1998年9月30日 ホーチミン〜ハノイ

8時に目が覚める。ベランダに出てタバコをくわえながら下の通りを見るともうイ君の姿が見える。友人たちとしゃべっているようでこちらには気が付かない。大声を出してもバイクなどの騒音でかき消されてしまうと思い、しばらく町並みを眺めているとイ君が私に気づき口笛を鳴らした。

 9時に支度を終え、荷物を抱えてフロントでチェックアウト。4泊なので40ドル払う。荷物とパスポートは2時半まで預かってもらう。

 イ君とその友人たちとカフェ・ダーを飲む。例の日本語を勉強中の彼は、2年後に仙台に勉強しに来るそうだ。仙台に友人がいるらしい。恵まれた環境のようだ。

 9時半。イ君と2時半にホテルの前で待ち合わせということをきちんと確認して、一人でおみやげを買うためにドン・コイ通りDong Khoiへ向かって歩き始める。別れ際にイ君は、今日は雨が降りそうだからとビニールの合羽をくれた。

 レ・ロイ通りLe Loiとグエン・フエ通りNguyen Hueの交差点の広場で何かの撮影現場を目撃。といってもスタッフは二人だし、新郎新婦(役の人?)を撮っているだけだ。ドン・コイ通りDong Khoiに着きセラドン・グリーンCeladon Green、ナム・カーNam Kha、オーセンティックAuthentiqueなどでちょっとだけ買い物。これらの店はたいていオーナーはフランス人かフランス系ベトナム人で、自分たちがデザインした商品をベトナム人に作らせ外国人観光客に売ったり、輸出したりしている。

 その近所の道ばたですげ笠をかぶったベトナム人女性がおみやげ用のTシャツを売っている。ホーチミンおじさんのTシャツを買おうと思っていたので、聞いてみるとちゃんとサイズもあるという。こういうものはフリーサイズだけだと思っていた。1枚2ドルだそうだ。めちゃくちゃ安いと思ったがもうベトナムも4日目なので、4枚買うから6ドルにしてくれといってみる。すると彼女は、1枚だけ用意してある薄くてぼろぼろのTシャツを見せて、ほら比べてみろ材質が違うよだから2ドルは譲れない、というようなことをベトナム語で言う。それは残念だという感じで立ち去ろうとすると7ドルならどうだというので、4枚買う。

 アンティークの時計屋ものぞいたが、2万円ぐらいするので買わない。ぶらぶらしていると激しいスコール。さっそくイ君に貰った合羽が役に立った。こんな合羽を着て歩いている観光客なんか他に一人もいない。

 合羽を着たままメイド・イン・ベトナムという店やMGデコラシオンMGDecorationなんかも覗く。レ・ユアン通りLe Duanを動植物園方向に歩き左手にあるホームゾーンHOMEZONEも覗く。いずれも観光客または現地在住外国人向けのお店。こうして一人で日本で下調べをしていた店を見て回っていると、これは半日だからなかなか楽しいが4,5日となると耐えられないなと思う。イ君の誘いを断らなくてよかったと思う。

 

 レ・ユアン通りを右折するとトン・ドゥック・タン通りTon Duc Thangだ。ここを歩いていると白いアオザイの高校生たちがたくさんいた。ちょうど下校時間だったのだ。

 あっという間に時間がたち2時20分にホテルの前でイ君と会う。朝から何も食べていないことに気づき、ブイ・ヴィエン通りでフォー・ボーを食べる。バイクで空港まで送ってもらう。大きい荷物はイ君が足で挟む格好だ。

 別れるときに感謝の気持ちとして20ドルのチップをあげる(彼は別に要求してこなかった)。many many アリガトといわれる。

 空港は国内線だったせいもあり何も問題なく搭乗ロビーまで行けた。でも搭乗手続きの際に並んでいるとベトナム人がどんどん割り込んでくるので、負けじと肘でおっさんの顎を押さえて強引にチケットを差し出す必要はあった。日本人らしき人は2,3人しかいない。白人も4,5人で残りの30人くらいがベトナム人。4時半の搭乗時間までは、ガイドブックでハノイの知識を入れる。ロビーにあるテレビではサッカー中継をしており、釘付けになって見入っている10人ほどのベトナム人で盛り上がっている。

