一人日本西遊記


その9 3日め(不思議それからトキメク街の巻 益田・柿本神社)

 旅行といえば大抵観光地や大都市に行くことが普通は多い。
 旅の朝は「京都での朝」「札幌での朝」「草津温泉での朝」など、皆が良く知っているような場所で迎えるのが常套手段である。
 しかし「益田の朝」というのはどうであろう。
 「益田って誰?」などと言われやしないか、僕としては大変心配である。
しかし「益田の朝」は「モテナイ独身エトランゼ界」側から見れば、「望ましい旅の朝を迎える地ランキング」の、かなり上位に食込む。益田は「理想的モテナイ独身エトランゼ宿泊地」としてベスト10は下らないであろう。この意見は誰にも賛同得られなかったりする場合ももちろんある。こうした意見を世間一般には「ひとりよがり」と称するらしい。

 さて、無駄話はこれくらいにして、そんな山陰の小都市益田(島根県益田市)で3日目の朝を迎える。
 それにしても「旅先で迎える朝」というのは、なんてトキメクものなんだろうと思う。
 日常生活での朝は不機嫌と憂鬱であることが多々ある。
 なのに旅の朝は別になにがあるというわけでは無いのに、いつもと空気が違うというだけで新鮮で嬉しい。空が青かったりすれば言うことは無い。
 このトキメキを味わうために、モテナイ独身エトランゼは一人旅に出て行くのかもしれない。

 今日は昨日より多少早く(といっても8時だが)起きて食事をとる。
 昨日の夕食時とは違って、食堂には数組のカップルがいて、ささやかな賑わいをみせている。カップルの平均年齢はかなり高い。
 50代くらいであろうか。益田なんぞに来るのは、やはりこうした高年齢層が多いのだろうか?するてえと、僕の立場は・・・?

 とりあえずそんなことはおかまいなく食事を済ませる。和食を指定したので、益田らしく焼き魚をメインにした一般的なものであった。
 それでも、僕のようなモテナイ独身者で、普段朝食もろくすっぽとらないものにとっては、新鮮であり、ありがたく頂戴する。

 朝食後、シャワーを浴び、しばらくゆっくりする。テレビでは相変わらず西鉄バスジャック事件の速報を流している。
 チェックアウトギリギリの午前10時直前に部屋を後にする。お気楽である。

 フロントで清算しようと思ったが、従業員の姿が見えない。こうした地方のビジネスホテル系では、良く遭遇する光景である。もう他の客はほぼ出払っているようである。僕がしんがりのクチらしい。
 誰もいなかったので、こっそりそのままホテルを後にしてしまう・・・
 というのは冗談であるが、それ程館内は既に閑散としていた。

 「すみません!」と叫ぶと、奥から昨日の松原のぶえ系婦人が、「わっ、やばっ、まだいたんだ。」という雰囲気でようやく出てきてくれる。相変わらずの定食屋風・商店街の八百屋風である。
 昨日のライリーフロントはいないようだ。今の時間非番で自室でゆっくりしてるのかもしれない。

 チェックアウトを済ませ外へ出ると、天気は今日も快晴、これはかなりいい天気である。写真を見ていただけるとわかると思うが雲が無い。五月晴れというやつか。
 周りは、ごく普通の住宅地で、観光地的雰囲気は皆無といっていい。我が故郷(焼津)の駅付近の情景に酷似している。田舎に帰省しているような錯覚に陥る。

 今日の予定では最終的には九州の博多をめざすので、完全移動日にする心づもりもあったが、益田には行っとくべき場所が残っていた。昨日行けなかった柿本神社にせめて挨拶に行かねば万葉の大歌人に大変失礼にあたる。「どうせ、オレは鴎外程売れちゃいねえサ」とひがまれそうな気もする。今回のテーマの履行にも支障をきたす。

 時間はまだ余裕がありそうなので、早速柿本神社に向かうことにする。
 とにもかくにも、肩に食込む重い荷物はまずコインロッカーに預けてしまいたいので、先に駅をめざす。コインロッカー様命である。

 駅はすぐそこに見えているのであるが、何せ入り口が線路の反対側なので、またも線路を越えエッチラオッチラ歩いていく。
 ようやく駅に到着。まずコインロッカーに荷物を預ける。

 益田の後は最終的に博多まで行くが、先にとりあえず博多までの普通乗車券の切符だけ購入してしまう。短いが小倉から博多は新幹線にする(もちろん自由席)。
 午後発に博多まで直通の特急があるようだが、それだと博多着が割と遅くなってしまうので、それもちょっと何だなと思い、11:26分の鈍行に乗れるよう、それまでに益田駅に戻ってこられる時間内で行動することにする。

 バスも出ているようであるが、本数が少ないので、ここはまたエッチラオッチラ歩いていくことにする。
 地図上で見る限り、歩いてもそんなに大した距離は無さそうである。

 哀愁漂う午前中の益田の市街地を抜け、国道9号線をしばらく行く。国道だけあってさすがに車の往来が激しい。地図上だとこの道しか無いので、仕方なくヒタスラ歩く。
 ほんのちょっとした峠じみた坂を下ってしばらく行くと、右折の道路付近に柿本神社への行き先表示がある。
 それに従い山陰線の踏切を渡ると、川が見えてきた。
 高角橋という橋があって歩行者用通路もあり、そこを渡る。川幅は河口に近いせいか結構あり、割と大きな川だ。高津川というらしい。

 橋を渡りながら周りの景色にしばし目をやる。
 なぜか無性に懐かしい感じがする。なぜだ?
 ちょっと遠くの河口付近には松並木がある。海の気配もしてくる。
 河岸には、ちょっと古びた民家が立ち並んでいる。

