じて来るのでございましょうか?」
先生「それなら又訊ねますが、一体人間は何と何とから出来ております?」
私「物質、形、力の三つから成ります」
先生「思想は何から出来ております?」
私「単に形のみかと存じます・・・」
先生「それであなたの疑問は解けている筈でしょう」
私「ああ判りました。力と称するものの有無によりて相違が生ずるのでございましょう。が、力とは一体何でございますか?」
先生「ある人は力は神だと言います。又ある人は力と物質とが神だと言います。又ある人は力と物質とは同一で、神の神たる所以はここに存ずるのだと言います。人間は力か物質かの内どれかを創り得ますか?」
私「イヤ人間はただ形を創造し得るだけかと存じます」
先生「あなたの疑問はまだそれですっかり解けてしまいませんか?」
私「私の最初の疑問はまだ解かれていないかと存じます。私の疑問はこうです――人間は種々の思想を創造し得る力量があるのに何故人間の思想にはそれが有り得ないか?」
先生「神はあなたを創ります。あなたはあなたの思想を創ります。あなたの思想は他を感化します。
思想の働きはそれを創った思想によりて縛られます。あなたの行為はあなたを創造した力によりて縛られます。神は何物によりても縛られません」
私「すっかり判ってまいりました。我々人間には自分達の知らぬ事物につきて思考する能力がありません。然るに神は全智であり、従って全能であります」
先生「神は一切なのであります――あなたの第一課程は首尾よく終わりました。皆さんに休暇を許します。戸外へ出て宜しい」
次の瞬間に我々一同は小学校の生徒そのまま戸外に飛び出して、思い思いの勝手な遊戯に耽ったものである。が、霊界の遊びというのは皆精神的のもので、そして地上で業務と称するものが、つまりここでは皆娯楽なのであるから大分勝手が異なっている。
ワシのことだから、自ずと建築に趣味を持っている人々の組に入って遊びました。可笑しなことには仲間は皆それぞれ背の高さが違う。それは各自の霊性の発達が同一でないからである。やがて仲間の一人が、昔地上にあったある有名な建築物の見学に出掛けようと言い出した。
「さぁ」とワシが言った。「口外の風致を損ねる俗悪極まる別荘の見物なら有難くもないが・・・」
「例えば君が造ったような代物かね。あんなものは全く有難くない・・・」
一人の少年がそうワシのことを皮肉った。若しもこんなことを言われたなら、生きている時分であったなら恐らくむかっ腹を立てたと思うが、ワシはただ高笑いで済ました。すると先に発議した大柄の少年が傍から口を出した――
「君、そんな心配は一切無用だよ。俗悪な建物は霊界へは来ないで皆地獄の方へ行ってしまう。勿論霊界にあるものだって最上等の種類ではない。最上等のものはずっと上の方の界へ行くからね。しかし霊界のだとてそう馬鹿にしたものではない。一つ非常によく出来ているアッシリアの建築があるから行って見ようではないか?」
こんな相談の結果我々は打ち連れてそのアッシリア建築物の見物に出掛けたのであったがワシにとってそれは何よりの保養であった」
● 霊界の学校 五
叔父さんが霊界で建築物を見物に出掛けたという物語は、はしなくも前年物故したAという人物の死後の生活状態を明らかにする端緒を開きました。
ワード「叔父さん、あなたは霊界でそんなに多数の建築家達と御交際をなさるなら建築家のAという男にお会いになられませんでしたか?」
叔父「こいつぁ意外じゃ! 別荘の事についてワシのことを皮肉ったのは外でもない、そのAという男じゃ・・・」
ワード「まぁそうでございましたか――近頃Aはどんな按配に暮らしております?」
叔父「あの男は現在ワシの仲間にいますよ。何でも最初霊界へ来た時に半信仰者の部類に編入されたので大変不平で、僕は立派な信者だと言って先生に食ってかかったということじゃ。すると先生はこう言われたそうじゃ――
「あなたが真の信者ならここへは来ぬ筈じゃ。あなたは自分では立派な信者と思っていたのであろうが、しかし信仰というものはただ口頭で信ずるのみではいけない。心から信仰を掴まねばならぬ。若しあなたが真の信者であったなら、地上であんな生活を送る筈がない。自分で信者と思っていたもので現在地獄に堕ちている者は沢山ある。真の信仰は実行の上に発揮されるべきである。それでなければ誠の信仰ではない。これは必ずしも神を信ずる者が罪を犯さぬという意味ではない。信仰ある者でも犯した罪の為に苦しむこともあるであろう。人間はいかなる思想、いかなる行為に対しても責任がある。が、いずれにしても誠の信仰を持つというとこが根本である。霊界では他を欺くことは出来ない。イヤ自分自身をも欺き得ない。あなたは半ば信じたからそれでこの境に置かれたのだ。若し少しも信仰がなかったなら地獄に送られたであろう。まぁ折角勉強なさるがよい・・・」
「これにはさすがのAも一言もなかったそうじゃ・・・」
ワード「いかがでございます、あの男の霊界に於ける進歩は?」
叔父「あまり速いとも言われまいな。お前も知る通り、Aは何分にも血気盛りで、狩猟だの、酒だの、女だの、金儲けだのという物質的な快楽に囚われている最中に死んだものだから現世の執着が中々脱け切れない。無論あの男は地縛の霊魂ではない。地縛の霊魂なら霊界には居られない――が、どうも地上がまだ恋しくてしょうがないようじゃ。時々学校を怠けて地上へ降りて行って、昔馴染みの女やら料理屋やらをちょいちょい訪れる模様がある。
地縛の堕落霊が淫らな真似をしたさにうろつき回るのとは大分訳が違うが、どうも旧知の人物や場所に対する一種の愛着が残っているらしい。決して悪い男ではないのだから早くそんな真似さえ止せば進歩がずっと速くなる。しかし当人自身も言っている通り、Aは少なくとも三十年ばかり死ぬのが早過ぎたのかも知れん。従って三十年位は途中でまごつかなければならんのじゃろう・・・。
兎に角Aは恐ろしく分かりの良くない男で、極めて簡単なことでも中々呑み込めぬようじゃ。死んだのはワシよりもずっと早いがもうワシの方が追い越してしまった。しかし元来が面白い人物なので教場外では大変人望がある。もっともAは霊界に戸外遊戯がないのには余程弱っているらしい。おかしな男でこの間も成るべく妻の死ぬのが遅れる方がいいと言うのじゃ。何故かとその理由を訊いてみると、後から来た女房に追い越されると癪に障ると言うのじゃ。
イヤ今日は大変長い間お前を引き止めた。余り長引くと、お前が霊界の者に成り切りになると困るからこの辺で帰ってもらうことにしよう・・・」
十三. 自分の葬式に参列(上・下)
● 自分の葬式に参列 上
これは2月21日午後7時に出た叔父からの自動書記的通信であります。霊界から出張して自分の肉体の葬式に参列したという奇想天外式の記事で、先入主に囚われた常識家の眼を回しそうなシロモノですが、しかしよく読んでみると情理兼ね具わり、いかにも正確味に富んでいて疑いたいにも疑うことの出来ないところがあります。出来るだけ忠実に紹介することにしましょう――
「ワシはこれから自分の葬式に参列した話をするが、その事の起こったのは、霊界へ来てから余程の日数を経たと自分には思われる時分のことであった」
「これより汝を葬式に連れて参る。そろそろその準備をいたせ!」
ある日ワシの守護神が突然教室に現れて、ワシにそう言われるのであった。ワシは寧ろびっくりして叫んだ――
「私の葬式でございますって! そんなものはとうの昔に済んでしまったと思いますが・・・」
「イヤそうではない。霊界の方では余程長いように思えるであろうが、地上の時間にすれば汝がここへ来てから僅かに三日にしかならないのじゃ」
霊界の時間・・・むしろ時間無しのやり方と、時間を厳守する地上のやり方との相違点にワシが気が付いたのは、この時が最初であった。地上ではたった三日にしかならぬというのに、ワシは確かに数ヶ月間霊界で勉強していたように思えたのじゃ。
ついでにここで述べておくが、霊界には夜もなければ昼もなく、又睡眠ということもない。もっともこれはちょっと考えれば直ぐ判る話で、霊魂は地上にいる時分から決して眠りはせぬ。そして体とは違って休息の必要もない。
さてワシの守護神は学校の先生に行き先地を告げてワシの課業を休ませてもらうことにした。丁度その時刻に課業が始まりかけていたところで、地上の学校と同じように無断欠席は無論許されないのである。
次の瞬間に我々はたちまちワシの地上の旧宅に着いた。最初想像していたのとは違って、エーテル界を通じての長距離旅行などというものは全く無しに、甚だ簡単に自分の寝室に着いてしまったのじゃ。
その時は随分不思議に感じられたが、今のワシにはよく判っている。我々の世界と人間の世界とは決して空間といったようなもので隔てられてはいない。むしろ双方とも同一空間に在ると云ってよかりそうなものじゃ。が、この点はまだ充分説明してないと思うからいつか機会を見て詳しく述べることにしよう。
ワシの旧宅の内部は家具類がすっかり片付けられていて平生とは大分勝手が違っていた。ふと気が付くと、そこには一つの棺桶がある。それには大きな白布がかかっていたが、ワシはそれを透して自分の遺骸をありありと認めることが出来た。
不思議なことには最初予期していた程には自分の遺骸がそう懐かしくなかった。古い馴染みの友に会ったというよりかも、むしろ一個の大理石像でも見物しているように思われてならなかった。
「汝は今やその任務を終わった。いよいよこれがお別れじゃ」
ワシはそう小声で言ってはみたが、どうもさっぱり情が移らない。あべこべに他の考えがムラムラと胸に浮かんで来てならなかった。
「汝は果たしてワシの親友であったかしら・・・。それとも汝はワシの敵役であったかしら・・・」
こんな薄情らしい考えが胸の何処かで囁くのであった。兎に角ワシはこれでいよいよ自由の身の上だなという気がして嬉しくてならなかった。
暫くしてワシは他の人達が何をしているか、それを見たい気になった。次の瞬間にワシは食堂に行っていたが、そこは弔い客で一杯なので、成るべくその人達の体に触れないように食卓の中央辺の所を狙って、下方から上に突き抜けた。無論食卓などは少しもワシの邪魔にならない。人間の体とても突き当たる虞はないのだが、ただ地上生活の間に作られた習慣上、群衆の中を通るのはどうやら気がさしてならないのであった。
其処でワシは残らずの人々を見た。お前もいた。GもDもMもPもその他大勢いた。が、其処もあんまり面白くもないので、ワシはやがて妻の居間であった部屋に行ってみたが、ここも格別感心もしない。仕方がないのでワシは又フラフラと部屋を脱け出した」
● 自分の葬式に参列 下
自動書記はこれからますます佳境に進みつつあります――
「実を言うとワシは折角自分の葬式に臨むことは臨んだが、ただ人々の邪魔をしに来ているように感じられてならなかった。こんな下らないものを見物しているよりは、学校で勉強している方がよっぽどマシだ――ワシはそんなことを考えた。するとワシの守護神は早くもワシの意中を察して次のようにワシをたしなめられた――
「いよいよ遺骸が土中に埋められる時には、霊魂としてその地上生活の伴侶であった肉体に訣別を告げることが規約になっておる。それには相当の理由がある。単に肉体に対する執着――丁度飼い犬が少し位酷い目に遭わされてもその主人を慕うに似たる執着――の他に、次のような理由がある。死体の周囲には常に様々の悪霊共が寄って集って、何やらこれに求めるところがあるものじゃ。死体に付着する煩悩の名残――悪霊というものはそれを嗅ぎ付けて回るのじゃ。
時とすれば彼等は死体の中から一種の物質的原料を抽出しにかかり、ひょっとするとそれに成功する。彼等はその原料で自己達の裸体を包むのじゃ。が、それはただ邪悪な生活を送った人々の死体に限るので、汝の死体にそんな心配があるのではない。しかし我々はそれ等の悪魔の近寄らぬよう、行って監督せねばならぬ。
又情誼の上から言ってもあれほど永らく共同の生活を送った伴侶を、その安息の場所に送り届けるのは正しい道じゃ。
最後にもう一つ、汝が棄てた現世の生活の取るに足らぬこと、又新たに入りたる霊界の生活の楽しいこと――葬式によりてそれを汝に悟らせたいのである」
守護神からそう言い聞かされたので、ワシは再び自分の部屋に戻って遺骸の側に座っておると、間もなくお前がそこに入って来た。お前はナプキンを取り除けて、しきりにワシの死顔を見ていたが実は本当はワシはお前の正面に立っていたのじゃ。ワシはお前が大変萎れているのを見てむしろ意外に感じ、この通り自分は元気にしているから心配してくれるな。このワシが判らないのかとしきりに呼んでみたのじゃ。
その声がお前の耳に入ったのではないかしらと一時ワシは歓んだ。お前は一瞬ワシの顔を直視しているかの如く見えたからじゃ。が、やはり聞こえてはいなかったと見えて、お前はナプキンやらシートやらを元の通りに直して、彼方を向いて部屋を出て行ってしまった。
間もなく葬儀屋の人足が入って来て、棺桶の蓋を閉めて階下に運んで行った。ワシも行列の後について寺院に行った。
棺桶が墓中に納まり、会葬者がすっかり立ち去ってからもワシはそこに留まって、墓穴の埋められるのを最後まで見ておった。無論土が被ってからもワシにはかつてワシの容器であった大理石像――自分の死体がよく見えた。ワシはもう一度それを凝視した。それから守護神の方を向いて、さあお暇しましょうかと言った。
その言葉の終わるか終わらぬ内にワシは早や自分の学校に戻っていたが、その時ワシは思わず安心の吐息をもらしたのである。ワシの守護神はと思ってグルリと見たがもう影も形もない。こんな目にあえば最初はびっくりしたものだが、この時分のワシは既にその神変不可思議な出入往来には慣れていた。
すると先生が優しく言葉をかけてくれた――
「席におつきなさい。今丁度質問が一巡済んだところです」
「えっ! 質問が一巡済んだところ・・・」ワシはそれを聞いて呆れ返ってしまった。「ワシは何時間も地上に行っておったように感じます。成る程霊界と現界との時間には関係がありませんな!」
「あなたも霊界に時間のないことが分かりかけたでしょうが・・・」
ワシは再び同級の生徒達を見ましたが、この時初めて地上の人達のいかに小さく、いかに発育不完全であるかをワシは痛感したのであった。ワシの同級生は兎も角も少年の姿をしていた。しかるに地上の人間は大部分よくよくの赤ん坊――事によるとまだ生まれない者さえもあった。殊に某(なにがし)だの、某だのの霊魂の姿ときては誠に幼弱極まるもので、滑稽であると同時に又気の毒千萬でもあった。兎に角ワシはお前達に会った時に、灰色がかったお前達の肉体を透してお前達の霊魂の姿を目撃したのじゃが、ややもすれば、一番大きなそして一番美しい肉体が一番小さい、一番格好の悪い霊体を包んでいるのには驚いた。
何はともあれ、ワシはお前達が人生とか浮世とか云って空威張りをしているところから逃れ出て真の意義ある霊界の学校生活に戻った時の心の満足は今でも忘れ得ない。が、同時に新しい希望がワシの胸裏に湧き出た。外でもない、それはこの事実をお前をはじめ、人類全体にあまねく知らせてやりたいという希望であった――これで三十分休憩・・・」
十四. 霊界の大学(上・下)
● 霊界の大学 上
前回の自動書記に引き続き、同日の午後8時50分に出たのがこれであります。叔父さんがいかに第一部から第二部の方に進級し、いかに地上との通信を開始するに至ったか、それ等の肝要な事情が頗る明細に述べられてあります――
「さて霊界の学校へ戻ってからのワシは、こちらの実況を地上で会った人達に早く知らせてやりたくてならなかった。地上にワシの死を衷心から悲しんでくれる者が沢山あるので、それが気の毒で堪らないということも一つの理由ではあったが、しかしそれよりも、地上の人々が少しも未来の生活を信ぜず、たとえ信じたところで見当外れの考えばかり抱いている――それが歯痒くて堪らないのであった。
既に前にも述べた通り、ワシは自分の骨肉の者に通信しようとしてことごとく失敗し、ようやくのことでお前と接触を保つことに成功したのであるが、しかしそこへ達する迄には中々の苦心を重ねたものじゃ。最初はまるきり見当がつかず、どうしてよいものやらイタズラに心を苦しめるばかりであった。が、是非とも通信したいという決心がつくと同時にワシの守護神が不意にワシの教室に現れた。
