一人日本西遊記


その1 出発まで(旅にテーマをこじつけるの巻)

 「一人旅」というとどんなイメージがあるのだろう。
「傷心」「逃避」「流浪」・・・・などと、どうもあまり良いイメージがなさそうである。
行く場所も、あまり人のいかないような僻地とか、最果ての地などというイメージもある。
僕自身、人のあまり行かないような所が、結構嫌いでも無いので困ってしまう。

 こんな一見世捨て人的一人旅であるが、そこに「テーマ」を決めてこじつけてしまえば、途端に何か大そうなもののようにも感じてくる。もしかしたらカッコよくも見えるかもしれない!
これでモテナイということを、誤魔化すことができるかもしれない!
のみならず、女性が「まあ、素敵!」などと言って寄ってくるかもしれない!

 こんなやや不純な動機もありながら、僕は今回のゴールデンウイーク小旅行に、テーマをこじつけてみることにした。

  僕が近年好んで訪れている地は、奈良、もしくは出雲地方である。これは一つには古代史にちょっと興味がある、という理由にもよる。あとはちょっと古い町並みが好き、というのもある。そんなわけで近年僕は、なんとなく西の方へ、西の方へとそれも歴史のある場所へと向かっている。

 それまでの僕の最西到達地は広島であった。
それで、今回はまず広島よりも「もっと西へ行こう」というコンセプト、これがまず最初に浮かんできたコンセプトである。
仮にコンセプト1としよう。
それから東京にいるときもそうなのであるが、古い町並みが好きなので「古い町並みを見てみたい」というコンセプト2が浮かび上がってきた。

これらをそのまま今回のテーマとすることにする。
すなわち1.「西に行く」、2.「古い街並みを見る」。

 さて実は、今回の僕のこの小旅行には3つめの「往年の日本の文学者のゆかりの地を訪れる」というテーマもあった。これは最初から決まっていたものでは無い。
最初はこんな大それたものは当然無かった。
なんとなく行きたい土地を単純に選定していく過程で、自然にポロンと出てきちゃったものなのである。
夏の海水浴場で、海からあがってこようとした女性の水着からオッパイがポロンとはみ出てきちゃったようなものである(ちと違うか)。まあ出てきちゃったからには、やはり僕としても、否と拒絶するわけにはいかない。

 ところで「文学青年」・・・最近あんまり聞かなくなりましたな、この言葉。
その言葉が廃れるというのは、もう社会的なニーズが無くなってしまったということも意味する。文学青年なんて、どこ探してももうあまりいなくなっちゃったのか?

 僕はこの「文学青年」に、少なからず憧憬の念を抱いていた時期も合った。
時期的なことを考慮すれば「文学青年」では無く「文学少年」もどきをやっていた時期もあった。

 こんな風に書いていると、僕が今でも文学に深い造詣が有り、文学に関しては右に出るものもおらぬように思われてしまいそうだが、全くそんなことは無い。むしろそこらの「非文学青年」の方々の方がよっぽど僕より、文学について詳しいことであろう。
特に最近の動向など全くつかめない。
「鉄道員(ぽっぽや)」が浅田次郎と言う人の作品だというのは、わかる。が、それ以上の知識は無い。
強いて言えば映画の「ぽっぽや」に、広末涼子ちゃんが出ていた、くらいのことはわからないでもない。

こんな風に何時の間にか僕は「文学」から遠ざかってしまった。
今はどちらかといえば、僕も「非文学青年」である。

 ただとりあえず、学校は文学部を出ているので、第三者から見れば、「文学青年」の端くれと見えるかもしれない。

 国家試験の技術者の資格などに、「特種」「第一種」「第二種」などという格付けがあるように「文学青年」にもそういうランクがあるとしたら、僕などはさしずめ「第二種文学青年」くらいかもしれない。いや「第三種」、いや「第八種」、いや「第十二種」・・・もう、いいか。
 「非文学青年」側から見ると、これは胸を張って「特種非文学青年」もしくは「一級非文学青年」といえよう。ま、こんなとこで威張ってもしょうがないか。

