「カラマーゾフ」創作ノート05

2013年5月

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05/01/水
5月になった。メーデーだが、わたしには関係がない。水曜日はもともと授業はないのだが、本日から大学全体が連休になった。世の中もお休みになっているようで、公用のメールも来ない。『宇宙論』。あと10枚ほどで完了というところまで来ている。本のページ数にリミットがあるので、このあたりで終わらないということだ。ここはじっくり考えたい。夕方、妻と散歩(神田明神のあたりまで)に出ようと思って外に出たら雨が降り出した。このマンションのいいところは、傘がなくても行けるゾーンがかなりあることで、スーパーやコンビニはもとより、さまざまな飲食店に行ける。地下鉄の駅にもつながっているし、その先のJR御茶ノ水駅前のビルにもつながっている。ということで、そのビルの地下街を一周してから、うどんを食べ、成城石井で夜食のおつまみを買って帰る。新居にもかなり慣れてきた。転居通知をまだ出していないのだが、そこまでは手が回らない。まず『宇宙論』を完成させたい。夜中、「カラマーゾフ」の出だしを書いてみる。難しい。しかし出だしを書かなければ先へ進めない。『新釈悪霊』の時はどうだったか。主人公(というか狂言回しの中心人物)のキリーロフは最初から登場して、すべてキリーロフの視点で展開された。本当の主人公のニコライは、かなりあとで出てくる。『新釈白痴』はどうだったかな。確かイッポリートの視点で展開したはずだ。本当の主人公の白痴は、話に出てくるだけで、なかなか登場しない。『新釈罪と罰』では主人公のザミョートフの前にいきなりラスコーリニコフが倒れるシーンから始まった。今回はコーリャがアリョーシャを訪ねるところから話が始まる。そうであるべきだ。『新釈白痴』はアリョーシャ(キリーロフ)がニコライを眺めるという仕組みになっているのに対し、今回はニコライ(コーリャ)がアリョーシャを眺めるという仕組みになる。この逆転の整合性は作品にとって重要なものだ。だから早い段階でアリョーシャが登場することになる。だがその前に、少し説明が必要だ。コーリャと馭者の会話で、アリョーシャが新興宗教の導師になっていることが示されなければならない。これでいいのかな、と考えながら、セリフだけ先に進めている。

05/02/木
妻と散歩に出る。聖堂、神田明神、湯島天神、不忍池……。名所ばかりだな。三宿の散歩コースはひたすら北沢川緑道を進むだけのものだった。でも某有名歌手の自宅前など、目標地点があってなかなかよかった。本日、引越後、初めて散歩に出た。まだ定番のコースは決まっていないが、神保町まで地続きなので、なじみの古書店を回るコースは確立されている。北に行けば湯島天神、西に行けば古書店街だが、南に行けば大手町、さて、東に行けばどこに行くのだろう。大学卒業直後に働いていた浅草橋の玩具問屋街まで歩いていけるかな。そのあとで働いていた水道橋は神保町の近くなので、昔働いていた会社が入っているビルの前は何度か通った。浅草橋は孫にひな人形を買いに吉徳へ行ったことがあるだけで、あのあたりをゆっくり歩いたことはない。少しは胸がヒリッとするだろうか。行ってみたい気がする。

05/03/金
三宿の旧宅に出向いて最後の整理。次男一家が連休で遊びにきている。孫2人と交流する。27年暮らした家なので愛着がある。広大な家だ。そこから3DKのマンションに引っ越したので、ダウンサイジングではあるのだが、キッチンからダイニング、リビング、書斎がワンルームのようになっていて、必要なスペースは確保されている。夫婦2人だけの生活ではそれで充分で、他に寝室と、妻の作業場があるので、コンパクトだが必要充分の住居だ。難を言えば、三宿の広大な家には、スペインの長男家族と、四日市の次男家族が同時に来ても対応できた。これからはそうもいかない。三宿の家をそのまま残しておくということも考えていいのだが、維持費がかかるし、それでは問題の解決にならない。妻の負担を軽くするために引越を決意したので、あの大邸宅を維持管理するのはたいへんだ。スペインの一家は近くの旅館に泊まらせればいいし、次男たちは妻の作業場に雑魚寝させればいい。とりあえず自分のふだんの生活ができればそれでいいと考えている。ところでひさしぶりに三宿の街に行くと、なじみのスペイン料理の店、ゼストが閉店していた。わたしが三宿に引っ越した直後にオープンして、わたしが引っ越した途端に閉店した。まるでわたしのために店を開いてくれたような、本当にいい店だった。ランチタイムから朝まで開いている店で、そこに夕方のすいている時間に編集者と飲みに行くのが、わたしの最大の楽しみだったように思う。最後はイーブックジャパンのYくんと行ったのが最後だったかな。イーブックジャパンに開設した「小説教室」は高評のようで、学生たちの作品もかなりダウンロードされているようだ。今月は武蔵野文学賞高校生部門の入賞者の作品をアップする。高校生でもこれくらい書けるのかという、驚きの作品が掲示される。学部の学生に読んでもらい、刺激を受けてほしい。

