2004年01月

ラッシュライフ(伊坂幸太郎) 半落ち(横山秀夫)
卵の緒(瀬尾まいこ) 笑う招き猫(山本幸久)
瑠璃の翼(山之口洋) 都市伝説セピア(朱川湊人)
看守眼(横山秀夫) 蹴りたい背中(綿矢りさ)
興奮(ディック・フランシス) 裂けた瞳(高田侑)
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ラッシュライフ

著者伊坂幸太郎
出版(判型)新潮社
出版年月2002.7
ISBN(価格)4-10-602770-4(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★★

仙台。何もかもを金で買おうとする男の物語、失業中の男の物語、プロの空き巣の物語、修復不可能な夫婦の物語、そしてバラバラ死体。すべての物語が平行して走りながらそして一点へ・・・。

あまりにバラバラな物語、それをここまで見事に繋げたところに感動。最後まで読んで、タイトルの意味が生きてくる。あちこちの伏線が鮮やかに浮かび上がってくる。そんな感動をしたい人には是非是非おすすめ。もう一度読み直したくなりました。ただ、その手腕はともかく、全体のストーリーとしてどことなく中途半端さを感じてしまうのは、やはりこの後の伊坂作品を読んでしまったからなのでしょう。『アヒルと鴨とコインロッカー』の感想に書きましたが、やはりこの人確実に巧くなってると思うんですよね。ただ、ちょこちょこと伊坂作品メンバーが顔を出しているために、原点を感じる本作品、確かにこれは読んでおかないとな本でした。

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半落ち

著者横山秀夫
出版(判型)講談社
出版年月2002.9
ISBN(価格)4-06-211439-9(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★★

現役警部の梶が、妻を殺したと自首してきた。県警を襲った大激震に、かつて「落としの志木」として名をはせた指導官が取調にあたることになった。自首してきたものの、妻を殺してから自首するまでの2日間については何もしゃべらないというのだ。空白の2日間には何が?そして梶は何を隠しているのか?

去年、ものすごい評判を取った横山秀夫の代表作。が、こちらもその後面白い横山作品をいくつも読んでしまったがために、私としては微妙な評価です。この人も書く毎に巧くなるタイプなのかも。というのも、ストーリーとしては面白いと思うのですが、私はこの視点の変わり方になじめなかったんですよね。結局ここまで視点を変えたことに、ストーリー的にはあまり意味はなかったんじゃないかと最後まで読んで思ったのですが、皆さんはいかがでしたでしょうか。いや、単に志木が最後まで落としのテクニックを駆使してくれるという期待が裏切られたのが気に入らなかっただけかも(^^;。映画も公開されてますが、脚本化にあたってどういう視点で描かれているのか、興味があります。

<以下、ネタバレの危険がありますので、未読の方ご注意を>この作品、ストーリーの善し悪しとは関係なく直木賞選考でゴタゴタしたことでも有名。その問題の選評自体がネタバレということで、読むまで何が問題とされていたのかも知らなかったのですが、読んでも結局何が問題なのかわからず、ネットで探してみたのです。結果、「えーそんなことだったの?」と思った次第。前例が無い(判例も無いんですよね?)ということは、絶対にできないわけじゃないと思うのですが。実際このゴタゴタのお陰?で、検討する動きもでてきたという話も出てました。本の中にも出てますが、「できるかどうか」よりも「受ける側の精神的な問題」もあるかと思いますし、結果次第では人の生死に関わることなので、逆にこういうことでも注目を浴びたのは、(この本にとってではなく、その制度にとって)良かったのでは。

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卵の緒

著者瀬尾まいこ
出版(判型)マガジンハウス
出版年月2002.11
ISBN(価格)4-8387-1388-6(\1400)【amazon】【bk1
評価★★★★★

僕は捨て子だ。何しろ家にはどの家にもある「へその緒」が無い。お母さんにへそのを見せて、と言ったら、卵の殻が入った箱を出してきた。でも母は平然と言う。「親子の証なんて、物質じゃないから目に見えないのよ」と。

