一人日本西遊記


その2 1日め(最高の?隣人の巻 新幹線にて)

 5月2日、いよいよ出発の日。
 東京発 10:56のぞみに乗り込む。
 昼時にもさしかかりそうな時間なので、東京駅の売店で趣膳弁当なるものを買い込む。
 僕は広島で下車予定である。広島からは、ひかりに乗り換え小郡まで行く。

 モテナイ独身男性の、一人旅の場合、列車等の隣席には、是非とも異性が座ってもらいたい。
 ところが、この新幹線のぞみでは、今までの経験で隣席が異性というのは、一回も無い。無いどころかいつもほとんど周りは男だらけ、それもビジネスマン風がほとんどということが多かった。
のぞみは今や観光目的では無く、ビジネス列車として男性陣に汚染されてしまっているのである。
のぞみは速くて便利であるが、この点がどうも僕の嗜好と一致しない。そんなわけで普段は京都あたりまでの行き来であれば、こだまを使用することが多かった。
しかし今回時間の関係で、そうも言ってられず、仕方なくのぞみを使用することにした。

 それでも席は窓際が取れたので、両側から同性攻撃を受けるという最悪の事態は避けられた。
JRは切符を買う際に窓際席の指定ができるので、大変良い。JR偉い!
以前関西の某私鉄の特急の切符を買う際、窓際の指定をしたら、拒絶も何の応答も無く、全く無視された。「あのー。それで、窓際の指定できますか?」と言ってる間に切符を出されてしまった。でも席はちゃんと窓側になっていたので、まあ、一応許すこととはなったのであるが。

   *   *   *

 そんなわけで、列車がホームに入ってきたので、早速乗り込む。
まだ出発までには、時間があるためか、僕の隣席には人はいない。

ここでいつものように僕は妄想する・・・

 ・・・列車が出発し一段落していると、そこへ慌てて乗り込んだのか、ちょっと上気した感じの、若い女性が現れる。白っぽいスーツの一見女子アナ風にも見えるが、顔はちょっとあどけないショートカットの女性。タ、タ、タイプ!
自分の切符と座席番号を確認していて、そこで僕と視線があう。どうやら僕の隣の席のようだ!。
うつむき加減に、小声で誰につぶやくともなくボソっと、「失礼しまーす」と言いながら、静かに座る。そして座ったと同時に、ふーっとため息をつく。荷物は膝上にのっけたままだ。

 ここで、僕は窓際の利点を最大に生かした行動に出る。
「荷物、のせましょうか」と網棚を差しながら、彼女に声をかける。紳士気どりである。
「あっ、いいんですかー、すいません」
僕は、いえどういたしまして、というような表情で、さも軽やかに荷物をのせる。
ここで列車が揺れてコケテつんのめっては、それまでの演技が台無しになるので、軽やかになりつつも慎重に行動する。
僕は彼女の荷物をのせた後、さも自然な感じで「どちらまで行かれるんですか?」と問う。
彼女「京都までです」。(途中で下車か・・・、ここで僕の頭の中で、妄想コンピューターが不純な計算を素早く行う。ガチャガチャガチャ、チーン)。

 すると彼女も僕と同じことを聞いてくる。
「僕はー、広島なんですよ」
「えー、旅行ですかー?」
「ええ、寂しい一人旅なんすけどね」
「わー、すごーい」
次第に双方打ち解けてきて、ポツリポツリとだが、会話をかわし始める。彼女は出身が奈良で連休中に実家に帰省するらしい。普段は東京で勤務している。
そのうち、お互いが持っている菓子などを交換しあったりして、さらに心の距離が近づいたようになる。
そして彼女が、僕がテーブルに乗せていたハンドヘルドパソコンに気づく。
「それって、もしかしてパソコンですか?」
「あ、これね。カシオペアのA60っていう、ちっちゃいけど一応パソコンなんですよ」
「私もこの間やっとパソコン買ったんですー」
「あっ、そうなの!」

