余市川の河口岸で護岸工事があった。GOMI君の情報で子供たちが集まって騒いでいるらしいとのこと。矢じり隊の僕らは黙っていられない。チャリンコで直行。川なのにまるで海のように波が押し寄せていた。子供たちが遊んでいる。以前からこの辺は道端に矢じりや黒曜石(矢じりの材料)が落ちていたので、僕らは「絶対にある!」と確信していた。
近年、その場所から20メートル位離れたところを教育委と先生たちが大きな大きな穴を掘って調査したらしい。もともと余市川右岸の砂丘地帯に発達した縄文都市だったらしく、縄文時代後期(3,800年から3,000年前)から、続縄文時代(2,000年から1,400年前)さらにその後の擦文時代、近世に至るまで2,000の遺構と152万点にのぼる出土品が見つかったらしい。