ポートランド日記                                     スズキメディア

11月3日(土)──95日目


 9時半から始まる教会の英会話にCとバスで行く。今日も、トムさんとイラン人のお医者さんと三人でいろいろ話す。
 米ロの外相の会談の写真が「ニューヨークタイムズ」に載っていて、イランの人がそれを見ながら、「二人とも笑っているけど、心の中では……」と話すと、トムさんが、「シェークスピアの台詞に『Smile, smile, and be a villain.(正確ではないかも)というのがある』と話した。
 トムさんが、「heros and villains(英雄と悪漢)」という言い方があると言う。僕が、「ポパイとブルートですね」と言うと、トムさんには、「子どもの頃見た漫画だ」とうけたが、イランの人は当然怪訝な顔。
 トムさんが、ポパイについて説明を始めるが、そのなかで、「あの漫画は、作者が実際にスピナッチ(ほうれん草)を食べている水兵を見て思いついたんだよ」なんて話も出てくる。
 イランの人が、「ポパイというのは、サンタクロースと同じか」と聞いて、今度は、トムさんが、セントニコラスとサンタクロースの話を始める。イランの人は、「子どもの頃は、クリスマスも、サンタクロースも知らなかった」と話す。

 こんなふうに、三人の話はどこへ転がっていくかわからない。
 イランの人は、70歳だそうだが、今、PSUの英語のクラスに通っている。日本人の学生もいるそうだが、他の学生はほとんど20代だ。当然彼ら、彼女らの話題は、マリッジとデート。それで、イランの人が「デートというのは何だ?」と質問する。
 トムさんは、自分のファストデートの話をする。そこから、それぞれの配偶者との出会いの話になる。イランの人は、親が決めて会ったのだそうだ。「日本でも戦争に負けてアメリカの文化と民主主義が入ってくる前は同じだった」と僕が話す。
 戦争が終わったらアフガニスタンはどうなるだろう(どうすべきだろう)という話では、イランの人が、「以前はイランの領土だったところもあるのだから、この機会に返してもらいたい」なんて言い出す。二人とも笑って、両手のてのひらを上に向ける動作をするしかない。「エエッ?!」と思うが、もしかしたら、イランの人にとっては、日本が北方領土の返還を言うくらい当たり前のことなのかもしれない。話してみないとわからないことはたくさんある。
 アフガニスタンの戦争の話で、「日本は第二次世界大戦でどのくらい死者が出たのか」とトムさんから聞かれた。答えられなかった。教科書や歴史の本のどこかに載っていただろうが、明確には覚えていない。恥ずかしいことだが、日本人は答えられない人は多いんじゃないだろうか。日本で、きちんとした戦争の教育(平和の教育)が行われていない証拠ではないかと思った。
 イランの人が、「300万人だろう」と言っていたが、本当のところはわからない。

 英会話のあと、ダウンタウンの「メイド・イン・オレゴン」へ行ってみる。ここは、オレゴン製のお土産品しか扱っていない店だ。ワイン、Tシャツ、人形、カップ、グラスなど、さまざまな商品がそろっている。ペンデルトーンの毛布もあった。カードとカレンダーを買う。
 オレゴン州の歴史的な場所のハイキングの本「Hiking Oregon's History」と、オレゴン州、ワシントン州、カナダのブリティッシュ・コロンビア州のおいしい店と宿と観光の本「Northwest Budget Ttaveller」の2冊も買った。

 昼は、ダウンタウンの「パスタ・ベローチェ(Pasta Veroce)」というイタリア料理店。レジで注文してお金を払うと番号札をもらって、出来上がると席まで持ってきてくれる方式。これだと、チップを払わなくていい。
 サタデースペシャルが、アーティチョークとチキンのパスタだったので、僕はそれにした。Cはあまりお腹がすいていないというので、トマトのスープのみ。それに、ポップ(コーラとかスプライトのこと。ソーダという英語もあるけど、みんなポップという。アメリカ人はこれがとても好き。たいていこれを飲む)。

パールディストリクトを走る新型のストリートカー アーティチョークは日本ではあまり知られていないが、こちらではポピュラーな野菜。パスタに入れるとおいしい。ここのアーティチョークのパスタもおいしかった。トマトスープのこってりとしたいい味。ハーブが効いていて、二十数年前にイタリアに行ったときによく食べた味だ。
 でも、どの店に行っても思うのは、「今日のスペシャル」といっても、黒板に書いてあるような料理をみんなあまり頼まないこと。日本だと、「特別料理」というと、みんな頼むが、こっちの人は、あまりそうした傾向はないようだ。それに、日本と違って、「今日のスペシャル」といっても、特に値段が安いわけではない。

 ストリートカーでパールディストリクトへ。ポートランドの主なショッピング街は、ダウンタウンのほかは、ホーソン通り、ロイドセンター、ノブヒルと、パールディストリクトで、ここだけまだ行っていなかった。
 どんなところかと思って行ってみたが、レストランやコーヒーショップは多いが(もう昼は食べてしまったので、用はない)、お店は、家具の店が多くて、Cの好きな小物の店はあまりなかった。パールディストリクトは元々倉庫街で、最近、開発が進んで、いろんな店が増えてきたところ。元々アーティストが倉庫を借りて、作品を作ったりしていたので、ギャラリーなんかが多い。
 コーヒーショップで時間をつぶしたりしながら、ギャラリーを冷やかして散策を楽しむのにはいいが、僕らのように、小物やお土産を求めてというのには合わないようだ。
 最後に寄った、ワインと調理用品の店は、テーブルとカウンターがあって、ワインの試飲とそれに合わせた料理を食べることができる。料金は払うのかなど、システムはよくわからなかったが、面白い店があるものだ。
パールディストリクトを走る旧式の路面電車 調理用品は、アスパラガスをつかむ器具とか、個別の目的に特化したものがたくさんある。日本なら、菜箸で何でもすませてしまうのが、アメリカではいくつもの器具が必要になる。

 帰りは、ちょうど来た旧式のストリートカーで帰った。土日だけ特別に走っているそうだ。新しいストリートカーは二両連結だが、旧式は一両、内装は木で、座席も籐製だ。いつ頃のものか車掌さんに聞いてみたら、「これは1903年当時のトロリーのレプリカで、10年くらいたつ」と言っていた。車掌さんが、昔風の制服を着ていて、お年寄りなのも面白い。


次を読む前に戻る目次表紙