「あなたが受け持ちのこの生徒でございますが」と守護神が学校の先生に言った。「近頃学課の成績が大変宜しいので、そろそろ大学の方へ移らせたいと存じますが・・・」
「仰せの通り成績が飛び離れて優れております――宜しうございます、直ぐその手続きをいたしましょう」
やがて課業が終わると、生徒一同はワシの身辺に群がり寄った――
「イヤーおめでとう! 君はとうとう一人前になったね!」
そう言って祝意を表してくれた。ワシの外にも数人の生徒が各々その守護神達に導かれ、お馴染みの校舎に別れを告げることになった。
するとやがてワシの守護神がこう言うのであった――
「汝は今地上の人達と通信したいと思っているが、その理由を述べてみるがよい」
「私は霊界の実情を彼等に知らせたいのでございます。そうしてやれば、彼等は生きている時から霊界入りの準備にかかり、私のように小学の課程を踏まずともよいことになりましょう。又未来の生活を信じている人間にしましても、あまりにその観念が乏し過ぎるようで・・・」
「それは判っているが、何故汝が今通信せねばならぬ必要があるのじゃ? 人間は何時かは皆霊界に来る。それから勉強しても差し支えなかろうが・・・」
「イヤ私自身地上に居た時にあまりに霊界の研究を怠りましたので、少々なりともその罪滅ぼしをしたいのでございます」
「それなら結構じゃ。それなら充分の理由がある。地上の人類はあまりに神に背き過ぎておる。汝が彼等を導くことは、つまり己を導くことである。見よ、汝は既に第一部を通過して第二部の方に入りつつある」
「第二部でございますか? どうすれば私がそちらへ参り得るのでございます?」
「皆自力でその方法を見出すのじゃ。霊界に於いては自分の問に答える者は常に自分である。他から習うことは許されない。努めよ。さすれば与えられる」
それから間もなくワシは守護神と別れて、見知らぬ一群の青年達の間に自身を見出したのであった。
● 霊界の大学 下
自動書記はなお続きます――
「ワシは何となく、ここが大学の所在地であるらしく感じられてならなかった。で、早速付近の数人を捕えて、試みに地上との交通の方法を訊ねてみた――人間界とは違って不思議にも霊界ではこんな場合に遠慮などはしないのである。
するとその内の一人がこう答えた――
「丁度我々もあなたと同様に、地上との交通法を研究している最中なのです。御一緒にやりましょう」
それからワシ達はその大きな都市中をあちこち捜し回った挙句に、やっと自分達の思う壺の人物に出会うことが出来た。その人は現世で言えば大学の講師とも言うべき資格の人であったが、ただ地上の講師とは違って講義はしてくれないで、先方から質問ばかりかける。丁度今迄の学校の先生そっくりの筆法なのである。早速我々の間にこんな問答が開始された――
「地上の人間と交通するのにはどうすれば宜しいでしょう? 教えて頂きます」
「あなた方に訊ねるが、霊界で仕事をするのには一体どうすればよいのです?」
「思念が必要だと存じます」
「それでよい」
「そうしますと、我々はただ生きている人間と通信したいと思念すればよいのでございますか?」
「無論! 他の方法がある筈がない」
「思念するとすれば、その対象はたった一人がよいでしょうか? それとも大勢が宜しいでしょうか?」
「それはあなた方の勝手じゃ。が、一人を思念するのと大勢を思念するのとどちらが易しいと思います?」
「無論一人の方が易しいです!」と我々は一斉に叫んだ。
「他にまだ質問がありますか?」
「色々考えてみたがワシ達には別に質問すべきことがないので、早速そこを辞して、今度は研究室のような所に閉じ篭ってこの重大問題について思念を凝らしてみることになった。
「ある事を思念する」――単にそう言うと甚だ簡単に聞こえるが、実地にそれをやってみるとこんな困難なことはない。色々の雑念がフラフラ舞い込んでしょうがない。ワシ達は何週間かにわたりてその事ばかりに従事したように感じた。が、とうとう最後に仲間の一人が地上と交通を開くことに成功した。
それを見てワシ達は一層元気づいた。が、その内他の一人がこんなことを言い出した――
「どうもワシの念じている人物は甚だ鈍感で、こちらの思念がさっぱり通じない。こりゃ相手を選ばんと到底駄目らしい・・・」
ワシ達にとりて相手の選択は新しい研究題目であった。ワシ達はこの問題についてどれだけ討議を重ねたか知れない。最後にワシ達は、あまり物質的でない人間と交通することが容易であらねばならぬという結論に到着した。が、何人が物質的で、何人が物質的でないということは中々判別しかねるので、止む無く各自に人名簿を作り、片っ端からそれを試しにかかった。その結果どうなったかはお前が知っている通りじゃ。とうとうワシはお前のことを捜し当てた。あの晩ワシは特別に地上に引き付けられるように感じたが、今から思えば、ワシが死んでからその日が丁度一週間目に該当しているのであった。
ワシにとりてはお前との交通が他の何人とやるよりも一番容易であるように感ぜられるが、しかし真に交通の出来るのはお前の睡眠中に限られた。で、その結果最初はあんなやり方を考え付いたのであるが、一旦開始してみると段々その呼吸が取れて来た。最後にPさんに会って自動書記という段取りになったのじゃ――今日は先ずこれ位で切り上げましょう・・・」
十五. 犬の霊魂(上・下)
●犬の霊魂 上
2月23日の晩にワード氏は霊夢で叔父のLに会いましたが、その場所は風光絶佳なる一つの湖水の畔でした。
ワード「叔父さん、あなた方はやはり家屋の内部に住んでおられるのですか?」
叔父「そりゃそうじゃ――ワシは目下大学の構内に住んでおる」
ワード「霊界の大学というのは、地上の大学に似ておりますか?」
叔父「ワシの入っている大学の校舎はオックスフォードのクインス・カレッジの元の建物であるらしい。つまり現在の古典式の建物よりも以前のものじゃ」
ワード「時に叔父さん、私の父はあなたの葬式のあった当日に、あなたの為に供養を致しましたが、それは霊界まで通じましたか?」
叔父「ああよく通じました。が、どうもワシにはそれが葬式の当日とは思えなかった。何やらその少し以前らしく感じられた。イヤその供養の方が、葬式よりもどれだけワシにとりて有難いものであったか知れない。いやしくもキリスト教徒たる者が、単に遺骸のみを丁重に取り扱うのは甚だその意を得ない。遺骸は何処まで行っても要するにただの遺骸じゃ。何をされても無神経である。これに反して霊魂は生き通しである。神の助けなしには一刻も浮かばれない。この霊魂を打て棄てておくへき理由は何処にも見出されない。
あの時分ワシは例の恐ろしい呵責――生前の行為が一々自分の眼前に展開する、あの恐ろしい光景に苦しみ抜いている最中であった。その呵責は現在でも全くないではない。その刑罰のお蔭でワシは辛うじて悔悟の道に踏み入ることが出来るのであるが、兎に角あの時分のワシの精神の苦悩は一通りではなかった。無論学校などへはとても行けない。悶えに悶え、悩みに悩み、身の置き所が無いのであった――と、その真っ最中に、一条の赫灼(かくしゃく)たる光明が、ワシを悩ます夢魔的幻影を一時に消散せしめた。そして右の幻影の代わりに彷彿として現れたのは一つの寺院ではないか。見よ聖壇の上には蝋燭と十字架とが載せてあり、その前には一人の僧が居る。それが取りも直さずお前の父で、おまけにお前までが其処に跪いている。人間の方は二人きりじゃが、人間の外に跪いている者も沢山居る・・・。それが何者であるかはワシにも分からない。が、兎に角寺院に一杯、側方の礼拝堂までも、霊界の参拝者でぎっしり詰まっていたのである。
この光景に接した時のワシの心の嬉しさ! それはとても筆や言葉で言い表し得る限りでない。数ある地上の人類の中で少なくともその幾人かが真に神を信じてワシの為に祈願を捧げてくれるのである。その祈祷の言葉がどれだけワシの胸に平和と安息とを恵んでくれたことか・・・。
が、それよりも一層ワシの心に深甚に感激を与えたのは、ワシに先立ちて霊界に入りたるこれ等幾百の霊魂達が、ワシの為に熱心に祈祷を捧げてくれたことであった。思うに彼等も又ワシのように霊界の険路を踏んで、自己の行為の幻影に悩まされた苦き経験から、ワシの一歩一歩の前進に対して心から同情を寄せてくれているのであろう。ああ英国の矛盾だらけの不思議な国教、その裏面には何という美しいものが潜んでいるのであろう! 我々の詩聖テニスンが[アーサーの死]を書いた時に、彼は確かに霊界からのインスピレーションに触れていたに相違ない。「我が魂の為に祈れ」――彼はマロリをしてそう叫ばしめている」
●犬の霊魂 下
ワード「それはそうと叔父さん、甚だつかぬことを伺いますが、動物が霊界に来ているという以上、こちらでウチのモリーをお見掛けになったことはございませんか?」
モリーはワード氏夫妻の愛犬であったのです。
叔父「モリーならちょいちょいワシの許へやって来ます。ワシの外にはここで誰も知っている者がないと見えてね・・・。それ其処へ来た」
ワード「何処です? ワシには見えませんが・・・」
叔父「もう直に見える」
そう言っている内に、モリーは直ぐ傍の小さい森の中から飛び出して来ました。死んだ当座よりか幾らか若く美しく、傴僂(せむし)がすっかり治っているのを除けば、他は元の通りでした。暫く叔父さんの周囲にじゃれ回った後で、ワード氏に近付き、尾を巻いて興奮状態でワンワン吼えました。ワード氏は生前やらせたように後肢で立って歩かせたり何かしました。
ワード「若しも動物がこの状態で霊界に生きているものとすれば、いよいよ霊界の頂点まで昇り切った時には彼等はどうなるのでしょう? 動物もやはり第五界へ入るのでしょうか?」
叔父「それはワシも目下研究中でPさんにも調査を頼んでおる――そのPさんだが、あの人もお前の体を借りて自動書記をやりたいと言っているからその内始めることにしましょう」
ワード「あなたはどうしてPさんとお知り合いになられたのです?」
叔父「それはこうじゃ。ワシがかねての希望通り、しきりに霊界の各境の事について研究を進めていると、ある時突然ワシの所へ訪ねて来たのがPさんであった。Pさんはこう言うのじゃ――「私は伝道の為に暫時地獄へ行っておりましたから、地獄の事情なら少しはあなたにお話することが出来ます・・・」
いかにもこちらの思惑通りの話であるからワシは大変喜んだ。段々話を聞いてみると、Pさんは地獄の学校の先生として特派されていたもので、地獄の奥の方のことは少しも知らないが、学校では随分色々の人間に接しているのであった。Pさんはなおこう付け加えた――
「若しあなたが、地獄の内幕を知りたいと思し召すなら、私の知人に丁度あつらえ向きの人物がおります。元は陸軍出身で、地獄の学校で私が教えた生徒ですが、もう追っつけ霊界へ上って参ります。私はその監督を命ぜられた関係がありますから、私の言いつけならよく聞いてくれます。同人は実に驚くべき強い人格の所有者で、従ってその進歩も迅速であります。ちょっと御覧になるとかなりに堕落した悪漢のようにも見えますが、中身は大変良くなっております。初めて私の学校へ入って来た当座は全校中の最不良生徒で、何故こんな者が入学を許されたのかと疑われる位でしたが、その後ズンズン他の生徒達を追い越して行きました」
「してみると地獄にも霊界と同じように学校があると見えますね」とワシが訊ねた。
「あることはありますが殆ど比較にはなりません。地上で申せば感化院と大学位の相違であります。イヤもっと段違いかも知れません。地獄には他に幼児達の学校も設けてありますが、それはつまり地上の幼稚園に相当致します。勿論学科は違いますが・・・」
こんな按配にPさんは色々のことをワシに教えてくれ、ワシからまたお前にそれを通信していたのじゃが、その後Pさんは御自分の守護神に何処かへ連れて行かれてしまった。何でも上の方へ昇る為の準備にかかったのであるそうな。しかし今後もある程度の材料を送ってくれるように懇々頼んで、その手筈にはなっておる。
ワシは目下大学で、他の同一目的の学生達と一緒にせっせと霊界のある方面の調査をしておるが、追っ付け皆お前に通信してあげる――今回はこれで一くさりつける。何かワシの力を借りたい事が出来たらワシの事を念じて祈願してもらいたい。ワシはこう見えてももう勝手に飛べるようになった」
言い終わって叔父さんはプイと空中に舞い上がり、湖水の上を横断して姿を消してしまった。ワード氏はいささか煙に巻かれた態で、湖面を染める夕陽の光を見つめつつただ茫然として寂しく其処に佇んだのでした。
十六. 星と花
2月26日にはワード氏の愛嬢(ブランシ)が又もやお祖父さんの姿を見ました。時刻は午後七時頃で、彼女は母親のカーリーと共に客間に居たのですが、ふと窓側へ行って暗がりの室内から空を見上げると同時に叫びました――
「アレ! お祖父さまが空を通る! 手に持っている蝋燭の光が星みたいにキラキラする・・・。行ったり来たりしていらっしゃる・・・。もうお部屋へ戻って御本を手に持って勉強していなさる・・・・」
それから直ぐに又、
「アラお祖父さまが又こちらへ向いて来るわ! アラ背後から小さい娘がついて来る。ベッティみたいだけど髪が赤いわ。手に人形を持っているわ。お祖父さまはあの娘の手をとって何とか言っていらっしゃる・・・」
ベッティというのは彼女の従妹で、その時六歳だったそうです。
7時45分頃に彼女は母と庭に出て行ったが、その時も又叫びました。
「ホラあそこにお祖父さまが見えるでしょう。お祖父さまは星を摘んで花束みたいなものにしていらっしゃるが、きっと星と花とを間違えているのだわ・・・。アラ! あの星を花瓶に挿している!」
するとそれから越えて数日、三月二日の晩にワード氏は霊夢状態に於いて叔父さんと長い会話を交えました。愛嬢の星の風評はその時自然に話題に上りました。
ワード「ブランシは先般あなたが星を摘んでいるのを見たと言いますが、そんなことがあったのですか?」
叔父「ワシは花なら摘みますが、星は摘みませんよ――察するところ霊界の花は星のようにキラキラ光っているからブランシはそれを星と見違いたに相違ない。いくらか肉眼でも手伝ったものとみえる・・・」
ワード「赤い髪の娘というのはご存じでございますか?」
叔父「あれは近頃霊界へ来たばかりの娘じゃ。たった一人で寂しそうにしているのが気の毒でつい面倒を見てやる気になってね――近頃はこちらの女学校に通っておる」
ワード「では霊界では男女の合併教育はせぬのでございますか?」
叔父「そういう訳でもない。ある子供達は合併でやっている。類は類を以って集まるの類でな・・・」
ワード「あなたは霊界で大勢の婦人にお会いでしたか?」
叔父「まだ大勢には会いません。先へ行けばもっと沢山の婦人に会われます」
ワード「時に叔父さん、霊界の花は摘み取っても枯れはしませんか?」
叔父「枯れません――枯れる筈がありません。霊界の花はただ形じゃ。いかに摘んでも形は残ります。つまり樹の枝から摘み取ってワシの手に移すまでの話じゃ。樹に付いておろうが、花瓶に挿してあろうが、枯死する気遣いは全くありません」
ワード「目茶目茶に引き千切ったら枯れるでしょうか?」
叔父「ワシ達はそんな乱暴な真似はしません。花は花の権能を持っています。が、いかに千切っても砕いても花はやはり枯れません。そしてやがて又結合します」
ワード「こいつはカーリーから頼まれた質問ですが、あなたは着ている衣服を脱いで他の衣服に着替えることがお出来なさいますか? 私の言葉の意味がお分かりでしょうな?」
叔父「勿論分かっておる。一体ワシの衣服は皆ワシの意思で作ったのじゃ。で、ワシが若し生前の姿になって地上に現れようとすれば、直ぐに衣服はそう変わるのじゃ。生前のように衣服を脱いで着替えるというような面倒な真似は絶対にせぬ。無論ワシ達の衣服は何時まで経っても擦り切れる憂いはない。自分でこのままでよいと思えば何時までもそのままでいる。変えようと思えば即座に変わる。新調の衣服は望み次第、いつでも出来る・・・」
ワード「大変どうも都合がよいものですな。カーリーが聞いたらさぞ羨ましく思いましょう」
十七. 問題の陸軍士官(上・下)
●問題の陸軍士官 上
前回の寧ろ軽い小話の後に引き続いては、例の陸軍士官が地獄から脱出した時の、極めて厳粛な物語が叔父の口から漏らされました。その片言隻語の内にも叔父さんの胸にいかに根強く当時の光景が浸み込んでいるかがよく伺われます。
