あてのあるようなないような旅


その3 2日め(何も無いのに魅せられての巻 松江市街〜佐陀川)

 松江駅に降り立つと駅の改装工事が行われていた。どうも殺風景な様相を呈している。
 只でさえひっそりとしてるのに、これではかなり淋しい。
 しかしそんなことよりも、どうしたことか、ちょとウンコが出たくなり(またかよ・・・)そそくさと駅ビルのトイレに駆け込まざるを得なくなった。
 寝不足で変な体調になってしまったようである。

 すっきりした後、駅ビルシャミネ内のシフォンという喫茶店に入り、先程取りそびれた朝食&しばしの休憩時間を取ることにした。モーニングセットを注文する。
 この店は通常はケーキなどを売りにしている店らしい。
 なぜか和服で、だが元気の良いチイママ風ネエチャンがハキハキピシピシと店を仕切っており店内に入ると、おはようございます!と元気な挨拶がかかる。新装開店のスナックの趣が無いでも無い。
 店内は結構広々しているが僕が入った時は、観光客っぽいオバチャンとスポーツ紙を読むオジサンしかいなかった。僕はオジサンの近くになど座らなかったことは言うまでもない。何もここまで来てまでもわざわざオジサンエキスを吸うことなぞしなくてもよかろう。
 そのうち若い娘とその母親らしき女性が入って来て、店員の女性達と合わせ、またまた女性密度が増える。
 もちろんモテナイ独身エトランゼインジケータが上昇の勢いを増したことは言うまでも無い。
 BGMでは誰が歌ってるのかわからぬが、スティングのイングリッシュマンインニューヨークのカヴァーらしき曲が流れている。

 この時間を利用し、これから行く予定の恵曇までの交通手段についていろいろと案を練ることにした。
 今「いろいろと」、などと言ったが実は2種類しか選択肢がなかった。
 バスか自転車か、のどちらかである。
 「お車で優雅な旅」案は残念ながら当初から今期不採用、見送りとなった。
 車ということになるとレンタカーになるが、僕は当時免許を取って一年程でほとんど乗車経験が無かった。これではこんな遠い所まで来て何か事があったら大変である。それにこの案だと便利な反面料金がかさむので、ちょっとモテナイ独身エトランゼの一人旅には分不相応な感もある。
 恵曇までは一応バスが出ているようであるが何分場所が場所だけに(恵曇地区の方読んでたらすいません)本数というか便が無さそうなところが気にかかる。
 自転車というのはレンタサイクルのことになるが、こちらは何といっても天候が使用の判断を大きく左右する。
 天候を度外視して自転車で強行出発し、未知の恵曇まで行った途端に雨や場合によっては嵐などに見舞われた日にゃあ、モテナイ独身エトランゼの旅は、単なる大失敗ヤッチャッタの旅に終わってしまい兼ねない。

 以上いろいろ考慮した結果「自転車」案が現実として一躍有力候補の筆頭(2つしか選択肢ないぞ)に上がる。
 幸い本日かなりの好天候にて北の方まで澄み切った青空が続いている。この天気なら自転車で行っても途中で天候がくずれ大パニックになることは無さそうである。
 かくして、本日の恵曇行き手段は「自転車」が採用されることとなった。

 11:00近くになり、店を出ることにした。
 念の為駅前のバス停で恵曇方面行きの時刻を確認するが、予想に違わずちょうど良い便は無かった。

 レンタサイクルの貸出所は通常駅前などにあるが、しばらく松江駅周辺を一回りしてみても、それらしきものが見つから無かった。
 そこで駅前の観光案内所に尋ねてみたところ、レンタサイクル貸出所は松江温泉駅前まで行かねば無いらしい。
 モテナイ独身エトランゼは言われた通り松江温泉駅(一畑電鉄)に向かう・・・。
 ・・・となるところであるが、簡単にハイソウデゲスネ、と行ける距離でも無いのが、実は松江の盲点である。
 JR松江駅と一畑電鉄松江温泉駅はかなり離れていて歩くには若干遠い。1〜2kmはあるだろうか。
 案内所では、旅の御方松江温泉まではバスで行きなされと、告げられた。
 しかし僕はそのご意見を聞かずに徒歩案を採用した。
 これは経費節減というのもあるが、松江温泉までの行程途上、松江市街地を歩いて巡っていこうという心づもりがあったからである。

