「夏休みの孫たち06年」創作ノート1

2006年07月

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07/01
小説家というものは、一種のフリーターである。一つの仕事が終わると、次の仕事が待っているわけではない。そこで、当面の仕事をしながら、次の仕事の準備をすることになる。自営業者の営業活動だ。そこには長期的な仕事と、中期的、短期的な仕事がある。長期的な仕事というのは、ライフワークといっていいもので、半年から一年の準備が必要なものだ。「桓武天皇」「空海」といったものがそれで、これは営業活動をしなくていい。「桓武天皇」が本になった時に、次は「空海」といったふうに、担当者と打ち合わせをするだけだ。「空海」が出た時に、次は「日蓮」か、と話し合った。いまは資料を読む段階である。しかしこちらはプロの作家なので、年に本を何冊か出さないと生活できない。そこに、中期的な仕事と、短期的な仕事をはさんでいく。中期的な仕事とは、それほど準備をせずに書ける小説(青春小説など)、短期的な仕事とは、一ヶ月くらいで書けそうな新書や入門書の類である。
さて、7月になった。これまで書いてきた「青春U」は、いちおう草稿が完成した。まだプリントしたものをチェックしないといけないし、冒頭部分を読み始めて、かなり手を入れないといけないことが判明した。その過程はひきつづきこのノートに書いていくのだが、タイトルは「夏休みの孫たち06年」とした。夏にスペインの孫二人が来る。孫だけが来るわけではなく、その親たちも来る。何やかやと忙しい。で、今月は大きな仕事をしないということにしておく。といっても、仕事はする。「星の王子さま」の翻訳。もう半分近くまで来ているので、今月中には完了する。できれば孫が来る20日前後までにこの仕事は終えておきたい。「青春U」のチェックもそこがリミットだ。孫が来てからは、「空海入門」を書く。小説の「空海」の解説書みたいなもの。こちらを先に読む人もいるから、小説の宣伝にもなる。「空海」は8版が出てまだ売れ続けているから、こういうフォローも大切である。
まだ「日蓮」にはとりかかれない。「空海入門」を8月中に仕上げたとして、9月も大学が休みなので、短期決戦の仕事を一つ入れたい。某有名作家の伝記という仕事も請け負っているのだが、その取材やインタビューがこの時期に入るだろう。しかしすぐに書くわけではないので、9月中にできる仕事が必要である。ということで、これから営業をする。当初の計画では、「青春U」がもっと手間取ることを想定していた。翻訳も手間取るのではと思っていたが、両方ともスムーズにいきそうなので、1冊多く書けそうだ。科学史系の仕事を提案したい。ということで、当面は「青春U」である。担当者には7月中旬に渡すとメールを出した。
営業といっても、飛び込みで企画をもちこむわけではない。担当編集者が数人いれば、一人の担当者と年に一度仕事をすれば、それで回転していく。作品社は次の「日蓮」。新潮新書は担当編集者がリタイアしたので、ここでうちきり。集英社文庫も、1回きりの書き下ろしの約束だった。祥伝社は次の担当者が決まっているので、当面の営業活動はここ。「空海入門」は河出書房。来年は「紫式部」をやりたいと考えている。「空海入門」の原稿を渡す時に営業をする。「星の王子さま」も原稿を渡す時に、オリジナルで児童文学ができないか営業をかける。いま「文蔵」(PHP)に連載している「プロを目指す文章術」も来年には完了して本になるだろう。それで来年のスケジュールは埋まる。あまり先まで考えても、自分の未来を縛るようだし、短期の仕事はその場の思いつきでやった方がタイムリーなものになる。ということで、とりあえず来年は「日蓮」を中心に、あとはその場で考えるということになりそうだ。
で、「青春U」だが、ストーリーは完成している。山場もうまく書けていると思う。そこへ行くプロセスで、もう少し、登場人物が追いつめられている感じがほしい。書いている時は、あまりおおげさにならないように、抑え気味に書いた。おおげさになりすぎると、山場がもっとおおげさになって、収拾がつかなくなる。いまは山場ができているので、結果を踏まえてプロセスを可能な限り、思わせぶりに展開していきたい。ほとんど描写のない、セリフだけの断片を挿入していけばいいと思う。草稿はストーリーのテンポが早すぎて軽くなっているので、断片を入れてスピードを落とせばいい。原発の制御棒みたいなものである(何を言っているのか自分でもわからない)。この作業には集中力が必要である。アイデアが出ないこともあるだろうが、そういう時は「星の王子さま」をやればいい。翻訳という作業をしてみると、この作品の深さがさらにわかってきた。既存の翻訳も参照しているが、正確に訳そうという配慮があるだけで、深さにまでは届いていない。「釈迦と維摩」を書いた時に似ている。あれも原典があるので翻訳みたいなものだが、仏教の原理が秘められているのを、どの程度、解説的にとりこみ、どの程度まで意味不明のままに留め置くかというのがポイントだった。「星の王子さま」も解説してはつまらなくなる。とくに読者が子供なので、抽象的な用語は使えない。子供でも理解できる日常語をつかいながら、奥深い原理を盛り込まないといけない。哲学が必要であるが、哲学のできる作家はわたししかいないので、これはまさにわたしのための仕事である。「青春U」にもある意味で哲学小説なのだが、こちらはそれほど深くない。リアリティーが必要なので、「星の王子さま」のように、宇宙を飛び回るわけにはいかない。夢の話でも語らせたいのだが、うまく入るかどうか。いずれにしても、「星の王子さま」と並行して作業を進めることで、「青春U」にもちらっと深さが盛り込めたらと考えている。

