月にはウサギが餅をついている形の影があります。
外国ではそれはカニだったり女の子の横顔だったりします。
アポロが着陸した時、出迎えにでてくるウサギ達はいませんでした。
けれど、本当は月にはウサギがいるのです。それは..。

月にはどうしてウサギがいるのか


ウサギは、月のことが好きでした。
あの夜空に輝く、お月様です。

毎日、夜になり月が空に昇ると、そわそわとして、やがていっさんに丘を駆け上がり
ススキの丘の頂きにのぼるのでした。

「お月さん、ねぇお月さん、..こっちを向いておくれよ。
今日は意地悪な雲もいないし雨も来ない、星がきらきらしたいい夜だね。
あなたがいっとう輝く十五夜ももうすぐだねぇ。」
さらさらとススキのたなびく音に混じってウサギが月に語りかける声が一晩中続いたものです。
けれど月は一向に気付いた様子もなく、明け方には山の向こうへ帰ってしまうのでした。

今日もウサギは夜明けの薄暗がりの中を帰ってゆきました。
「あぁ、こんなに毎日会いに行っているのに、毎晩を語りかけて過ごしているのに、
どうしてお月さんは気付きもしてくれないんだろう。..これでもうお月さんが満ち欠けを
何度繰り返したかしれない。切ないなぁ。」
ウサギはひとつ、ため息をつきました。

本当にもう、ウサギは胸が張り裂けそうだったのです。

昼間眠って、夜はまた丘にのぼりに行きます。
雨が降り、もう今日は月の出を望めないという夜には、ウサギは巣にこもって泣きながら寝てしまいます。
顔色が悪いよ、と、山の仲間が心配して声をかけてくれるのですが、ウサギにはそんなことは
どうでもよかったのです。

山の仲間とも行き会わなくなり、ずいぶん時がたちました。
ある日、ススキの丘へ今日もとぼとぼと歩くウサギを、誰かが呼び止めました。
ヤマイヌでした。

「ニンゲン様にお出しする贈り物は用意したろうね。」
ウサギは知りませんでしたが、ゆうべ、動物達は行き倒れた人間の旅人を助けたのでした。
そしてみんながめいめいに、旅人のために贈り物をすることになっていたのです。

ウサギはため息をつきました。もう何だってどうだっていいのです。
「そんなこと、知らない。明日にしてよ。」
「冗談じゃない、今日でなきゃ駄目だ、用意しているんだろうな、駄目だぞ今日中にしないと。」
ヤマイヌは目を吊り上げて怒りました。山のおきては一人でも破るものがあったときは
皆に大変な罰が下ると信じられているのです。
「とにかく一緒に来い。」
ヤマイヌに引きずられるようにしてウサギは広場に連れていかれました。

そこではわいわいと、動物達が集まり、すでに贈り物が始まっていました。

「私は鮭を取って来ました。」
熊が、それはそれは見事な大きな鮭を差し出しました。
みんなは、ほぅ、とため息をつき、口々にほめ賛えました。

「私は、木の実を集めて来ました。」
リス達が、木の実をぎっしり詰めたかごを次々と運んで来ます。
みんなは、あれだけの木の実を集めるとはたいしたもんだ、とがやがや言いあっています。

「私は石を取って来ました」
モグラがまぶしそうに目をしばたたきながら、大きな光る石を持って来ました。
みんなは「石ころなんてどうするんだ」と不満そうにがやがや言っていましたが、
フクロウが木の上から一声、「それはただの石ではない。ダイヤだ。」と言うと、
一瞬しぃんとなって、それから慌ててモグラに道を譲ったりおじぎをしたりし始めました。

そうやって、みんな、贈り物をしたのです。

最後にウサギの番が来ました。
みんなはそれぞれの贈り物の素晴らしさにすっかり満足して、最後を締めくくるのはどんな物だろうと
期待に目を輝かせていました。

ここでウサギが何も持ってこなかったなどと言おうものならどんなにみんな怒るかわかったものでは
ありません。

「困ったな...」
何も思い浮かばぬまま、ウサギは前へ出ました。

目の前では盛大なかがり火が燃されています。

ウサギは空を仰ぎました。
満月がこうこうと照り映え、美しく輝いていました。
それを見た時、ウサギの心にひとつの決意が生まれたのです。

「お月さん、私は、ここですよ。今おそばに行きますよ。」
そう言うとウサギは、あっと言う間に火の中に飛び込みました。

誰も止める間もありませんでした。
ウサギの身を焼いた煙は、細く細くたなびいて、空にのぼってゆきました。

みんな泣きましたが、もうあとの祭りです。
「なんて立派なんだ、自分の身を犠牲にするなんて。」
みんなはウサギこそ本当にとおとい精神の持ち主だと賛え、さらに涙を流しました。

みんなの涙もようやくおさまりかけ、かがり火の煙も薄れた頃。

「あっ見てごらん。」
最初に気付いたのは誰だったでしょう。
みんなが顔を上げ、空をみると..。

輝く満月の中にウサギがいるではありませんか。

「お餅をついているよ。」
確かに月のウサギは餅をついているようにも見えました。

けれどそれがあのウサギなのか、それとも今まで気付かなかったただの影なのか..。
本当のところは誰にもわかりません。




ありがとうございました。
(今までの掲載分「短編ファンタジー」はこちらにあります)

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