一人日本西遊記


その5 2日め(青い空は動かないの巻 椹野川〜湯田温泉駅周辺)

 2日目。
 今日はホテルで朝食は頼んでいないので朝9時頃起床。
 トイレを済ませシャワーを浴びて、チェックアウトする。
 部屋を出ると、いきなり若い女性に遭遇する。
 おはようございます、と挨拶をしてくれるので僕も軽く挨拶をかわす。ルームメイキングの女性のようである。
 大抵この手の女性は、おばちゃんが多いのであるが、若い女性を朝から拝めてモテナイ独身エトランゼは良い気分になる。

 天気はかなり良い。快晴である。

 朝食はできれば、ホテルなり旅館なりで済ませてしまった方が良い。
 いろいろ理由はあるのであるが、僕の個人的理由では、生理的問題、すなわち排便の問題という重要な問題があるゆえである。
 他の方はどうか知らぬが、食物を摂取すると当然便意を催すことになる。
 ホテルなんかだと、チェックアウトは大抵10時くらいなので、朝8時くらいに起きて朝食をとれば、大方チェックアウトまでに便意をもよおし、ホテルにいる間にことを済ますことができる。
 ところが、なまじ外で朝食をとってしまうと、列車に乗った途端便意を催すなどという可能性も大いに有り得る。列車搭乗便意我慢の図を想像してみるが、ちょっと戦慄が走る。
 特に、田舎のローカル線で1時間に1本くらいしか運行が無いような線で、しかも駅の区間が長い線などで、便意を催してしまったりしたら、お終いである。
 てなわけで、ホテルなり旅館なりで、朝食を済ませ、ゆっくりシャワーでも浴びてきちんとしてから出発するのが理想的である。

 やや不安を残したままの強行突破であるが、朝食はとってないしトイレは済ませたので最悪の事態は無かろう。
 

 今日はSLに乗るのであるが、まだ時間があったので、温泉街から見て湯田温泉駅の反対側にある椹(ふし)野川という川まで行ってみることにする。

 途中ホテルからすぐのところに高田公園というのがあり、そこに中也の詩碑があるので、写真を撮る。
 この公園は住宅地の中に在る、ママさん連中が井戸端会議でもしていそうな何の変哲もない普通の公園である。
 詩碑には小林秀雄が選んだという、中也の「帰郷」という詩が刻まれている。

   ・・・
   これが私の故郷(ふるさと)だ
   さやかに風も吹いている
   心置きなく泣かれよと
   年増婦(としま)の低い声もする

   あゝ おまへはなにをしに来たのだと・・・・・・
   吹き来る風が私に云ふ
          
          中原中也「帰郷」より

 こりゃ僕の今の状況にピッタシだ、ヨシヨシと、このにわか文学青年は一人その気になったかのようにうなずいている。

 まず一旦湯田温泉駅で荷物をコインロッカーに預ける。
 その後駅を出て踏切を渡り、駅の反対側に行ってすぐのところに、もう椹野川の土手が見えてきた。しばらく土手沿いを歩く。

 人がいない。とても静かでのどかな休日の午前中の感じである。

 空が青くてきれいである。時に悲しいほど・・・なんてね。

  中也も子供の頃これとあまり変わらない風景を見ていたに違いない・・・

 中也の詩には、どこか哀愁の漂うリズムがある。それは時にサーカスの空中ブランコの音だったり、鄙びた軍楽だったりする。そんな中也のリズムが、この空間からは、どこかしら聞こえてきそうな気もする。

 こんなモテナイにわか文学青年にとっては、この川沿いの空間は、ちょっと神秘的な世界にも感じる。

 田んぼや畑、遠くには山も見える。本当にのどかだな・・・

 「あゝ オレはなにをしに来たのでしょ?と・・・吹き来る風に問い返す・・・みたいなネ!」などと独り言をかます。
 

 SLの時間がせまってきたので、去りがたかったが椹野川に別れを告げ、駅へと急ぐ。

 僕は中也の作品をそんなに知っているわけではないが、その中で一番好きな詩が、この湯田温泉の田舎じみた風景の中に佇んでいると、浮かんできた。

 それはこんな詩である。季節はちょっと違うけど。

 
    青い空は動かない、 
    雲片(ぎれ)一つあるでない。
        夏の真昼の静かには、
        タールの光も清くなる。

    夏の空には何かがある、 
    いぢらしく思はせる何かがある、
        焦げて図太い向日葵(ひまはり)が
        田舎の駅には咲いてゐる。

    上手に子供を育てゆく、 
    母親に似て汽車の汽笛は鳴る。
        山の近くを走る時。
        

    山の近くを走りながら、 
    母親に似て汽車の汽笛は鳴る。
        夏の真昼の暑い時。

        「夏の日の歌」 (中原中也「山羊の歌」より)
 

 SLは「やまぐち」号といって、運行は期間や時間等が限られている。
 汽笛をあげて走ってくるので、すぐに来たのがわかる。ホームで待っている客は、僕を含め皆カメラかビデオを持って待っている。人気者である。

 列車が来たので乗り込む。
 これでとりあえず中也の故郷湯田温泉とはお別れである。

続く。

●上記レポートを読む場合の推奨BGM
                  キリンジ:「野良の虹」(「ペーパードライヴァーズミュージック」収録) 


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