07/02
日曜日。まずは早朝のサッカーから。わたしはイングランドを応援していたのだが、オランダとの死闘に勝ったポルトガルも見ているうちに応援したくなった。判官贔屓である。で、ルーニーがレッドカードになってからは、もはやポルトガルのファンになっていた。ジェラードがキーパーに止められた時は少し悲しかったが、3人も止められたのだから仕方がない。リカルドというポルトガルのキーパーはすごい。フランス対ブラジルは、ずっとフランスを応援していた。スペインに勝ったフランスを応援するしかないという気持ちであるし、ジダンは8年前からファンであった。ロナウジーニョとカカとロベカルとカフーも好きだが、でぶのロナウドのマイナスの印象がすべてを上回る。ジダンからアンリへのパス、芸術的であった。ということで、準決勝はドイツ対イタリア、ポルトガル対フランスということになった。こうなると、どこまで行くか、ポルトガルを応援したくなる。決勝の相手がドイツだと、完全にアウェイ状態になるので、イタリアが決勝に出てくることを期待したい。

07/03
文藝家協会理事会。副理事長に就任する。前から話があって引き受けることにしていたのだし、そのために仕事が増えるわけではない。著作権の仕事で出向く時に、肩書きが少し重くなるというだけのことで、名刺を刷らないといけないということの他には、何も変わらない。「青春U」のチェック少々。翻訳少々。学生の宿題も片付ける。明日も公用があるので、自分の仕事のピッチが上がらないが、まあ、いいか。「青春U」と「星の王子さま」は、スペインの孫が来るまでに仕上げればいい。

07/04
著作権団体の懇談会。思いがけず議長に指名されたので疲れた。しかし話はうまくまとまった。夜、三田和代さんの芝居を見に行く。わたしの姉である。体調を崩してしばらく休んでいたのだが、見事に復活した。井上ひさしさんの新作「夢の痂」。芝居そのものもなかなか面白かった。さあ、これから朝のサッカーまで、仕事をするぞ。

07/05
大学。出席をとっていないので、二年生以上のクラスはほとんど人がいない。一年生のクラスはさすがに半分以上、学生がいる。朝のサッカーが延長戦になったので寝不足である。それでもPK戦にならなくてよかった。PK戦は緊張感はあるけれども、残酷なものだ。タイムアップ直前にイタリアが得点し、ドイツがあわてて前がかりになったところで、デルピエロが決定的な2点目を入れたと思ったら、そこで試合終了。ということは、シュートを打たずにキープしていただけでもよかったのだが、やっぱり2点目が入ったことで、ドイツのサポーターも諦めがついたのではないか。1点入れられるとキレてしまうのは、ゲルマン魂もヤマト魂も同じことだ。今日もまた、明け方のポルトガル対フランスが楽しみである。ジダンの活躍を見たいが、オランダ戦でポルトガル魂を見せたポルトガルを応援したい気もする。両国とも、スペインの隣だなあ。わたしが一番に(日本を除いて)応援していたスペインは、何がまずかったのか。やっぱり、ジダンが突然、本気になったというところが、驚きというか、まさかというか、きいてないよというようなものであった。書いているうちに、ポルトガルの方に気持ちが傾いてきた。ポートワインを買って、決勝戦を楽しみたい。

