「カラマーゾフ」創作ノート06

2013年6月

5月に戻る 月末 7月に進む
06/01/土
本日はオフ。自分の仕事はしなければならない。『カラマーゾフ』導入部が少し進んだ。メモはいっぱいたまっている。ただに入力する段階ではこれでいいのかという不安と闘いながら、文体を確立する作業を続けることになる。長篇を書く出だしの部分ではこの種の試行錯誤が続く。これが4作目なので、この種の作業には慣れている。この不安な手探りの状態からスタートしてすべてうまくいっているので、不安だけれどもこのまま先に進んでいいと思っている。夕方、妻と散歩。秋葉原の雑踏をさけて、電車で御徒町まで行き、それから上野の方に進む。御徒町というのはなじみのない街なのだが、貴金属の店がずらっと並んでいることに驚く。ベルギーのアントワープがそんな感じだったが、店の規模と密集度からすれば、香港に近い。安売りスーパーも回ったのだが土曜日のせいかあまりの混雑に老人2人は何も買わずに脱出する。アメ横に行っても何も買わずに上野公園へ。長男がかつて芸大の学生だったので、親としてもいろいろ想い出のあるところ。とくに妻は、長男がスペインで教職に就くための資料を揃えるために、芸大の事務室と外務省とスペイン大使館の三角形を何度もぐるぐる回った体験があるので、上野には悪夢のような想い出がある。それでも息子が無事にスペインで仕事ができるようになって、われわれはのんびりとした老後を過ごすことができる。2人の息子がちゃんと働いているということが、われわれの老後を安楽なものにしている。わたしが大学の先生をしているのも道楽みたいなもので、妻と2人でのんびり暮らしてもいいのだが。

06/02/日
日曜日だが『文芸思潮』の座談会。この雑誌は大手出版社が出している文芸誌ではなく、かといって同人誌でもなく、その中間にあるリトルマガジンだが、文芸誌が扱えなくなった全国の同人誌を評価し支援するような役割を担っている。わたしも小説を書かせてもらったことがあるが、今回は80年代前半に菊田均とスガ秀実が始めた批評研究会の想い出を語るという楽しい企画で、菊田さん、川村湊、富岡幸一郎というメンバーに、視界の井口時男さんが加わって、熱のこもった議論になった。場所は下丸子の区民センター。蒲田から東急多摩川線に3コめ。御茶ノ水から秋葉原乗り換えで京浜東北線。昼間は快速電車が走っている。転居してから、どこへ行くにも駅に近いので、その度に引っ越してよかったと思う。引越に際して大切なものを捨てるなど、胸が痛んだのだが、もうすっかり忘れてしまっていて、コンパクトなマンションでの快適な生活に満足している。これで新幹線での出張などがあれば、さらに満足度は高まるだろう。

06/03/月
大学。1限のあとさまざまな人が研究室に出入りする。1年ゼミの授業はないのだが、事務担当者と来年のカリキュラムについて協議。かなり大幅な改編を求められたのだが、だいたいこれでいいというところまでまとまった。その後、臨時教授会と学科会。カリキュラムがまとまってきたので早く終わる。月曜日は早起きするので夜中の作業は短め。

06/04/火
大学。1限のあと、昼前に自宅に帰る。文藝家協会の常務理事会と理事会。軽く飲んで帰る。

06/05/水
大学。学部長会議。その後、事務担当者と協議。自宅に帰って、朝日新書の担当者とロビーで話す。新居のマンションには広大なロビーがあるのでこういう打ち合わせには最適。だからこの住居を選んだともいえるのだが、ようやく役に立った。『宇宙論』について簡単なチェックが入った草稿を戻してもらう。2週間ほどで仕上げる予定。この間、他の作業がストップすることになるが、『釈迦とイエス』は7月に入ってから集中すれば何とかなるだろう。『カラマーゾフ』もメモがたくさんできているので、夏休みに入れば一気に前進するはずだ。

06/06/木
大学。3コマの日。大学院のコマは受講生が一人しかいないので、マンツーマンの指導。学部からの教え子なので、もはや伝えることはないので、雑談。場所を変えてビールを飲みながらさらに雑談。

06/07/金
文藝家協会でMyBook変換協議会。午後は国立国会図書館で協議会。午前と午後、漫画家教会と写真家協会とわたしは、同じメンバーがそのまま移動する。会議中は『宇宙論』の草稿を手元に置いて、頭の中で構想を練ったり、メモをとったり、時おり会議に耳を傾けて発言したり、充実した時間をすごす。文藝家協会への往路は総武線で市ヶ谷、そこから有楽町線で麹町。ほぼこれで固まった。快速で四谷に行き徒歩というコースもあるが、暑いのは歩くのはつらい。復路は市ヶ谷から都営新宿線。乗り換え通路の関係で復路はこれに限る(この経路の往路は反対側のホームに行かないといけないで不便)。本日は国会図書館で、やっぱり有楽町線で市ヶ谷乗り換えかなとも思ったのだが、違う経路を試したかったので国会の裏をあるいて丸ノ内線の国会議事堂前へ。少し歩くのもいい気分だし、これだと乗り換えがない(料金も安い)。もっと暑い日とか雨の日はやはり有楽町線かな。

