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 Chapter 26 研究への還元(未定稿)

26−1 鳥インフルエンザ禍


 博物館の観察会事業が軌道に乗ってきた2004年1月。「鳥から人にうつって,人が死ぬ病気」が日本で発生し,衝撃が走った……国内で79年ぶりに発生した,「高病原性鳥インフルエンザ」である。

 高病原性鳥インフルエンザは,これまでにも,「家禽ペスト」の別名の通り,ニワトリに壊滅的な被害をもたらす病気として恐れられてきたが,人に感染することは無いとされてきた。しかし1997年に香港で,高病原性鳥インフルエンザが人に感染して死亡したと思われる症例が見つかり,事態は一変した。2002年以降,ベトナムを中心に,東南アジアで広く,人への感染,死亡例を伴う,高病原性鳥インフルエンザの発生が続いていた。鳥インフルエンザウイルスには,さまざまなタイプのウイルスが存在する。特にカモ類が多くの種類の鳥インフルエンザウイルスを持ち,しかも,ニワトリに重い病気を起こすウイルスでも,カモ類をはじめ,ほかの鳥類には強い症状が現れない場合が多いことから,渡り鳥による感染拡大の不安が広がっていた。しかも,インフルエンザウイルスは変異が早く,いつ,人に対する強い病原性を持ったウイルスが現れるか,わからない状況も,不安を高めていた。
 2004年1〜3月に山口,大分,京都で発生した高病原性鳥インフルエンザは,原因ウイルスの抗原型が,東アジアで流行しているものと一致した。一般市民の間でも,鶏肉や鶏卵の買い控え,学校飼育動物の鳥の隔離など,「風評被害」と言うべき過剰な反応が,各地で見られた。

 この,高病原性鳥インフルエンザの診断に関わっていたのが,何を隠そう,私の仕事場だったのだ。
 私は病原体関係のセクションに居ないので,該当する専門分野の研究員は大忙しだったが,周辺分野に居たおかげで,情報の洪水の中,ある程度は情報を俯瞰することが出来た。
 こんなときに,いち早く情報をわかりやすくコンパクトにまとめて,「安全情報」を市民に向けて語ることが出来たら,風評被害の軽減に,少しは貢献できるのではないか。診断の担当者は忙しすぎるから,これは周辺担当の役割だ。……そう思ってはみたものの,そのときは,手も足も出せなかった。こうした情報は,行政的に影響することなので,「公式情報」以外の,研究中の情報や研究者の仮説段階の情報を漏らすことのないように,内部的に自粛が呼びかけられていて,情報提供窓口は,プレス対応担当者に一本化されていた。まるで「情報統制」だが,情報の混乱防止や,メディアにゴシップまがいの記事をすっぱ抜かれないようにするための措置であり,研究員個人が変な責任を取る羽目にならないような予防策でもある。

 市民向けの安全情報は行政府から提供されていたが,風評被害の状況を見る限り,それが市民に浸透しているとは言い難いと思われた。公式な情報だけでも,迅速にまとめて分かりやすく市民に語ることが出来れば,少しは状況が変わっていたのではないだろうか。

 こうした状況の中でも,博物館では観察会を開催していた。ただ,幸いなことに,鳥インフルエンザ騒動がピークに達していた2004年1月末〜4月上旬の間に開催した観察会は1回だけ。しかも,「鳥」がメインではなく,春の野草の花などを中心にした観察会だったので,観察会事業への影響は見られなかった。もちろん,個人的には,毎月第3日曜日の明治神宮探鳥会の担当は続けていたのだが,ここでも意外なほど平穏で,巷の風評被害が別世界の出来事のようだった。高病原性鳥インフルエンザの発生地が西日本だったこともあり,危機感は薄かったのかも知れないが,現実に,鶏肉や鶏卵の価格や売り上げがガタガタしていたり,学校では,校内で教育目的で飼育されていた「学校飼育動物」のニワトリやアヒルの扱いに困って,飼育動物を児童から「隔離」してしまったり,と言った騒ぎになっているのに,感染ルートとして疑われていた野生のカモ類をのんびり眺めているバードウォッチャーって……。

 そう言えば,上野の不忍池でも,相変わらず,水鳥に餌を与える人がたくさん来ていた。食肉衛生検査を行い,きちんと安全性をチェックされている鶏肉の不買をする一方で,それより遥かにリスクの高い野生の水禽に接触して餌をやっている感覚は,どうもおかしい。

26−2 やっと実現した市民向けレクチャー


 鳥インフルエンザ禍が始まってからほぼ1年後の,2005年1月。やっとこ,市民向けの「鳥インフルエンザ講座」が実現した。鳥の博物館の市民向け講座である「鳥博セミナー」の枠を利用して,出来るだけ分かりやすく,専門用語の羅列にならないように注意しながら,これまでの経過の総括と,今後に向けた予防策,風評被害防止策などを1時間半喋った。休憩を挟んだ後,たっぷり1時間近く(思い切り予定時間を超過したが……)質問に答えた。山のように質問を受け,鳥インフルエンザに対する市民の不安感と,情報浸透不足を実感した。
 レクチャーの時期としては,ちょっと遅くなりすぎたような気もしたのだが,そんなことは無かった。やはり,「安心」を与えるためには,きちんと情報を伝えることが大事なのだ。