07/06
うーん、ポートワインを飲むというのは夢に終わった。レフェリーがフランスびいきであった。というか、ジダンの物語を完結させたいという思いを誰もが抱いていたのだろう。アンリのわざとらして演技でピーケーが宣告され、ジダンが助走なしの回転キック(マルセイユ・ルーレット)で1点。まるで映画のストーリーのように試合が進んでいく。ポルトガルの選手は、オランダ戦の乱戦の記憶がしみついているのか、わずかな接触でバタバタと倒れるのだが、レフェリーはファウルをとらない。延長になるとフランスの中盤30代トリオに疲労がたまる。決勝戦でも美しい物語が展開されるようにという、多数派の願望によって、小国ポルトガルは撃沈した。安売り店でポートワインを探して、一人でポルトガルを称えたい。
大学。大量の宿題。これを一週間で読むだけでなく、すべての要点を頭の中に入れて、一人2分くらいのペースで指導をする。わたしにしかできない神業である(聖徳太子の生まれ変わりだと自分では思っている)。

07/07
教育NPO関連で、現場の国語の先生数名と懇談。いろいろと参考になるご意見をいただいた。雑談も楽しかった。帰って学生の宿題を見る。道程はまだ長い。

07/08
「星の王子さま」の翻訳はゴールが見えてきた。キツネとの会話が終わり、あとはエンディングに向けて、寂しいシーンが続く。やる気になれば一日でもできてしまいそうだが、本日は学生の宿題を見なければいけない。半分完了。「青春U」のチェックもかなり進んだ。まだ前半の真ん中あたりだが、描写のない会話だけの断片をいくつか挿入するという、先週思いついたプランは、断片が三つできたので、ほぼ完了。会話だけの文章は読みにくいので、これ以上は入れない方がいい。もしもあとわずか、何かを入れたいと思う箇所があれば、短い会話を挿入したい。この断片は、読者の集中力を要求するので、小説としては綻びのようなものだが、死とか、生きる意味とかがテーマのこの作品では、ふつうの文体で支えきれない部分があるので、この断片の挿入によって、全体がひきしまるのではないかと思う。草稿は少しトーンが落ちていて、哲学的な深さが欠けていた。青春小説なので理屈を並べることはできないが、背景にある哲学は筋を通しておきたい。さて、本日は明け方、三位決定戦がある。オランダ戦以来、ずっとポルトガルを応援してきたので、最後まで応援したい。今日は学生の宿題を見るので忙しく、散歩に出るひまもなかった。ポートワインを買いに行けなかった。ドイツはモチベーションが下がっているようだが、かえって控えのメンバーの方が、たまっていたストレスを発散させるかもしれない。その意味で、キーパーをカーンに替えるのは正解だと思う。まあ、三位決定戦なんて、前回のトルコ対韓国みたいに、どうでもいい対戦なのだが、「星の王子さま」を訳しながら見るには最適である。

07/09
結局ドイツは強かった。直前の練習試合で日本と引き分けたのでイメージがよくなかった。トーナメントの左のゾーンにはスイス、ウクライナ、オーストラリアなど、弱そうなところが集まっていたので、対戦相手に恵まれたと思っていたのだが、ポルトガルを相手にしても圧倒的に強かった。だとすると、ドイツに勝ったイタリアは強いぞ。これから決勝戦だ。いちおう、フランスを応援したい。
ところで本日は日曜。国立能楽堂で桜間右陣さんの新作能「善通寺」を観た。公演後のパーティーにも出席。声明で出演していた善通寺の方とも知り合いになった。「空海」を送ると約束した。桜間さんには、新作能を書くと前に約束したことがあって、実は半分まで書いてストップしている。多忙のゆえ、せかされないと先へ進めない。半分まで書いておけば、プレッシャーがかかればすぐに書けると思っていたのだが、今日、プレッシャーをかけられたので、「星の王子さま」の草稿ができたら、ちょっと考えてみようと思う。そのころにスペインの孫が来そうなのだが、まあ、夜中は自分の時間がもてるだろう。

