「青春小説」創作ノート1

2005年9月

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09/01
月が変わったので創作ノートのタイトルを新しくした。1年かかった「空海」がようやく終わりそうになっている。まだ作業は続いているので当分、このノートの中にも「空海」の話題が出てくることになるが、とりあえず目を未来に向けたい。青春小説を書きたいと考えている。できれば2冊書きたい。とりあえずスタートするのは、集英社文庫の「いちご同盟」のシリーズである。これはシリーズというほどのものではないが、「いちご同盟」を集英社文庫に入れた時に、将来は、中学、高校、大学篇の三部作にしようと飲みながら話した。飲みながらの話であるからすぐに忘れたかというと、高校篇はすぐに書いた。「春のソナタ」という作品である。それから、忘れてしまった。その編集者はいまでは偉い人になっているので、編集の現場で仕事をすることもなくなっていたのだが、急に昔のことを思い出して、若い編集者を派遣してくれた。若い人と話をするのは楽しいので、一回、いっしょに飲んだ。わたしは編集者と飲むために仕事をしているようなところがあるので、これで仕事は前向きに動き始めた。というわけで、大学篇を書くことになった。実はまだ何も考えていない。
その前に仕事が一つ残っている。「空海」が長引いたために、夏休みの宿題が残っている。「お父さんの算数」(仮題)という新書で、親子の絆を築いていくきっかけとして、我が子に算数を教えるのはどうか、といった提案である。昔書いた「パパは塾長さん」の焼き直しみたいなものだが、すでに有名な塾の先生が書いた算数の本なども入手してあるので、いまの状況を参考にした上で、一種の人生哲学みたいなものを書いてみたい。当面は、そのノートをここに書くことになる。夏休みに書くと担当編集者には言ってあったのだが、世の中の夏休みは終わってしまった。しかし早稲田大学の夏休みは9月いっぱいある。昔は9月16日に後期が始まったのだが、今シーズンから前後期制になって、とくに第二文学部は科目登録の期間があるので、後期の授業が始まるのは10月からということになる。だから先生は休みである。ということで、今月中に仕上げるということで、この新書を書き始める。
だが、「空海」はまだ完成していない。「空海」を書きつつ、「算数」のことも考え、さらに「青春小説」の構想を練る、という同時並行の作業となる。1日の本日はまだ「空海」。空海が最澄に絶縁状を出す。その手紙の内容を創作で書いた。名文である。まるで空海が乗り移っているかのようだ。これで山場は完全に終わった。あとはエンディングを静かに進行させるだけだ。

09/02
高田馬場の日本点字図書館で打ち合わせ。世のため人のための仕事である。「空海」はエンディングを考えるだけになった。プランはあるのだが、深呼吸をするために中断。本日は「アインシュタインの謎を解く」の再校をチェック。校正者の疑問点だけに答えていく。昔の本を文庫にするだけなのだが、熱心な校正者で問題点がけっこう出てきた。「ジョン・スチュワート・ベル」のミドルネームはこれでいいか、と訊かれてもとっさにはわからない。パソコンの中に入っている小学館の百科事典には出ていない。自分で原稿を書いたのだから、何かを見て書いているのだが。しかしインターネットのグーグルで「ベルの定理」を入れて検索したら出てきた。インターネットは偉大だ。

09/03
土曜日。エピローグに入れるべきものはすべて書いた気がする。あとは終わるだけだ。この作品は晩年の空海が弟子たちを集めて遺言するシーンから始まり、そこから回想していくかたちになっている。で、回想している現時点に戻って終わるというのでは面白くないので、高野山をこれから作ろうというところで終わってしまいたい。そのラストシーンをこれから書くことにする。あと1日あれば完成ではないか。

09/04
日曜日。終わったかな、という段階に到達した。しかし、プリントして読み返す必要がある。あとがき、主要登場人物のリストを含めて220ページ。ということは約600枚。適当なサイズに収まった。「桓武天皇」と同じくらいだろう。夕方、下北沢まで散歩。終わったと思うと、ほっとする。下北沢は金曜日に高田馬場からの帰りに通った。点字図書館から出ると、高田馬場駅の南口が近いのだが、そこには西武新宿線の入口がある。ここから入るとそのまま新宿行きのホームに出る。これて新宿に行き、小田急で下北沢まで行けば、JRにも地下鉄にも乗らずに帰れる。だが、金曜日はもう暗くなっていた。昼間の下北沢は久しぶりだ。北沢八幡のお祭りをやっていた。店は神社の境内の中だけ。三軒茶屋の八幡神社のお祭りの方が、規模が大きい。そういえば三宿神社のお祭りもそろそろだと思う。三宿神社のお祭りねなかなかのもので、能舞台で地元の人が何やら演じるのが面白い。本日は最後の20ページをプリントしてチェックする。その入力がすめば完成。明け方までには作業が終わるだろう。