 松江は静かな街である。
 見ようによっては寂れていると言えなくも無い。
 しかし毎度の事ながら、この寂れ具合が僕にはちょうど良い。

 大雑把に言うと松江市街地は、大橋川という宍道湖に注ぐ川を挟んで、南のJR駅周辺側と、北の松江城・松江温泉側に別れる。
 僕はまず大橋川まで行き、しばらく川沿いを進むことにした。
 塩の香りというのか、磯の香りというのか、海の匂いが近辺に漂っていて、非常に暖かく懐かしいような良い気を漂わしている。大変風情のある場所である。
 僕の前をパツキンの女性二人組が歩いていた。観光客らしいが、実はこの日僕が恵曇から帰ってきた時も、この二人を再度偶然松江市内で見かけ、めずらしいこともあるもんだと思ったもんである。

 基本的には川沿いを西に宍道湖方面に向かってヒタスラいけば、やがては松江温泉周辺に辿りつくが、例によりモテナイ独身エトランゼらしく(?)どんどん脇道にそれて行く。
 平日ということもあってかどこも大変静かである。
 茶町というメインストリートらしき商店街を行くが、やはり静かである。
 しかし平日のメリットも無いことも無かった。
 それは東京にいる僕には普段滅多にお目に掛かれない「松江OL」がランチタイムの為外出している姿がチラホラと見られ、静かな街に可憐な花を添えていた。これで非常に得したような気分になったのであった。平日で良かったとも思った。

   *   *   *

 ちょっと寄り道してしまったが、やがて松江温泉駅に到着。やはり人はほとんどいない。
 レンタサイクルの貸出所はすぐ見つかった。レンタカーの貸出所が兼務していた。
 早速ママチャリを借りて出発、かごにレンタサイクルを示すプレートが付いてるのが何とも気恥ずかしいが、どうせあまり人にも出会わなかろうと思い、構わず出発。

 恵曇までは地図で見ると、8〜10km位はありそうである。
 多少の長丁場は覚悟する。

 ところが、のっけからこの気ままなサイクリングに、難関が立ちはだかってしまった。
 恵曇までは実は「松江鹿島美保関線(37号)」という道路を伝っていけば難なく辿りつくことができた。
 ところが僕は当然ながらこの辺の実情に疎いため、「佐陀川」という恵曇から宍道湖まで流れている川があるのだが、それをずっと伝っていったほうが簡単に辿りつけると早合点してしまった。
 佐陀川は松江市街からは2〜3km西にいったあたりを流れている。昔灌漑用に作られた人工の用水路のようなものらしい。
 一方37号線は松江市街から出ており、佐陀川とは鹿島町に入ったあたりでようやく合流する形になるので、それまでは別経路である。
 何を血迷ったか僕はこの佐陀川沿い行くルートを選択してしまった。
 これがミスだったことに気づくのは、そう時間もかからなかった。

 とりあえずまずは佐陀川を目指し西へ行く。当初の考えでは西にノンビリ自転車を漕いでいけばやがて目の前に佐陀川が見えて来るはずであった。
 ところが、西に行くにつれ山が宍道湖にせまってきて、だんだんと視界が狭くなり、道が宍道湖沿いの県道しか無くなってしまった。
 この宍道湖沿いの道は車通りも激しくちょっと危険そうなので、もっと静かな道を行こうと探した所、右脇にそれる道があったので、しめたと思いそちらに進路を変える。
 ところがこの道がドンドン急な坂になっていくのである。山を登っていってっている。
 「えっ?オイいきなり山かよ?」宍道湖畔に山が迫り出してきているとは盲点であった。
 いきなりの坂道ランニングは寝不足の身体にはかなり堪える。
 そうこうしているうちに、何か新興住宅地のような場所に迷いこんでしまった。
 ご経験がおありの方はわかると思うが、新興住宅地というのは結構袋小路が多かったりして、意外に迷宮的性格を多大に帯びている。
 当初はのどかな農村地帯をのんびり自転車で駆け巡るモテナイ独身エトランゼの姿をイメージしていたが、いきなり迷子になるバイク便の配達人のような図になってしまい、描いていた旅のイメージとは大部イメージがかけ離れてきてしまった。
 こりゃいかん、とまずはこの小山から下山しようと何とか北の方角へ下山できるような道を探していく。

 紆余曲折があったが、ようやく何とか平野部に下ることができ、川も見えてきた。どうやら幸い佐陀川らしい。一畑線の線路や自動車の通る道もある。
 地図を確認すると、そこは先程一旦回避した宍道湖沿いの県道であった。
 結局ずっと宍道湖沿いに来ても同じ、ということであった。

 とりあえずとにかく佐陀川に辿りついたので、あとはこれを北上するだけである。
 ところがである。
 ここでまた第二の難関が出て来てしまった。
 しばらく自転車を漕いでいたテナイ独身エトランゼは、どうも周辺の状況がおかしくなってきていることに気づきはじめた。