07/10
うーん、PK戦でイタリアの勝ち。トレセゲは蹴る前からはずしたような顔をしていた。ジダンの頭突きはイタリアの選手が差別的なことを言ったのだろう。ジダンはセリエAにもいたし、マドリッドにもいたから。フランス語をローマ字ふうに読むとそのままイタリア語になる。GやJををHに発音すればスペイン語になる。ただしフランス人は発音できないが、耳で聞くことはできる。ということで、フランス人にとって、スペイン語、イタリア語は、名古屋弁、大阪弁を聞くようなもの。ともかく、サッカーが終わった。わたしは日本のサッカーは見ない。来年のチャンピオンズリーグまで、サッカーのことは忘れてしまう。野球のことはすでに忘れてしまっている。ルールも忘れたし、この世に野球などいうものが存在することすら忘れている。これからはアメリカンフットボールの季節だ。と思っていたら、大相撲が始まった。バルトを応援しよう。

07/11
NPO法人日本文藝著作権センター総会兼理事会。わたしが事務局長をしているNPOである。が、今年度からは理事長も兼務することとなった。やっていることは同じであるが。職員は4人。3人はアルバイト、1名はボランティアである。むろんわたしもボランティアである。職員と二次会。近くのスペインバーへ行く。久しぶりにカバを飲む。バルセロナで飲むとカバ(シャンパンのような発泡酒)は800円くらいだが、麹町のカバは4000円であった。そのあと久しぶりに新宿へ行く。タクシーで帰るのも久しぶりである。疲れた。

07/12
大学。やや宿酔。「星の王子さま」いよいよ王子さまが死んでしまう。この仕事が終わってしまうのが寂しい。

07/13
大学。前期の最終講義。やれやれ。大学の夏休みは長い。本日の明け方、「星の王子さま」の草稿完了。あとがきも書いた。プリントして読み始めている。大きな問題はない。というか、翻訳だから、抜本的に中身を変えるわけにはいかない。

07/14
「星の王子さま」のチェック完了。まったく問題はない。ただついうっかりとページを余分にめくってしまうとか、まちがいがあるかもしれないので、もう一度、突き合わせをしたいと思う。「青春U」のチェックも進んでいる。1章の山場、ここは直しようがない。少しシンプルすぎるかとも思うが、山場がもたれるのはまずい。

07/15
「星の王子さま」もう一度、念押しのチェック。けっこう書き直すところがあるので、読み返してよかった。半分まで。あと一日あれば完了する。あせることはない。月曜も休日だ。

07/16
日曜。昨日の明け方、チェック完了。ただちに入力して完成に向かいたいところだが、本日は部屋の片付け。スペインの孫が来るのだが、荷物もちにイトコも来ることになった。わたしの自宅には客用の和室があるので、長男の家族はそこに寝るとして、イトコが長男の部屋に寝る。次男の部屋は、こちらのイトコに貸しているのだが、本人は野辺山にいるので、そこは使える。しかし次男が嫁さんをつれてきた場合、どうするか。で、物置として使っているピアノ室を掃除することになった。ここには、去年、大学の研究費で買った本がダンボール箱のまま置いてある。自分が出した本も、何冊かは営業用のストックとして保存している。そういう箱を整理しないといけない。うちには別棟の書庫があるので、そっちに移動させるのだが、研究費で買った本は、小説を書く資料なので本棚に並べたい。しかし本棚は満杯である。ということで、まず必要ない本を別棟に運び込むことから始めた。本は重い。重労働である。折れている鎖骨は痛むし、手足はツルし、高齢者としてはきつい作業だ。その後、学生のレポートを読む。第二文学部は前後期制なので、成績をつけないといけないのだ。やれやれ、ようやく夜中に、入力作業に取り組めた。