09/05
「空海」をプリントして郵便で送る。ワード文書をメールに添付したが、これで外字が送れるのかよくわからない。わたしはワードで原稿を書いているけれども、漢字変換は一太郎のATOKを使っている。今年の4月に大学の先生に復帰して、教員室用にパソコンを貸してくれたので、ATOKを入れようとしたら、動作が不安定であった。最新のウィンドウズと相性がよくないようで、一太郎の最新版を買って入れたら順調に作動した。それだけのことなのだが、このATOKでは、いままで打てなかった文字が出てくる。菩提薩?とか阿?如来で、「空海」を書くのにこれはありがたいのだが、これはATOKだけのものか、マイクロソフトでも共通のコードで文字が出るのかよくわからない。このページをホームページに載せればわかるだろう。と思ってこの「メモ帳」を上書き保存しようとしたら、文字が消えてしまった。どうもメモ帳では対応できないようだ。ということで、ホームページには文字が出ないことがわかった。
光文社の担当者来訪。打ち合わせ。作家の大泉芽衣子さんもいっしょ。二人ともわたしの教え子である。三宿で飲む。大泉さんはわたしの教え子の4人の「すばる新人賞作家」の4人目。第二文学部50周年の懸賞募集の受賞者でもある。二人とも、自分の子供くらいの年齢であるので、飲んでいるとお父さんみたいな気分になる。光文社は来年の頭からとりかかる青春小説の担当。これから書く集英社のを「青春小説@」、光文社のを「青春小説A」と呼ぶことにしよう。「青春小説A」の方は、ストーリーはできている。やや暗い作品だが、インパクトのあるものを考えている。「青春小説@」の方は、「いちご同盟」の流れなので、やや甘いものになる。

09/06
昨日、表示できない文字について書いたが、こちらの知識不足であった。もう一度、試してみたい。「菩提薩?」「阿?如来」これでどうだ。いま、ネットにつないで確認した。ちゃんと出ている。メモ帳を上書きする時に、文字コードをユニコードにすればいいのだ。しかし、ユニコードって何だ?
文藝家協会。引用についての懇談会。引用は法律では厳密に定義されているのだが、一般には誤解されているし、それが慣用になっている場合もある。それが既成事実になっている面もあるので、もう一度、引用とは何かを、著作者の側がメッセージとして発信する必要がある。

09/07
仏教講話。偉いお坊さんたちの講話をCD集として出すそうで、そういうところに混ぜてもらえるのはありがたい。書き終えたばかりの空海の話などもさせてもらった。