家族であることっていうのは、フシギな繋がりです。夫婦には血の繋がりはないけど、親子には血のつながりがあって、兄弟姉妹にも血のつながりがある。血縁とは、そして家族とは何か、という非常に難しい問題を、ドロドロでもなく、湿っぽい感じでもなく、こんな風に感動的に描けるのってすごい。この著者、私と同い年なんです(多分学年は一緒じゃないかと)。なんだかそんな風に思えません。『図書館の神様』のときに感じた、難しいテーマをさらりと、という感覚はこの作品でも十分にあって、「さらり」と書かれているのに、深い感動を呼ぶ手腕。すばらしいですね。すっかりファンになってしまいました。というわけで、新年第1弾の★5つです。おすすめ。

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笑う招き猫

著者山本幸久
出版(判型)集英社
出版年月2004.1
ISBN(価格)4-08-774681-X(\1500)【amazon】【bk1
評価★★★★

180センチの長身を誇るヒトミ、豆タンクとあだ名されるアカコの「アカコとヒトミ」は漫才コンビ。一生舞台で漫才をやりたいと思う彼女たち、あるプロダクションの男に見いだされ、シアターQで漫才をすることになったが・・・。

漫才コンビの成長物語。今でこそ関東で漫才が見られる、というのも珍しくなくなりましたが、やはり漫才は上方のものですよね。大学の頃、関西から来た友人たちは、「実家では見られたお笑い番組がないのがつらい」と言ってました。しかし東京でもこのところ急激に若手漫才師が増えて、しかもそういう人たちが出られる受け皿番組みたいなものも増えた(でも漫才そのものをやる番組はまだ少ないかなあ)し、爆笑問題や品川庄司を例に出すまでもなく、いわゆる標準語で漫才する人も多くなりました。だからこそ生まれたとも言えるこの作品。一生舞台に立つ漫才師を目指す女の子2人。しかしそこにもいろいろ葛藤があり、もちろん笑いもあり、感動もあり。テンポの良い小説でした。ただもう一つ★をつけるには、全体として少しできすぎかなーという印象。次の作品に期待です。

全然関係ありませんが、ダウンタウンの漫才が面白かったと相方はいうのです。最近は彼らが漫才することもなくなってしまいましたが、私も見たいなあ。

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瑠璃の翼

著者山之口洋 瑠璃の翼
出版(判型)文藝春秋
出版年月2003.1
ISBN(価格)4-16-322520-X(\1905)【amazon】【bk1
評価★★★

空のエリートたちが集う稲妻戦隊は、日ソ両軍が激しく激突していたノモンハンにいた。無理な作戦に、無理解な上層部。空からの援護は日本軍を守れるのか。

うーん、この主人公の野口雄二郎氏は実在の人物な上に著者のおじいさんだそう。そのせいなのか、客観的であろうとして小説としては失敗してしまった、という印象が強いです。小説というよりも、教科書やレポートを読んでいるような気分でした。どんな大事件も、例えば織田信長の人生でも、それを小説にするには多少の脚色は必要でしょうし、小説としての山場、対立構造みないなものは不可欠だと思うんですよね。それを史実に忠実であろうとしすぎて、平坦な印象を与えてしまっている気がします。思い切って、モデルだけをとって架空の事件なんかにしたらよかったんじゃないかしらん。歴史書好きな方にはおすすめかも。

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都市伝説セピア

著者朱川湊人
出版(判型)文藝春秋
出版年月2003.9
ISBN(価格)4-16-322210-3(\1571)【amazon】【bk1
評価★★★★

華やかな都市の影に現れる妖しい物語。そんな伝説を題材とする短編ホラー集

読みやすいかったし、ホラーらしいオチに満足。「世にも奇妙な」的なイヤーなラストが好きな方にはたまらないのでは。一方「昨日公園」や「月の石」は良い話、と言える暖かいラストでした。私の中では見せ物小屋の氷づけカッパの正体がみえる「アイスマン」がお気に入りです。全体としてホラー短編集としては水準以上と言えるもので、一気読みしてしまいました。おすすめ。

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看守眼

著者横山秀夫 看守眼
出版(判型)新潮社
出版年月2004.1
ISBN(価格)4-10-465401-9(\1700)【amazon】【bk1
評価★★★☆

横山秀夫らしい、様々な職業の頑張っている人々にスポットをあてた短編集。記者から整理班に移動した男を描いた「静かな家」はさすがのリアリティだったと思います。ただ、少しマンネリの匂いもしなくもないという感じ。私がもともと登場人物に肩入れできない短編があまり好きではないということもありますが、せめて連作、できれば長編が読みたいなあと思います。