 4時半になりロビーから移動バスに乗ろうとすると、青いアオザイのスチュワーデスに止められる。他にベトナム人のおじさんも止められる。二人とも荷物が大きすぎるので機内には持ち込めないとのこと。搭乗手続きの段階で言ってくれよ。国際線規格サイズは、当然国内線ではダメなのだった。だが、おみやげ用の陶器も入っているので困っていた。すでに他の乗客はバスに乗り込んで待っている状態だ。だがそのおじさんがものすごい剣幕で主張したら、二人ともOKになった。

 ハノイのノイ・バイ空港には予定通り6時半に着いた。もう日は暮れていた。空港から市内まではエア・ポートバスなら4ドル。タクシーだとおそらく10ドル以上かかるので、当然エア・ポートバスで行こうと思っているとタクシーの運ちゃん(これまた彼だけが空港の中に入ってきていた)が10ドルでどうだと言ってくる。無視してバスのチケットカウンターへ行くと、バスは市の中心部までしか行かないしもう暗くて危ないからタクシーにした方がいい、とチケットを売ってくれない。なんだかよくわからないがバスのチケットは直接バスでも買えるとガイドに書いてあったので、ちょっと腹を立てながら出ようとすると、タクシーの運ちゃんが、わかった5ドルでいいと言ってきた。本当にここから市内まで5ドルなんだなと確認をとって、タクシーに乗る。運ちゃんはちょっと待っててくれと言ってどこかへ行ってしまう。

 空港から市内までは高速道路を使うし40分はかかるとガイドにあったので、これは安すぎるのではないかと不安に思って後部座席で待っていると、ガタイのいい二人のベトナム人のおじさんを連れて運ちゃんが戻ってきた。乗り合いということかなと思いつつも、3人とも愛想が悪いのでかなり不安だ。走り出すと3人でベトナム語で話し始め私のことは完全に無視。時間を長く感じる。もう高速は降りたはずなのにあたりは寂れていて、しかも真っ暗で人があまり見あたらない。ろくに見えもしないのにガイドブックの地図と通りの名前を大げさに見比べて、今どこを走ってるのかちゃんとわかっているというフリをする。

 人気のない陸橋付近にさしかかった頃、いよいよこの辺で身ぐるみはがされるのかと思い、鞄の中でボールペンを握る手に力が入る。だが車は止まらない。運ちゃんがホテル決まってないならここはどうだ、とホテルのネームカードをくれる。VIET NHATと書いてある。ベトナムと日本という意味だ、安いよというのでとりあえず行ってもらうことにする。

 ホテルの前に着く。ずいぶん立派なヨーロッパ風の建物で玄関にはVIJACO HOTELと書いてある。なんだかよくわからないが運ちゃんがフロントに行ってきなというのでタクシーのトランクに荷物を預けたままフロントへ。ロビーまでシックな作りでこれは高そうだ。フロントの兄ちゃんは流ちょうな英語で、いくらぐらいが希望なのか聞いてくるので10ドルというと、他の従業員が失笑しここは30ドルからだよという。じゃあね、とタクシーのところへ戻ると最初の兄ちゃんが10ドルでいいよと言ってきた。これはちょっと信じられなかったので地図を出してホテルの場所を書き込んで貰う。旧市街のあたりに印を付けたので、それならベストだった。湖までは徒歩で5分だという。もちろん念のため部屋も見せてもらう。3階の角部屋でテレビ冷蔵庫エアコン温水シャワー付きでベッドも洋風のが二つで清潔感もたっぷり。エアコンもホーチミンのホテルの小さいタイプじゃなくて富士通の日本でもよく見かけるサイズのものだ。好条件だ。ここに決めた。フロントへ戻りタクシーの運ちゃんに5ドル札を渡すとすんなり受け取った。ただの親切な運ちゃんだった。さっきまでの緊張は何だったんだ。