 地図では確かに佐陀川沿いに道がある。
 僕はこれを良くある川沿いの遊歩道やサイクリングコースのような整備された道だと勝手に解釈していた。

 まあ地図というのはやさしいものである。舗装して無い道でも漏らさずちゃんと表記してくれているもんである。
 僕が行こうとしていたこの辺りの道は、どうやら農道のようで一般人が使用するように作られた道では無かったようである。田んぼに通じる道は舗装されてはいるが僕が進もうとする道は、まだ未整備で土のデコボコが所々あったりする。
 川沿いは単なる草木の生い茂った土手で、道は最初から無く、少し離れた脇に只この農道があるだけだったのである。
 
 モテナイ独身者はいきなりオフロードのワイルドサイクリングを展開せざるを得なくなってしまった。
 しかしママチャリで、この悪条件の道の走行はかなり無理がある。
 下手するとパンクという最悪の事態が予想される。
 「パンク?!」僕は、それを想像し一瞬戦慄を覚えた。
 こんなとこでパンクしたら、こりゃまあアウトですな・・・・。
 
 回りは見渡す限り田んぼが続く。
 一見のどかといえばのどかである。
 しかしモテナイ独身エトランゼは、そんなだだっ広い田園風景の中、哀しく一人悪路に苦戦しもがき、のみならずパンクの危機にもさらされていた。
 この田園風景に幸か不幸か人の気配は無い。ましてや自転車屋が都合良くある気配など微塵も無い。
 五月の日差しに照らされ少し暑い。寝不足も荷担し、かなり消耗してきた。
 オレもしかしたら大変なとこに来ちゃったかな・・・。
 そのまま行くと、とんでも無いことになっちゃうかもしれんぞ・・・。
 自分の現状に、次第に疑念すら湧きかけつつある。嫌な予感がする。

 ・・・空腹と寝不足の為力尽きパンクした自転車と共に泥の中に突っ伏して倒れ込んでいるモテナイ独身青年、そしてそれを通りすがりの農民が発見し、救急車を呼ぶ、そしてパトカーなども駆けつけ地元の人や、地元の新聞社の方なども駆け付け、辺りは大騒ぎに。松江テレビの夕方のニュースでは、衰弱して倒れていた流浪の青年のニュースと共に、僕の間抜けな顔写真が映し出されている・・・なんてえ情景が脳裏をかすめないでもない・・・・(大げさな・・・)。

 モテナイ独身エトランゼの旅は、ここに来て早くも方針転換をせまられることになった。
 モテナイ独身エトランゼは回りに誰もいないのをいいことに、ちょいと立ち小便をし心を落ち着ける。
 まず佐陀川を登っていくことは止め、兎にも角にもちゃんとした一般道に出よう、まずはそれからである。

 心を落ち着けたモテナイ独身エトランゼは遠くに自動車の走っている所が無いか探した。
 自動車が走っているということはちゃんとした一般道がある可能性は高い。
 幸い川をちょっと登った所に橋があり、そこをトラックが通った。
 行ってみれば、ちゃんとその道が舗装されていて、どうやら広い道に通じていそうである。
 ようやく助かった!

 兎にも角にもここで一旦佐陀川とお別れすることにした。
 その後しばらく行ったところ、更に広い道に出ることが出来た。37号線だった。
 最初からこっちが正解だったかもな・・・。

 37号線は車の往来が激しく、ちょっと旅の情緒には欠けるが諸事情を考慮すると、これが一番安全策と判断し、しばらく37号沿いに行くことにした。

 それにしても早くもドッと疲れた。
 一人旅というのも時には、ウッカリすると、かように予期せぬ局面に陥ってしまうこともあるので注意しなければいけない。
 端から見たら、30後半のいい年こいたオッサンが、河原端のジャリ道で自転車に乗りながらドロンコレースに興じているかのよう見えなくも無かった。
 しかし実態は、遠い山陰の地で道に迷い、悪路にはまってしまい、寝不足でフラフラになりながら人知れずもがき苦しんでいる、というものであったことは誰も知る由もない。
 遠い西国まで来て、こんな事態に陥いることになろうとは、全く来る前は予想だにしなかったことである。
 (地理的状況を詳しく知りたいという物好きの方の為に地図をご用意致しました)。

続く。

●上記レポートを読む場合の推奨BGM
                  イヴァンリンス:「伝言(BILHETE)」(「ジュントス(JUNTOS)PHILIPS UICY-3005」収録) 

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