身体のしくみからみる食性

人の体は不思議だ。使うものはどんどん発達し、使わないものは退化していく。だが、たとえ退化し今はなくなったかに見えても、そのなごりは残り、そこから本来の姿が垣間見えてくる。ヒトの身体は何を求めているのだろうか。ここでは、歯とあご、そして消化酵素からヒトの食性を考えてみる。

歯とあご

動物によって歯の数と形はさまざまであり、さらに生きるための進化に応じて、その形態は変化している。
動物の歯の形は食べるものによって形が進化しており、動物の肉を食べるものは鋭く大きな犬歯(キバ)があり、植物を食べるものはそれをすりつぶしやすいようにに大きな臼歯を持っている。
食べ物を噛む力はあごの間接位置からも左右される。これはテコの原理と同じで歯の交合面よりもあごの間接が高い位置にあるほど噛む力は強くなる。一般に草食動物が肉食動物よりもあごの間接位置が高くなっている。肉のほうが固いような気がするが、実際には植物のほうが固く、噛む力が必要になる。

歯とあごを見れば食べ物がわかる

歯は門歯(前歯)、犬歯、臼歯の3種類あるが、それらの歯の形と大きさは食べるものにより役割が変化する。

食肉目

ネコ科ライオン−鋭くとがった犬歯(キバ)と裂肉歯と呼ばれる尖った臼歯を持ち、この臼歯で大きな肉を噛み切った後、飲み込む。

ハイエナ科−ハイエナはライオンが食べ残す大きな骨までも砕いて食べることができる。これは骨砕歯と呼ばれる鋭く尖った臼歯を持っているからで、さらにそれを支えるあごもネコ科の動物よりも間接が高い位置にあることで噛む力が強くなっている。

偶蹄目

ウシ科 −犬歯は退化していて、ギザギザになった大きな臼歯を左右にかすことで草をすりつぶしている。

霊長目

オナガザル科ヒヒ−ヒトよりも発達した犬歯を持ち、これは固い木の実などを割って食べる時に役立つ。奥にある臼歯ですりつぶした後、飲み込む。

ヒト科ヒト −ヒヒのように鋭くはないが糸きり歯と呼ばれる犬歯を持っている。そしてヒヒと同じく奥にある臼歯で食べ物をすりつぶし 飲み込んでいる。あごの関節位置を見ると草食動物と同じくらいの位置にあるので植物食といえるが、ヒトはまだ退化していない犬歯を持っている。これがヒトは雑食と言われる所以なのだろう。

ヒトの歯の数

上記から歯の形態と役割は動物によってかなりちがってくることがわかり、さらに進化に合わせて歯の本数、形態も変化してきた。ヒトの歯の総数(32本)に対して肉を食べる犬歯の数は4本でその割合は全体の約1割。そして果物、野菜などをかじる時に必要な前歯は8本で3割、穀物をすりつぶすための臼歯は20本で約6割となっている。この割合がヒトの食性を考える時、大きな関わりを持つことは間違いないだろう。

 

消化酵素

ヒトの3大栄養素は炭水化物(糖質)、蛋白質、脂質である。これらは身体の中の各器官から出る消化酵素により分解され、腸において消化吸収されエネルギーに変えられる。動物により食べ物が違うことから必然的に消化酵素の種類や量は違ってくる。ヒトの消化酵素の働きを見てみると必要な食物の優先順位が見えてくる。

炭水化物

器官

消化の過程

第一段階

口腔

唾液中にはでんぷんを分解する消化酵素唾液アミラーゼがあり、ここででんぷんが一部加水分解される。

第二段階

小腸

分解しきれなかったでんぷんは膵液アミラーゼにより消化され、デキストリンを経て、二糖類の麦芽糖まで分解される。その後、小腸粘膜にある微絨毛へ移行し小腸粘膜上皮細胞にある膜酵素と呼ばれる消化酵素(マルターゼ、スクラーゼ、ガラクターゼなど)により最終的な膜消化が行われる。膜消化により二糖類は単糖類に分解され、上皮細胞内毛細血管に入り吸収される。

ちなみに、ライオンやトラなどネコ科の肉食動物はでんぷんを摂取することがないので、アミラーゼを持っていなく、家庭で飼われている犬やネコも元来、肉食性なのでアミラーゼをもっていない。

蛋白質

器官

消化の過程

第一段階

胃液中の蛋白質分解酵素ペプシンにより粗く分解される。

第二段階

小腸

膵液中のトリプシン、キモトリプシンにより細かく分解された後、小腸粘膜の微絨毛へ移行し小腸粘膜上皮にある膜酵素(カルボキシペプチターゼ、アミノペプチターゼ、ジペプチターゼなど)によって、膜消化され一つ一つのアミノ酸に分解される。分解されたアミノ酸は上皮細胞内毛細血管より吸収される。