09/08
文化庁著作権分科会。いつも霞ヶ関ビルの33階の東海大学の宴会場なのだが本日は35階の東京會舘だ。出がけに案内状を見て確認した。ぼんやりしていると違う階に行くところだった。「空海」が終わった虚脱感が長引いている。会議が終わったあと、となりの委員に「今日は発言しませんでしたね」と言われた。手を挙げるのもめんどうといった疲労感があって、何も言いたくなかった。本日のテーマはiPodなので、どうでもいいという気持ちもあった。ほんとうは、どうでもいいことではない。MDやダットには私的録音補償金が課金されているのに、同じ使い方がされているiPodには課金されないというのは不公平だ。確かにiPodには音楽データだけでなく、いろいろなものを入れることができるのだが、音楽利用者が大量に存在することによって、iPodや同種の記憶装置が大量生産され、そのため安価になっているのだから、音楽データを入れない人も恩恵を得ている。そういうことを考えずに、とにかく金を払うのはいやだという利用者が存在するのは、エゴイズムとしかいいようがない。
台風一過でものすごく暑い。疲労感が持続しているので仕事も進まない。夜中にテレビを見ていると、半年くらい時々見ていた「オデッセー5」というアメリカのテレビドラマの最終回をやっていた。宇宙船のクルーが宇宙に出ている時に地球が爆発し、生き残った5人の前に怪しい人物(神様か宇宙の番人の進化した宇宙人か宇宙の意志みたいなものが人格かしたものか)が現れ、何とかしろといって、数年前の地球に送り込まれる。で、地球に怪しい宇宙人が潜入している話と、五人の主役の過去にまつわる個人的エピソードが同時進行で展開して、出だしは面白かったのだが、そのうち話がパターン化して、それほど熱心に見ているわけではなかったのだが、とにかく最終回なのだから、地球は救われるのかいなか、そもそもなぜ爆発してしまったのか、といったエンディングの謎解きがあるはずだと、真剣に見ていたら、どうでもいいところで突然終わって、このシリーズは今回で終了し、アメリカ本国でも続篇の制作は行われておらず、地球爆発の謎はまったく解明されないままであるが、とにかくこれで終わりなのだ、といった意味の表示が出て、そして終わってしまった。このまま永遠の謎になってしまうのか。最終回ではアポロが月からもってきた「月の石」は実は火星のもので、その石の組成は実はある種のメッセージなのだといった話が入っていて、それはなかなか面白いアイデアなのだが、それが何なのだという解明もなく、話は終わってしまったのだ。これは無責任ではない。
そこまで考えて、わたしも「帰郷」という大長編を3000枚書いたところでストップしたままであることを思い出した。これは『文芸』に1000枚連載し、次に100枚ずつくらいを断続的に掲載し、合計2000枚になったところで、雑誌がうすくなってしまったので、掲載はしないが定期的に原稿を書くということをさらに1000枚続けて、そこで担当編集者がいなくなってしまったので、すべてがストップしているのである。読者を読んだのは2000枚だけで、あとの1000枚は生原稿のままでわたしの手元にある。誰も読んでいないだろうと思っていたのだが、少なくとも数人の読者から、「帰郷」はどうなるのかというメールを貰った。どうなるかはわたしもわからない。この作品にも謎の部分はあって、それがしだいに明らかにされるようになっているのだが、その謎の部分はわたしの頭の中にはある。あったはずだが、半分くらいは忘れかけているような気もする。書かねばならぬという思いと、どうでもいいという思いが半分ずつくらいで、少なくとも、「空海」を書く方が先だという思いは強かった。その後も、歴史小説を書きたいという思いがあり、歴史小説をずっと書き続けると最後に現代に到達するから、するとそこに「帰郷」が配置されるのだとも思う。しかしそのためには500歳くらいまで生きる必要がある。どこかで決断しないといけないだろうが、読者を増やさないと本が出せない。とにかく書いておけばインターネットに表示することも可能だが、いまのところそこまでやることはないと思っている。
何か、とても疲れているので、何をする気にもなれないのだが、そろそろ「青春小説@」の具体的なプランを考えないといけない。テーマは「純愛」である。前の担当編集者が「いちご同盟」の表紙に「純愛」という文字を刷り込んだので、これは純愛小説ということになってしまった。わたしとしては、これはファミリーロマンスだと思っているのだが。今回も、中心となる人物の親についてはちゃんと書かないといけないと思っている。青春小説は、子供が大人になっていく物語だから、大人のサンプルとして、親というものについて考えることが、子供から大人への重要なステップになる。だから、親の職業とか人生観とか、そういうところから入っていきたい。親はまあ、団塊世代か、少し下くらいだろう。学生運動くずれみたいなものは、若い読者にとっては何のことかわからないだろうが、ヒッピーとか、芸術家崩れ、みたいなものなら、イメージできるだろうか。ロックやシンガーソングライターになりたいと思っていたが、挫折した、といったことなら、いまでもあることだから、わかりやすいか。そういうダメな親について、具体的な設定を考えたい。

09/09
金曜日。今週はスケジュールがつまっていて、まだ夏休みの気分が残っているので、毎日仕事があると疲れる。で、今日はウィークデーだけど休み。池尻大橋のあたりを散歩しただけ。「お父さんの算数」、まだ「まえがき」を書いている段階だが、ようやく文体が見つかった。このペースで書いていけば、何とかなるだろう。小説ではないので、一気に書けるはずだ。