 フロントの兄ちゃんは鞄を部屋まで運んでくれた。パスポートを預けるのは義務のようだ。もう8時ぐらいだがホアンキエム湖まで歩いてみることにする。2分ぐらい南の方へ下ると電車の高架がある。まてよ。さっきの地図だと線路より南のはずなのに。これが落とし穴か。だが他の条件はすばらしいから良しとする。

 さらに南へ。道幅はホーチミンより狭く建物も低いのでより庶民的で中国色が強い。しかし夜に新しい街に着くとぱっと見て得られる情報がかなり少ないので、まだ不安だ。こういうときに日本人の観光客と出会ったら思わず声をかけたくもなるだろうなと、考えながら歩いていると進行方向で日本人の女性二人がこちらに手を振っている。

 ホーチミンですれ違ったO氏の姉とその友達だった。彼女たちは、昨日ハノイに着いたのだという。水上人形劇の9時15分からの回を見る予定で、時間があるのでぶらぶらしていたところだったという。水上人形劇は楽しみにしていたのでご一緒させて貰うことにする。チケットを買いにホアンキエム湖まで連れていってもらう(劇場は湖畔にある)。

 上演時間まで湖畔のレストランでお茶しながら談笑。さっきまでの緊張感とは対照に気が緩む。人形劇は入場料4ドルで扇子とカセットテープ付き。客の大半はフランス人だった。水上人形劇というのはその名の通り水上で人形たちが古典劇を演じるというもの。舞台の下手(左側)でのベトナム民族楽器の演奏や歌、台詞と人形が微妙にリズムをとりながら展開していく。人形を操作する人は幕の奥にいるので全く見えない。人形の動きや仕組みはとてもプリミティブで、そのためかわいらしく感じる。演奏者は常に人形の動きを見てリズムを暫時変えている。また人形たちが登場する前のダンバウという弦楽器のソロがすばらしいと聞いていたが期待を裏切らない。何かの音色に似ていると思ったら、意外なことにテレミンという電子楽器だった。どちらの楽器も微妙なビブラートを利かせることができ、か細い女性の声にも似ている。

 水上人形劇を満喫したあと、彼女たちの予定を聞くと明日は電車でハイ・フォン、明後日は夜に帰国なのでその昼12時にタン・ロン水上人形劇場の前で待ち合わせて別れる。VIJACO hotelまで、時間をはかりながら歩くとやはり15分はかかる。フロントには例の兄ちゃんがいないので別のボーイに彼はうそつきだね、という。ちょっとよくわからないという顔をしているのでさっきの地図を出して線路より北じゃないかというと笑って訂正した。湖まで15分かかったというと、それはずいぶん歩くのが遅いねといってまた笑う。悪気があるんだかないんだかよくわからない。

 が、部屋に戻ってガイドブックを見ているとまたしてもこのVIJACO hotelが載っていた。そこには30ドルから、と書いてある。いくらシーズンオフとはいえ彼は本当にかなりの値引きをしてくれていたのだ。しかもタイ湖にはかなり近いところにある。タイ湖とホアンキエム湖を勘違いしただけかもしれない。明日、機会があったらちゃんと感謝しよう。

 窓からホテルの裏通りを見ると路上にフォー屋がある。母娘でやっているようだ。11時頃に最後の客がいなくなり、それからその親子が自分たちで食事をし、12頃から片づけを始めた。水道があるわけではないのでお皿などはバケツに張った水で洗っている。裸電球は壁の向こうの家から借りているようだ。客は食い散らかすので片づけには結構時るみたいだ。休みなく働いているのに1時を過ぎてもまだ終わっていない。片づけの様子を最後まで見ていたかったが先に眠くなってしまった。どこへ帰るのだろうか。