叔父「雑談はこの辺で切り上げてワシはこれからお前に一つ、重大な事柄を物語らねばならない。実はワシがPさんに会ってから数日経った時のことであった。ワシはワシの守護神に連れられて、一人の霊魂が地獄から昇って来る実況を目撃したのじゃ。後で判ったが、それがあの陸軍士官なので・・・。
ワシは何処をどう通って行ったのか途中はよく判らなかったが、兎も角も突然地獄の入り口に立ったのである。そこはカサカサに乾いた、苔一つ生えていない、デコボコの一枚岩であった。振り返って見ると、自分達の背後には、暗黒色の岩だの、ゴツゴツした砂利道だのが爪先上がりになって自分達の所まで来て、それが急に断絶して底の知れない奈落となるのである。
何しろこの縁を境界として一切の光明がばったり中絶してしまうのであるから、その絶壁の物凄さと云ったら全く身の毛がよだつばかり、光線はあたかも微細な霧の粒のように重なり合った一枚壁を造り、それが前面の闇の壁と対立する・・・。地上では光と闇とは互いに混ざり合い、融け合っているが、ここには全くそれがない。闇は闇、光は光と飽くまで頑強に対抗している。
するとその時守護神がワシに命ぜられた――
「それなる絶壁の最末端まで行って、汝の手を闇の中に差し入れて見るがよい」
命ぜらるるままにワシは絶壁の端に行った。すると守護神は背後からワシの肩に手をかけて、落ちないように支えてくだすった。
驚いたことには闇に突き入れたワシの手首は其処からプツリ切り落とされたように全く存在を失ってしまった。イヤ存在ばかりか感覚までも全く消え失せた。呆れ返った無茶な闇もあればあったもので・・・。
その内闇に浸かった手首がキリキリと痛み出した。それは酷い寒さの為である。
「腕を引っ込めてももう宜しうございますか?」
「宜しい」
ワシはそう聞くなり急いで自分の腕を引っ込めたが、幸い傷も付かずにいたのでホッと安心した。ワシは訊ねた――
「何故ここはこんなに暗く冷たいのです?」
「それは」と守護神が答えた。「信仰の光が地獄には存在せぬからじゃ。又地獄には神の愛も無い。汝は既に霊であるから霊の光と温みとを要求する。あたかも肉体が物質的の温みと光とを要求するように・・・」
闇の壁はやがておもむろに前後に揺れ始めた。ある箇所では闇が光に食い込んでいるが、他の箇所では闇が光に圧せられている。従って光と闇との境界線は一直線ではなく、波状を呈してうねり曲っている。右の動揺が段々激しくなるので、ワシは闇に吸い込まれぬよう、思わず絶壁の末端から飛び退いた。
が、ワシの守護神は落ち着き払って、
「これこれ慌てるには及ばぬ。闇はここまでは届かぬ。ここには堅き信念がある」
成る程その通りで、闇のひだは幾度が左右から我々の立てる場所まで食い入ろうとしたが、遂に我々を呑み込むことは出来なかった。
と、突如として脚下の闇の中から一個の火球が現れ出で、迅速に上へ上へと昇って来るのであった。瞳を定めて凝視すれば、それは赫灼(かくやく)と光り輝く一つの霊魂で、いよいよ上へ昇り詰めた時には、闇はその全身から、あたかも水の雫が白鳥の背から転がり落ちるが如くはらはらとこぼれた。
やがて右の光明の所有者は絶壁の末端に身を伏せて、片腕を闇の中に差し入れた。腕は肩までその存在を失ったが、次第にそれが引き上げられた所を見ると、しっかりと誰かの手を握っていた。闇の中から突き出た手は光ったものではなく、黒く汚れて不健康な青味を帯びていた。
叔父さんはそこまで物語って一息入れました。
●問題の陸軍士官 下
続いて叔父さんは語り出した――
間もなく崖の上に一人の醜穢(しゅうわい)な物体がやっとのことで引き上げられた。両眼は一種の包帯で覆われ、よろよろと力無げにその指導者の側に倒れた。すると指導の天使は優しくこれを助け起こした。
新来の人は暗灰色のボロボロの衣服を纏うていたが、それには色々の汚物が付着し、地獄の闇が浸み込んで脱け切れないように見えた。彼の手足も同様に汚れ切っていた。
「おおひどい光明じゃ!」と彼は呻いた。「包帯をしていても眼にしみてしようがない・・・」
私達にとりては、それはほんのりとした薄明かりで、丁度ロンドンの濃霧がかっている時を思い出させる景色であった。
「どうも酷い汚れようですね。何という汚らしい着物でしょう!」
私がうっかりしてそうPさんに言った。するとPさんはおもむろに口を開いた――
「そりゃ私達の眼には汚く見えます。しかし当人はあれで結構清潔に見えるのです。あなたでも御自分の衣服は清潔に見えるでしょうが・・・」
「そりゃそうでございます」
「ところが、私が見るとあなたの衣服にはかなり沢山のシミが見えます。私の着ている衣服なども、私の守護神にはきっと汚く見えるに相違ありません」
そうPさんにたしなめられてワシは心から恥じ入って、口をつぐんでしまった。
やがてPさんは前方へ進み出でて新来者の手をとって言った――
「ようこそ御無事に! 私はあなたがこの新境涯に進入の好機会に立ち会うことを許されて衷心から喜んでおります・・・」
「あっ先生でございますか! わざわざ私のような者をお迎えに来てくだすってこんな嬉しい事はございません――しかしこの光明は酷いですね! 私は闇の中に戻りたいように思います・・・」
「ナニ少しも心配するには及ばない。光明には直ぐ慣れて来ます――ちょっと御紹介しますが、ここにお見えの方は私の友人であなたを歓迎の為に同行してくだすったのです」
「そう言ってPさんはワシを手招きするので、ワシはその人と初めて握手した。ワシはこれからこの人を陸軍士官と言う名称で呼ぶことにする。
それからワシ達はおもむろに地獄の入り口に達する傾斜地を降り切って、やがて地面に腰をおろした。ここで右の陸軍士官は現世に居った時分の打ち明け話をしたが、それは既に大体お前に通信してある。その際地獄の話も少しは出たが、それは改めて当人自身に物語ってもらうことにするつもりじゃから、ここでは述べまい。身の上話が一通り済んだ時に陸軍士官の守護神がこう言われた――
汝は一切の罪を懺悔したからもう包帯を取ってもこの光明に堪えられる・・・」
そう言って直ちに手づからその包帯を取ってやった。すると陸軍士官は堪らないと云った風に体を地面に押し付けて、両手で左右の眼を覆った。
ワシの守護神は言った――
「さぁこれでそろそろ戻るとしよう」
「この仕官さんはどうなります?」
「後からついて来るであろう。しかし速力は遅い。あの人にはまだ飛べないからな・・・」
ワシ達はやがて空中に舞い上がり、間もなく自分達の懐かしい住所に戻った。陸軍士官は数日後にようやく我々の許に到着したが、それまでには小石だらけの荒野のような所を横断し、更に一帯の山脈を登らねばならなかったようで、その山脈を越すと直ぐに緩傾斜の平原になり、それが取りも直さず、ワシ達の住んでる所であったようである。
この平原を横切る際に彼は罪悪に充ちたるその前世の恐ろしい幻影に悩まされたということで、それはワシが目撃したのと性質は似てはいるが、しかしとても比較にならぬ程一層凄惨を極めたものであったらしい。その際ワシ達にとっては僅々数日の別れであったが、彼自身の感じでは数年も経ったように思われたとのことで、その幻影は今でもなお悪夢式の混沌状態を続けているらしく、従って彼は無論まだ学校にも行かれず、ただぼんやり日を送っている。
これで目下お前と通信を開始しようとしている三人の人達が霊界でどんな状態にあるか大体明瞭になったであろう。しかし霊界の事は中々人間に判り切るものではない。例えばあの地獄の闇の物凄さなどはワシにはとてもその観念を伝える力はない。よしあってもお前がそれを地上の人々に伝えることは不可能であろう。実際それは呼吸を詰まらせ、血潮を凍らせる恐ろしい光景であった。今思い出してもゾッとする・・・」
十八. 守護の天使
叔父さんは一息ついて再び口を開きました――
「今度はお前の方から何か切り出す問題はあるまいかな?」
「ないこともございません」とワード氏が答えました。「私が霊界へ来てこの風景に接するのはこれで三回目でございますが、まだ一度も叔父さんを守護していなさる天使の御姿に接したことがございません。私がここに居る際にはいつも御不在なのでございますか?」
「そうでもない、時々はここにお見えになる。現に今もここにお出でじゃ――守護神様、どうぞ甥の心眼をも少し開いてやって頂きとうございます」
そう言うと忽ち何物かがワード氏の眼の上に載せられたので、ちょっとめくらになりましたが、それが除かるると同時にワード氏は今までとは打って変わり、ずっと視力が加わりました。
ふと気が付くと、叔父さんの背後には満身ただ光明から成った偉大宗厳なる天使の姿が現れていました。その身に纏える衣装はひっきりなしに色彩が変わってありとあらゆる色がそれからそれへと現れる!
叔父さんに比べると天使の姿は遙かに大きい。が、全てが円満で、全てが良い具合に大振り――やや常人の三層倍もあるかと思わるる位、そしてその目鼻立ちと云ったらいかなるギリシャの彫刻よりも美しい。雄々しくてしかも気高い。崇高でしかも優雅である。にやけたところなどは微塵もない。親切であると同時に凛とした顔、年寄りじみていないと同時に若々しくもない顔である。肌は金色――人間の肌とはまるで比べものにならない。頭髪も髭も何れも房々とえも言われぬ立派さである。
余りに荘厳美麗でとても言い表すべき言葉がない位でした。
「疑いもなくこれが所謂天使という者に相違ない・・・」
ワード氏は心の中でそう思うと同時に、日頃の癖で何処かに翼はないものかしらと捜しましたが、そんなものは一つも付いてはいませんでした。
やがて氏は訊ねました――
「私にも守護神があるのでございますか?」
すると巨鐘の音に似たる力強い音声がただ
「見よ!」と響きました。
忽ちワード氏の背後にはもう一人の光の姿がありありと現れました。
大体においてそれは叔父さんの守護神の姿に似てはいましたが、しかし目鼻立ちその他がはっきり違っていました。そして不思議なことにはワード氏は何処かでかつて出会ったことがあるような、言うに言われぬ親しみを感じました。
が、それは驚くべく変化性に富んだお顔で、同一でありながらしかも間断なく変わる。ただの一瞬間だってそのままではいないが、そのくせ少しもその特色を失わない。ワード氏は、若しかしてこの姿を夢で見たのではないかしらと思って見ましたが、どうしても思い出すことが出来ませんでした。髭は叔父さんの守護神のに比べれば余程短かったが、全身からほとばしる光明、人間より遙かに大きな御姿などは全てが皆同様でした。
ワード氏の守護神はやがてその手を差し上げ、例の巨鐘の音に似た音声で言われました――
「もう沢山・・・汝の為に永く見るのは宜しくない!」
再び天使はその手(手であることがこの時初めて判ったのでした)をワード氏の眼の上に置きました。そしてその手が再び除かれた時にはもう二人の天使の姿は消えて、ただ叔父さんと四辺の景色とのみが元のままに残されました。
「今日はこれで別れねばならぬ」
叔父さんはそう言って、忽ちワード氏の身辺から空中遙かに何処ともなく飛び去りました。
ワード氏は四周の美しき景色を見つめつつ深い深い沈思の内にしばし自己を忘れてしまいました。
十九. 実務と信仰
3月9日の夜、例の霊夢の中にワード氏は林間のとある地点で叔父さんと向き合いになって座りました。この日の叔父さんの話は信仰の神髄に関する極めて真面目な性質のものでした――
叔父「ワシはこの辺で充分お前の腑に落ちるところまで信仰と実務との関係について説明しておきたいと思う。信仰というものは全て実務の上に発揮した時に初めて生命があるものじゃ。従って真のキリスト教徒であるならその平生の生活はすっかりキリストの教えにはまり切ってしまわねばならぬ筈で、口に信仰を唱えながら実行の上ではキリスト教の一切の道徳的法則を破りつつある者は単なる一の詐欺師に過ぎない。
但し充分の努力はしても尚且つ誘惑にかかる者は又別じゃ。ワシはそれをも詐欺師扱いにしようとするのではない。それ等の人々は所謂[信仰ありて実務の伴わざる境]に編入される。一番いけないのは日曜毎に規則正しく寺院に赴き、残る六日の間に詐欺道楽の限りを尽くす連中である。この種の似而非(えぜひ)キリスト教徒は千萬をもって数える。これ等が地獄に落ちるのじゃ。行為の出来ていないことが、つまり信仰のない証拠である」
ワード「そう申しますと、人間というものは単にその行為のみで裁かれるのでございますか?」
叔父「イヤその裁きという言葉の意義から第一に誤っておる。普通この言葉は自己以外の何者かが裁くという事に使われるが、それは間違っている。人間は自己が自己を裁くのじゃ。我々の霊魂は自己に適合せる境涯以上には決して上れるものでない。他から規則の履行を迫る必要は少しもない。そのまま棄て置いて規則が自ずと働くのじゃ。この点が明らかになればお前の疑問は直ちに解ける。ここに純然たる物質主義者があるとする。つまり神を信ぜず、又死後の生活をも信ぜず、他人がこれ等を信ずるのを見れば極力妨害しようとする徹底的唯物主義者があると仮定するのじゃ。この人物は決して悪人ではないかも知れぬ。人類の物質的幸福を向上進展せしめんとする高潔な考えで働くところの博愛主義者であるかも知れないのである。今この人物が仮に死んだとする。彼は果たして霊界のどの境涯に落ち着くであろうか? 彼の霊魂の姿は少しも発達していない。又彼は強い光明には耐え得ない。故に上の境涯に進もうと思えば、先ずその霊体を発達せしめて、唯物的観念から脱却せねばならない。別に厳格な審判者が控えていて強いて彼を地獄に落とすのではない。自分自身で勝手に地獄に落ちて行くのじゃ。同気相求め、同類相集まる。信仰がない者は、信仰をもって生存の要義としている境涯から自然に除外されることになる。
故に彼の行く先地は当然地獄の第五部であらねばならぬ。そこには勿論神の愛は見出されぬ。しかしその仲間同志の間には愛があるからそのお蔭で或いはそれから上に登ろうとする念願を生ぜぬものでもあるまい。
若しも幸いにしてその人がここで翻然として霊に目覚めてくれさえすればその進歩は確実であると思うが、兎角唯物主義者は死後も唯物主義的で有り勝ちで困る。極端なところになると、飽くまで自己の死を否定し、自己の霊体を物質的の肉体であると考え、霊界に居りながら依然として地上の生活を続けているように勘違いしている者さえある。よしそれ程でなく、自己の死んだことには気が付いていても、やはり神の存在は飽くまで否定して信仰の勧めに耳を傾けないのがある。何れにしても皆地獄から脱け出る資格がない。とは言うものの、純粋の唯物主義者という者は人が普通考える程そう沢山なものではない。表面には唯物主義者と名乗っている連中でも、腹の底に案外信仰心を持っているのが多い。それ等は当然ワシ達の居住する境涯へ来る。
のみならず、唯物的傾向の人物は死後容易にその幽体を失わずにいるものである。従って彼等は幽界生活中、結構心霊上の初歩の知識を吸収し、唯物説の取るに足らないことを自覚するようになる。
幽体の話が出たついでに幽界の意義を説明しておくが、幽界は幽体を所有する者の居住する世界の総称で、地上境はつまり幽界の一部に過ぎない。
地上境は大体これを二分して肉体のある者と、肉体のない者との二つに分けられる。前者は勿論お前達のような人間であり、後者は地縛の霊魂、その他様々の精霊共である。死者は一度は皆この幽界を通過せねばならぬ。そして幽体を棄てた後でなければ決して霊界には入れない。無論地獄も霊界の一部なのじゃ。
ワシ自身の幽界生活は極めて短いもので、持っていた幽体は殆ど自分の知らぬ間に失せてしまった。一口に言うとワシは幽界を素通りにして地上のベッドから一足飛びにこの麗しい霊界の景色の中へ引越して来たのである。
しかし、あの陸軍士官などの話を聞くと、死後久しい間幽体に包まれていて、それが亡くなる時のこともはっきり記憶しているということじゃ。
これで大抵信仰と実務との関係は明らかになったと思う。お前は早く地上へ戻って安眠するがよい・・・」
そう言って叔父さんがワード氏の前に立って幾度か按手すると、氏は忽ち知覚を失ってしまったのでした。
二十. インスピレーション(上・下)
●インスピレーション 上
3月30日の夜ワード氏は恍惚状態において霊界の叔父さんを訪ねました。二人の立てる場所はとある高い丘の上で、眼下に叔父の住む校舎の塔だの屋根だのが見えるのでした。
叔父「どうじゃ、今日はお前に学校の見物をさせようと思うが・・・」
ワード「至極結構でございますね」