 こうなってくると、僕の思うつぼである。しばらくパソコンの話で盛り上がり、当然E-mailの話題などにもなる。
聞くと彼女もE-mailアドレスは持っているという。
僕「アドレス教えて下さいよ。旅から帰ったらメール出します。」
「いいですよ。私にも教えて下さーい」(これで京都までに、やるべきことは終えたゾヘヘ)

 楽しいひとときがあっという間に過ぎ、京都に列車が着く。
彼女ともここでお別れ。
僕「気をつけてね。必ずメールします」
彼女「私もします。今日は楽しかったです」
僕らはここで別れたが、これが僕たち二人の長いストーリーの始まりになるとは、神だけが知っていた・・・

・・・な〜〜んてなことをね、妄想するわけですよ。いつも。僕は。
しかしながら、この妄想ちっとも現実になりゃしない。

   *   *   *

 のぞみということで、僕は不快な隣人は避けられないとの覚悟はできていたことは、できていた。半分あきらめていた。
そして程なく、僕は半分では無く、全部あきらめざるを得ない状況に陥ることになった。

 僕の妄想をブチ壊すように、とんでもない人物が現れた。
僕の隣席には、あろうことか赤ら顔の酔っ払いの老人がドッカリと腰掛けてきたのである。
理想と現実はここまで食い違うか!、キーッ!と、残念無念で一杯になり天を仰ぎたくなる。

 言っては申し訳ないが、人間を上品か下品にどうしても分類しろといったら、あまり迷わずに、下品の方に分類したくなるような老人であった。
僕の不快ランクでは、かなり上位に位置づけされるような老人であった。
どう見ても、のぞみの乗客というよりは、競艇場で管を巻いているオッサンという感じであった。
かなりぶっちゃけて言うと、小便臭いというか、いか臭いオッサン、ということになる。
のぞみに乗るくらいなので、ある程度経済的にはしっかりしている方なのであろう。
顔はものすごく下品な顔立ちであるが、衣服自体はそれ程不潔という感じでは無い。
もしかしたら、どこかの会社のお偉いさんかもしれないし・・・
でももしかしたら、ギャンブルで一もうけしてあぶく銭が入ったので、その金でのぞみに乗ってきたのか?

モテナイ独身男性の、この夢をブチ壊した老人に対する不信の念はつきない。

 のぞみは6列の席があり、通路をはさんで右と左に3列づつ席が別れている。僕は左側の窓側。真ん中が老人、通路側には、サラリーマン風の中年男性が座った。
僕の近辺の席には全く呆れるほど、色気が無い。さすがのぞみ!ここまで色気が無いのは立派だぜ!と言いたくなる。

 老人が座った途端、日本酒の臭気がプーンと漂ってくる。
次の瞬間、全く僕の予想を裏切らずに、老人が手持ちのバッグから、日本酒のワンカップを取り出した。乗車以前に呑んでいるのは明らかであるが、もう早速飲むつもりのようである。
私は日本酒愛好家世界代表でございます、とでも言いたげな雰囲気である。
これほど日本酒を愛好している方がいるならば、全国日本酒推進連盟(そんなのあるのか?)も、さぞ嬉しかろう。

   *   *   *

 ついにモテナイ神経質な独身男性と、ションベンオヤジを乗せた列車は本当に発車!。
老人は日本酒の次は袋から煎餅のようなものを取り出して、つまみとしてバリバリと食べはじめた。
今度はその菓子の臭気がプーンと漂ってくる。グチャグチャと食物を咀嚼する音も強烈である。

 菓子を一通り食べおわると、次は煙草を取り出し一服しはじめた。
今度は煙草の臭気と煙が一斉に僕を攻撃する。心なしか煙は一旦僕の顔をわざわざ経由してから、天井に向かって上昇していくかのようである。

