「なんだか、すごいことになってきたね」
俺が苦笑しつつ言うと、千鶴さんは俯き加減のまま
こっちを見た。
「さっき刑事の人も言ってたけど、巧妙に仕込まれた
子供なんて、渚カヲルくんだけの話かと思ってたよ」
「……」
少しでも気分を紛らせようと、俺はくだらないこと
を喋ったが、逆効果だったらしい。
「…そのうち、調査がもう少し進んだら、詳しい話を
してもらえるということでしたけど」
「そのうちっていつなんだろ。殺人事件だとしたら、
きっと犯人が捕まってからだろうな」
俺は両手を頭の後ろに回し、空を見上げた。
「…でしょうね」
千鶴さんは遠くを見るような目でポツリと応えた。
少し間を置き、
「…あの、耕一さん」
千鶴さんが俺の名を呼んだ。
「え?」
「自首するなら……今のうちですよ」
千鶴さんはポツリと呟いた。
ぢ、千鶴さ〜ん! いくら俺が親父を憎んでいたか
らって、それは酷すぎるぅ!
俺は千鶴さんの部屋へ行ってみた。
「千鶴さん、いる?」
コンコンとドアを何度かノックしたが、なんの返事
もない。
「千鶴さん?」
そっとドアを開けて中を覗いて見たが、やはり千鶴
さんはいなかった。
部屋の中は綺麗に黒塗りされていて、圧迫感が漂っ
ていた。
インテリアや小物類も全体的に黒魔術的な物が多く
千鶴さんの魔的なイメージを象徴している。
変な匂いがする。…鶏の血の匂いだ。
その匂いに誘われるかのように、中へ入ってみたい
という誘惑にも駆られたが、バレたら殺されるのが目
に見えていたので、それは止めた。
「もともと分業化されている人間の脳は、眠っている
とき、ばらばらにその活動を休止するそうなんです。
たとえば…」
彼女の人差し指が、俺の頭の右側をちょんと押す。
「記憶の脳だけが起きているときは、ふと過去の夢を
見たり…」
その指が少し上にずれる。
ちょっぴり気持ちよかった。
「視覚をつかさどっている脳だけが起きてるときは、
断片的で脈略のない映像が浮かぶんです」
普段はぽーっとしている千鶴さんの瞳がインテリな
輝きを放っているような気がした。
学の差がそう感じさせるのか、たった3つしか違わ
ない千鶴さんが、随分と先輩じみて見える。
こくこく。
その先輩じゃないってば…。