二人はおもむろに丘の傾斜面を降りつつありました。
ワード「叔父さん、今日は私カーリーからの言伝を持って来ているのです。今迄のあなたのお話は少し堅過ぎるから、何ぞ霊界の事情のあっさりした方面――例えばあなた方のやっておられる道楽、遊芸といったような事柄を調べて来てもらいたいという注文なのですが、いかがなものでございましょう? まさかあなた方とて勉強ばかりやっていらっしゃる訳でもございますまい」
叔父「成る程それもそうじゃ。それなら今日はそちらの方の問題を片付けることにしよう。もっとも余り沢山あり過ぎて、ホンの一局部を瞥見(べっけん)するだけの事しか出来まいがね・・・」
やがて二人は校舎の門を潜り、一つの大広間に入って行きました。
叔父「これはワシの入っている倶楽部みたいなところじゃ・・・」
成る程そこには多数の人達が集まって、その中の幾人かがしきりにチェスを闘わしていました。
ワード「中々どうも盛んですな――あそこに居る方は大変上手い手を差しますな」
叔父「あれがラスカーじゃ。お前と同じように、まだ生きているくせに、毎晩ここまで出掛けて来て勝負をやっている」
ワード「余りあの方の腕前が飛び離れて優れているので、私にはとても覚え切れません。霊界に居てさえ呑み込めない位ですから地上へ戻ったら尚更忘れてしまいそうです」
叔父「別に覚えている必要は少しもない。霊界でチェスをやっているという事実を覚えておってもらえばそれでよい」
間もなく二人はそこを出て門を潜りました。
叔父「ワシにはまだ他にも道楽があるから、それを見せてあげよう」
そう言って叔父さんは街を通って、とあるスクエアに出たが、それは文藝復興期の様式に出来ているものでした。とある家の扉を押して内部に入ると、其処は建築事務所で、地上のそれのように少しも取り乱したところがなく、そして図案よりも寧ろ模型品が沢山並んでいました。
叔父「これはワシがある一人の人物と共同で経営している仕事じゃが、生憎相手は目下ある新しい研究に出張中でお前に紹介することが出来ない。その人は十六世紀の末から十七世紀の初期にかけてこの世に生きていたフランス人でイタリイにも行っていたことがあるので、文藝復興期の建築にかけては中々明るい人じゃ。ただ排水工事その他の近代的設備の知識に乏しいので、ワシがそれ等の点を補充してやっている。一口に言うとワシの相棒は図案装飾等の専門で、ワシの方は実用方面の受け持ちじゃ。
大体において霊界はあらゆる美術が地上の者の夢にも考え及ばぬ程進歩しておる。とても比較になりはしない」
ワード「それにしても、何の目的でこんな図案などをお作りになるのです? 霊界でも建築をやるのでございますか?」
叔父「時々は建築をせんこともない。しかし多くの場合において我々は地上の人間に我々の思想を映し、物質的材料を使って建築をやらせるのじゃ。インスピレーションの本源はことごとく霊界にある。天才の作品というものは詰まりその人物の霊媒的能力を活用して霊界の者が操縦する結果である。天才は兎角気まぐれが多く、道徳的欠陥に富んでいるものだが、要するにそれは彼等が霊媒であるからじゃ。善い霊に感応すると同時に又悪い霊の影響をも受け易い・・・」
●インスピレーション 下
叔父さんの言う所には中々油断のならぬ深味があると見て取ったワード氏はなお熱心に追究しました――
ワード「あなたは今インスピレーションの本源は霊界にあると仰いましたが、それはただ文藝方面のものに限るのですか? それとも立派な大発明なども皆霊界から来るのでしょうか?」
叔父「無論文学、美術、音楽等に限らず、機械類の発明なども大概は霊界から来るのじゃ。人間の方で受け持つものはホンの一小部分で、言わば霊界の偉大なる思想を地上生活に上手く応用するだけの工夫に過ぎない。ワシは偉大なる思想が絶対に地上において発生せぬとは断言しまい。しかしワシはそんな実例には一つも接しない。兎に角滅多にないものと思えばよかりそうじゃ。
一体人間の頭脳はかなり鈍くて困るのじゃ。霊界からいかに卓絶した良い思想を送ってみても、どうかすると一番肝要な部分がさっぱり人間の頭脳に浸みなかったり、又とんでもない勘違いをされたりしてしまう。霊界最高の大思想がその為にポンチ化し、オモチャ化する場合がどれだけあるか知れぬ。殊に人間は年齢を取ると物質的になり易く、金満家になるとそれが一層酷い。その結果月並みな、下らない作品ばかりが地上に殖えていくのじゃ。
どうじゃこの寺院の模型を見るがよい。実に見事なものではないか! 様式は文藝復興期のものであるが、従来地上に現れたいずれの寺院よりも立派じゃろうがな。但しワシの相棒は暖房だの点燈だのの観念に乏しいのでワシは目下それらの箇所を修正中じゃ。いずれにしても地上ではとてもこの真似は出来そうにもない。現代はいかにも俗悪極まる時代なので霊界の思想は容易にそれに通じない。よし誰かの頭脳に通じてみたところで実行の機会は滅多にない。美術家の頭脳に比べると金銭を出す連中の頭脳は一層俗悪じゃからな・・・。中世時代に立派な建築物その他が出現した所以もここにある。中世の人間の方が余程物質被れがせず、従って霊界のインスピレーションに対して遙かに感受性を持っていたからである」
ワード「すると地上の人間は割合につまらないことになりますな。偉大なる思想はことごとく偉大なる霊魂からの受け売りに過ぎませんから・・・」
叔父「ところがそれと正反対に、地上の人間の価値は却ってそこにある。偉大なる霊感に接し得ることは、つまりその人の能力が、文藝又は機械の方面に於いて異常に高邁であり、優秀であることの証拠である。それは決して軽視すべきことではない。ここに一人の不道徳で、そしてだらしのない人物があって、大概の事にかけては物質的であるように見えても、もしその人が何か一つでも霊界からのインスピレーションに触れてそれを具体化することが出来るとすれば、その人はある程度まで霊能が発達しているものと見なさねばなるまい」
ワード「しかし思想そのものが人間の頭脳の産物でなく、霊界の居住者から出るのでありますからあなた方がさっぱりその名誉に預からないというのはいささか不都合だとお思いなさいませんか?」
叔父「イヤ少しもそうは思わん。嫉妬だの何だのという娑婆くさい考えは地獄の入り口に置いて来てあって、我々の間にはそんなものは全然存在しない。ワシ達はただ道楽で仕事をするので、財産も欲しくなければ名誉も要らない。自分の力でこんな立派なものを作り得たということですっかり満足している。他にもう一つの希望がありとすれば、それは地上の人達の手伝いがしてやりたい位のものじゃ・・・」
二十一. 霊界の美術と建築
叔父「これからもう少し他の方面のことをお前に紹介してあげよう」と叔父は言葉を続けました。「霊界には色々の美術が栄え、又科学も発達しているか、無論その標準は地上よりも遙かに高い。先ず絵画から紹介することにしよう」
二人は極度に荘厳な、文藝復興期風の建物の前に立ちましたが、それは従来未だかつて地上に出現した例のないものでした。
叔父「この建物はワシと共同経営をやっているフランス人が設計したものじゃ。こんな精巧を極めたものはとても地上に建てることは出来ないので、霊界に建てる事になったのじゃ。無論人間流に鋸や鉋を使って造ったものではない。それは思想そのままの形、換言すれば彼自身の精神の原料で造ったものなのじゃ。その点はもう少し先へ行ってから詳しく説明することにしよう」
二人は建物の内部へ歩み入りましたが、それは地上の所謂展覧会に相当するもので、ただその配列法が地上のよりは遙かに行き届いておりました。
ワード「絵画展覧会がある位なら、勿論博物館などもございましょうな?」
叔父「ないこともないがお前の期待するほど沢山はない。霊界では古代の物品をなるべく元の建物の中に収めることにしてある。例えばエジプトの椅子ならエジプトの宮殿に据え付け、又宝石類ならその元の所有者又は制作人の身に付けさせるの類じゃ。
霊界で造った美術品は通常その製作者の所有になるが、ただ一部の美術品は最初からそれを公開する目的で制作にかかる。それらがつまり博物館に収まるのじゃ。又古代の物品で、品物は壊れたがそれを仕舞ってあった建物がまだ地上に残存しているのがある。そんな場合には右の品物を陳列する為の小博物館が霊界にも設けられる。
兎も角もよくこれ等の絵を観るがよい。こんな高邁な思想はとても地上の美術家の頭脳にはうつらんので霊界に置いてあるのじゃ。が、それは寧ろ例外で霊界の美術家の大部分は自分の思想を地上の美術家に伝えようとして骨を折っている」
叔父さんからそう言われてワード氏は絵画の方に注意を向けることになりましたが、成る程地上のものとは全く選を異にし、何とも名状し得ないところが沢山ありました。第一色彩が飛び離れて美しく、しかもそれが素敵によく調和が取れていて、おまけにその中から一種の光線が放散するのでした。又描かれた人物の容貌態度は額面から脱け出たように活き活きしており、遠近のけじめもくっきりとして実景そのまま、若しそれ空気の色の出し方などの巧妙さ加減ときては真にふるいつきたい位。題材も又極めて豊富で、風景、肖像、劇画等何でも揃っている――が、なかんずく最も興味ある傑作は、他に適当な用語がないから、しばらく[情の高鳴り]とでも言うべきものを取り扱ったものでした。
例えばそこに[神の愛]と題した一つの傑作がありました。ただ見る一人の天使――それが実に威あって猛からず、正義と同時に慈悲を包める、世にも驚くべき表情を湛えて、足下の人類の群をじっと見つめていました。ここに不可思議なるは右の人類の表現法で、それは二種類に描き分けられていました。即ち甲は肉体に包まれた地上の人々、乙は肉体を棄てた幽界の人々で、その間の区別がいかにもくっきりとしており、しかも一人一人の容貌が、生きている人と同様にそれぞれ特色を持っているのでした。
が、何が美しいと言っても、この絵画の中で真に驚くべきは中心の大天使で、いかにも[神の愛]と言う標題に相応しき空気がその一点一角の中に瀰漫しきっているように見えるのでした。
二人は暫くそれを見物してからやがて会場を辞し、とある公園を通過して、他の展覧会へと入りました。
叔父「ここは彫刻の展覧会場じゃ。絵画や建築と同じく、大抵の連中は地上の人間に自分の思想を吹き込むようにしているが、一部の者はそんなことをせずに自分の作品をここへ陳列する・・・」
ワード「これ等の人物像は本物の大理石で出来ているのですか? どこからこんなものを持って来るのでしょう?」
叔父「イヤ前にも言う通り霊界では自分の精神の原料で全てを造るのじゃ。大理石であろうが、青銅であろうが望み通りのものが勝手に出来る。早い話がこの銀像でも、製作者が銀が一番適当であると考えたので、この通り銀像になったのしゃ」
これ等の神品ばかり集めてある展覧会を幾つも幾つも見物してから最後に入って行ったのは一の公園でありました。それが又彫刻物の陳列の為に設けられたもので、林間に巧みに配置された記念碑類、細い道の奥に沸々と珠玉を湧かす噴泉の数々、遠き眺め、滑らかな草原、千態萬状の草、木、花、さては水の流れ、何ともはや美事なもので、なかんずく水の巧みな応用ときては素敵なもので、それが全体の風致を幾段も引き立たせておりました。
二十二. 音楽と戯曲(上・下)
●音楽と戯曲 上
「さてこの次は音楽学校に連れて行くことにしようかな」
叔父さんはそう言ってワード氏をそちらの方面に案内して行きました。
そこには作曲に耽る者、弾奏を試みる者、唱歌を学ぶ者・・・。皆熱心な音楽家が集まっていて、大音楽堂らしいものも出来ていました。
ワード「音楽堂が設けてある位なら、他の演芸機関も勿論設けてあるでしょうな?」
叔父「そりゃあるとも! 霊界には劇場でも何でもある――が、ここでは悪徳謳歌の嫌いあるものはやらないことにしてある。そんなものは皆地獄の方へ持って行ってしまう。霊界の芝居は地上で出来た最も優れ、最も高尚な作品と、それから特にこちらで出来た傑作とを演じるだけで、少し下らない作品であると、たとえそれがタチの悪いものでなくとも地獄のどこかへ持って行ってしまう――と言って無論私達のいる境涯にも最上等の霊的神品と言う程のものはない。そんなのは高尚過ぎて我々に分からぬからじゃ。それらは私達よりもずっと上の境涯で演じられる」
ワード「シェークスピアの戯曲などはあれはどうでございます? 随分すぐれて善いところもありますが、時とすると思い切って野卑で不道徳なところもございますね」
叔父「そんなイヤらしい部分は皆改作してあります。しかもシェークスピア自身が霊界で筆を執って改作したのじゃ。それゆえ霊界のシェークスピアには下らない部分がすっかり失せ、その代わりに詩趣風韻の豊かなる文字が置き換えられてある。それがしっくり原文に当てはまっているばかりでなく、原作で生硬難解であったところが、しばしば意義深長なる大文字に化している」
ワード「するとシェークスピアがやはりあの脚本の作者であって、一部の文藝批評家が言うようにベーコンではなかったのでございますか?」
叔父「無論ベーコンではない。さりとて又シェークスピア自身でもない。あれは皆一群の霊魂達のインスピレーションによって書かれたのじゃ。シェークスピアの作品の中で下らない箇所だけが当人の自作である。作者が霊界からの高尚な思想を捉えることが出来ないので、自身で勝手に穴を埋めて行ったのじゃね・・・。
先刻ワシは霊界の劇場では悪徳謳歌の嫌いあるものは許されないと述べたが、無論それは悪徳の為に悪徳を描くのが悪いので、悪徳の恐ろしい結果を示すが為に仕組まれたものは少しも差し支えない。で、シェークスピアの[オセロ]などは始終霊界で演じられておる。ただ野卑な文句だけは皆削ってある。あの脚本は随分惨酷な材料を取り扱ってはあるが、しかし大変有益な教訓を含んでいるので結構なのじゃ――と言って何も私達があんな簡単極まる教訓が有難いので芝居見物に出掛ける訳では少しもない。ただ地上に出現した最大傑作の一つを目の前で演じてもらえるのが興味を引くからに過ぎない。要するに我々の芝居見物は娯楽が眼目じゃ」
ワード「ダンテの神曲などもやはりあれを単なる空想の産物と見なすのは間違いでございましょうか?」
叔父「間違いじゃとも! あれはダンテが恍惚状態において接したところの本当の啓示に相違ない。ただあれは本人の詩的空想だの、又先入的宗教思想だのが相当多量に加味されている。恐らくダンテは彼の恍惚状態から普通の覚醒状態に戻った当座ははっきり真相を掴んでいたのであろうが、いよいよ筆を執りて詩句を練っている時に錯誤が来たのじゃと思う」
●音楽と戯曲 下
ワード「甚だつかぬことを伺うようですが、霊界で芝居をする時に女形はどうなさいます? 私はまだこちらでただの一人も婦人を見かけませんが・・・」
叔父「婦人かい? 婦人などは沢山いる・・・」
そう言って叔父さんはワード氏を一室に導きましたが、成る程そこには沢山の婦人達が居てしきりに合唱の稽古をしていました。歌い方はいかにも上手で、しかも何れも高尚優雅な美人ばかり揃っていましたが、いかなる理由か叔父さんはワード氏を急き立てて川縁の公園のような所へ連れ出してしまいました。
叔父「あの通り霊界にも婦人は沢山居る。しかし我々の境涯では男女の交際はあまり許されていない。ごく最初の間などは男と女とは殆ど全く隔離されている。地上で持っていた性の観念――出来るだけ早くそれを除き去るのが望ましいのじゃ。地上にありては性交は正しくあり又必要でもある。しかし霊界では最早全然その必要がない。一心同体はここでは禁物じゃ。さもないと精神的進歩が肉感的欲情の為に煩わされることになる――が、いよいよ地の匂いのする情欲が跡形もなく除き去られた暁には、男女の霊魂は再び引き寄せられることになる。陰陽の和合は宇宙の原則である。但し地上で肉体をもってしたことが、霊界においては精神的なものに変わって来る。我々が向上すればする程両性はますます接近する。そして究極において一人の男子と一人の女子との間に一の神秘なる魂の結合が成立する。それが真の精神的結合で、地上の結婚はつまりその象徴である。二つの魂の完全なる融合―― 一方が他方の一部となってしかもその個性を失わぬ理想の完成、これはまだワシにさえすっかりは分からないからお前には尚更そうであろう。しかし地上の結婚中の一番優秀なものから推定すれば大概見当がつくであろう。