 このように、老人側から発散される様々な臭気で、僕の席はたちまち充満する。
老人はどうも、僕に対して臭気を発散させるために来たようである。
片や僕は、老人の臭気を吸引するために、この列車に乗りに来たかのようである。
僕の方はこの臭気を何とか感じないようにするため、呼吸のタイミングを図るのに必死で、とても車窓の景色を見つつのんびり、という訳にはいかなくなってきた。車窓の景色を楽しむ作業を、一旦中断し、過酷な臭気対策をせざるを得なくなった。新規顧客の開拓に従事しようと思った矢先、会社合併により、前社内の残務整理をさせられるはめになったサラリーマンのようになる。

旅の始まりに、この臭気発散老人との隣席はかなり厳しいものがある。旅の始まりとしては、最もふさわしくない始まりである。

老人はそのうちパンを取り出して食べはじめた。
人が列車内で行う行動というと、大きく分けて次のようなものがある。

1.車窓の景色を眺める。
2.読書・音楽観賞
3.睡眠
4.食物等の摂取
5.何もしないで、ただ車内のどこかを見つめている。

この老人はその後新大阪で下車することになるのであるが、その間、3の睡眠を少しだけとった以外は、ほとんど4の、何かの摂取作業に勤しんでいた。食物・薬・煙草と、その内容は多岐に渡っている。

 一時期老人側が、静かになったので、横を振返り確認すると、3の睡眠作業に入ったところだった。
とりあえず、臭気発散は小休止ということで、安心したのもつかの間、ふと僕は嫌な予感に襲われた。

 老人は自分の座席を倒すことを知らないのか、椅子の背もたれは元の垂直に近い状態のままにして目を閉じている。
これだと上体が直立するので、睡眠状態に入っていればそのうちバランスを失い、左右どちらかに倒れてくる。僕の脳裏に、今までの人生においての、同様のケースの思い出が走馬灯のように、流れていく。
 そう!、こんな時、睡眠者は絶対に僕側に倒れてくるのだ!
おそるおそる、もう一度老人の現時点での角度を確認する・・・ヤバイ・・・。ヤッバーイ!

 まずこのままいけば、間違いなく老人の酒に焼けた赤ら顔が、僕の上腕筋のあたりに触れてくることになる。どうしよー!
脅えて正面を凝視しつつ苦悶する僕の身の上に、意外な事態が発生した。

 僕の脇腹に、その時突然ボムっと、鈍い痛みが走った。
僕側の肘掛けに、肘を張るような状態で乗せていた老人の肘が、老人が眠りでコケタことによって、ストレートに僕の脇腹を直撃したのである。老人は、気づかないのか、また状態を建て直し、眠りはじめる。

 この時点で、今まで我慢に我慢を重ね堪えてきた、僕の堪忍袋の緒が切れ掛かる。
 と、同時に、僕の中の天使と悪魔が登場する。

 天使「老人は、こうしてお酒を飲んで列車に乗るのが唯一の楽しみなんです。たまにこれくらい自由にさせてやって下さいな。そういえば、此の方どことなく、亡くなった貴方のおじいさんにも、ちょっと似てらっしゃるでしょう。」
 悪魔「幾ら老人だからといって、人に迷惑かけていいって法則はネエヨ。現にアンタ、はた迷惑してんだろ?、ガツンと言ってやれよ、ガツンと!」

 確かに悪魔の言うとおり、僕は正直なところかなり迷惑していた。老人側に顔を向けると、ダイレクトに臭気が鼻をついてくるので、どうしても終始窓側を向いていなくてはならず、そのため首が痛くなってきて、頭痛もし始めてきた。
老人の反対側のサラリーマンは、全く気にならないのか、平気で本なぞを読んでいる。
こりゃ偉いな、と感心する。
しかしよくよく考えてみると、煙草の煙を見てもあきらかなように、臭気も煙も老人の体も全て僕側に来ているせいか、サラリーマンにはあまり被害が及んでいないだけのようである。
この事実も、僕が悪魔側に傾く材料となった。