 余はいかにして、「非文学青年」となりしか?。
簡単に言えば、年を取るにつれ、純文学的なものから別のジャンルに興味が移っていって、いわゆる「小説」などの創作作品をすっかり読まなくなってしまったというだけのことである。
 読む書といえば実用書やノンフィクションの類などが圧倒的に多くなってしまった。
これではちょっと「文学青年」とは言い難い。「文学青年」というからにはやはり小説・詩歌の類、それも古典的名作などを読んでいたいものである。ま、そこまではいかずとも昨今話題になった小説くらいは読んでいたいものである。

 もちろん今も僕は小説を読みたく無いというわけでは無い。
いろいろと話題になっている本、読んでいない名作等あり、読んでみたいのであるが、優先度からすると、それらは、「もっと時間があった時に」、ということになってしまうのである。だから、今は「それらに費やす時間が無い」というのも大きな原因かもしれない。

そんな僕であるが、今回3つ目のテーマにより、すこーしだけまた「文学青年」気分を味わえた旅行となった。

 というわけで、先程の3つ目のテーマの発案について、また話を戻すが、訪問地を選定していく際に、広島より西方で古い街という、テーマ1・2を加味した場合に、まず「津和野」という地をすぐに思い付いた。

 まずこれで「津和野」は訪問地としてほぼ確定した。

 その後、いろいろと迷っていたが、とある日、友人に今回の旅行の旨を話すと、九州の「柳川が良い」との意見が出た。柳川は古い町並みもあり、水郷川下りもあり、そして北原白秋の郷里でもあるという。
「そうか、そんなに見所有りか」。
この時点で、僕の中では「柳川」訪問もほぼ確定した。

 柳川が詩人北原白秋の郷里とのことであるが、そういえば、津和野も森鴎外という日本を代表する文豪の郷里である。
図らずもこれで、2人の日本の往年の大文学者の郷里を訪れることがこの時点で確定した。

 その後津和野にはどのように行けば良いのか、調べていた時のことである。
早く行くには山陽新幹線で小郡まで行き、そこから山口線というローカル線に乗り換えて行け、とある。山口線はどこぞいな、と地図を見ていると、小郡からちょっと行った、山口の手前に「湯田温泉」という文字を発見した。
「温泉かー!温泉もエエナー!」そう思い、ここで「温泉めぐり」という新たなコンセプトも浮上しかけた。ともかく湯田温泉とは、どんなところじゃろかい、とインターネットで情報を集めることにした。
すると、なんと「湯田温泉」は、往年の日本を代表する詩人、中原中也の郷里だとのことではないか!

 これでピンと来た僕は、「湯田温泉」行きもプランに組み込むことを決めた。これで「温泉めぐり」というほどでは無いが、ちょっと温泉旅情の世界を垣間見ることもできるし、一挙両得では無いか!、ということでこれも決定。

 この時点で既に3人の大文学者が出てきたことにより、新たにテーマ3として「往年の日本の文学者のゆかりの地を訪れる」を正式版として加えることとなった。

 いつもダラダラヘラヘラした、気ままな一人旅だったが、テーマ3によって、にわかにその様相が、学術的・学究的な色彩を帯びてくるようになった。
「こりゃ、ちょっとダラダラヘラヘラできんな、今回は・・・」

 津和野は島根県である。従って津和野からは日本海もそんなに遠くは無い。
山口線を日本海側へ抜けると、益田という街がある。山陰好きの僕としては、この益田にも惹かれるものがあった。そこで津和野にいった際は、宿泊は益田まで出てきて益田に泊まろうと、思い立った。

 益田について、調べてみると、なんとこの地は、奈良時代の歌人柿本人麻呂の郷里だということではないか!これは上記のテーマ3に図らずも合致する。この時点で、益田行きも決定したことは言うまでもない。

 こうして、津和野・湯田温泉・益田・柳川と基本路線が決定。
柳川は九州で、他と少し離れているので、間に博多というのも挟んでみる。
これでほぼ全体像が確定することとなった。

 ここで断っておくが、以上からおわかりのように、ここに出てきた文学者を、僕が熱愛していて、どうしてもその地に行きたかったから、このテーマが出てきた、というのでは無いのである。
これらの文学者のゆかりの地ということは、あまり意識無いまま場所を選定するうち、オッパイがポロリとはみ出るが如く、なんとなく自然に決まっちゃったのである。
 であるから当然これらの文学者についての知識・洞察は、僕のような「一級非文学青年」には、かけらも無いであろうことは、最初にちょっと断っておこう。あとでボロ出すとまずいもんね。