右の霊的結婚と言ったようなものは、我々よりもずっとずっと上の境涯において起こるので、恐らくそれは第五界・・・、事によるとそれよりもっと上の界の事かも知れない。少なくとも我々の住む第六界に起こらないことだけは確かである。兎も角も我々は進むに連れて段々共同生活を営むことになる。最初は同性の者との共同生活に留まるが、やがて異性の者との共同生活となって来る。又我々が精神的に結婚するのは必ずしも地上で結婚した者に限るということはない。我々は我々の不足を補充する真の他の半分の魂と結婚するのである」
ワード「段々伺ってみると霊界の生活は大変地上の生活と類似しているようでございますな」
叔父「似ておってしかも違っておる。大体地上生活中の最理想的な部類に近い。ここには疾病もなければ罪悪もない。災厄もなければ苦痛もない。それらは皆地獄の入り口に振り落としてしまってある。霊界に残っているのは過去の罪悪に対する悔やみの念、悲しみの念である。しかし地上で言うような罪悪はもうここへは入らない。
我々にも知識の不足はある。従って完全なる満足、完全なる安息はとても急に見出すことは出来ない。我々にはまだ進歩の余地が多い。しかしながら故意に神意に反抗せんとするが如き念慮はもう跡形もなく消え失せておる。醜きもの、悪しきもの、卑しきもの、正しからぬもの――それらは霊界には生存を許されない。従っていかにすぐれた娯楽でも、罪悪の基礎の上に築かれたものは全くここに見出すことが出来ない。同時に物質的娯楽も、物質的肉体のない我々にはやりたいにもやりようがない・・・」
二十三. 霊界からの伝言
叔父の言葉が途切れた時にワード氏は訊ねました――
「叔父さん、この次には何処へお連れくださいます?」
叔父「ワシの書斎へ連れて行ってお前をAさんに紹介しようと思うのじゃ。なんでもAさんはお前の体を借りてMさんに通信したいことがあると言うのじゃ。それが済むと今度は例の陸軍士官の話を聞かねばならない。いよいよ地獄の実地経験談をするそうな・・・」
ワード「しかし叔父さん、私は霊界へ来て随分長居をしたようです。そろそろ自分の体へ戻らないとカーリーが目を覚まして私の気絶しているところを見つけでもしますと大変です」
叔父「ナニそんな心配は一切無用じゃ。お前は長時間霊界へ来ているように考えているかも知れないが、地上の時間と霊界の時間の間には何ら実際の関係はない。地上の時間にすれば、お前が体を脱けてからまだやっと三十分にしかならない。ゆっくり間に合うように帰してあげるから安心しているがいい」
二人は大学の門を出ると右に折れ、とあるアーチを潜って階段を登って行きました。それから一つの部屋に入りましたが、それは普通の大学の校舎によく見るのと同じようなもので、ただ暖炉の設備のないことだけが違っていました。
ワード「妙なことを伺いますが、あなた方もやはり部屋の掃除などをなさいますか。もしするなら下僕(しもべ)がいないとお困りでございましょう」
叔父「霊界にはゴミも塵芥もなければ又人工的な暖房装置もない。たとえ寒いと思うことがあっても暖炉は使われない。それは霊界の寒暖が無論精神的なものであって物質的なものではないからじゃ。従ってここには下男の必要はない。掃除をすべきゴミもなければ、調理すべき食物もない。おまけに我々は眠りもしない。一切の雑務雑用は我々の肉体と共に皆消滅してしまっとる――お、Aさんがお出でじゃ。お前に紹介してあげる」
ワード氏は極めてちっぽけな少年が入って来たのを見てびっくりしました。但しその肩には成人の頭だけが乗っかっているのです。もっとも一寸法師のように頭部だけ不釣合いに大きいのではなく、ただ髭が生えたり、ませた顔つきをしたりしているのでした。顔は赤味がかった丸顔で、鼻は末端の所が少々厚ぼったく、頭髪は茶褐色を帯び、体は不格好な程でもないが余程肥満している方でした。
ワード氏は初対面ではあるが、かねて叔父を通じてこの人の風評を聞いていたので、双方心置きなく話し込みました。
「実は」とAさんが言いました。「少々Mに伝言したいことが在りますので、是非あなたにお目にかかりたいとLさんまで申し入れて置いたのですが・・・」
「イヤお易い御用で」とワード氏も愛想よく「私に出来ることならどんなことでも致します。それはそうと一つ霊界におけるあなたの御近況を伺おうではございませんか?」
「ぼつぼつやっていますがどうも進歩が遅いので弱っています。御承知の通り生前私は精神的方面のことをそっちのけにして、物質的な享楽にばかり一生懸命耽っていたものです。それから色々な婦人関係――あんなこともあまり為になっていませんでしたね」
こんな軽口を叩いた後でAはワード氏にある一の秘密の要件を頼んだのですが、無論それは徳義上内容を発表することは出来ません。用談が済むとAは直ちに二人に別れを告げて辞し去りました。
Aの姿が消えると同時にワード氏は叔父さんに向かって言いました――
「Aさんは顔だけ成人で体はまるで子供でございますね。これは精神的方面を全然閑却していた故でしょう」
叔父「そうじゃ――既にお前に説明して聞かせてある通り我々の霊体は次第次第に発達するものじゃ。もしそれを地上生活中に発達させておかないと霊界へ来てから発達させねばならない」
ワード「そうしますと、私が霊界へ来る時にはやはり私の霊体で来るのでしょうか?」
叔父「無論そうじゃ」
ワード「そうしますと私の大きさはどんなものでございます? 非常に小さいのですか?」
叔父「イヤ中々発達しておるよ。すっかり大人びて丁年位の大きさになっておるよ。先ずそこいらが丁度いい所じゃろうな。概して霊体の発達は肉体の発達よりも遅いもので、どうかするとまるきり発達せぬのもあるな――おー陸軍士官が見えた。舞台が変わって今度は地獄の物語じゃ・・・」
この陸軍士官の物語は別に纏めて発表されております。
二十四. 大学の組織
越えて4月27日の夜ワード氏は再び叔父さんをその霊界の書斎に訪れました。
叔父「今日はワシ自身の生活についてもう少しお前に説明しておきたいと思うが・・・」
ワード「是非お願いいたします。久しい間そちらの話を伺いませんでしたね」
叔父「イヤ話は成るべく大勢の人のを聞いておくに限る。たった一人の千篇一律な物語を繰り返し聞いたところで仕方がない。
今日のワシの話はこの大学の内部の組織に関することにしたいと思う。霊界では沢山の学科に分かれておって、色々の学会が設けられている。学問の種類は大体において四つに分かれる。第一部は霊性の発達を研究する。第二部は不幸な者の救済法を研究する。第三部は地上生活中に興味を感じた問題につきて新発見を成就しようとする。第四部は霊界で発見した新事実を人間界に伝えることの研究をやる。
霊界にある全ての学会のことを説明していた日には時間が潰れて仕方がないから、そんな話は後日に譲り、上に挙げた四種類の学科についてざっと説明し、その後で全ての代表としてワシの学校の実情でも述べるとしよう。
霊性の発達の研究――これはワシの現にやりつつあることであるから、一番後へ回して他の三種類の説明から始める。
不幸な者の救済――これは地獄に堕ちている霊魂の救済法を研究するのと、地上の人類を正道に導くことの研究との二種類に分かれる。
新発見の研究――その内に属するのは美術、建築、医療、音楽、その他につきて科学的法則を究めんとする色々の学会である。ワシなどは文藝復興期の建築学会に入っているが、これは文藝復興期の精神を尊重しながらこれに新思想を取り入れんとする団体なのである。
新事実を人間界に伝える研究――これは第三部の研究に伴う必然の仕事で、立派な発明が霊界で出来上がると、何人もそれを人間に普及してやりたくなる。もっとも中にはすっかりこの仕事に懲りてしまって一向冷淡な連中もないではない。霊界の方でも人間の指導に関しては随分苦い経験を嘗めさせられている。いかに優れた霊界の思想でもこれを人間の心にうつして見ると、すっかり匂いが抜けてしまって、うっかりするとポンチ化することが少なくない。更に呆れるのはその発明が有効には使われずに、まるきりとんでもないことに悪用されることである。美術に関するものは大抵前者の運命を辿るものが多く、これに反して科学的機械的の発明は人間の方に印象を与え易い代わりに悪用される虞がある。
こんな次第で霊界にはその発明を絶対に人類に漏らすまいとする霊魂がいる。第三部の学会ではこんな規則を設けている――「本会の会員はその発明を人類若しくは第四部に属する学会に漏らすことを禁ず」――随分やかましい規則じゃろうがな。
しかし全ての学会がことごとくそうではない。少しはそこに例外も設けてある。が、兎に角人類との交渉は第四部に属する学会の仕事に属し、諸種の医学会などというものは一番第四部に多い」
ワード「するとあなた方か人類に霊感を起こさせるには是非とも一の学会に入会する必要があるのですか? 個人としてそうすることが出来ないのですか?」
叔父「出来る事は出来るが、しかし個人事業では上手く行かない。小さくともやはり一の学会に属する方が便利じゃ。
さてこれから少しワシの入っている大学のことを話そう。幹部は学長が一人、学長の下に次長が一人、別に評議会があってそれを助ける」
ワード「大変どうもフリーメイソン団の組織に似ているようでございますな」
叔父「ワシはそんなことは知らないが、事によったらそうかも知れない――さて学生であるが、それは三部に分かれる。第一部が済むと第二部に上り、第二部が済むと第三部に進級する。全て霊能の高下によりて決められる。
評議員会はこの第三部から選抜した者で組織される。更に色々の役員が、評議員の中から学長によりて選抜される」
ワード「ますますどうもフリーメイソン団そっくりでございます。三部に分かれるところなどは余程不思議です」
叔父「そうかも知れない。フリーメイソンの組織なども恐らく霊界から出たものであろうが、これは極めて自然的な施設で、地上の大学でも第一年、二年、三年と分かれ、別に研究生を置いてあるではないか」
ワード「あなた方にもやはり試験のようものがございますか?」
叔父「試験はありません。受け持ちの教授がこれでよいと認めると上級へ昇らしてくれるのじゃ。進級する時はいくらか儀式のようなものがある。学級の区別は勿論霊界の他の区別とは別問題じゃ。第三年級に昇ったとて半信仰の者は依然として半信仰の境にいる」
ワード「あなたは何学級におられます?」
叔父「ワシかい? ワシはまだ最下級じゃよ。しかし直ぐ次の級へ進むと思う――それはそうとお前はもう帰らねばならない」
ワード「もう帰るのですか? 私はホンの短時間しかここにおりませんが・・・」
叔父「それでも帰るのじゃ」
ワード氏は何やら旋風にでも巻き込まれたように大空に吹き上げられ、四顧暗澹(しこあんたん)たる中をグルグル大きな円を描きつつ回転したように覚えたのでしたが、その渦巻きが段々小さくなるに従って次第に知覚を失ってしまいました。
二十五. 霊界の病院(上・下)
●霊界の病院 上
これは1914年5月4日の夜に起こった霊夢の記事で、霊界における精神病患者の取り扱い方に就きて詳しく書いてあります。心霊療法でもやろうという人達の参考になりそうなところを紹介することに致します。
叔父「ワシは先刻霊界の精神病院の一つを見学して来たのじゃが・・・」
ワード「病院でございます? 私は又霊界では病苦に悩む者はないものと思っておりましたが・・・」
叔父「そりゃ病苦に悩むというようなことはない。しかし精神の曇っている患者は霊界にもある。それが手術を要するのじゃ。つまり霊界の病人はことごとく精神病患者の一種であると思えばよいのじゃ。
病院にワシを案内して色々説明してくれたのは、地上におった時代には精神病学の大家として有名な某博士であった。
病院は大変美しい環境に置かれ、一歩その境内に入るといかにも平和な、のんびりした空気が漂うていた。ワシがその事を同行の博士に述べると、博士はこう言うのじゃ――
「全くそうです。閑静な、人の心を和らぐる環境は一切の精神病患者を取り扱うに欠くべからざる第一の要件です」
病院を囲める庭園には幾つも幾つも広い芝生が造られてあり、所々に森が出来ている。そして何処へ行ってもサラサラと流るる水の音が微かに聞こえ、樹々の隙間からいつも消えざる夕陽の光に染められた水面がちょいちょい覗く。沢山の患者達は森を潜ったり、芝生をそぞろ歩いたり、又湖面にボートを浮かべて遊んだりしている。
しばらく美事な並木道を進んで行くと、やがて病院の建物が見え出して来た。それは文藝復興期式の建物で、正面にはベランダが設けてあり、周囲はことごとくビロウドのような芝生と花壇とで囲まれていた。芝生には沢山の噴水やら様々の彫像やらがあった。
ふと気が付くとそこには一人の婦人が低い床机に腰をおろしてハープを弾いていた。男女の患者達はこの周囲に寝椅子を持って来て、それに横たわりながら熱心に耳を傾けるのであった。
やがてワシ達は建物の内部に歩み入った。ここには学校のような設備があって、患者の大部分はそれに出席せねばならぬ規定になっている。なお他に音楽堂がある、劇場がある、各宗派付属の礼拝堂がある、美術展覧会場がある。
同行の博士は色々ワシに説明してくれた――
「この病院の主なる目的の一つは出来るだけ患者の精神を他に転換させることであります。患者の大部分は非常に利己的で、少なくとも自分中心の連中ばかり、大抵信仰上の事柄や過度の悲しみなどから狂気になっています。彼等の性質の陰鬱なところを駆除するのには健全な、人の心を和らげる性質の娯楽が一番です。又手術としては主として暗示と催眠術と動物磁気とを用います。一つその実地をご覧なさい」
ワシ達はそれから治療室のような所へ入って行ったが、そこでは二人の医師が一人の婦人患者に向かって熱心に磁気療法を施していた。患者は灰白色の衣服をつけ、腰部を一條の帯で括っていたがそれがこの病院の患者達の正規の服装なのである。患者がベッドの上に横たわっていると、医者の一人はその背後に立って片手を軽くその前額に当て、他の一人は患者の脚下に立って、これは手を触れずにいる。どちらもじっと患者の顔を見つめて全精神を込めているらしく、ワシ達が入って行っても脇目さえ振らなかった。
気を付けて見ると二人の医師の体からは微かな一種の光線がほとばしり出て、それが患者の頭部に集中しているのであった。
そこを出て他の一室に入って見ると、ここでは煩悶の為にしきりにのたうち回っている一人の男性患者を一人の女子がヴァイオリンで慰めつつあった。
ワシは同行の博士に言った――
「どうも病院の方が私達の所よりも男女の交際が自由のようですな」
「実際はそうでもありません。男と女との間には殆ど交際などはありませんが、ただ治療上双方から助け合うことが必要なのです。殊に磁気療法をやるのには術者と被術者とが異性である方が良好なる効果を奏することが、実験上確かめられたのです」
●霊界の病院 下
「ワシ達は更に第三室に入って見ると、一人の催眠術者が手術をやっている最中で、一人の男性患者に向かってしきりに按手法を施しているところであった。
術者はワシ達を見ると直ぐに挨拶した。そして手術中の患者の病状を説明してくれたが、その患者は生前酷い怪我をした記憶が容易に除けないのだということであった。なお彼は付け加えた――
「この患者に対して私はもう久しい間催眠術を施しておりますが中々捗々(はかばか)しくありません。しかしその内確かに回復します」
そこを出てワシ達は今度は割合に小さな部屋に入って行ったが、内部には一人の婦人患者が寝椅子に横たわっていた。同行の博士が説明した――
「これは実に不思議な患者で、死後何時までも生前の記憶が強く残っているのには驚き入ります。彼女は生前片輪(かたわ)で歩行が出来ないものと固く思い込んでいたのです。機質的には何らの故障もないのに右の錯覚が強まると共にとうとう現在見るような跛者(びっこ)になりました。もしも彼女の病気が肉体的のものであったなら体が失せると同時に病気も消失したでありましょうが、彼女の疾患は純然たる精神的のものでありましたので、死んでからも依然として跛者のままに残っているのです。
大体彼女は生来一種の変態心理の所有者で、片輪者を見ると妙に快感を覚えたといいます。その癖その他の点では別に変わったところもなく、性質が凶悪であるというようなところもありません。こんな患者は滅多に私達の境涯へは参りません。地獄へ行ったら多分この種の患者が多いことと存じます」
この患者にはどんな手術を施すのでございますか?