06/08/土
週末は休み。一人で散歩に出る。新居に引っ越して一人で散歩に出るのは初めてかもしれない。MyBook変換協議会で金曜がつぶれ、大学の学部長会議と大学院の会議が水曜に入るので、ウィークデーに休みがなくなったせいだ。本屋で調達すべき本があって神保町に行こうと思ったのだが、御茶ノ水駅前の本屋にあったので行く必要がなくなった。それでも散歩なので、トチノキ通りと呼ばれる道を歩く。大きな木が並んでいるので木陰ができている。雑誌協会の前を通る。何度か会議で来たことがある。少し先の男坂という階段を下りると古本屋街がある。神保町の交差点まで行って引き返す。男坂を登るのはたいへんだ。でもいい散歩だった。学生の宿題を見る。

06/09/日
日曜日。散歩にも行かず。学生の宿題を見る。2年生ゼミは全員が新人。どんな学生がいるのか楽しみではあるが最初の作品は不出来なものが多い。しかし初回の数点のうち、いいものが1つあった。1つでもいいものがあると元気が出る。

06/10/月
大学1限。夕方の学科会がないので、早く帰れる。いちおう昼休みまでは研究室にいる。学部長なのでハンコを押す書類が来ることもあるし、担任をしている学生が遊びに来ることもある。引越の時に研究室に運び込んだダンボール箱がそのままになっていたので一気に解体する。研究室の本棚は少しは隙間があったが、ダンボール箱10個以上あったのでとても入らないだろうと思っていた。しかし不思議なことに全部収まった。

06/11/火
大学1限。能楽資料センターの担当者と明日の会議の打ち合わせ。早めに自宅に帰る。昨日、今日と、早い時間に自宅に帰って自分の仕事をしている。ただ学生の宿題もかかえているので、仕事に集中できるわけではない。それでも気分はいい。研究室のダンボール箱がなくなったので、肩の荷が下りた。こうして少しずつ問題を解決していけば先に進める。

06/12/水
医者に行く。転居して初めて。三宿で長くお世話になっていた主治医に、月に一度、診察を受けて、血圧とアレルギーの薬をもらっていた。今度の医者は自宅から最短ということで選んだ。温厚そうな人で同じ薬を処方していただいたのだが、こちらより少し年上のようで、そのことが気がかりだ。さて、本日は授業はないのだが、大学院の会議。そのあと能楽資料センターの研究員の皆さんと懇親会。楽しい会になってよかった。

06/13/木
大学。2コマは朗読。大学院の授業は近くのどん亭に行く。

06/14/金
午前中、MyBook変換協議会。今回はスキャニング業者の団体の方々がお見えなったので、ルールについての第一回の協議会になった。出版社にもオブザーバーとして参加していただき、第一歩を踏み出すことができた。いつもは文藝家協会で開く協議会だが、今回は別の会議と重なったので、複製権センターの会議室をお借りした。複製権センターに行くのは久しぶり。入口がわかりにくいのだが、何とか到達することができた。表参道と外苑前の中間くらいにある。行きは新御茶ノ水から千代田線で表参道へ。帰りは外苑前から銀座線と丸ノ内線で帰る。地下鉄が好きなので、往復を違う経路でたどる。自宅で仕事をしてから、夜は神楽坂の出版クラブで歴史時代作家クラブの宴会。飯田橋から2駅なので帰りが楽。こういう催しの度に転居したことの便利さを実感する。

06/15/土
貴重な休日。『宇宙論』のチェック。

06/16/日
夕方、コーラス。八王子の北野に練習場がある。先月はJRで八王子まで行って、京王八王子まで歩いたのだが、今回は新宿で乗り換えて特急に乗った。こちらの方が早いし楽だ。帰りは明大前で各停に乗り換えて笹塚から都営新宿線で帰った。楽だが、深夜になると淡路町側のエスカレータが止まっている。新宿でJRに乗り換えても快速はなくなっている時間なので、どちらがいいかのかまだ判断がつかない。

06/17/月
大学。1限のあと、昼休みに学生が来て話していく。5限に教授会と学科会。8時までかかる。妻の両親が来ている。転居したマンションにはゲストルームがあるので予約してある。2人とも高齢なのでこれが最後だろう。叔母さんなども来て、居間からの眺望を楽しんだようだ。