   *   *   *

 さて、テーマも訪問地もほぼ決まったので、いっそのこと宿や切符等も手配してしまえ!ということになった。まだ2週間程余裕がある。

 旅行中の切符は、当日購入することにして、東京からの行き帰りの切符だけ、とにかく手配することにする。
旅行中は当日の気分で経路を変えるかもしれないので、その場で買ったほうが良い。しかし東京への行き帰りは、ゴールデンウイークなので、かなりの混雑が予想される為、早めに手配しておくに越したことは無い。

 パソコンソフトで大方のシミュレーションをし、それに合致した時刻の新幹線を手配することにした。結果をプリントアウトする。
 最寄りのJR駅の緑の窓口で早速切符購入。窓際で喫煙可能席というのも条件に入れてもらう。駅員さんも条件を見ながら丁寧に予約状況を検索してくれる。
 ところがなんと、帰りに僕が希望した指定席が既に満席ということだった。ショック!
この時点で僕の後ろに3人程切符予約の人達が並んでしまって、列を作り始めている。僕の予約が長引いて渋滞してしまったようである。小さい駅なので窓口が一つしか無いのも、渋滞の一因になっている。
後ろに人がつくし、切符はとれないし、途方にくれたが、駅員さんが「いっそのことグリーンはどうか」と打診してきた。モテナイ独身者にとってグリーンは料金がかさむため、ちと経済的に痛い。しかし車を持つ訳でも無く、夜遊びもあまりしなくなったモテナイ独身者は、ここが金の使いどこだと思い直し、思い切って「じゃ、グリーンで!」ということになった。
 さすがにグリーン席は、まだ相当空席があった。ゴールデンウイーク中だし「帰りはグリーンでゆったり」もたまにはいいだろう。これが後で大正解とわかることとなる。駅員さん偉い!
 その他津和野に行く際にSL(山口号)に乗ることにしたので、その為の指定席も取っておく。ちなみにこの山口線のSLは指定券無しではのれない。これは難なく取れる。

 一方宿泊である。
 いつもは前日に予約、もしくは当日飛び込み、というケースが僕の場合多かった。
これでも今まで何とかなることはなってきた。
しかしながら、当日や前日に宿のことで、結構やきもきする場合が多く、意外にストレスになる。
そこで今回はもう、出発前に、すっきり決めておこうと、全泊分予約してしまうことにした。

 幸い今回はほぼどこに行くか決まっているので、その地もしくは近隣の都市に宿泊すれば良いから、あとはそこにある旅館ホテルを片っ端からあたっていけば良い。
僕の場合、宿泊はビジネスホテルを使用する場合が多い。そして旅行中のどれか一日を旅館に泊まるというパターンにしていた。
 ビジネスホテルは料金も安く気楽に泊まれるという利点がある。旅館は料金は高いが和室でのんびりできるし、待遇も人間味があって、旅の情緒もある。露天風呂などがある場合も多い。

 そんなわけで今回もそのパターンでいきたかった。
最終日までのビジネスホテルの予約は、まだ多少日程に余裕もあったせいか、第一希望の場所で全て予約が取れた。
 最終日は柳川へ行った後、近隣の温泉地の旅館に泊まろうと目論んでいた。
ところが、これが全然ダメであった。なぜダメかというと満室だったのでは無く、僕が一人ものだということで旅館側が僕を拒絶したためである。これでモテナイ独身者の一人旅は涙の進路変更を余儀なくされる。
結局最終日は柳川から近い佐賀のホテルに宿泊することになった。
温泉地の旅館とモテナイ独身者の相性は、あまり良くない。

 ともあれこれで旅行前の諸々の手配は済み、すっきりする。便秘が治ったようにすっきりする。
宿泊地に電話したり、地図などを見ていたせいか、気持ちがもう既に西に飛んでしまっている。
「もう旅は始まっているんだぜ!」と一人悦に入っている。

 今回は僕にしてはかなり計画性に満ちた段取りになってきた。
こんなに計画的で良いのか?というくらい僕にしては計画的である。
いつも遅刻ばかりしていたサラリーマンが、急に定刻30分前に自席についているかのようである。
嵐でも起こらなきゃ良いが・・・

続く。


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