07/17
月曜日だが祝日。「星の王子さま」のプリントチェックの入力作業。明け方までに終わらなかったが、本日もすたすらキーを叩いたので、夕方に完了。メールに貼り付けて担当編集者に送ったので、作業は終わった。3週間くらいかかったが、「青春U」のチェックと並行して進めていたので、それほどの負担はなかった。翻訳作業そのものは一気に進んだのだが、訳語の吟味で時間がかかった。しかし吟味を重ねたので、わかりやすく奥深い訳に仕上がったと思う。さて、今夜はからは「青春U」に集中するのだが、プリントのチェックも半分は終わっている。後半はガラッと話が変わるので、そのあたりの文体について、読者がどう読むかを検討しないといけない。
明け方まで仕事をした結果、どうも停滞している。とりあえず、これまでチェックしたところを入力したのだが、これでいいのか五里霧中である。五里霧中なんてふだん使わない言葉を使うくらい見通しがきかなくなっている。

07/18
本日「父親が教えるツルカメ算」(新潮新書)の広告が出ていたが、ツルとカメのイラストも添えられていた。このイラスト、本の中にも入っているのだが、わたしの自筆である。本職のイラストレーターに頼むものと思って、概略の絵を描いて編集者に渡したのだが、そのまま使われてしまった。新聞にまで出たので、わたしの絵のデビューとなった。今後は挿絵も自分で描くことにしようかとも思ったが、イラスト料をべつにもらえるかは疑問である。
夕方までは学生の宿題(まだ残っている)。夜中は「青春U」。行き詰まっているのはヒロインの母親が出てくるところ。チラッとしか出てこないのだが、このイメージが凡庸なので、練る必要がある。チラッとしか出ない人物ほどイメージをクリアにする必要がある。じつはここにこの人物が出てくることを忘れていた。それでどこかに出さないといけないとずっと思っていた。プリントを読み返したらちゃんと出ていたのだが、出方がよくない。行き詰まっているけれども、これまでチェックした部分を入力しているので時間はむだになっていない。入力しつつ気になっていた部分を再チェックしているので、どんどんよくなっている。とくに母がいなくなった直後に主人公が本屋に本を買いにいくところ。さりげない展開だが、少年の孤独感がよく出ている。こういうところに小説の面白さがある。

07/19
新聞記者の取材一件。著作権問題。「青春U」の行き詰まっていたところを突破。問題にぶつかっていると、この作品、ダメではないか、と思ったりもしたのだが、問題をクリアすると、急に自信が出てきて、なかなかいい作品だと思えるようになった。そういう気分にならないと先に進めない。スペインの孫は今週末に来る。タイムリミットが迫ってきた。
ようやくチェックの作業が第二章に入った。全部で二章しかない小説なので、半分は越えた。こちらはガラッと視点が変わるので、まったく違うムードで展開される。読む側は、あれっと思いながら読むはずで、チェックする時はそういう感じで客観的にチェックしないといけない。しかし、それで違和感が残るようだと困る。このスタイルをいまさら抜本的に変更することはできない。大丈夫であってくれて祈るように読み進むことになる。ここからはスピードが出るはずだ。一章の終わり、スリルが出ていて、いい作品だと思った。

07/20
今日はどうも頭の調子がよくない。夢の中にいるようで、次々にいろんなアイデアが出てくる。これは頭の調子がよすぎるのではないかと思い、ロウソクが消える前にパッと光るようなものだとしたらまずい。ちょっと待て。頭をなるべく使わないようにしよう。というか、第二章に入って調子が出てきたからだろうと思う。第二章になって突然、視点が変わるというこの作品の欠陥のごときものも、うまくいっていると感じられるようになった。この視点の変化の意味については、読みながら、なぜこうなっているんだろうと読者に感じていただきたいので、ここでは説明しない。先にこのノートを読んでしまうと、効果が出ないと思われるからだ。仕掛けのある作品というのは、わたしはあまり好きではない。本当は好きなのだが、多用しない方がいいと思っていて、やらない、と決めているのだが、今回は例外である。最後まで読むと、視点が移動することの意味がわかる。