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蹴りたい背中

著者綿矢りさ
出版(判型)河出書房新社
出版年月2003.8
ISBN(価格)4-309-01570-0(\1000)【amazon】【bk1
評価★★★★

「5人で1班つくれ」。そんな先生の無情な指示に余り物になってしまったハツ。同時に余った「にな川」に複雑な感情を持つ。

前作『インストール』に比べて、不思議感というか、妙に力の入った感じが無くなったような気がします。今度の作品は、もう少し私の理解できる範疇。女の子っぽい主人公、学校らしい学校。ほんと、この群れて仲間を作る、という行動は、学校は小さい社会であるという言葉を非常に表している気がします。しかも私はこの仲間を作る、それに合わせることが出来ない人間なので、この主人公とは少し違うけど、この視線というのは共感できるものでした。恐らくどんな人もこの感覚は持ってると思うのですが、社会性とか協調性がそれを中和してるんだと思うんですよね。私にはどうもそいつが欠けてるようです。

このところの文芸小説は読みやすさ第一。私の中でもそのランクは上です。どこが、とは言えないのですが非常に読みにくい、入りにくい文章ってありますよね。私の場合、読みながら読んでるんじゃなくて、小説の中に入り込んでる作品が良い作品です。彼女の場合はそこは既にクリアしてると思うんです。今後もこの微妙に嫌な主人公で、面白い作品を書いて貰いたいです。

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興奮

著者ディック・フランシス
出版(判型)ハヤカワ文庫
出版年月1976.4
ISBN(価格)4-15-070701-4(\680)【amazon】【bk1
評価★★★★☆

オーストラリアで馬の生産に携わるダニエル・ロークのところで、ある紳士が訪ねてきた。このところイギリスの障害レースで興奮剤投与の疑いのある馬が何頭か出ているという。しかしレース後の検査には全くひっかからない。一体何が行われているのかを調査して欲しいという。イギリスの競馬界では知られていない、かつ馬に詳しい人間が必要なのだと。迷ったダニエルだったが、結局仕事の魅力に抗えずにイギリスへと向かう。

初めて読んだディック・フランシスの競馬シリーズ。特に評判の良い『興奮』を手にとってみたのですが、その選択は間違いなかったようです。特に不正の真相が見え始めてから、相手に悟られずにその詳細を暴こうとするクライマックスの部分は、正に題名の「興奮」そのもの。真相とも言える「謎の穴馬生成法」は競馬をやる人なら最初のほうでみえるんじゃないかと思うのですが、それでもそれをどう暴き、追いつめるか、の部分が見事なジェットコースターぶりですね。これは続けて別のも読んでみよう、と思える作品。鬼門だと思っていた菊池光氏の翻訳も問題ありませんでした(菊池氏の他の翻訳作品は元が悪かったのかも?)。次はどれがいいかな〜と言っていたら、相方、作品リストを見ながら「おまえなら『大穴』だろ」(言うまでもなく私は穴党。常に穴狙い)。やっぱりそうか。最初タイトルだけ見たとき、これと大穴と迷ったんですよね・・・。できれば競馬に関わっていた人の話よりも競馬そのものの話が良いんですが、おすすめがありましたら教えてくださいませ。

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裂けた瞳

著者高田侑 裂けた瞳
出版(判型)幻冬舎
出版年月2004.1
ISBN(価格)4-344-00454-X(\1600)【amazon】【bk1
評価★★★★

おれは他人の爆発する感情を電波のように「受信」できる。子供の頃、その「受信」のために何度も発作を起こし、両親や兄を心配させ、そしていらだたせた。ある日、得意先に訪れようとしたおれを、再びその電波が襲う。それは、その得意先の男が殺される絵だった。

ホラーサスペンス大賞受賞作。すばらしいストーリーテラーですね。他人の感情を受信する、という特殊能力が周りに理解されずに苦悩し、そしてその特殊能力や複雑な家庭環境のために、家族をどこか信頼できず、でもどこかで家族を求める男。「特殊能力」を単なる設定として使うのではなく、それを人物造詣に見事に取り入れたところが面白いと思いました。ただ、その人間ドラマの部分と、ストーリーの中心となる事件の部分に微妙な温度差を感じる気が少しします。突然の感動シーンに、あれ、そういう話だったの?と思いつつも涙し、と思ったら再びドキドキシーンに戻ったり。それが「ホラーサスペンス大賞」のくくりのせいだったとしたら、次作が期待されますね。でもおすすめ。

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