1章 雨の墓標 俺は半年ぶりに、友の墓標の前に立っていた。 墓前に供えたスター・チャイルドのつぼみが、ボゥ、と光を放つ。 「来たよ、..総司。」 線香に火をつけ、手を合わせる。 (総司、..お前は恋人に会えたのかい。) 霧雨がうつ向く前髪に露を結び、合掌した手の上に水滴を落とす。 「総司..お前がいないなんて、半年たっても慣れることが出来ないよ。」 | |
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俺と総司は生まれたときから一緒だった。 総司は綺麗な子供だった。よく女の子と間違えられたものだった。 小さいときからひょろりと背ばかり大きくておっとりした総司は、いじめられてはいつも俺の後ろに逃げ込んで来た。 俺は、小柄な体の素早さを武器にして、否応なしに喧嘩が強くなっていった。 思春期を迎えると、俺は総司と一緒にいることの不幸をイヤと言うほど味わされることになった。 女の子達が毎日ひっきりなしに俺を追い回すのだ。登校時、休み時間、昼休み、放課後...まさに隙あらば、という感じだったが、特に集中的に狙われたのは総司と俺が別行動をとる部活の時だった。 物陰で様子を見ていた女の子が、走り寄ってきて俺の手に手紙を握らせ、顔を真っ赤にして走り去って行く..。 「あのぉ、すいません、総司センパイにこれ、渡してもらえませんか。」 はいはい、わかったよ。直接渡しゃぁいいものを、ご苦労さん。 これだけたくさんの手紙やプレゼントを受け取りながら、俺あての物はとうとう一つも無かった。 それは大人になってもさほど変わらなかった。 だが総司はどんな美女の誘いにも可憐な少女の告白にも心動かされる様子はなかった。 成長するにつれ、俗離れした、どこか神秘的な雰囲気を持つようになった総司に、そのストイックな姿勢は似合っていた。 | |
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俺と総司は宇宙(そら)で働いた。 星間航路のまだ整備されない宙域の探査及び航路図の作成、それが俺たちの乗った宇宙船(ふね)の任務だった。 そういった辺境宙域の航行は非常に危険だ。現在地の座標は、ちょっとした重力場の乱れにも左右される。定期航路の引かれた宙域ではそれらが正確にインプットされた航路図があるので問題はないが、その航路図自体を作成しようという宙域では、座標の誤差は即、大事故につながる。 だが不確定要素の多すぎる重力場の中を航行するのはコンピュータだけでは無理だ。全ての可能性を演算によって網羅しようという発想は、逆に絞り切れない複数の未来をはじき出すにとどまってしまう。 従ってそこからは、機械ではなし得ない、人間の能力が要求されるのだ。 俺と総司は、その能力を持つがゆえに、この宇宙船(ふね)に乗っていた。 俺たちは「シンパシスト(共感者)」と呼ばれている。常に二人ひと組で行動し、生まれたときから一緒に育ったものでないとシンパシストになるのは難しいとされている。だからたいていは同い年の男同士又は女同士がシンパシストになる。星間航行の黎明期には男女の組だったことも珍しくなく、難破船を救った恋人たちの伝説もあるが、実際の男女のシンパシストはごく少ないようだ。 俺と総司は幼い頃から、離れていても互いのことがわかることがよくあった。だから総司がガキ大将にいじめられている時に俺がタイミングよく駆けつけることが出来たのだ。 その日、俺と総司は今日を安全に航行するための任務に入っていた。 シンパシストを使った座標決定のしくみは、こうだ。 まず、二人を宇宙船の船首と船尾とに別々に配置する。トランス状態に入ったシンパシストの脳に、コンピュータは、最終的に絞り込んだ数通りの未来座標をインプットする。こうしてシンパシストはコンピュータによって与えられた未来の夢を見る。 それは美しい桃源郷の夢のこともあるし、とてつもない悪夢のこともある。それは見てみるまではわからない。 至福の時に笑みを浮かべあるいは悪夢にうなされて、シンパシストは互いを呼び合う。それは生まれながらに持つ固有の二人の間の共感だ。火急の際に相手の身を案じる気持ちが純化され定着したものだといわれている。 コンピュータは二人の脳波のシンクロ状況を読み取りその共感率のもっとも高いポイント、すなわちもっとも確実な未来座標を取り出す。 非科学的な方法のようだが、事故は激減した。それでも事故は起こるが現在のところ、これに代わる方法は見つかっていない。 その日の夢は、どこまでも拡がる大海原だった。俺は船の舳先に立ち、心地よい潮風に頬をなぶらせていた。 一日の航海も終わり、壮麗な夕焼けが空と海を真っ赤に染め、溶鉱炉と化した 巨大な夕日が今まさに海面に触れようとしていた。 まさに息を呑むような大自然の絢爛たる絵巻だった。 あまりにも美しく壮大な景色を見たとき、人は口にするべき言葉を失う。 凍りついたように魅入っていた俺は、いつしか繰り返し「これを総司にも見せたい。」と思っていた。 (総司、お前に見せたいよ、この景色を。) だが俺は一人ぼっちなのだ。総司は、ここにいない。 (お前に見せたいのに、..どこにいるんだ、..総司、..お前どこにいるんだよぉ、..) 美しさに感動したせいなのか、胸が、ぐうっと押されるように息苦しく切なくなり、俺は泣いていた。 「総司、..総司ぃ。」 まるで迷子になった子供のように、俺は総司を求めて泣きじゃくっていた。 鼻の奥がつぅんと痛く、甘ったるいような切ないような悲しみの中で、俺はありったけ泣いた。 「ジェイ。」 俺はあだ名を呼ばれ、ぴくん、と震えた。ただひとりだけが俺をこの名前で呼ぶ。..総司。 そこに総司がいた。 「総司、総司..」 「泣くなよぉ..しょうがないなぁ。」 「...だって。」 俺と総司が互いの顔を見てほっと安堵のため息をついた、その時。 歌が、聞こえてきた。 それは細く美しい女の声だった。哀しい調べをその声は切々と歌っていた。 | |
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「・・・・。」 俺と総司は顔を見合わせた。 「一体、誰が歌っているんだ..」 | |
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声は朗々と高らかにあるいは風に紛れそうなほどに低く、海の上を渡ってゆく。 いつしか総司の閉じられたまぶたに涙が光っていた。 「キャサリン、..あぁ..」 俺は総司の唇から洩れ出た名前を知らなかった。 「総司っ、誰だよ、それ。なんでお前が知ってて俺が知らないことがあんだよっ」 俺が悲鳴に近い声をあげた瞬間。 すべての接続が断ち切られた。 「しまった、シンクロが切れた...」闇の中を落ちて行きながら、俺は事の重大さに息を呑んだ。 この宇宙船(ふね)は、おしまいだ。 すぐに、意識が遠くなっていった。 | |
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