06/18/火
1限のあと能楽資料センターで打ち合わせ。あとは自宅で『宇宙論』。義父母が来ているので、近くの中華料理屋で食事。お二人ともかなり体力が衰えているので、わたしなら3分で行ける駅前のビルに行くのにも、何度も休みつつ行かなければならない。大変ではあるがこれは誰もがかかえる宿命としか言いようがない。わたし自身は両親ともすでに他界している。それは寂しいようだが、ほっとするようなことでもある。

06/19/水
学部長会議の最初の議題のあと、こっそり抜け出して、教育NPOとの定期協議会へ。もう9年くらいこの協議を続けている。著作権の普及を目指す私立中学高校の団体で、文藝家協会もお世話になっている。というか、著作権使用について協定によって使用料を納入していただいているのだが、それだけでは済まない諸問題があるので定期的に協議会を開いている。二次会では軽く飲むことになっているのだが、10年近くほぼ同じメンバーで年何回か協議をして、全体に高齢化したなと、時々思う。自分もそれだけ年を取っている。

06/20/木
早朝に目がさめたので、サッカー中継を見ようかと思ったが、疲れが残っている感じで、寝床の中にいた。よかった。逆転負けをリアルタイムで見るとよけいに疲れる。大学3コマの日。義父母を送って昨日から妻が実家に帰っているので、食料を調達して新居で一人、のんびりと酒を飲む。目の前に大手町のビル群が見える。夜中でも灯りの点った窓がある。夜中に仕事をしているのは自分だけではないと励まされる。『宇宙論』の最終章を全面的に書き直している。迷宮に踏み込んだ気もするが、できる限り誠実に、イメージによって可能な限りの宇宙論を展開したい。

06/21/金
本日は休み。妻がいないので食料調達にスーパーへ行く。2階のの駐車場を通っていくと雨に濡れずにスーパーに行ける。あとはひたすら仕事。

06/22/土
ひたすら仕事。『宇宙論』。ゴールまであと一歩。夕方、マッサージに行く。新宿三丁目まで往復。歩く距離がわずかなので運動不足になる。妻が帰ってきた。これで日常が戻る。

06/23/日
『宇宙論』の第二稿完了。かなりよくなったと思っているが、宇宙論を数式なしで展開するのは難しい。そのことを承知で書き始めた本なので、まあ、せいいっぱいやったという充実感はある。都議選。選挙は必ず行くようにしているのだが、今回は転居した直後で千代田区の選挙権はない。同じ都内の引越なので3月まで住んでいた世田谷区の選挙権はあるのだが、住民票をとってわざわざ出向くほどの情熱はない。それにしても、世田谷区は定員8人なので、いろいろ選べておもしろかった。生活者ネットなど、国政選挙では出てこないマイナーな党派があって、選択の幅があった。千代田区は定員1名で、これでは自民党が勝つに決まっている。運動不足になるので散歩に出る。湯島天神まで往復。ちょうど1時間。まだ新居に慣れていない。三宿では、西に行けば三軒茶屋、北は下北沢、東は渋谷、南は中目黒と、目標とする地点があった。新居は北東に秋葉原、南西に神保町があるのだが、あまりに近すぎる。往復1時間ということになると、真北に行けば湯島天神というのがわかりやすい。東に行けばどこまで行くのか、たぶん浅草橋まで行ってしまうだろう。大学を出てすぐに勤めたのが浅草橋だった。西に行くと九段下とか飯田橋まで行ってしまう。南だと三越本店とか東京駅まで行ってしまう。なーんか、三宿にいた方が、散歩に関しては楽しかった気がする。カラマーゾフについて。修道院に怪しい宗教教団があって人を集めているというところから始めるのだが、小説の中であまり長い時間は扱えない。むしろ数日間の物語にした方が緊張感が出るだろう。だとするとプロットをもって綿密に立てておかなければならない。教団のスケールをもっと拡大したい。

06/24/月
大学1限のあと、本日は4限にも授業がある。武蔵野学というリレー形式の授業の順番が回ってきた。1回だけの授業なので講演みたいな感じだが、きっちり時間内に語りきらないといけない。これが終わるとほっとする。学科会はいつもより短く終わった。

06/25/火
大学1限。いつもはそれだけなのだが、本日は大学院2年生の修士論文のプレゼンテーションがある。2年生は7人いる。全員、教えたことのある学生なので、どんな発表をするか楽しみにしていた。皆、よく考えて構想を発表した。文学について語り、議論するのは楽しい。最後の学生が発表している時に雷が鳴った。すごい豪雨になったので小降りになるのを待って帰る。『宇宙論』の図表の整理。何が必要か考えただけで、明日、簡単な作業が必要だろう。明日は休みなので1日をフルに使える。

