一人日本西遊記


その8 2日め(ボケ炸裂につきバッテリー切れの巻 益田に宿泊)

 津和野駅のホームで電車を待つうちに、益田行きの各停電車が来た。ワンマンカーの1両編成である。
僕の待ってた立ち位置がだいぶハズレている。はるか彼方に電車が停車。
この電車をのがすと、次はいつくるかわからんくらい本数が少ないので、ダッシュでかけこむ。

たちまち満席になる。僕は立って吊革につかまる。こりゃ賑わってるなと思うが、「待てよ?。これ3両編成くらいだったらガラガラだよな」。

 結構大学生くらいの旅行者風の若者が多い。
ここでも僕くらいの年代の独り者旅行者はいないようである。
益田を経由して、さらに西へ山陰線を行くと、萩がある。益田からは各停で1時間半ほど。
津和野と萩はこの辺の観光地としてセットとして考えられることが多い。
これらの若者はおそらくこれから萩に向かっていると推測される。
まさか、僕のように益田に行くのかな・・・?
萩・津和野はわりと有名であるが、益田ってどうなんだろう?といらぬ心配をしたりする。

 そうこうしている内に、益田に近づいてきた。津和野からは各停で40分程である。
近づくにつれ、海の気配というか、山陰の日本海の気配みたいのがしてきて、なんかワクワクする。

 益田に到着。
益田もいかにも山陰の1都市といった感じのこじんまりした街である。
多少うらぶれた街という感じもしないでもない。
だが、このうらぶれ具合が、騒がしくもなく、かといって寂しいというわけでもなく、モテナイ独身エトランゼにはちょうど良い心地よさを与えてくれる。
ちなみにここは万葉の歌人柿本人麻呂の郷里でもある。更に室町時代の画僧、雪舟が晩年を過ごした地でもある。
この二人の文化人のゆかりの地ということで、観光客もこの二人に関する旧跡を訪れるのが目的というパターンが多いとのこと。

夕方近くなってきていたが、天気が良いため、まだだいぶ明るい感じだ。

例によって今日宿泊するホテルにチェックインするため向かう。地図だと駅から5分くらいでいけそうな所にある。

 しばらく歩く。
ところが、地図上のそれとおぼしき場所に行くが、ホテルの影も形もない。
おかしい・・・
周りに旅館・ホテルをチラホラ見かけるが、僕の予約したところでは無い。
僕はちょっと嫌な予感がする。地図の掲載されていたガイドブックを見ると、発行が6年前である。
もしかしたら移転したのでは・・・?
とりあえず、駅周辺をグルグルとうろつきながらホテルを探す。
途中やはり旅行者らしき女子大生くらいのグループを見かけ、こんなところでもギャルいるのか、と少し元気が出る。彼女達もさすがに、ここ益田の風景からは浮いているような気もする。どうも僕と同じようにホテルを探しているような気配であった。

 駅前は、多少商店もあり、車通りも結構ある。
スナックが立ち並んだ、ちょっと演歌の題材にでもしたいような飲み屋街もある。

 ま、それはいいとして、時間もたってしまい、早く探さなければと焦りだし、そうか電話すりゃ良かったと思った、その時、ちょうどその時いた場所から、駅を隔てた線路の反対側に、めざすホテルの勇姿を発見した。
あったー!やっぱ移転してたのかー、早く言ってよ!
ところが50m先くらいに見えているのに、そこから真っ直ぐ線路を越えて行く道が無かった。

 結局駅をグルっと遠まわりして、ようやく先程女子大生グループを見かけたあたりに、反対側へ抜ける地下道を発見し、ホテルに辿りつくことができる。なんだ、あの娘達のお尻を追っかけて、ついていきゃ良かった・・・

 こういうところは、駅周辺の交通が整備されていないところでありがちの、落とし穴である。

 重いリュックが肩に食込み痛い上に、歩き回ったツケが来て腰も痛みだした。

 ホテルのあるのは、駅裏の、繁華街は無く住宅地が立ち並ぶような場所である。
僕自身の郷里焼津市も、駅の裏手になる北側が住宅地で、南側が繁華街なので、なんとなく似ているなと、思う。

 南側?

 ここで、僕は、ハッと思った。
僕は急いで、地図の載っているガイドブックを取り出した。
そして、そのガイドブックを今まで見ていた向きと、逆さにしてみる。
駅、線路、それから繁華街の位置、そして、ホテルの位置・・・全部合ってる・・・!

 そう、なんと!

 僕自身が、益田の駅に降り着いて以降、ずっと方角を逆にとらえていて、勘違いしていただけだったのである!なんのことはない、ホテルは移転もしていず、最初から地図通りの場所にあったのである。
僕は駅からホテルに向かおうとして、ドンドン逆方向に向かっていたのである!
これでは、見つかるはずが無い。

 ありゃー!、さすが私動物占いタヌキ!、こんな山陰の町まで来て、天然ボケ炸裂!
方向感覚には自信があったのにー!落胆・・・。

 ホテルにチェックイン。
ここのフロントのオジサンは、オールバックで髪をピッタリ撫で付けて、ビシッと決めている。
あやふやなものが大嫌い、曖昧なことは絶対許さない、という感じの方である。
知ってる人しかわからないが、NBAの厳格な名ヘッドコーチ、パット・ライリーに容姿も性格も似ている。
僕がちょっとでも、あやふやな返答をすると、すぐ突っ込んでくる。
たたずまいから、緊張感がビンビンと伝わってくる。
ちょっとコワイ。