 この景色どこかで見たような景色だ。
 そして僕はすぐにわかった。
 焼津だ・・・。そうか、ここも我が故郷の景色にそっくりだなあ・・・。
 この海からの空気の匂い、街の落ち着いた雰囲気、川の付近のたたずまい、そこかしこに故郷を彷彿させるものが沢山ある。

 そうか、それ故この街は「理想的モテナイ独身エトランゼ宿泊地」なんだ・・・。
 改めて実感するモテナイ独身エトランゼであった。

 さて橋を渡ると、ちょっとした門前町風の街並みが見えてきた。
どうやら柿本神社の門前まで来たらしい。道の奥には鳥居があった。
街には人通りが少なく静かだが、ちらほら老人の観光者らしき人も見かける。

 鳥居をくぐり長い階段を登ったところに神社本殿があった。社務所もあるちゃんとした神社である。
僕の他には観光者らしき人々が数組。ゴールデンウイークの真っ最中ということを考慮に入れると、かなり閑散としていると言ったほうが正解である。もちろんモテナイ独身エトランゼには適した人工密度である。

 賽銭を500円玉で奮発(?)し、丁寧に参拝。
 昨今偽500円玉が出回り問題になっていたことを思い出し、投げ入れた後に良く確認しなかったのは、マズカッタかなと後悔したが、後の祭だったので、ま、人麻呂もとやかく言うまいと思い直し本殿を辞す。個人の名誉の為断っておくが、もちろん500円玉は本物である。・・・だったと思う。

 神社の裏手には万葉公園なる公園があり、そちらにも足をのばしたかった。神社の雰囲気を見ると、万葉公園も人が少なく良い雰囲気そうな感じがする。しかし時間的な問題もあるので、今回はあきらめる。
また来ることもあろう。いつかまた僕はここに来ることがありそうな気もしている。

 ところでこの神社は柿本人麻呂を祭っている。人麻呂はこの地で終焉を迎えたと言われている。
しかし、実のところ人麻呂という人については出生等謎の部分が多いらしく、はっきりしたことはあまりわかっていないらしい。が、少なくともこの地に来たことは確かであろう。遥か昔の出来事である。今は静かで平和なこの地でどんなことがあったのだろう?としばし思いを馳せる。

 帰り際に門前の鳥居の脇に奇麗な花が咲いていたので写真を撮ろうとした。
 ところが突然一匹のクマバチが、かなり大きな羽音を立て姿を現したので、僕はビックリして後ずさりする。
 クマバチはまるで、「俺様はここの神社の守護だかんね。神様の警備にあたってんだかんね。他所者はあまり近づくんじゃないよ!」とでも言わんばかりの豪快な飛びッぷりで僕を威嚇するので、止むなく撮影を断念。

 実はこの奇麗な花に飛ぶクマバチには九州の柳川でも遭遇した。
 このポイントポイントで現れたクマバチに関しては最初オッカネエヤツとの印象で、記憶にずっと残っていたのであるが、旅行から帰った後、とある一編の詩を読んだことで、このクマバチの意味がハッとわかったような気がした。ま、それについては九州の柳川編で改めて述べることにする。
 もしこのハチがミツバチだったら、この情景はすぐに忘れてしまっていたことであろう。
 もしこのハチがスズメバチだったら、この情景は戦慄の情景として記憶されてしまっていたことであろう。
 一匹のクマバチで良かったのである。クマバチだったことが、ちょうど良い具合に僕の印象を強くしていたようである。

 帰りはまた来た道をエッチラオッチラ歩く。
 高津川で故郷に似た情景を画像に収めようとデジカメで写真を撮る。

 益田駅に到着すると、結構電車の到着までにちょうどイイ時間になっていた。

 ホームにさしかかる階段の壁のポスターに、なんと我が故郷「焼津」の文字を発見。
 それはJRの宣伝ポスターで、「焼津へ行こう」というものであった。
 今までJRの「焼津の宣伝ポスター」なんて見たことはなかった。
 大抵、JRのポスターといえば、京都とか九州とか有名観光地のものばかりだと思っていた。
 それが、なぜか益田の駅に焼津?なのである。なんでこんな所で焼津?。せめて静岡・沼津・浜松だっていいじゃん。静岡県には伊豆という一大観光地だってあるのに・・・。なんで今ここで「焼津へ行こう」なんだ?・・・
 こういうことがあるのか?これは偶然の一致・・・。

 この一件により僕が益田の街を見て、焼津を思い浮かべたのはあながち無意味では無いとの思いを俄然強くする。

 というよりは実は最初から、益田に来た影の真の目的は、往年の文学者のゆかりの地を訪れるのでは無く、僕の「故郷」を異郷の地に発見することが目的だったのでは無いか?、それで僕は無意識のうちに「何か」によって益田に導かれてきたのでは無いか?、今はそんな気もする。

 益田は最初何の気無しに宿泊用にと適当に訪問を決めた地であった。しかし良く良く考えてみると、何の経緯も無しに「益田」に旅しようと思いつく静岡県出身者が一体幾人いるのだろうか?とも思う。
 ?が随分多くなったが、ともあれここまでの流れには、何か見えない力を感じ、ちょっとゾクっとする。

 と同時に今度はゆっくり訪れてみたいという思いがフツフツと沸き上がってきている。

続く。

●上記レポートを読む場合の推奨BGM
                  キリンジ:「雨をみくびるな」(「ペーパードライヴァーズミュージック」収録) 


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