06/26/水
水曜日は授業はないのだが、今シーズンから学部長になったので、学部長会議が2回、大学院の会議が1回あって、水曜日はたいてい大学に出向かなければならない。幸い転居したので通勤の負担は軽減されたが、それにしても片道1時間かけて大学に行くのは負担になる。で、本日は水曜日なので会議のない貴重な休み。しかもずっと雨。どこにも出かけずに仕事をする。『宇宙論』の図表を整理する。20点くらいの図表だが、適当なものが見つからないのもあって、時間がかかった。かなり疲れた。それでもただちに『釈迦とイエス』に取りかかる。7月末の草稿完成を目指しているので急がないといけない。

06/27/木
大学で直木賞作家出久根達郎さんの講演会。気楽な雰囲気でやりたいのでこちらも壇上に登って対談という形にした。中卒で集団就職して古書店の小僧さんになり、独立して通信販売のカタログの余白に書いたエッセーが編集者の目にとまって、やがて作家になるという、類例のない経歴の作家なので、学生諸君も楽しく話が聞けたと思う。武蔵野市の図書館にポスターを出したので一般の聴衆にもご参加いただいて、会場の大教室は満員の盛況だった。こちらも質問しながら驚くエピソードがいろいろあった。歌舞伎の「助六」で助六が最初に登場するシーンで「冷えものでーす」と言って入ってくるところがあるのだが、これは江戸時代の銭湯の礼儀の挨拶だと知識では知っていたが、出久根さんが上京された当時の下町の銭湯では、老人がこの礼儀を守っていたという話などは想定外で、こちらも勉強になった。新人賞などを経ずに作家になるルートがあるということも、学生諸君には驚きだったのではないか。たいへん充実した講演会で、あとの飲み会でも話がはずんだ。

06/28/金
朝日新書の編集者来訪。20階のロビーで図表を渡す。これでしばらく手が離れる。データで入構するので昔と比べればゲラが出るのが早いのだが、一度チェックして書き直した原稿なので新たな直しは少ないだろう。夕刻、文芸家協会へ。恒例のサロン。本日のテーマは著作権なので、出ないわけにはいかない。おなじみのメンバーが集まり、ワインを飲みながら楽しく歓談できた。『釈迦とイエス』ピッチを上げて書いている。

06/29/土
この週末は休み。『宇宙論』の手が離れたので安らかな週末。妻と散歩に出る。湯島天神の手前の鶏料理屋で親子丼を食べる。わたしは美味と思ったが妻は味が濃すぎるというコメント。2人とも関西人だが、わたしは関西の風土にあまりなじんでいないので、味覚が発達していない。湯島天神まではちょうどよい散歩コースだ。

06/30/日
本日は1人で神保町へ散歩。100円ショップのキャンディへ行く。三宿にいたころは三軒茶屋でも下北沢でも、100円ショップはいっぱいあったのだが、新居の近くの100円ショップはこの神保町の店か、秋葉原と末広町の間くらいのところしかない。老眼鏡などを買う。パソコン用眼鏡などというのも売っていたが、100円で大丈夫かと疑念を覚えた。いま仕事用に使っているのは、三鷹の駅ビルで買った6000円の眼鏡。神保町へ行くには、淡路町か小川町に出て、三省堂の前を通っていくコースもあるが、この道は微妙にジグザグになっていて遠い感じがする。トチノキ通りの明大校舎の間にある男坂というのをいつも使うのだが、今日は山の上ホテルの横の道から公演のそばを下っていった。帰りは女坂を登ったのだが、この女坂は名ばかりで、クランク状の屈折があるだけで、男坂より傾斜はきついのではないかと思われる。
さい、今月も終わりなので、『新釈カラマーゾフ』の進行状況を書いておく。嵐の中をついてコーリャがアリョーシャを訪ねる、という出だしを考えていたのだが、これでは唐突すぎる。それと、アリョーシャが拠点としている修道院のスケールをかなり大きなものにしたい。周囲に農地をもつだけでなく、工場みたいなものも必要だ。これは『新釈白痴』でわたしの主人公の白痴が事業として計画していた工場のようなものを想定している。ロシア的コミュニティーとしての工場で、資本主義とは対極にある共産主義的な理想郷を想定している。今回の作品はドストエフスキーの続篇を書くというよりも、わたしのこれまでの「新釈」シリーズの集大成といったものをコンセプトとしている。従って、第一作で主人公だったザミョートフも出てくるし、第二作の白痴の理念も出てくる。コーリャには第三篇のピョートルのイメージを重ねたいと、いまのところ考えている。修道院のスケールが大きくなったので、辻馬車でゆっくりと近づいていくシーンがほしい。スリリングな感じはなくなるのだが、長篇なので悠然とスタートするのもいいだろう。というくらいのことをいま考えている。7月は『釈迦とイエス』を書く。『カラマーゾフ』は8月になってから本格的にスタートさせたい。



次のページ(7月)に進む 5月へ戻る

ホームページに戻る