強直性脊椎炎とHLA-B27

 ASの遺伝に関してこれまでに報告されているデータをいくつか御紹介することにします。まず、HLAについて簡単に説明しておきます。HLA とはヒト白血球抗原の略ですが、実際には白血球のみならず、赤血球など一部の細胞をのぞいたほとんどすべての細胞の表面に存在する分子です。主要なHLA分子は、クラス I と呼ばれるHLA-A, B, C と、クラス II と呼ばれる HLA-DR, DQ, DP の6種類です。人類全体でみると、それぞれに非常に多くの種類が存在し、たとえばHLA-Aには約60種類、HLA-Bには約110種類がすでに知られておりますが、日々新たな種類が発見され、この数字は増え続けています。HLAの遺伝子は第6染色体に存在し、両親から1セットずつの染色体を受け継ぐわけですから、誰でもそれぞれのHLAにつき2種類の蛋白を細胞表面に表しているわけです(図1)。 
HLAの本来の重要な機能の一つは、感染に対する防御と考えられます。すなわち、細菌やウイルスが感染したときにこれらを退治するのは自分自身のリンパ球(白血球の一種)が主役になります。ウイルスに感染した細胞や、細菌を取り込んだ食細胞がこれらの外敵の蛋白を分解し、その一部をHLA分子にくっつけます。リンパ球はHLAにくっついた外敵の短い断片を認識して、感染防御反応の指揮をとるわけです。 HLAにこれほど多くの種類があることは、どのような外敵に対しても対応できるようになるためであると考えることができます。事実、熱帯地方ではマラリアに抵抗性が強いHLA-B53の頻度が高いことが知られています。

図1:HLA遺伝様式の一例

 御承知のように、ASの患者さんにはHLA-B27の頻度が極めて高く、各国を通じてほぼ90 %の患者さんがHLA-B27陽性です。ラップ人、エスキモー、アメリカインディアンのいくつかの種族では一般人口の25-50%がHLA-B27陽性、欧米の白人や中国では数%が陽性ですが、日本人では0.1-0.5%で、世界的にみても一般人口のHLA-B27 陽性率が非常に低い人種です。 
 HLA-B27 とASの発症に関して、すべて欧米のものですが、参考になるデータをいくつかお示ししておきます。 


表1 北部ノルウェーにおけるAS発症率(%)  


男性 女性
HLA-B27陽性 11.1 1.5
HLA-B27陰性 0.2 0.1


 表1は北欧のもので、HLA-B27 陽性の男性は約10%がASを発症するというデータです。しかし、すべてのHLA-B27 陽性者が一様に発症しやすいわけではなく、HLA-B27 陽性者のみを集めてみると、両親あるいは兄弟にAS の患者さんがいる場合は、そうでない方に比べてAS を発症する率が5.6 倍 - 16 倍高くなるという報告があります。また、HLA-B27 陽性の双生児で、一方が AS である場合、もう一方もAS である確率は、一卵性の場合50 %, 二卵性の場合20 % とされています。これらのデータは、AS は単にHLA-B27 のみでなく、ほかの遺伝因子あるいは環境因子も関与することを示します。 また、HLA-B27 陽性の患者さんの御子息の発症の確率を先ほどのデータから考えますと、御子息もHLA-B27 陽性であった場合10 - 20 %, 女性の場合10 % 前後、HLA-B27 陰性であった場合は5 % 以下であろう、とする試算が出されています。ただし、これらはすべて欧米の統計に基くもので、日本におけるこのような統計はおそらくまだないのではないかと思います。  
 HLA-B27 がASの発症にどのようなメカニズムで関わっているかについては、各国の研究者の努力にも関わらず、まだ明らかではなく、いくつかの仮説が検討されております。HLA-B27は、1個から数個のアミノ酸配列の違いにより、いくつかのサブタイプに分けられます。我々は、このサブタイプを区別するためのDNA タイピング法を確立し、日本のAS患者さんたちのHLA-B27サブタイプを決定しました(表2)。


表2:日本人HLA-B27陽性者のB27 サブタイプ     


B*2704 B*2705
AS 14 7
健常 9 2


 日本人では、約2/3がアジア人に多いB*2704、1/3が欧米人に多いB*2705であることがわかりました。また、いずれもASの発症と関連性があることがわかりました。また、日本人の48名のAS患者さんのうち、HLA-B27陰性の方が8名いらっしゃいましたが、そのうち3名がHLA-B39陽性でした。HLA-B39は構造的にHLA-B27と類似したところがあり、特に結合する蛋白分解産物(抗原ペプチド)の構造が類似しています。従って、我々はHLA-B27と結合するものの特性がASの発症に鍵を握るのではないか、と予測して研究を進めています。 

 今後、HLA以外の遺伝因子を見付けることも重要な課題になります。これらの検討によって疾患の本質的な理解が深まれば、治療薬の開発も遠からずなされるものと期待されます。



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