一人日本西遊記


その4 1日め(哀愁を求めての巻 中原中也記念館〜山口市街)

 中原中也記念館は結局ホテルからすぐの場所だった。わざわざ駅まで行くことは無かった。クーッ!。

 入場すると、受付のお姉ちゃんが「6時までだから、そこんとこヨロシク」という意味のことを言う。
時計を見たら、あと40分ほどしか無い。そんなに時間もかからなかろうと思い、迷わず入場。

 以前出雲に行ったとき、スサノオ記念館なるものに行ったのであるが、その時は僕以外客が一人もいなかった。なので、この手の地方の記念館の類は、客が全然いなかろうと、ふんでいたのであるが、終了間際のこの時間にもかかわらず、三々五々人が出たり入ったりしているようである。

 展示物には、中也直筆の手紙や、通信簿等の貴重な資料がある。
中也が愛聴していたレコードなんてのもある。
ちなみにそれはベートーヴェンのピアノソナタ(月光)であった。
ついつい見入ってしまう。
ビデオ上映もされていた。

 ビデオや展示物を見ながら、中也の短くも波乱に満ちた生涯に自然に思いを馳せる。
中也は生前はそれ程高い評価は得られることは無かった。苦渋に満ちた短い人生だったようである。
中也の詩のいくつかが、重苦しい響きを伴って思い出されてくる。
何か心にズシーンと重たいものが、のしかかってくるような気がする。
何か知ってはいけないものを知っちゃったような気になってくる。
両親の夜の営みを、目の当たりにしてしまったような気になる(ちと違うか)。
  
   汚れつちまつた悲しみに
   今日も小雪の降りかかる
   汚れつちまつた悲しみに
   今日も風さへ吹きすぎる
   ・・・
            中原中也「汚れつちまつた悲しみに・・・」より

 以前NHKのテレビで世界的ピアニストでもあり、指揮者でもあるウラジミールアシュケナージが、彼のドキュメンタリー番組の中で「芸術作品は、それが出来てきた経緯は関係なく、それが普遍的になっていて、その感動を皆が共有することが大事」と言っていた。

 中也の記念館をうろつきながら、このアシュケナージの言葉がちょっとわかったような気がする。
中也の詩を読む時、中也の人生を抜きにしては理解できない部分もあるかもしれないけど、もしかしたらそれを知らないまま読む、というのも一つの味わい方なんだろうなとも思う。

 ちょっと僕にしては、文学青年になったような気分になり、ついでに時間も来たことなので、記念館を後にすることにする。
出口では掃除のオジサンみたいな老人が丁寧に挨拶をしてくれる。大変感じが良い。

      *   *   *

 さて夕方6時を過ぎたが、まだ明るいので。しばらく散歩でもすることにする。
東の方向に、何かわからぬが割と高い建物が見える。ここ湯田温泉から山口市街地は、それ程遠くないようである。
山口に向かって歩きだすことにした。

 こういうとこは実に計画性は無い。ま、これも一人旅らしいか・・・。
結構こういう時間が後で一番印象に残っていたりもするのである。

 旧街道っぽい道をひたすら歩いていく。街並みがいかにも僕好みの街並みで大変良い。
ウキウキするが、難点をいうと、結構車の往来が多かった。おそらく9号線の混雑をきらった車が抜け道に使用しているものと思われる。
そのうちアーケードの商店街が出てきて、山口市街に突入したことがわかる。

 地方都市の繁華街というのは、とても切ない。
ちょこっと賑わってはいるが、大抵静かである。
これに比べたら。東京の例えば吉祥寺や町田あたりの方が、ずっと人がいて賑わっていて大都会である。

 倒産してしまったスーパーなんかがある。哀愁をさそいまくる。
そろそろ夜の7時近くになり、店を閉めてしまうところもある。

 僕はこの地方都市の街の哀愁に、かなり心惹かれるものがある。
ちょっとマゾッ気があるのではないかとさえ思ってしまう。

 そろそろお腹も空いてきた。
 今日はホテルでの夕食は頼んでいないので、この辺ですませてしまおうと、適当に目に入った店に入ることにした。

「京」という名の、本来はやきそばや、お好み焼き等をやっているような店である。
定食類もあったので、「しょうが焼き定食」を頼む。
客は僕の他は、地元の少年少女達である。どうやらその年齢層のたまり場みたいな店のようである。
性格の良さそうな婦人が一人でやっていた。そこのおかみさんなのだろうか。

 僕の注文を出しおえると、おかみさんが店ののれんをはずしにかかる。
「なんや、ここも終わりなんかい・・・」
本当に地方都市は店じまいが早い。
味は結構良かった。量はそんなに多くないが、最近減量を心がけているモテナイ独身エトランゼにはちょうど良い量である。

 店を出ると、さすがに空も暗くなっていた。

 湯田温泉までは、もう歩く気力は無い。とりあえずバスか電車で帰ることにする。

山口駅はすぐだったので、とりあえず駅に行って時刻表を確かめると、あと10分ほどでちょうどいい電車があり、結局電車に乗ることにする。7:26分発だ。

 ホームで電車を待つが、なぜか女学生、いわゆるコギャルが多い。モテナイ独身エトランゼはそれだけで、「良い街」の評価を与えてしまう。ちょっと評価の安売りをしすぎである。
コギャルはルーズソックスあり、紺ソックスあり、携帯電話持つ者ありで、東京とさして変わらない。
よく考えて見れば山口市は県庁所在地であった。そう考えると逆にちょっと静かでヒッソリしている気はする。喧騒とは無縁の駅の風景・・・。

 湯田温泉は一駅なのですぐ着いた。さすがに昼間の若者たちの影は無く、本来の駅の姿に戻ったかのようにヒッソリしている。駅の窓口はすでに閉まっていて、あれほどいたタクシーもいない。ここも休日前の夜7時半過ぎというのにひっそりした田舎の駅の風景・・・。

 また駅からの道をトボトボと歩く。途中国道沿いにはローソンがあったので、ジュースなどを購入してホテルに戻る。

 ホテルに戻って、さっそく温泉につかる。客は僕の他は若者が一人だけで、空いていて良かった。
となりの女湯から、女性客の嬌声が聞こえる。
普段湯浴みする女性の嬌声など聞けないモテナイ独身エトランゼは、この嬌声も温泉の一部として楽しんで味わってしまうのであった。

 部屋に戻ってテレビを見ながら一服しノンビリする。
10時からは、大好きな「タモリのジャングルTV」をやっていたので、ラッキーと思いながら見る。
こうして1日目は無事終了。

続く。

●上記レポートを読む場合の推奨BGM
                  キリンジ:「風を撃て」(「ペーパードライヴァーズミュージック」収録) 


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