「主として磁気療法並びに暗示療法の二つであります。私達は勿論肉体の欠陥が霊界に移るものでないことを極力説明してやります。大抵の霊魂はそれを会得しますが、ただこの婦人の精神は非常に曇っているので容易にそれが呑み込めません。しかしいかに頑固な疾患でも霊界の手術を受ければやがて平癒します。手術よりも、その後で受けねばならぬ教育の方が遙かに時間を要するように見受けられます」
ワシ達はそれから幾つも幾つも部屋を巡覧し、教授達の講義なども傍聴した。最後にワシは同行の博士に訊いてみた――
どうも地上の病院で見るように外科手術をやっているのを見かけませんが、あんなものの必要はないのですか?
「外科手術の必要はありません。霊界では最早あんな不器用な真似は致しません。勿論地上では多少その必要があります。肉体というものの性質上それは致し方ありません。ただどうも必要以上に外科手術を濫用する傾向があります。霊体となると余程微妙な方法を要し、矢鱈に切開したり、切断したりしても駄目です。地上の外科手術室に幾分か類似したものは地獄に行くと見られます」
病院の説明はざっとこの辺で留めておくことにしよう。詳しく述べると大変な時間がかかる。兎に角霊界の病院では宗教的の勤行が中々大切な役目を持っていることを最後に付け加えておくに留める。
ワシは病院の境内で博士と袂を分かち、それからここへ戻って来たのじゃ」
二十六. 無理な注文
叔父さんの病院視察談が終わった時に、ワード氏は引き続いて新しい質問を発しました。
ワード「人間はとかく疑り深いもので、いくら死後の世界の話などをしてやっても容易に信用してくれません。それには私が霊界で会見したPさんその他の身元説明書といったようなものを発表したらよかろうかと考えますが、御意見はいかがでございます?」
叔父「それはよほど考えものじゃと思うな。中には発表して差し支えないのもあるが、又発表してはいかんのもある。Pさんなどのは発表の出来ない方じゃ。いつまでも地上と接触を保って通信を続けるということはPさんには寧ろ迷惑な話で、幾分かご当人の修業の邪魔になる。
又Pさんは生前相当に名の売れている方じゃったから、もしあの方の通信を全部公表するとなると、世間には随分詮議立ての好きな口やかましい奴が多いから、試験の目的でお前の所へ色々の問題を担ぎ込む者が沢山現れるに相違ない。その際もしPさんがそれらの問題に答えることを承諾したとなるとそれこそ大変で、直ぐその後からゾロゾロ他の質問者が現れる。そうなるとPさんは間断なく質問者に付き回され通しで、霊界にいるとはただ名ばかり、まるきり地上の俗務にかかり切りになっておらねばなるまい。地上の束縛から一時も早く脱却したいと希望している者が、あべこべに地上の人間に縛られてはとてもやり切れない。その時もしPさんが、もうこの上質問には応じないとでも言おうものなら、世間は直ちに詐術であったとはやし立てるに相違ない――
「これ等の通信はP氏より発するものと自称される。しかし彼の生時に関する、これしきの簡単なる質問にも答え得ないところを見れば頗る眉唾物と言わねばなるまい・・・」
まぁ大概こんなことを言われるものと覚悟してよかりそうじゃ。
大体我々霊界の居住者にありては、主として霊界に関する通信を送ることが眼目で、それをしたからとて少しも進歩の妨害にはならない。ところが再び地上に逆戻りして、以前の地上生活のおさらいをやるというのは全くお門違いで、そんなことは到底正しい霊魂の承認しうる限りでない。世間の人々にこの事が分からんので甚だ困る。
さすがにお前はよく我々を諒解し、又我々を信用して、役にも立たぬ、下らぬ質問をかけるようなことはせぬ。お前は生前全く未知であった人達の霊魂と霊界で会見し、それらの人達の口から直接その生死年月日やら生前の閲歴やらを聞かされている上に、Aさんからは一家の私事に関するMさんへの伝言さえも頼まれた。最初それは何のことやらお前にも分からぬことであったが、Mさんに会ってその事を話してみると初めて要領が得られ、確かにあれはAさんの霊魂に相違ないということが判然証明されたのである。
こんな次第で、注文が無理でない限りワシはPさんに頼んで、いくらでも証明を与えるようにしてあげるが、ただあの方の経歴に関する一切を公表してくれとはどうしても頼み難い。兎も角もその事はもう一度よく考えて、Kさんとも相談してからにしてもらいたい。大体これで事情はよく分かったと思うが・・・」
ワード「よく分かりましたが、ただどうも残念です。もしPさんがこれに賛成して、どんな質問に対しても徹底的に答えてくださるという事になれば、それっきりで人々を悩ます人生の大問題――死後個性が存続するや否やということが立派に解決されてしまいますのに・・・」
叔父「イヤそんな必要は全くないと思う。頑迷不良な人物は何をしてやっても到底ダメじゃ。けれども物の道理の分かる人物には、死後の生命の存続を証明すべき材料が既に十二分に送られている。ワシ達の送った通信だけでも充分じゃ。中には多大の犠牲を払ってまでも、懐疑論者征服の為に全力を挙げた篤志の霊魂さえもあった。霊界に居住する者の進歩を阻害することなどは頓とお構いなしに、ひっきりなしに無理な注文ばかりするのは、人間の方でもちと聞き分けが無さ過ぎるのではなかろうか?
イヤ実際のことを言うと、死後の生命の存続を信ずる者は世の中に案外多数なのじゃ。しかし信じない人間は何をして見せても――たとえ死骸の中から起き上がって見せてもやはり信じはせぬのじゃ。
この問題はこれだけにしておいて、お前はもう帰らねばならぬ」
次の瞬間にワード氏は全く意識を失ってしまいました。
二十七. 公園の道草
五月十八日の夜の霊夢の形式はいつもとはやや趣を異にし、ワード氏は自分の肉体がベッドの中に熟睡しているのをはっきり認めたのでした。そうする内に部屋は段々遠ざかりてモヤモヤなものになり、一時は何もかも霧の海の中に閉ざされてしまいましたが、やがてその霧が次第次第に形態を為し、たちまち日頃見覚えのある霊界の山河がありありと眼前に展開しました。
見よそこには和やかな夕陽の光に包まれた風光明媚な田園が目もはるかに広がっているではないか。空中から降り立つと、青草の敷き詰めた丘の上から見下ろせば彼方の低地には叔父さんの住む市街が現れ、校舎の屋根も一つ一つに数えられる。ワード氏はそちらを指して歩みを運びました。
同氏の通過したのは見事な森の中で、周囲には小鳥が面白そうにさえずっていました。やがてかの立像やら彫刻物やらの建ち並べる公園に近付くと付近の花壇からはえも言われぬ芳香が鼻を打ちました。
その付近には沢山の霊魂達がゾロゾロ往来していましたが、何れもワード氏の姿を物珍しそうに凝視するのでした。同氏の様子にはどこやら違ったところがあったからでしょう――と、二人の若者が足を停めてワード氏に言葉をかけました。
「あなたさまはどなたです? 死んだお方でございますか? どうもどこやら霊界の者とは勝手が違いますね。――けれども若し死んでいないとすればどうしてこんな所へお出でになったのです?」
「イヤ私はまだ死んではいませんよ」とワード氏か答えました。「ただどうしたことやら私は叔父が亡くなってからちょいちょい霊界へ出掛けて来まして、色んな事柄を見たり聞いたりして帰ることにいたしております」
「こいつぁどうも奇妙だ!」とその中の一人が言いました。「私も生きている時にそんな芸当がやれるとよかった」
他の一人も続いて、
「あなたは単にここばかりでなく、他の方面とも往来をなさるのですか?」
「イヤ中々そうも回りません。けれども他の方面に行っている方でも、私の叔父が適当と思えば呼んで来て私に紹介してくれますので、お蔭様で地獄の状況だの、幽界の事情だのがちょいちょい分かってまいりました」
「なんてあなたは間のいい方でしょう!」と最初言葉をかけた、背の高い方のが申しました。「私達などは死んでいるくせに地獄の事などは一切無我夢中で暮らしております。いくらか私達に分かっているのは幽界の事情位のものです。後生です。暫くこの泉水のほとりに腰でもかけて、その方面の話を聞かせてください」
たっての懇望もだし難く、ワード氏は二人の側に腰を降ろして陸軍士官から聞かされた地獄の状況を物語ろうとしておりますと、突然彼方から叔父さんが大急ぎでやって来て、大分不興らしい顔つきをしてワード氏をたしなめました――
「これこれお前はこんな所で道草などを喰っていてくれては困るじゃないか! 陸軍士官もワシも折角お前の来るのを待っているのに・・・」
二人は代わる代わるワード氏の為に弁解し、道草を喰わしたのは自分達の過失であると散々詫びました。
「それはよく分かっています」と叔父さんは答えました。「勿論あなた方に格別悪意があった訳ではないに決まっていまず、ただそれらの事を聞きたいならワシの所へお出でなさるがよい。甥の任務は地上に生きている人達にこちらの状況を知らせるのが目的で、なにも死んで霊界へ来ているあなた方に説教する為ではありません」
「ごもっともさまで・・・。イヤなんともとんだ不調法をして相済みません」
二人は恐縮の態で散々謝りました。
そのまま二人と分かれてワード氏は叔父さんに連れられて例の校舎に入って行きますと、果たしてそこには例の陸軍士官が氏の来るのを待ち受けておりました。彼はワード氏と固く握手しながらこう言いました――
「ワードさん、ちとお気を付けなさらんと、霊界の方が面白くなって帰る気がしなくなりますぜ・・・」
それから陸軍士官は帰幽後の面白い実験談の続きを語り出したのでした。
二十八. 霊界の動物(上・下)
●霊界の動物 上
ワード氏の霊界旅行はこの前後からますますはっきりしたものになり、途中の光景までもよく記憶に残るようになって来ました。6月1日の夜の霊夢などもその一つであります。
同氏はまず自分の寝ている体の上に舞い上がる。天上を突き抜けて戸外に出たらしいのに依然として寝室が見える。
その内部屋はようやく霧の内に消え去って、自分はもうもうたる雲霧の中を前へ前へと渦巻きつつ上る。道中は中々長い――やがて霧の海がそれぞれの形をとり始める。最初は妙な格好のものばかりで、あるものは城郭の如く、あるものは絶壁の如く、或いは龍、或いは魔、続いて市街やら、尖塔やら、丸屋根やらがニョキニョキ現れる。
続いてそれも又消散し、濃霧の晴れ上がると共に脚底には広大なる山河が目もはるかに現れる。最初目に入ったのが峨々(がが)たる連山と不毛の荒野、そしてその前方には果てしない一面の黒い壁。
ワード氏の体が右の黒壁から遠ざかると共に、山河の景色に柔らか味が次第に加わって来て、森が見える。草原が見える。遂に日頃お馴染みの、あの夕陽に包まれた風光明媚な田園が見える。
そこで精神を叔父の校舎に注ぐと共に、にわかに速度が加わって、殆ど一瞬の間にその身は早くも叔父さんの部屋に入っていたのでした。
二人の間には間もなく例の問答が開始されました――
ワード「今日は動物のことについて伺いたいと存じます。一体鳥などは生前ただ餌をあさることを仕事にしていますが、霊界へ来てからは何をしているのです? 仕事がなくて困るだろうと思いますが・・・」
叔父「さぁ大抵の動物は幽界にいる時にはしきりにまだ餌をあさっている。が、終いには少しずつ呆れてくるようじゃ。いくら食っても食っても全てが影みたいなもので美味しくも何ともない。又別に食う必要もない。この理屈が分かって来ると大抵の動物は霊界の方へ移って来る。ただどうも肉食動物の方はいつまで経ってもこの道理がさっぱり呑み込めないようじゃ。そして永久に捕えることの出来ぬ兎や鹿の後を追いかけながら、いつまでもいつまでも幽界に居残る・・・」
ワード「人間の中にも捕えることの出来ない動物を捕まえようとする狩猟狂がおりはしませんか?」
叔父「そりゃおります。しかしこいつも終いには馬鹿馬鹿しくなって止してしまうらしい。もっとも生前猟師であった者は幽界へ来るとあべこべに動物から追いかけられる」
ワード「それは又どういう訳です?」
叔父「幽界で第一の武器は意思より外にない。動物を撃退するのにも意思の力で撃退するのじゃ。ところが猟師などという者はただ武器にばかり頼る癖が付いている。鉄砲を持たない猟師ほど動物と出くわした時に意気地のない者はない。ところが生憎幽界では猟師は生前自分が殺した動物ときっと出くわす仕掛けに出来上がっている・・・。
ところで霊界に来る動物じゃが、彼等が霊界に来るのはつまり食欲以外に何かの興味を持つようになった故じゃ。しかし永い間の癖は容易に抜け切れないもので、モリーなども時々骨が欲しくなるようじゃ。丁度ワシが時々パイプが恋しくなるようなものでな・・・」
そう言っている内にもモリーは安楽椅子の下から飛び出して来て、懐かしそうに尾を振りながら旧主人の所へ近付きました。
●霊界の動物 下
モリーが来たので二人の動物談には一層油が乗ってきました。
叔父「どうも動物は地上に居た時よりも霊界へ来てからの方がよほど人間に懐いて来るようじゃ。兎に角理解がずっと良くなって、物質上の娯楽の不足をさほどに感じなくなる。
お前も知っている通り、霊界ではお互いの思想がただ見ただけでよく分かるが、動物に対してもその気味がある。ただ動物は人間ほどはっきり物事を考える力が乏しい悲しさに、思想の形がゴチャゴチャになり易い。無論その能力が次第に向上はして来るが・・・。
しかし動物の思想はせいぜい上等な部類でも極めて簡単ではある。今モリーはある事を考えているのじゃが、一つ試みにそれを当ててみるがいい」
ワード「私に分かりますかしら・・・」
ワード氏は一心不乱にモリーを見つめましたが、最初の間は何も分かりませんでした。
ワード「どうも何も見えませんな。格別何も考えてはいないと思いますが・・・」
叔父「いや犬にしては大変真面目に考え込んでおる。それが分かっているからワシがお前に聞いてみたのじゃ。お前はまだ練習をせぬから分からないのも無理はないが、もう一度試してみるがよい。頭脳の内部から一切の雑念を棄ててしまってモリーのみを考え詰めるのじゃ。お前の視力もモリーの鼻の先端に集めて・・・」
ワード「鼻の先端ですか・・・」
ワード氏はおもわず噴出してしまいましたが、兎も角も叔父さんの命令通りそうやってみました。するとたちまち部屋全体が消え失せてモリーの姿までが見えなくなり、その代わりに一種の光線か現れて、やがて一つの絵になりました。
よくよくその絵を凝視すると、ワード婦人のカーリーがボートを漕いで、モリーは舳先に座っている。やがてボートは艇庫から河面に滑り出て、白色の運動服を着たカーリーがしきりにオールを操る。他には誰も乗っていない。
暫くしてその光景が一変した。今度はモリーもカーリーもボートから上陸して河岸の公園に休んでいる。カーリーが紅茶をすする間にモリーは地面に腹這いになって投げ与えられた一片の菓子をかじっている。
すると突然叔父さんが言葉を挟みました――
「どうじゃ今度はモリーの考えていることが分かったじゃろうが・・・」
ワード「よく分かりました。が、その事がどうして叔父さんにお分かりになります?」
叔父「ワシにはお前の思想もモリーの思想もどちらもよく見えているのじゃ。霊界の者は他人の胸中を洞察することが皆上手じゃ。
兎に角こんな按配で動物が人間と一緒に住んでいればいる程段々能力が発達して来る。只今モリーが考えていたことなどもかなり複雑なものではないか。大抵の動物はせいぜい元仕えた主人の顔を思い出す位のものじゃ。
利口な動物が死後どの辺まで人間と共に向上しうるものかはまだワシにも分からない。しかし霊界の方が地上よりも動物にとりて発達の見込みが多いことだけは明瞭じゃと思う。無論動物は地上にいる時でもある程度読心術式に人間の思想を汲み取ることが出来ぬではない。しかし怒っているとか、可愛がっているとか、ごく大雑把なことのみに限られており、しかも大抵の場合には人間の無意識の挙動に助けられている。
今晩の話はこの辺でとめておきたいと思うが、どこかにもう少し説明を要するところがあるなら無論幾らでも質問して差し支えない」