09/10
土曜日。下北沢まで散歩。何事もなし。青春小説は男と女が登場する。それだけで成立する場合(ロミオとジュリエット)もあるが、男が2人の場合もある。「いちご同盟」がそれ。「春のソナタ」は年上の女をめぐって父親と対立する。それに同級生の女の子も絡む。それ以上、人数が増えるとややこしくなる。で、「青春小説@」をどうするか。「青春小説A」は男1人、女2人とすでに話が決まっている。だから@の方は、違うパターンをとりたい。男2、女2ということになるのか。これから煮詰めていく。

09/11
日曜日。選挙に行く。昔、裁判官のリストの中に、わたしの友人の裁判で不当な扱いをした裁判官の名前を見つけた。とりあえず×をつけたが、事前にリストを見ておけば、妻にもその裁判官がいかにひどいやつかということを話すことができたのにと思い、残念であった。で、投票所を出てから、妻にその話をしたら、わたしはいつも全員×よ、と答えた。よき妻をもったと思った。それ以来、わたしも全部×にしている。できれば国会議員も、×方式にしてほしいと思う。
9月11日といえば、同時多発テロの日だ。しかしハリケーン・カトリーナの猛威の前に、テロがかすんでしまった。テロ対策に予算を回して、天災に対する対策が疎かになっていたといわれている。しかしもしかしたら、ハリケーンの発生も、ビンラビンの仕業かもしれない。

09/12
予想通り、自民党が圧勝したが、自民党自身の期待や願望を越えた圧勝だったようで、東京の比例区では用意した候補者が1人足りなくなって、議席を一つ損することになった。前代未聞の事態である。民主党には友人、知人がいるので、残念ではあるが、そういうこともあるだろう。これが小選挙区の面白いところだ。それにしても小泉という人は、自民党内に敵役を作ってストーリーを創作して、自分だけが正義の味方になってしまうところがすごい。陰で実力をもっていた族議員を排斥したいようだが、そうすると事務次官などの官僚の力が強くなりすぎる。マスコミがもうちょっと頑張らないといけないのだが、小泉が描いたストーリーに簡単に乗せられてしまうテレビ局もひどいものだ。
全然関係ないが、スペインにいる長男が、家族にだけ見せるブログを書いている。ピレネーの高峰に登った話とか、ニラを手に入れてギョーザを作った話とか、なかなか面白い。毎日、楽しみにしている。わが孫は新しい幼稚園に入園した。スペインは小学校付属の幼稚園に入れておかないと、その小学校に入れないので、いままでの保育園みたいな幼稚園から変わったのだ。新しい幼稚園にすぐに慣れるか心配である。

09/13
文化庁と教育NPO。会議のダブルヘッダーは疲れる。しかしフットボールのシーズンが始まったので楽しい。昨日の夜中はコルツの試合をやっていた。ペイトン・マニングは最初から絶好調だ。

09/14
中村くんと三宿に飲む。半年ぶり。中村くんとは長いつきあいである。楽しく飲めた。

09/15
教育NPOの総会にゲストとして出席。

09/16
金曜日だが、公用はない。渋谷まで散歩。涼しくなったが、やはり歩くと汗が出る。「お父さんの算数」ようやくピッチが上がってきた。締め切りまであと半月。どんどん書いていきたい。