07/21
日本児童文芸家協会の理事会で、著作権について講演。いつもお世話になっている児童文芸の皆さんと、楽しく意見交換ができた。ちょうど「星の王子さま」の翻訳が終わったばかりなので、これからは児童文学の領域にも進出しようか、といったことを言ったら、でも印税率が低いですよ、と言う人がいて、そうなんだ、児童文学は冷遇されているんだな、と思った。しかし文芸家は労働者ではなく、「事業者」なので、団結するとカルテルになって、独占禁止法に触れるらしい。ゆるやかに団結して陳情し、出版社のご理解を得る、ということしかできないだろう。大人向けの出版も、時に印税率が下げられたり、実売部数で支払うところが出たりしている。出版社も大変だろうが、がんばって書き手を支えないと、出版文化そのものが滅びることになる。とはいえ、文芸フリーターとしては、本を出してもらえるだけでありがたい、という初心の思いを忘れてはいけないし、実はわずかな流行作家を除いては、ベテラン作家でも、出版社が赤字覚悟で出しているケースが少なくない。本人がそのことに気づいていないだけだ。
市ヶ谷の会場から早稲田まで歩いた。40分かかった。いい運動になった。大学からの通知や郵便物がないか確認しただけ。長い間、研究室に入っていないので行ってみたが、変わりはなかった。眺めがいいので、十分くらいぼんやりと下界を眺めていた。

07/22
ついにこの日が来た。成田に孫たちを迎えに行く。この日のために、まだ2年しか乗っていない車を次男に下げ渡して、8人乗りの車に乗り換えた。マツダMPV。立派な車だ。3列目のシートを立てた状態で旅行ケース2コが楽に入る。しかしベビーチェア2つをセットし、大人が5人乗り、その間に小さな荷物とバギーを押し込むと、限度いっぱいという感じ。全員(運転手の妻を除いて)車の中では寝ていたが、自宅に戻ると孫2人は元気いっぱい。孫1(4歳)と1時間遊ぶと、こちらは疲れ果ててしまった。孫2はまだ歩けないので安心だが、伝い歩きしようとしてコテッとひっくりかえったりするので、油断はできない。夜はみな寝てくれたので仕事に支障はない。「青春U」いよいよ追い込みである。山場は越えている。プリントをチェックしながら、チェックを終えた1章の打ち込みもやっている。第1草稿に比べて見違えるような作品になっている。第1草稿はテンポはいいが、軽い青春小説といった感じですらすら読める。チェックしたのは、すらすら読めないように、重い断片を挿入していくこと。そこだけ文体が違うので読者は戸惑うかもしれないが、軽くてすらすら読めるという状態はアブナイ。これで内容が深くなったと思う。

07/23
日曜日。著作権の保護期間を延長する問題。読売新聞が一面に大々的に掲載したということで、朝日、毎日などから電話。事務局のジャスラックが日曜なので、担当者がつかまらないとのこと。わたしは「議長」は務めたけれども、事務局ではないので細かい段取りはわからない。話は聞いているのだが、自分の仕事と孫に集中しているので、著作権問題は開店休業状態である。いいかげんなコメントしか出せなかった。孫たちは下北沢を散策している様子。それでこちらはひたすら仕事。雑文2件、大学の成績をつける。これがけっこう疲れる。エンマ帳にすでに成績は書き込んであるのだが、これを事務所に提出する用紙に書き写すだけ。しかし間違いがあってはならないので、慎重にやらないといけない。今年から採点方式が変わった。去年のAがA+、BがA、CがB、DがCになるのだという。高齢者は混乱するので、きっと間違いが続出しているだろう。転記しようとして、A+とすべきところがただのAになっているのを数カ所発見。アブナイ。夜中は「青春U」。どんどん進んでいる。大きな問題はないのだが、流れがよすぎるところに淀みを作る作業を続けている。分量が少し増えるのだが、単行本だから問題ない。

07/24
世田谷区役所で「文化芸術振興懇話会」に出席。何だかよくわからない会。孫は幼稚園にゲスト参加。その間に大人たちはデパート回り。ということで、こちらはひたすら仕事ができた。ようやくゴールが見えてきた感じ。
明け方、ついに完成。