 そのライリーフロントが「お車ですか?」と聞いてきたので、
僕が「歩きで来ました。」と、答えたら、
パットライリーヘッドフロントは、「車では、無いんですね?」と「無いん」の部分の語気を荒めて問いただしてきた。
僕は「は、はは、はい、車じゃないっす・・・」とビビル。
ライリー氏的には、さきの問答の返答は、「No!」もしくは、「車では無い!」と、質問に的確に答えてやらなければ、いけなかったらしい。
ライリー氏の「てめえの、ここまでの交通手段を聞いてんじゃねえよ、こっちは車があって、駐車場が必要なのかどうかが聞きてえんだよ!」という心の声が、ビンビンと聞こえてきそうであった。

 部屋に入ってくつろぐ。323号室。
窓からは益田駅の線路が見える。それ程すばらしい景色というわけでは無いが、僕の嫌いでは無い地方都市の典型的な、小市民的な街の風景である。

 テレビをつけるとニュースで西鉄の高速バスが、少年に乗っ取られた、というニュースをやっている。
チャンネルを変えると、他でもやっていた。NHKでもやっている。
どうやら全国的な大事件になっているらしい。
ニュースをよく聞いてみると、「今小郡インターを出て、云々・・」と言っている。
「小郡か・・・、昨日寄ったなあ・・・」
更に良く聞くと「佐賀バスセンターを出発したバスは、博多の天神の云々・・・」などと出てくる。
「博多?天神?・・・明日行くなあ・・・佐賀バスセンター?・・・あさって行くなあ・・・」
皆行くところばっかりである。こういうのも偶然の一致というのか?

 時刻は夕刻6時にならんとしていた。
まだ明るいし、当初夜の益田の街へ出かけてみようとも思っていたが、ホテル探しでヘトヘトになったのと、西鉄バス乗っ取り事件でブルーになったので、外出する気がすっかり消失。
「今日は、ライリーさんのホテルでゆっくりすっか!」という決断を下す。

 ちょうど夕飯時なので、1階にレストランがあったのを思い出し、そこで夕飯をとることにする。

 レストランに入ると、誰もいなくて、シーンとしている。
あれ、ちょっと今来ちゃまずかったかな、とウロウロしていると、ライリーフロントが、僕に気づき、慌ててやってくる。どうやら、フロントが、ウエイターも兼務しているらしい。
メニューを見せてもらうと、ちょっと値段が高く、一瞬躊躇する。
が、座ってしまったので、ま、いいかと思い、とりあえず焼き魚定食というのを注文する。1500円。
ライリーフロントが調理場に何やら、ごそごそと司令を伝達している。

僕以外には客がいない。シーンとして静かだ。外は西日が射して、せつない夕暮れの情緒を醸し出している。
外の景色が、僕の故郷の駅の付近の景色に似ていて、またふと故郷を思い出す。

 注文してしばらくすると、突然調理場から、健康そうな中年の女性が出てきて、「焼くの時間かかるから、もし何だったら、ロビーでテレビでも見て待っててくれますか?」と僕に尋ねてきた。
僕もとりあえず言われるまま「あ、は、はい」と、ロビーでテレビを見ることにする。
一瞬ちょっとした東京の下宿街にある定食屋的雰囲気になる。
ライリー氏の奥方であろうか?歌手の松原のぶえを彷彿させるような人で(顔はちょっと違うが)、ライリー氏と違ってこちらはやさしそうな、感じのいい方で、年はいっているが、家庭的雰囲気に普段慣れていないモテナイ独身者にとっては、ちょっと惚れてしまいそうな女性である。

 ロビーのテレビでは、相変わらずバス乗っ取りのニュース。
フロントにはライリー氏はいない。時間で交代したのか、別の中年男性がいる。今プロミスのCMに出演している「相!・談!・です!」という家老みたいなのの役をやってる人に酷似している。

 フロントにはひっきりなしに電話がかかってくる。今日の宿泊の予約らしい。
今日は満室なので、当然全て断っている。
あまり頻繁にかかってくるので、プロミスフロントの語気も次第に荒くなっていく。
なかには、「連休中に飛び込みの電話をかけること自体貴方は間違っている」と、説教されていた客もいた。
本当に飛び込むようにして、ホテルに入ってきて予約しようとするオバサンもいた。もちろん門前払いである。
僕もたまに飛び込み予約をして断られる時があるが、これを見ていて、フロントも大変だな、今度からちゃんと前もって予約しといてやろ、と反省。

 僕の注文があがったようなので、再びレストランに入る。
外はまだ明るい。僕以外には、一組の中年夫婦の二人連れが新たに着席していた。子供はいなそうで、水入らずの旅行か?

 今日ホテルは満室らしいが、そんな感じが全然しない、相変わらず静かでひっそりしている。
ま、僕にはこれくらいがちょうど良いが。
焼き魚は、値段も高いせいもあって、それなりのものだった。

ちなみに、ここ益田は海が近いので、魚系はいろいろ入手できる様である。

 とりあえず満足して部屋に戻る。外は夕暮れの景色である。
ニュースでは、今博多どんたくだ、と言っている。
ありゃりゃ明日は博多混みそうだな・・・
関東地方は天気が悪いそうで、へへへ良かった東京脱出しといて、と思う。
向かいの部屋は、老婆とその娘と思われる中年女性が宿泊しているらしく、部屋を出たり入ったりしている様を見かける。

ラッキーなのかアンラッキーなのか良くわからぬまま2日目は無事終了。
昨日東京を出てきたのが、信じられない程、長かったように感じる2日間である。

続く。

●上記レポートを読む場合の推奨BGM
                  キリンジ:「P.D.M」instrumental (「ペーパードライヴァーズミュージック」収録) 


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