 良い経験だった。
 研究者と言えども,市民と直接対面することは必要なんだと思う。なにしろ,研究成果の最終的なユーザー,つまり,恩恵を受ける立場の人は,一般市民なのだから,特にこういう話は,本当に「普及してナンボ」と言うものだ。その大切さを,はっきりと認識出来ただけでも,私にとっては,他の研究員には無い「財産」を得たことになると思う。

 実は,このレクチャー以前にも,私の所に鳥インフルエンザ関連の講演依頼があった。2004年4月にジャパンバードフェスティバルのプレイベントとして行われたパネルディスカッション。動物の病気にも野鳥の生態にも知識があると言う理由で,パネリストとして,主催者は私を名指ししてきた。しかし,この依頼を受けた時は,京都の高病原性鳥インフルエンザ騒動がまだ収束していない時期。さすがにこの時期には,さきの「情報統制」が内部的にかなり厳しく言われていたので,研究員に直接,依頼を受けても,個人的に引き受けるわけにはゆかず,情報担当窓口にタライ回しをして,責任の取れる管理職級を紹介してもらうことにした。
 野鳥関係のイベントなので,いくらウイルスの専門家と言っても,野鳥の生態や生理に詳しくない人には,かなり苦しかったと思うが……。私を呼びたかった主催者には,少々悪いことをしたかも知れないが,組織運営の都合なので,私が口を挟む余地は無く,仕方の無いことだった。

26−3 共同研究


 鳥の博物館での観察会活動を始めた当初から,博物館の新規事業展開による活性化と言う目的のほかに,私には1つの目的があった。

 それは,自分の研究活動への還元。

 私の所属する研究所で,最も不足しているものの1つが,普及活動,特に,一般市民向け,対社会的な普及活動である。人の健康,安全にも関わる研究課題を持っているにも関わらず,一般市民とのパイプは細い。鳥インフルエンザ騒動のときにも明らかに不足していたのは,リスクコミュニケーション技術。疫学や情報技術研究で社会還元を目指すなら,この辺りの調査研究が狙い目だった。……いや,狙い目と言うよりも,誰も手をつけたがらなかった分野だったのかも知れない。

 博物館も研究所も,研究調査活動と普及活動の両方を担う立場にある。ただ,その軸足は異なり,博物館では普及活動に重心があり,研究所ではほとんど普及啓蒙に手を出さない所も少なくない。その普及活動のノウハウを学ぶために,博物館に出入りして,観察会などに手を染めているわけなのだが……。

 とは言うものの,普及活動だけでは,今のところ,私の今の仕事にはプラスにならない(もっと長い目で見れば,仕事のための先行投資とも言えるのだが,現状ではこのような活動は個人評価の対象外なので…)。そこで,鳥インフルエンザに関する情報の普及状況や,市民がどんな不安を抱いているのか,アンケート調査を行うことにした。まさに,リスクコミュニケーションの問題に触れるポイントだ。
 アンケート調査は,鳥の博物館との共同研究と言う形にして,「てがたん」参加者を始め,多くの市民の声を聞くことが出来た。
 また,この調査を,野鳥の会の探鳥会参加者に対しても行い,鳥に興味を持っているであろう,バードウォッチャーと,非バードウォッチャーの比較も行うことにした。首都圏の野鳥の会の支部に依頼を出したところ,東京を除いて,即座に快諾を頂いたのは,ありがたいことだった(その後,東京でも調査許可は貰えたが,探鳥会参加者の鳥インフルエンザに対する関心度は低く,アンケート回収率もかなり低かった)。特に神奈川は,私の平日の仕事を良く理解してくださっている探鳥会担当者がいて,アンケート回収率も100%だった。さすが,「放課後博物館」の浜口さんの牽引する支部だ。スタッフの意識が高い。

 東京では,調査の許諾を得るのにも,すったもんだで1ヶ月ほどかかってしまったが,実際の調査でも,なかなか大変だった。その最大の原因は,私の職場の知名度の低さ。探鳥会の担当者や支部の上層部に,私のこと,私の仕事場のことを知っている人がいたところは,非常に協力的で,話がスイスイ進んだのも事実だ。こういうありがたいスタッフのいる探鳥会では,探鳥会の現場でも,私のために貴重な時間を割いてくださり,さらに,私の説明に加えて,応援の一言もいただけたので,参加者の協力意識も高くなったが,東京では,私の仕事場の知名度はゼロ。1から説明し,1人で声を大にしてお願いするしかなかった。
 そんな状況なので,調査もなかなかはかどらない。

 とある探鳥会では,「あんた,何者?」みたいな質問がボロボロと……。
 鳥インフルエンザ問題の重要な部分を担当している機関であり,その仕事を通じて市民の安全を担保している,と言った説明はするのだが,
 「じゃぁ,あんたは病気が出ると出てくる人なのね。あんたに会わないほうが,幸せだな。ワハハハハ……」

 ……それって,私は疫病神扱いですかい?

 しかも,これ,私がレギュラーで担当している明治神宮探鳥会と同じ,東京支部の探鳥会の参加者の発言なんですけど。
 鳥インフルエンザに関して,鳥に興味を持った人たちなら,一般の人たちよりも,敏感に反応して情報を得たりしているかも知れない,と言う予測は,見事に外れたのだった。

 ……とまぁ,いくつかの紆余曲折はあったものの,約2ヶ月間,休日のたびに足で稼いだ調査票が約200枚。これを分析して,とりあえず第一報を,5月の日本環境教育学会で発表する。

 この結果は,リスクコミュニケーション研究のための,良いデータとなるはずだ。

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