09/17
土曜日。下北沢から新宿まで散歩。歩いたわけではない。電車に乗った。渋谷までは歩けるが新宿は遠い。

09/18
日曜日。次男と甥がなぜか同時に2日ほど宿泊していた。妻と二人きりの生活に慣れているので、妙な感じ。二人が帰ったと思ったら姉が来た。

09/19
月曜だが祭日。敬老の日。敬老してほしい年齢になった。

09/20
火曜日。ようやく世の中が動き始めた。今週はヒマなので仕事に集中できる。

09/21
近くの太子堂まで散歩。「お父さん」はどうも文体がよくない。最初からやりかえることにする。手間がかかる。今月中の完成は難しいか。

09/22
点字図書館で本間賞の選考。その後、妻と待ち合わせて、三ヶ日に向かう。午前中の会議なので一日が長い。午後4時には三ヶ日着。正確に言うと浜松市三ヶ日町。先日の衆議院選挙でデッドヒートが展開された地域だ。当選した女性議員がお土産に大量の「うなぎパイ」を買っているところがテレビで報道されていた。一ヶ月ぶり。
建物の中に夏の想い出が残っている。一ヶ月前、知人の訃報を受けて真夜中に慌ただしく東京に戻った。その胸の痛みが、閉めきってあった室内に澱んだ空気とともに残っている気がする。この夏は3週間ほど滞在して、「空海」の仕上げの部分を書いていた。そうだ、「空海」を書いていたのだ、と思い出した。「空海」を書いていた時は、自分が空海になったような、張りつめたものがあった。いまは「お父さんの算数」なので、私小説の世界だ。気持ちがトーンダウンするのも仕方がない。「空海」は編集部に送ったままだ。そのうちゲラになって戻ってくるだろう。最初の数行を読むだけで、緊張感が戻ることは間違いない。何度も読み返したオープニングだ。しかし、最初に書いた文章は、ほとんどいじっていない。
その最初に書いた文章とは、一年前、スタートした時の文章ではない。半年ほどかけて、80枚ほど書いたところで、孫と遊びにスペインに行った。帰ってきたみると、パソコンに障害があって、80枚がそっくり消えてしまった。そのショックとともに、一気に書き上げたオープニングだ。消えた原稿では、空海の少年時代から始まっていた。それでいいのかとスペインにいる間、迷っていた。原稿が消えたので決断がついた。空海の晩年から書き始めることにした。その時の緊張感が文章にこもっている気がする。
今回は数日の滞在だが、「お父さん」の文体を最初から練り直すことにする。集中力が必要だ。ここでは昼間起きて仕事をする。電話がかかってこないので集中できる。とにかくこの仕事を片付けなければ次に進めない。

09/23
三ヶ日の休日。知人のTさん来る。この仕事場を建ててくれた大工さん。鷲津まで昼食を食べにいく。

09/24
去年の浜名湖花博の跡地に行く。開催期間中、妻は会場でものを売ったりしたのだが、わたしは一度も行かなかった。会場はそのまま残っていて、無料で入れる。土曜日だがすいていた。モネの館はそのまま残っていた。愛知万博も明日で終わりだ。名古屋で講演した時に切符をもらったのだが、四日市にいる次男にやった。嫁さんが行ったようだ。愛知万博の跡地も一部は残るようなので、整備が終わった頃に行きたい。この仕事場からなら、日帰りで行ける。

09/25
日曜日。台風は来なかったが昨夜は風がきつかった。本日は快晴。日差しはあるが空気が乾いている。スペインの夏を思い出す。

09/26
早朝に起きて仕事。妻の運転で三宿に戻る。午後は三軒茶屋に散歩。10月になると、三軒茶屋はお祭りになる。お神輿も出るし、三茶通りから八幡神社までのかなり長い道路に店が出る。それから2週間後くらいには大道芸が出没するフェスティバルもある。

09/27
図書館の会議。本日はいつもの図書館協会ではなく書協。午前中の会議はいつも3時間くらいの仮眠で行くことになるが、今朝は早朝にスペインの長男から電話があって、起こされた。スペインの孫第二号が生まれかけているとのこと。妻の運転で書協に行く間に電話があるかと思ったがなかった。妻が帰る途中で生まれたという電話があったそうだ。「お父さんの算数」、ツルカメ算の説明に入って頭が痛い。

09/28
ネット関係の編集者と自宅で打ち合わせ。来月半ば頃から連載することになった。ネットに連載するというのは初めての経験。新聞や雑誌と違って、ホームページに書いたものはどんどんたまっていく。まあ、自分でホームページにこういうノートを書いているから、たまっていくという感じはわかるのだが、原稿料をもらった原稿がたまっていくということは未体験。いまは新聞に書いたものもデータベースにたまっていくのだが、それは縮刷版みたいなものだが、ホームページは本当にたまっていく感じがする。たまっていくと、それがそのまま単行本になる感じだ。今回は、日誌みたいなものを連載するということなので、このノートと重なる部分があるかもしれないが、このノートはあくまでも「創作ノート」と位置づけているので(その割に内容のあることは書いていないが)、書き分けることはできると思う。

09/29
「日経マスターズ」の編集者と自宅で打ち合わせ。「お父さんの算数」まだツルカメ算。

09/30
伊豆高原クラフトの森フェスティバルを見に行く。これは去年も行った。同世代のクラフト芸術家と話ができるので、今年も行くことにした。猫のクラフトを買う。


このページにはJIS外の文字があり、ユニコードで表示していたのですが、そうすると全体が文字バケするという読者からの指摘がありましたので、元に戻します。で、JIS外の文字が伏せ字になります。菩提薩タのタなどです。
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