07/25
とりあえずワープロに「謎の空海」というタイトルを打ち込む。小説「空海」の解説書みたいなものを書く。夏休みの集中作業の第一弾。第二弾としては「ダ・ヴィンチの謎、ニュートンの謎」を予定している。

07/26
夏が来た。すごい日射し。ギターの弦が切れたので渋谷のヤマハまで歩いていく。30分くらい。ついでにギターも買おうかと思ったが、けっこういい値段をしている。下層階級の文芸フリーターだから、いまのギターを使うことにする。弦は1000円以上するものもあるが、4本で600円のを買う。なぜ4本か。切れたのは1本だが、上の3本は切れやすいので予備を買ったのだ。こうして買った予備が、いつの間にかなくなってしまう傾向があるのだが。渋谷の駅まで行って、来週の宇都宮の講演のための切符を買う。自動販売機で指定券を買うのはボケ老人にとっては脳のトレーニングになる。往復を買うとぴったり10000円を請求された。アバウトな券売機だ。

07/27
ひたすら仕事。長男たちは夜中に散歩に出る。子供らを寝かしつけたあとだ。本日は妻も友だちのところに行って留守。そういう状態で、赤ちゃんが泣き始めた。おじいさんはパニック状態である。すぐに長男たちが帰ってきたが、あー、疲れた。

07/28
孫たちは早朝からディズニーランドへ。こちらはひたすら仕事。夜、ディズニーランドへ迎えに行く。送迎ということをやるのは初めてだが、送迎ゾーンの駐車場があることがわかった。もちろん無料。そこに車を駐めて、出口のあたりまで迎えにいく。ゲートの外に土産物屋などもあって、ディズニーランド気分になれた。初めてこの浦安のディズニーランドに行ったのは子供たちが小学校の頃で、われわれはまだ八王子の郊外の住宅地に住んでいた。それから二十年くらいたったのだろうか。いまや孫を迎えに行くことになった。二十年前の小学生(長男)はいまはもうえらいおじさんになっている。時の流れはうたたせセイゼンたりだ。セイゼンという漢字が思いつかない。一太郎のワープロも漢字が出てこない。しかし行き帰りだけでけっこう疲れた。孫はすぐに寝たが、息子と嫁はぜんぜん元気。若いというのはすごいことだなと思う。

07/29
さすかに若い人々も今日は疲れたみたいで休憩していた。夕方、近くの世田谷公園まで行って、しゃぶしゃぶを食べて帰った。「謎の空海」順調に動き始めているが、説明すべきことが多くて困る。小説より解説の方が長くなってはいけないので、コンパクトに語らないといけない。

07/30
日曜日。今日はややさわやかな風が吹いている。孫たちは浅草へ行ったようだ。「謎の空海」書くべきことはたくさんあるが、語っていく順番が難しい。講演だととりあえず話し始めて、途中で支離滅裂になってもそれがギャグになるのだが、本を書くのは難しい。まあ、この種の本を書くときはいつもそうで、半分くらいのところまで来ると一気にスピードが上がる。

07/31
光文社の担当者に「青春U」の原稿を渡す。4月くらいから書き始めた作品だが、間にゲラが3本入ったのと、「星の王子さま」の翻訳もやったので、まあ、そこそこのペースでは書けたと思う。不思議な作品に仕上がっている。それを読者がどう見るか。ただのエンターテインメントではないが、純文学ともいえない。何だ、これは、というようなものだ。三宿のカウンターのイタメシ屋でワイン一本飲む。最近、この店が気に入っている。前に集英社の人々と飲んだ時に、イカスミリゾットとを食べた。それまでもよくこの店には来ていたのだが、たいてい2軒目だったので、ツマミ程度のものしか食べなかった。カウンターの店なのでたいしたものはできないだろうと見くびっていたのだ。三宿には246に面したところにピザのうまい店がある。三宿というと、内装のへんな店が多かったのだが、徐々にうまいものを出すところが増えてきた。原稿は渡してしまうと、頭の中がリセットされる。さて、次は「謎の空海」だが、その前に、謡曲を仕上げたいと思う。


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