脂質

器官

消化の過程

第一段階

小腸

十二指腸で胆汁と混和し、十分に乳化されて消化酵素の作用を受けやすくしてから膵液中の脂肪分解酵素ステプシン(膵液リパーゼ)によって分解される。分解されてできたグリセリン、脂肪酸などは小腸粘膜上皮細胞へ取り込まれ、再び中性脂肪を合成し血液に可溶なリポ蛋白質をつくり、上皮細胞すぐ下にあるリンパ管を経由し血液中に入る。一部の脂肪酸、グリセリンは小腸上皮の毛細血管から門脈を経て肝臓へ運ばれる。

身体は何を必要としているのか

上記の表から炭水化物、蛋白質が二段階の消化の過程を踏んで吸収されるのに対し、脂質はたった一段階のみで消化と吸収が行われていることがわかる。このことを島田氏は「人体の機能は通常の生活では若干の余裕があるように造られてはいるが、必要のないものまで持っていることはない。アミラーゼの分泌が身体の二つの部位から、また、食物の通過時間にズレをを持たせて行われていることは、澱粉がヒトにとって非常に大きな意味を持ったものであることを示しているものといえよう。これに対し、脂肪を分解するリパーゼは膵液中に分泌される。(中略)脂肪を分解する酵素に触れるチャンスは一度しかなく、その一度のチャンスによって、分解できる程度以上に脂肪を摂取することは、ヒトにとって無意味であるばかりではなく、有害でもある。」と言っている。

脂肪と死亡・・・

脂肪過剰摂取の害は死因と死亡率の国際比較の表を見ても明らかなように、日本も含めて諸外国の悪性新生物の死亡率の高さは脂肪の摂取量に常に比例している。日本人の死因と死亡率の推移の表からも栄養摂取の変化に伴って死因が変化している。ここまで脂肪の摂取が高くなった原因はやはり肉類などの動物性脂肪の摂取とそれ以上に食卓に増えた揚げ物、炒め物に使用する油が増えたことが原因だ。今の食事は大切な炭水化物が減って、脂肪ばかりが増えている。おいしさの前で理性は麻痺しつづけるのだろうか

年齢と共に減少する消化酵素ラクターゼ

母乳、牛乳に含まれるラクトース(乳糖)を分解するラクターゼが一番多く分泌されるのは乳児期から離乳期にかけてである。ラクターゼは乳児のみに必要な消化酵素であって哺乳動物一般についてみても離乳期以後はラクターゼの分泌が停止されている。ヒトにおいても黄色人種、黒色人種の大多数はラクターゼを分泌していないが、白人においては成人に達してもなおラクターゼを分泌している人が多い。牛乳を飲んで下痢や腹痛を起こすことを乳糖不耐症と言うが、実際、世界人口の中でラクターゼを分泌している人の方がずっと少ない。このことを考えると、乳糖不耐症という言い方よりも島田氏が言うように、「ラクターゼ分泌継続症」と名づけた方がいいのだろう。そして興味深いのはこの乳糖不耐症が食中毒と似たような症状を呈することだ。島田氏の「下痢や嘔吐は、体内に入ってしまった不適切なものを、できるだけ早く、体外に排出しようとする働きで、生体の防御機構の一つである。これほど多くの人に症状が出ているのに、それには目をつぶって、なお摂取することが推奨されているような食品は、牛乳以外にはない。」との指摘に私たち日本人が戦前まではカルシウム補給として牛乳を必要としなかったことをあらためて思い出す。牛乳=カルシウム補給というのは広く認知されているが、どれほどの日本人にとって実際にカルシウム補給になっているのかは今や疑問だ。今の栄養学はあまりにも栄養素を前面に出しすぎるため、栄養素ごとに食品を摂るような風潮になっている。牛乳はこの最たるものだろう。では、日本人にとって牛乳の代わりに何をとればいいのか?と言われる方もいるかもしれない。カルシウムが多い食品は他にもたくさんあるが、一つずつの食品をピックアップして摂取することよりもトータルとしての日本人の食生活を見つめ直す方が身体にとってもカルシウムの補給としても一番いい方法なのではないか。そのことについては実践編もまた参考にしてほしい。


参考文献
食と健康を地理からみると 島田彰夫著 農文協
からだの歴史 黒田弘行著 農文協
食の歴史 〃 〃
標準原色図鑑全集/第19巻「動物T」 林壽郎 保育社
〃 /第20巻「動物U」 〃 〃