ワード「ではついでに伺いますが、私と叔父さんとは今いかなる方法で思想の交換を行なっているのでございます? 外観では当たり前に談話を交えているように見えますが・・・」
叔父「無論精神感応じゃ。人間は談話の習慣を持っているので直ぐに思想を言葉に翻訳するが、決してワシ達は実際に言語を交えている訳ではない。試しにお前がフランス人とでも通信をやってみれば直ぐ分かる。フランス人の耳にはフランス語で聞こえ、お前の耳には英語で聞こえる。
我々が地上界へ降りて霊媒の体を借りて通信する時に我々は初めて実際の言葉を使用する必要が起こってくる。その際速成式に外国語を覚える方法もあって、あまり難しい仕事ではないが、その説明は他日に譲ることにいたそう。
我々はお互いの思想を感識することが出来ると同時にこれを形に変えることも出来る。その原則はどちらも同一で、共に読心術に関係したものじゃが、分かり易い為に後者を霊視の方に付属させ、前者を読心術の方に付属させるのがよさそうじゃ。通信をやるにはどちらを使用しても構わないが、しかし人間には読心術の方がいくらか易しい。
ところが、動物となるとどうも霊視法に限るようじゃ。これは動物が地上生活中に談話したことがなかった故じゃと思う。しかし言うまでもなく、これら二つの方法は時々ごっちゃになってはっきりした区別がない。例えばお前が陸軍士官の物語を聞いている時に、その言葉が耳に入ると同時にその実況が目に映るようなものじゃ」
この説明が終わってからワード氏は陸軍士官に会ってその閲歴を聞かされたのですが、それは別に纏めてあります。
二十九. 幽界と霊界
6月15日、月曜の夜の霊夢も中々奇抜で且つ有意義なものでした。
ワード氏は例によりて無限の空間を通過し、地上の山川がやがて霊界のそれに移り行くのをありありと認めました。
会見の場所はいつもの叔父さんの部屋でした。
ワード「幽界の居住者と霊界のそれとの間には一体いかなる区別がありますか? はっきりしたところを伺いとうございますが・・・」
叔父「アーお前の問の意味はよく判っておる――幽界では我々はある程度まで物質的で、言わば一の極めて稀薄なる物質的肉体をもっているのじゃ。無論それは地上の、あの粗末な原子などとは段違いに精妙霊活な極微分子の集まりじゃが、しかしやはり一の物質には相違ない。地上の物質界と幽界との関係はまず固形体とガス体との関係のようなものじゃ。
「右の幽体は大変に稀薄霊妙なものであるから、従って無論善悪共に精神の支配を受け易い。これは一人の人間の幽体に限らず、家屋でも風景でも皆その通りじゃ。
然るに霊界となるともう物質は徹頭徹尾存在せぬ。我々の霊魂を包むものはただ我々の[形]だけじゃ。現在お前の目に映ずる風景なり、建物なりもかつて地上に存在したものの[形]に過ぎない。
従って地上の霊視能力を持つ者に姿を見せようと思えば我々は通例臨時に一の幽体をもって我々を包まねばならぬ。同様に普通人の肉眼に姿を見せるには、臨時に物質的肉体を造り上げ、所謂かの物質化現象というやつを起こさねばならない。ここで一つ注意しておくが世間の霊視能力者の中には私達の居住する第六界まで透視しうる者もある。お前などもその一人じゃ――が、大概の霊視能力者にはこれが出来ない。出来るにしても我々の姿を幽体で包んだ時の方が良好な成績が挙げられる」
ワード「夢を見る時に私達は幽界に行くのですか? それとも霊界の方ですか? それとも又あちこち往来するのですか?」
叔父「イヤ夢ほど種類の多いものはない。ある夢は単に人間の頭脳の産物に過ぎない。昼間考えたことを夜中にこね返したり、又根も葉もない空中楼閣を勝手に築き上げたりする。大体物質的に出来上がった人間はこんな性質の夢を見たがるが、それは甚だ下らない。決してそんな夢を買い被ってはいけない。
ところが、夢を見たように考えていながら、その実幽界へ入って行く者が案外沢山ある。中には霊界まで入って行く者もないではない。お前などもその極めて少数な者の一人じゃが、それが出来るのはお前が霊媒的素質を持っているというだけではない。それより肝要なのはワシが霊界へお前を呼ぶことじゃ。大概の人にはこの特権がない。よし霊界へ来る者があっても、お前のようにはっきりした記憶をもたらして帰る者は殆ど全くない。それが出来るのはワシ達がお前を助けるからじゃ――もっとも霊界の経験は専ら霊魂の作用に属することなので、幽界の経験よりも一層明瞭に心に浸み込み易くはある。幽界というものは地上の物質界と一層類似している関係上、幽体と肉体とが結合した時にごっちゃになって訳が分からなくなる。とかく人間の頭脳は幽界の諸現象を物理的に説明しようとするのでかえってしくじるが、霊界の事になると、あまり飛び離れ過ぎて、最初からさじを投げてしまって説明を試みようとしない。
で、大概の人間は睡眠中に幽界旅行をやるものと思えばよい。そんな場合に幽体は半分寝ぼけた格好をして幽界の縁をぶらぶらうろつき回る。が、体と結び付けられているので、どうも接触する幽界の状況が本当には身に浸み込まぬらしい。
あまりに物質被れのした者の幽体は往々肉体から脱け切れない。脱けるにしてもあまり遠方までは出かけえない。
しかしこんな理屈を並べているよりも、実地に幽界へ出かけて行って地上から出かけて来るお客様に会った方が面白かろう」
ワード「是非見物に行きとうございますね」
叔父「それなら早速出かけることにしよう。が、幽界へ行くのにはワシの姿を幽体で包む必要がある」
ワード「あなたはそれで宜しいでしょうが、私はどういたしましょう? 私も幽体が入用ではないでしょうか?」
叔父「無論入用じゃ。一体お前は幽体をどこへ置いて来たのじゃ?」
ワード「私には分かりませんな。私の体と一緒ではないのでしょうか?」
叔父「こんなことは守護神様に訊ねるに限る」
そう言いも終わらず、一条の光線が叔父さんの背後に現れ、それが段々強くなって目も眩まんばかり、やがてお馴染みの光明赫灼(かくやく)の天使の姿になりました。
銀のラッパに似た冴えた音声がやがて響きました――
「地上に戻って汝の幽体を携えて参れ!」
三十. 幽界見物(1~4)
●幽界見物 一
ワード氏はたちまち強い力に掴まれて、グイと虚空に巻き上げられたと思う間もなく、早や自分の寝室に戻っていました。平常ならばそれっきり無意識状態に陥るのですが、この時は何やら勝手が違い、今までよりも遙かに実質ある体で包まれたような気がしました。そのクセ自分の肉体は依然として寝台の中で眠っているのでした。
と、すぐ背後に叔父さんの声がするので振り返ってみますと、果たして叔父さんが来てはいましたが、ただいつも見慣れた叔父さんの姿ではなく、大変老けているのが目立ちました。霊界にいる時の叔父さんは地上にいた時よりもずっと若々しくなっていた。ところが今見る叔父さんは達者らしくはあるが、しかし格別若くもない。他の色々の点においてもちょいちょい違ってはいるが、さて何処と掴まえ所もないのでした。
叔父さんは微笑みながら説明しました――
「実はこれがワシの本当の幽体ではない。ワシの幽体は、前にも言った通り、死んで間もなく分解してしまった。仕方がないからワシはフワフワ飛び回っている幽界の物質をかき集めて一時、間に合わせの体を造り上げたのじゃ。これでも生前の姿を想い出してなるべく似たものにしたつもりじゃ――どりゃ一緒に出掛けよう」
そう言って叔父さんはワード氏の手を取り、虚空を突破して、やがて暗くもなく、又明るくもない、一種夢のような世界に来て足を止めたのでした。
「ここが幽界の夢幻境じゃ。その内夢を見ている地上の連中がぼつぼつやって来るじゃろう」
ワード氏はしきりに辺りを見回しましたが、何時まで経っても、付近の景色はぼんやりと灰色の霧に閉ざされてはっきりしない。そして山だの、谷だの、城だの、森だの、湖水だのの所在だけが辛うじて見えるに過ぎない。
ワード「随分ぼんやりした所でございますね。いつもここはこうなのですか?」
叔父「イヤここが決してぼんやりしている訳ではない。お前の目が霊界の明りに慣れっこになってしまったので、ここで調子が取れないのじゃ。明るい所を知らない者にはこんな所でも中々美しく見える。
一体この夢幻境というのは物質界と非物質界との中間地帯で、こちらの居住者にとりても、いくらか非実体的な、物足りない感じを与える。夢幻境を組織する所の原質も非常に変化性を帯びていて、そこに出入りする者の意思次第、気分次第で勝手に色々の形態を取る。永遠不朽の形は皆霊界の方に移り、ここにある形は極度に気まぐれな、一時的のものばかりじゃ――イヤしかし向こうを見るがよい。地上からのお客さん達が少し見え出した」
成る程そう言う間にも霊魂の群がこちらをさして漂うて来る。後から後から矢次早にさっさと脇を素通りして行く。中には群を為さずに一人二人位でバラバラになって来るのもある。
夢の中にここへ出かけて来る地上の霊魂の他に、折々本物の幽界居住者も混ざっていましたが、一目見れば両者の区別は直ぐ判るのでした。両者の一番著しい相違点は、地上に生きている者の霊魂に限りいずれも背後に光の糸を引っ張っていることで、それらの糸は物質で出来た糸とは違って、いかに混ざってももつれるということがない。平気で他の糸を突き抜けて行くのでした。
もう一つ奇妙な特徴は彼等の多くが皆目を瞑って、夢遊病者の様に自分の前に両手を突き出して歩いていることでした。もっとも中にはそんなのばかりもなく、両眼をカッと見開き、キョロキョロ誰かを捜す風情のもありました。時には又至極呑気な顔をして不思議な景色の中をうろつきながら、折ふし足を止めてじっと景色に見とれるような連中もいました。
実にそれは雑駁を極めた群集で、男あり、女あり、老人あり、子供有り、又動物さえもいるのでした。一頭の猟犬などは兎の影を見つけると同時に韋駄天の如くにその後を追いかけました。
●幽界見物 二
「この連中が何の夢を見ているか、よく注意して見るがよい」
そう叔父さんに注意されたので、ワード氏は早速一人の婦人の状態を注視しました。
右の婦人の前面には一人の小児の幻影が漂っていましたが、それが先へ先へと逃げるので婦人はさめざめと泣きながら何処までも追いかけました。と、にわかに小児の真の幽体が現れ、同時に先の幻影は滅茶苦茶に壊れました。母親は歓喜の声を上げて両手を広げて我が愛児の幽体をかき抱き、その場にベタベタと座り込んで、何やら物を言う様は地上でやるのと少しの変わりもありません。右の小児はおよそ六歳ばかりの男の子なのでした。
ワード「死んだら我が子と夢で逢っているのでございますね。可哀相に・・・」
叔父「それが済んだら今度はこちらのを見るがよい」
再び叔父さんに促されてワード氏は目を他方に転ずると、そこには三十位前後の男子が目を見張りて人の来るのを待っているらしい様子、やがて一人の若い女が近付いてまいりました。
「一体この連中は何でございますか?」とワード氏は訊ねました。「二人とも生きている人間ではありませんか?」
叔父「この二人が何であるかはワシにも分からない。しかしこの男と女とが深い因縁者であることは確かなものじゃ。二人は地上ではまだ会わずにただ幽界だけで会っておる。二人が果たして地上で会えるものかどうかは分からぬが、是非こんなのは会わしてやりたいものじゃ――そちらにも一対の男女がいる」
ワード氏は目を転じて言われた方向を見ますと、ここにも若い男女が嬉しそうに双方から歩み寄りましたが、ただ女の付近には一人の老人の幻影がフワフワと漂うているのです。
ワード「あの老人は、あれは確かにユダヤ人らしいが、何の為に女に付きまとっているのでございましょう?」
叔父「あの老人は金の力であの女と結婚したのじゃ。若い男は女の実際の恋人であったが、ユダヤ人と結婚するにつけて女の方から拒絶してしまった」
まだ他にも色々の人達がその辺を通過しました。が、一番ワード氏を驚かしたのは同氏の父が突如としてこの夢の世界に現れたことでした。
ワード「やあ、あれはうちの父です! こんなところへ来て一体何をしているのでしょう?」
叔父「お前のお父さんじゃとてここへ来るのに何の不思議はあるまい。他の人々と同様現に夢を見ている最中なのじゃ。事によるとお前のいることに気が付くかもしれない」
が、先方は一心に誰かを捜している様子で振り向きもしません。すぐ傍を通過する時に気をつけて見るとワード氏の祖父の幻影が父の前面に漂うているのでした。
ワード「父は祖父のことを考えているのですね。いかがでしょう、どこかで会えるでしょうか?」
叔父「まずダメじゃろうな。お前のお祖父さんは実務と信仰との伴わない境涯で納まりかえっているから、滅多にここまで出かけて来はしまいよ」
ワード氏の父は間もなく群集の間に消え去ってしまいました。
●幽界見物 三
いくらか夢見る人達の往来が途絶えた時にワード氏は叔父さんの方を振り向いて訊ねました――
「一体この幽界では地上と同じように場所が存在するのでしょうか?」
叔父「ある程度までは存在する。お前が現に見る通り、幽界の景色は物質世界の景色と、ある点まで相関的に出来ている。例えば現在我々はロンドン付近に居るから、それでこんなに沢山の群集がいるのじゃ。が、それはある程度のもので、我々の幽体は必ずしも地上におけるが如く時空の束縛を受けず、幽界の一部分から他の部分に移るのに殆ど時間を要しない。又幽界の山河が全然地上の山河の模写、合わせ鏡という訳でもない。幽界の山河はいわば沢山の層から成っておる。同一地方でも、それぞれの年代に応じてそれぞれ違った光景を呈する。例えばロンドンにしても、かつて歴史以前に一大森林であったばかりでなく、ずっと太古には海水でおおわれていたことさえもあった」
ワード「そう言えば只今見るこの景色も現在のロンドンの景色と同一ではございませんな」
叔父「無論同一ではない。が、この景色とてもあまり古いものではない――ちょっとそこへ来た人を見るがよい」
ワード氏は一目見てビックリして叫びました――
「あっカーリーじゃありませんか! 不思議なことがあればあるものですね。家内中が皆幽界へ引っ越して来ている!」
叔父「別に引越した訳でもないが、こうして毎晩幽界へ出張するものは実際中々少なくない。人によってはのべつ幕なしにこっちへ入り浸りの者もある。そのクセ目が覚めた時に、そんな連中に限ってケロリとして何事も記憶していない。彼等にとりて幽界生活と地上生活とは全然切り離されたもので、眠っている時は地上を忘れ、覚めている時は幽界を忘れ、甚だしいのになると、幽界へ来ている間にまるきり自分が地上の人間であることを記憶せぬ呑気者もいる。
こんな連中は死んでも死んだとは気が付かず、いつまで経っても眠気を催さないのが不思議だと思っている。が、大抵の幽界居住者は多少地上生活の記憶を持っていて、逢いたく思う地上の友を捜すべく、わざわざこの辺まで出かけて来る。又生きている人間の方でも、夢で見た幽界の経験を曲りなりにも少しは記憶している。ただ極端に物質かぶれのした人間となると、幽体がその肉体から離れえないので、死ぬるまで殆ど一度もここへ出かけて来ないのもないではない。なかんずく食欲と飲酒欲との強い者は自分の幽体を自分の肉体に括り付けている――が、談話はこれ位にしておいて、ちょっとカーリーに会ってやろう。しきりに私の事を捜している・・・」
叔父さんは通行者の群を突き抜けて、直ちにカーリーに近付きましたが、彼女は安楽椅子に腰をおろせる生前の父の幻影を描きつつ、キョロキョロ辺りを見回しているのでした。彼女の身に纏えるは、極めて単純な型の純白の長い衣装で、平生地上で着ているものとはすっかり仕立て方が異なっていました。
やがて父の姿を認めると彼女は心から嬉しそうに跳んで行きました。
カーリー「お父さましばらくでございましたこと! お変わりはございませんか?」
叔父「しばらくじゃったのう。お前はよく今晩ここへ来てくれた。ワシは至極元気じゃから安心していてもらいたい。それはそうとお前は私達の送っている霊界通信を見てどう考えているな?」
彼女の顔にはありありと当惑の色が漲りました。
カーリー「霊界通信でございますか? 私何も存じませんが・・・」