 結局悪魔がちょっと勝つ。ちょっと悪魔側に寄った僕がとったささやかな抵抗とは・・・

 僕は荷物を取り、中をゴソゴソしたあと、荷物の位置を変えるような振りをして、荷物で、そっと老人の肘を向こう側へ押しやった(せこー)。
老人はさすがに気づいて、一旦起きた後、今度は反対のサラリーマン側へ体を傾け始めた。
一応成功!
結局この後、老人はすぐ目を覚まし、また摂取作業にとりかかることになったようである。
これで身体の接触は避けられそうだが、臭気に対してはもう抵抗の余地が無かった。
もう老人がなるべく早めに途中で下車してくれるのを祈るしかないようである。

   *   *   *

 こんな僕の祈りが通じたのか、新大阪で老人はようやく降りてくれた。
体全体からトゲが抜け落ちたように、スーっとする。
と同時に去られてみると、なんか邪険に扱ってしまったような気もして、ちょっとすまなかったような気にもなる。

程なく、老人が去った席に、次の客が来た。
今度は上品そうな普通のサラリーマンである。ま、さっきよりはましだな・・・。

 サラリーマンが席に着こうとした瞬間、いきなり悲鳴のような声をあげた。
なんだ、なんだと思ってみると、手に財布を持っている。どうやら落とし物のようだ。
なんだ、財布の落とし物か・・・・・・、何?!落とし物?!、あのジイサンのだ!

 サラリーマンは、厄介なもの拾っちゃったという感じで狼狽していたが、急に「あれ?、ここ10番じゃねえや、間違えた!」。
 どうやら席も間違えていたようである。どうも行動を見ていると、あわて者で落ち着きの無い方の様である。

 電車は既に出発し、サラリーマンも、まだオロオロしていたので、僕が財布を受け取り、車掌に渡す旨を伝え、自分の正しい席にいってもらう。

「あの、ジイサン、最後まで面倒かけやがって・・・」思わず舌打ちしてしまう僕。

 その後すぐ、正しい臨席の人が席に着いた。こちらもサラリーマン風だが、すでに初老の紳士であった。紳士は座るとすぐに新聞に目を落とす。どうやら僕への攻撃は無さそうなので、ようやく平穏な時間が持てそうである。
とはいえ、さっきのジイサンのものと思われる財布を前に、しばし僕もブルーになる。
新大阪以降は、車窓の景色もトンネルが多く単調で、これもブルーを助長。
とにかく、さっさと車掌に財布をあずけてしまおうと、切符拝見にきたついでに車掌さんに事情を説明する。

 すると、車掌が意外なことを言う。
一筆書け、と。
ああー!、そーかー。
遺失物というのは、落とし主が現れなかった場合、拾い主のものになる、という、時に厄介な決まり事がある。
その際に必要な書類を作成するため、一筆書けというのである。
「あの、ジイサン、最後まで面倒かけやがって・・・」思わず舌打ちしてしまう僕。

 財布には2千円ほど入っていたようである。
「でも、いらんぞ・・・あの財布・・・」(もうすでに自分がもらうものと決めつけてしまっているかのようである)。

 後日談であるが、今この文を書いている僕の横に、広島東警察署から送付された、この落とし物に関する書面がある。
書面には「平成12年11月22日までに、落とし主が現れなければ、広島においでよ」という意味のことが書かれている。
ここは東京。いけるか、っちゅうの!
広島に行くだけで大赤字である。しかも土日はダメ、平日の日中のみ可とのこと。非現実的ー!
 ま、あのジイサンが取りにくればいいんだ、と思うが、ふと、もしかして、あのジイサンも広島まで取りにいかせられるんかい?と思った途端、それはいくらなんでもカワイソウだ、とやっぱりヤキモキし、「あの、ジイサン、最後まで面倒かけやがって・・・」思わず舌打ちしてしまう僕。

とりあえずのぞみには静かな時間がやってきたので、ようやく出発時に購入した趣膳弁当の摂取にとりかかる。
「やっと旅らしくなったか・・・」

続く。

●上記レポートを読む場合の推奨BGM
                  MISIA:「SWEETNESS」(「LOVE IS THE MESSAGE」収録) 


その3  へ
その1

爆笑レポートindex