楓ちゃんの部屋からそんな声が聞こえ、俺はそこで
立ち止まった。
声は千鶴さんのものだった。
なんだ千鶴さん、楓ちゃんの部屋にいたのか。
ノックしようと、握った手を持ち上げる。
だが…。
「今日、生理が来たわ」
そんな千鶴さんの声を聞き、俺は思わず、その手を
止めてしまった。
いけないことだと承知の上で、聞き耳を立てる。
「…私は、全然平気。だって、今までだって、さんざ
ん同じような生理がきたの。でもね、ただひとつだけ
つらかったのは…」
千鶴さんは声を落とした。
「…たまたま、そのときそこに、耕一さんがいたこと
なの。できれば耕一さんには、この事は知って欲しく
なかった…」
えっ!?
「…耕一さん、あのとおり朝立ちする人だから、『生
理中だったら妊娠はしないよ』って言って、きっと夜
這いをしにくると思うの。…彼、たまってるのよ」
夜這い!?
俺が!?(笑)
それにしても千鶴さん、あのとき俺に『妹たちには
まだ話さないで下さい』とかなんとか言ったくせに、
自分からペラペラと喋っちゃってるじゃないか。
とくに楓ちゃんには言わないで欲しいような口振り
だったくせに…。
俺はそのことも含めて言ってやろうと思い、握った
手でノックを…。
「…多分、あの警察官は、私に気があるんだと思う。
はっきりとは言わなかったけど、刑事さんの目がね、
『あなたは美人ですね?』って、そう言ってたの。
ああ、もてる女ってつらいわ……」
限度を超えた嘘の言葉を聞き、結局俺はドアをノッ
クすることができなかった。
握った手を持ち上げたまま、止まってしまった。
やはり、偽善者……(笑)。
「とにかく耕一さんが、あなたのこと気にしてるのは
間違いないわ。…梓や初音みたいに笑えないというの
なら、無理して笑わなくたっていい。…でもせめて、
せめてもう少し、耕一さんの側にいる時間を多くして
欲しいの」
「……」
「…耕一さんね、あなたに嫌われてると思っているみ
たいなの。…本当はそんなことないんでしょう?」
わずかな空白の後、千鶴さんは叫んだ。
「楓!! 私がまじめに話してるのに、どうして寝る
の?!」
バシッ、バシッ!!
部屋の中からけたたましい音が聞こえてきた。音か
ら想像すると、どうやら千鶴さんの平手打ちらしい。
さらに、わずかな空白の後、千鶴さんは言った。
「…そうよね、だったら、姉さんの言うとおりにして
くれるわよね? …うん、いい子ね、楓」
……。
俺は、聞いてはいけないやり取りを聞いてしまった
ような気がした(笑)