叔父「これこれお前はよく知っている筈じゃ。お前は半分寝ぼけている。早く目を覚ますがよい。お前の夫の体を借りて送っている、あの通信のことじゃないか! お前の夫もここに来ている」
父からそう注意されて彼女は初めて夫のいることに気が付きました。無論ワード氏の方では最初から知り切っていたのですが、なるべく父親との会見の時間を長引かせたいばかりに、わざと遠慮して控えていたのでした。
カーリー「まぁ! あなたは何をしていらっしゃるのです、こんな所で・・・」
ワード「しっかりせんかい! 私はいつもの通り月曜の晩の霊界旅行をしているのですよ。そして叔父さんに連れられて、お前達が幽界へ出かけて来る実況を見物に来たのだがね、覚めた時に私とここで会ったことをよく記憶していてもらいますよ」
叔父「そいつぁちと無理じゃろう。記憶しているとしても、せいぜい私と会ったこと位のものじゃろう。私の幻覚に引っ張られて来たのじゃから・・・。それはそうとカーリー、お前はもう霊界通信のことを思い出したじゃろうな」
カーリー「何やらそんなことがあったように思いますが、まるで夢のようでございますわ。お父さまは近頃ご無事でございますか? 大変どうもしばらくで・・・」
叔父「ワシかい。ワシは至極無事じゃよ。生きている時にワシは今のように気分の良い事は殆ど一度もなかった。お前が何をくれると言っても、私は二度とお前達の住んでいる、あの息詰まった、アホらしい、影みたいな地上へだけは戻る気がせぬ。その内お前達の世界からワシの所へ懐かしい親友が二、三人やって来そうじゃ・・・」
●幽界見物 四
するとその時カーリーが突然叫びました――
「あら! あそこに一軒屋がありますね。誰の住居なのでしょう?」
そう言われて見ると果たしてこざっぱりした家が路傍にあって、前面には小さい庭があり、裏へ回ると更に大きな庭園がついていました。
叔父「こりゃ近頃壊された何処かの家屋の幽体じゃ。こんなのはあまり長くここに残るまい。無生物の幽体はとかく永続せぬからな・・・。ただ誰かがそれに住んでいると奇妙に保存期限が長くなるものじゃ。兎に角内部へ入って見ることにしよう」
「まぁ!」とカーリーは家の内部を見た時に「道具が一切揃っているじゃありませんか!」
叔父「幽界にしてはこりゃ寧ろ珍しい現象じゃ。多分火災でも起こして什器一切が家と一緒に焼けたのかも知れない。いや確かにそうじゃ。その証拠には額面だけが焼けている。所々壁に白い痕がついて、額面をさげた紐までそっくり残っているではないか。多分火災と知って誰かがナイフで紐を切り、一番目ぼしい絵だけ運び出したものに相違ない。しかしあまり沢山の品物を持ち出す暇はなかったと見える」
そう言って叔父さんは食堂であったらしい一室に据えられた安楽椅子に腰を下ろした。
「兎に角こいつぁ住み心地の良い家じゃ」と彼は言葉を続けた。「質素ではあるが、中々頑丈に出来ている。ワシがもしも幽界に居るものなら、早速こいつを占領するのじゃが・・・」
カーリー「ちょっと庭園へ降りてみましょうか?」
ワード「降りてみてもよい・・・」
夫婦が食堂の扉を開けて、低い階段を降りて庭園へ出ると、間もなく叔父さんが小型の革鞄を肩にしてそれに続きました。
カーリー「お父さま、その鞄は何でございますか?」
叔父「なに部屋に置いてあったのじゃ。何が入っているか一つ開けて見てやろう」
そう言って彼は鞄を地面に降ろして蓋を開けましたが、たちまち一冊の書物を抜き出して喜色を満面にたたえ、
「カーリー、これを見なさい! こんなものが入っていたとは実に奇妙じゃ!」
カーリー「あら! それはお父さまの昔お書きになった建築学の御本ではございませんか!」
叔父「そうじゃ! 道理でこの家には大変新式の工夫が施してあると思った。この家の所有者はよほど理解のよい人物であったに相違ない」
叔父さんはこの家の主人が自著の愛読者であったことを発見して嬉しくてたまらぬ様子でした。傍でそれを見ていたワード氏は、人間界でも霊界でも格別人情には変わりがないのを知って、つくづく肝心したのでした。
と、突然カーリーが叫びました。
「私大変にくたびれましたわ。早く帰って寝ます」
ワード氏はびっくりして不安の面持ちをして叔父さんの方を見ましたが、叔父さんは一向平気なもので、
「あ! お前はくたびれましたか。それなら早くお帰りなさい。その内又出て来るがよい。お前が来る時はワシはいつでもここまで出かけて来ます」
やがてカーリーは二人と別れて立ち去りましたが、たちまち幽界の壁のようなものに遮られてその姿を失いました。叔父さんはワード氏に向かって言いました――
「お前はカーリーがくたびれたと聞いた時に大変気を揉んだようじゃが、あんなことはなんでもない。肉体の方でその幽体を呼んでいるまでのことじゃ。生きている人の幽体が肉体に入る時の気分は寝付く時の気分にそっくりじゃ――イヤしかしお前ももう戻らんければなるまい。先刻は地上から出掛けるものばかりであったが、今度は皆急いで地上に戻る連中ばかりしゃ」
成る程夢見る人の群は元来た方向へ立ち帰る者ばかりで、歩調がだんだん早くなり、ワード氏の父も失望の色を浮かべて急いで側を通過して行きました。
やがて人数は次第に減り、幽界の居住者の中には苦き涙を流しつつ、地上に帰り行く愛しき人達に別れを告ぐる者も見受けられました。
「さぁお前もいい加減に戻るがよい」
叔父さんに促されてワード氏もそこを立ち去ると見て、後は前後不覚になりました。
翌朝ワード氏は昨晩あったことをカーリーに訊ねてみると、彼女は幽界における会見の大部分を記憶はしていましたが、しかし彼女はそれを単なる一場の夢としか考えていませんでした。
三十一. 欧州の戦雲
叔父さんからの半年以上にわたって続けられた霊界通信もいよいよ一段落をつけるべき時期がおもむろに近付きました。他でもない、それは主として欧州全土にわたりて、かの有史以来類例のない大戦乱が勃発せんとしつつあったからで、それが人間界はもとより遠く霊界の奥までも大影響を及ぼすことになったのであります。
1914年7月27日の夜、ワード氏は例によりて叔父さんの学校を訪れ、とりあえず戦争の事について質問を発しました。
ワード「叔父さん、あなたは最近欧州に起こったあの暗雲がやがて戦争に導くものとお考えでございますか? 何やら頗る険悪の模様が見えますが・・・」
叔父「どうも戦争になりそうじゃ。ワシはあまり地上との密接な関係を持っていないから詳しいことは分からぬが、霊界での風説によると、目下幽界の方は純然たる混沌状態に陥り、あらゆる悪霊共が至る所に殺到して、死力を尽くして戦争熱を煽っているそうじゃ。
霊界の方面は全てそれらの同様の外に超然として鳴りを鎮めているものの、しかし我々は変な予感に満たされている。多分これから数日の内に和戦何れとも決定するであろう。が、ワシは予言は絶対にせぬ。ワシはそんな能力を持っているとは思わない。
兎に角ワシ達の通信事業も急激に中止に近付きつつあるが、又中止した方が宜しい。もしも戦争が始まれば、ワシを助けてこの霊界通信をしてくれている人達も一時解散せねばなるまい。各々皆自分の任務を持っているからな。
それから又お前の健康状態が、どうも面白くない。来週になっても回復せぬようなら、身体がすっかり良くなるまで当分霊界出張を見合わせるがよい。健康の時には霊界旅行は少しも身体を損ねる憂いはないが、病気の時には全霊力を挙げて病気と闘わねばならぬ。何れにしても、お前がケンブリッジで講義をやる一ヶ月前は自動書記を試みるワケにもいくまい。
従って今晩は陸軍士官との会見も取り止めておく。一つはお前の健康が永い滞在を許さぬし、又一つにはあの方が戦争の為に興奮し切っているし、どうも面白くない。あの方は昔所属であった連隊に復帰して出征すると言って手がつけられないので、みんなで色々なだめているところじゃ。無論私達はこの有益な通信事業を永久に放棄しようとは決して思わないが、当分の内あの仕官は役に立ちそうもない。後になれば大変見込みのある人物じゃが、目下のところでは、まるで虎が血潮の香を嗅ぎ付けたような按配じゃ。いずれにしても、あの陸軍士官の異常な挙動なり、又幽界方面の風評なりから総合して、もしかしてとんでもない大事になりはせぬかとワシは大変懸念しておる。
まず今晩はこれで帰るがよい。よく気をつけて、出来るだけ早く達者な身体になることじゃ。お前がビルマに出発するまでには是非ともこの書物を片付けてしまいたい・・・」
で、ワード氏は直ちに地上に戻ったのですが、その時の霊界旅行にはめっきり疲労を覚えたそうであります。
越えて8月3日ワード氏は講義の為にケンブリッジに赴きましたが、叔父からのかねての注意の通りそこで急性の肋膜炎にかかり、八月一杯それに悩まされました。従ってその期間霊夢も自動書記も全く休業で、9月5日に至り、初めてK氏の宅で自動書記を試みたのでした。
三十二. 戦端開始
1914年9月5日に現れた叔父さんからの通信――
「私達は出来るだけ迅速にこの通信事業を完結すべき必要に迫られている。お前の病気の為に時日を空費したことは残念であるが、その間に幽界の方面が多少秩序を回復したのはせめてもの心やりじゃ――と言って幽界は当分まだ混沌状態を脱しない。その反動が霊界の方面までも響いて来ておる。
言うまでもなく戦争の為に倒れた者の大部分は血気盛りの若者であるから、その落ち着く先は皆幽界じゃ。目下幽界に入って来る霊魂の数は雲霞の如く、しかも大抵急死を遂げているので、何れも皆憎悪の念に燃える者ばかり、その物凄い状態は実に想像に余りある。多くの者は自分の死の自覚さえもなく、周囲の状況が変化しているのを見て、負傷の為に一時頭脳が狂っているのだ、位に考えている。
が、霊界がこの戦争の為に受ける影響は直接ではない。新たに死んだ人達を救うべく、力量のある者がそれぞれ召集令を受けて幽界の方面に出動することがこちらの仕事じゃ。既に無数の義勇軍が幽界へ向けて進発した。目下はその大部分が霊界の上の二境からのみ選抜されているが、やがてワシ達の境涯からも出て行くに相違ない。
ワシなどはまだまだこの種の任務を遂行する力量に乏しいが、しかし召集令さえ下ったら無論出かけて行かねばならぬ。しかしこんな平和な生活を送った後で再び幽界の戦禍の中に埋もれるのはあまり感心したこととも思われない。
が、戦争の話はこれきりにしておくとしよう。ワシ達は全力を挙げてこの通信を遂行せねばならぬ。お前の方でも多分出来るだけ迅速にその発表に着手することと思う。無論今直ぐにともいくまいが、しかしその内時期が到来するに相違ない」
叔父さんからの右の通信の内に、召集令さえかかったら無論幽界へ出かけて行くとありますが、その召集令は約二年の後にかかりました。1916年5月初旬、ワード氏の実弟レックス中尉が戦死を遂げると共に、ワード氏は直ちに霊界の叔父さんを訪問して右の事実を物語りました。叔父さんは直ちに奮起して幽界に赴き、爾来百方レックスを助けて更に精神無比の幽界探検を遂行することになるのでありますが、それは別巻に纏められて心ある人士の賛嘆の的となっております。
三十三. 通信部の解散
続いて1914年9月14日の夜にもワード氏は霊界の叔父さんを訪れました。叔父さんはモリイを相手に甚だ寂しげな様子をして居ましたが、やがて叔父さんの方から言葉を切りました――
叔父「この通信事業もいよいよ今日で一先ず中止じゃ。私を助けてくれた通信部隊も解散せられ、私一人だけが元の古巣に取り残されている。お前もその内東洋方面に出掛けることになるが、見聞を広めることが出来て何より結構じゃ。旅行についての心配は一切無用、お前は安全にビルマに到着する。
こんな事情で、私は当分お前に面白い通信をやれないが、しかし月曜毎に必ず霊界へ来てもらいたい。一旦霊界の扉が開かれた以上、それが閉まらぬように気をつけねばならぬ。その内私の方から必ず又新しい通信を送ることにする。その通信の性質はまだちょっと判らぬが・・・。
まぁやるだけの仕事をしっかりやるがよい。霊界から集めた色々の材料を適宜に分類していけばかなり完備した霊界の物語が出来上がるであろう。
地獄、幽界、半信仰の境、信仰ありて実務の伴わざる境、それから実務と信仰との一致せる境――全てにわたりて私の方から一通り通信を送ってある。もっと上の界のことはワシにも分からない。が、その内第五界の生活に関しては私は多少材料を手に入れ得る自信を持っている。
くれぐれも受け合っておくがワシの将来は活動と努力との連続である。最後の大審判のラッパが鳴るまで常世の逸眠に耽るものとワシのことを考えてくれては迷惑である。ワシはあくまでもお前達と同様に生きた人間として向上の道を辿るが、ただワシはお前達と違って肉体からは永久に脱却している。最早苦痛もなく、飲食欲もなく、また睡眠さえ不要である。全然日常の俗務俗情から離れて、心地良き環境におり、自己の興味を感ずる一切の問題について充分の討究を続けることが出来る。ワシには地上の何人にも期待し難き便宜と余裕とが与えられている。ワシは夢にもこの好機会を無益に惰眠に空費し、役にも立たぬ賛美歌三昧に浸り切るつもりはない。私はあくまで他の救済に尽瘁する。そうすることによりて一階又一階と次第に高きに着き、一日又一日と新たなる友を作り、新たなる真理に接して、自己完成の素地を築いて行くつもりである。
ワシは既にある程度まで幸福である。満足である。物質界から逃れて真に嬉しい。が、まだまだ絶対幸福の境涯に達しておらぬことは勿論である。
円満具足の境涯は前途なお遼遠である。それに達する為には一意専念、幾代かにわたりて精神力行、新たなる経験を積み、新たなる真理に目覚めて不断の向上を図って行かねばならぬ。
それ故に、いつも私を仕事と娯楽に忙殺されつつあるものと思ってもらえば間違いはない。ワシはいわゆる仕事というのは一歩一歩私を向上せしむる信仰の道である。又所謂娯楽というのは地上の人達が仕事と考えている建築学その他である。
ここにワシは地上の人達・・・、ワシの挨拶を受け容れてくださる方々に謹んで敬意を表する。お前には毎週一度ずつ必ず来てもらいたい。当分これでおさらばじゃ。この通信事業に従事してくれたKさんその他に対しては特にここでお礼を述べておきます」
ワード「お暇乞をする前にちょっと伺いますが、目下Pさんやら、Aさんやら、又陸軍士官さんやらは、どうなさっておいでです?」
叔父「陸軍士官はもう暫く練習を積んでから幽界に出動し、地上からぞろぞろ入って来る新参の霊魂達の救済にあたることになっている。いや血気盛りの者が急に勝手の判らぬ境涯へ投げ込まれたのであるから、それらは大いに救済の必要がある。しかし心配するには及ばぬ。救済の手は霊界からいくらでも延びる・・・。
Pさんは又もや地獄の方へ手伝いに出かけて行った。Aさんのみはワシが昔居った学校で相変わらず簡単な日課を頭痛鉢巻で勉強している」
ワード「叔父さんは只今昔と仰いましたが、地上の時間で数えるとあなたがお亡くなりになってからたった九ヶ月にしかなりません」
叔父「全くな・・・。が、霊界では、時間は仕事の分量で数えて、時日では数えない。それ故厳格に言えば、霊界に時間はないことになる。もっとも地上に居ったとて、今年のように多忙な年は例年よりも長く感ずるに相違ない。今年の大晦日になると、お前をはじめ世界中の人々は、こんなに長い年はないなどと世迷い言を言うじゃろう。しかし今日はこれで別れる」
ワード氏は叔父さんに暇を告げて地上に戻りました。
その後もワード氏は約束通りしばしば霊界旅行を試み、その都度常に快感をもって迎えられましたが、しかし格別重要なる問題には触れず、単に家族への伝言とか、浮世話とかを交換する位のものでした。叔父さんはその間も何やらしきりに深く研究を重ねつつあった模様でしたが、ワード氏には何事も漏らしてはくれませんでした。
が、ワード氏がその戦没せる愛弟の為に叔父さんの援助を乞わねばならぬ重大時期がやがて到着しました。その援助は快く与えられ、それが動機となって、幽界の事情は手に取る如く明瞭に探究さるることになりました。――が、それは後日の問題で、叔父さんによりて為された霊界生活の物語は一先ずここで完結となるのであります。