05/04/土
午前中に『宇宙論』(タイトル未定)の草稿完成。昨年の段階でプロローグだけはできていて、企画会議にかけてもらっていた。ほとんど同じ時期に『早稲田1968』を書き始めたので、スタートが遅れたのだが、順調にこの時期に草稿が完成した。『菅原道真』も含めて、今年に入ってから3冊目の本になる。これは少し寝かせてから、プリントしたものを読み返してチェックをする。8割くらいの草稿ができた時点で一度、チェックをしているので、文字の間違いなどはほとんどないはずだ。流れを確認しながら読んで、結びの部分がうまくいっているかどうか確認したい。ということで、当面の次の仕事は『釈迦とイエスが伝えたかった《ただ一つ》のこと』ということになる。プロローグはもうできている。ただちに第1章を書き始めたい。
真夜中にニコライ堂の鐘がガンガン鳴り始めた。ニコライ堂は眼下にある。窓から見下ろすと、ロウソクをもった人々が続々と街路に出てきて行進を始めた。何ごとぞと思ってネットで調べると、本日は年間の最大行事の復活の日だとのこと。明け方まで聖歌隊が歌い続けるのだという。でも鐘のボリュームとなかなかのものですよ。こちらは夜中に仕事をしているだけだからいいけど、寝ている人はびっくりするのではなか。周囲はビルばかりで、こんなところにマンションを建てるなということかもしれないが、マンションの住人はみんなびっくりしたのではないだろうか。

05/05/日
妻と散歩に出かける。神保町まで行ってみた。三宿から下北沢に行くより、はるかに近い。帰りは男坂を昇ってみた。いい感じで自宅まで帰れた。先日から高野史緒の『カラマーゾフの妹』を読んでいたのだが、本日、読み終えた。これは続篇というよりも、本篇のミステリー的な読み解きで、面白かったけれども、自分の領域とは違うので、少し安心した。ただ続篇の可能性として、わたし自身が考えていた、多様な可能性のうちの、いくつかを消された感じもした。イワンはこの作品では多重人格という設定になっているが、わたしは黙狂という設定にするつもりだ。アリョーシャについては、原典と、書かれざる続篇の総タイトルが『偉大な罪人の生涯』というものなので、原典では聖人として描かれるこの人物が何らかの罪を犯すことになる。どういう犯罪を犯すかについて、いくつかの可能性を考えていたのだが、『妹』によって、わたしが考えていたプランのいくつかを消された気がする。しかしそれは本命の可能性ではないが、読者を引っぱっていく、もしかしたら、という可能性の一つを先に書かれてしまった感じがする。でも、わざとそちらに読者をリードしながら、最後にひっくりかえすということも可能だろう。さて、このところ、コーリャがアリョーシャを訪ねるという冒頭部を書きつつあったのだが、やはり去年書きかけた出だしの方が謎めいていて迫力があるという気がする。ただのリアリズムではなく、すべては幻想であり虚構であるという可能性を残すためには、誰かが記録を書いているという、枠物語を設定した方がいいと考えるに到った。去年書いた冒頭部は、誰とも知れない人物が語り始める、という設定になっている。この方がいいかな。それで、その前置きのあとで、コーリャがアリョーシャを訪ねるという物語を始めればいいのだ。部屋の中がかなり片付いた。片づけをしているのは妻で、わたしの身のまわりはすでに完全に片付いている。次男一家が三宿にいるので、わたしの個人用のテレビを置いてきた。彼らが帰ったあと、テレビをもってきて設置して、ヨドバシかドンキホーテで安いDVD再生装置(以前のは壊れていた)を買ってきてセットすれば、それで完全になる。テレビがないだけで、パソコンやパソコン用のデスクは快適な状態になっているので、仕事はどんどん進んでいる。本日も、「カラマーゾフ」の構想を練りながら、『釈迦とイエス』の第1章を書き始めた。これは一定のペースで前進させたい。

05/06/月
大学1限。本日は1年生の授業はなく、学科会もないので、1限だけで帰ってもいいのだが、学部長のハンコでも要るかと思って昼休みまで待機。誰も来なかった。それで自宅に帰る。特快が来た。速い。妻は三宿の家で整理をして、夜になって帰ってきた。明日は2人で行って最後の片づけをする。『カラマーゾフ』の出だし、何となく重みがない。もう少し検討したい。とりあえず『釈迦とイエス』を進めていく。

05/07/火
大学1限。それから三宿へ。最後の片づけ。バスで吉祥寺へ行き、井の頭線。客員で2年、専任で2年、あわせて4年通った経路だが、何か、かったるい感じ。いまは三鷹から特快で帰れるのに。引っ越してからまだ2週間ほどだが、新居に慣れてしまった。池ノ上から徒歩15分の、アップダウンのある道がきつい。さて、三宿の家には別棟がある。1階は3日に片づけたがまだ2階が残っている。ほとんどマンガ。3箱ぶんは別荘にもっていくことにした。残りは捨てる。古本屋にもっていけば多少は売れるかもしれないが、捨ててしまう。作業を終えたが、それで終わりではない。今度は書斎だった部屋に残っている自著の整理。これは全部捨ててしまうので箱につめるだけの作業。必要な本はすでに確保してある。大邸宅に住んでいたので、自著が出る度に保存用に多めに購入していたのだが、無駄だった。不意に、強い悲しみが襲ってきた。この感じは何かな。長男がベルギーに留学した時とか(結局そのままスペインに行って現在に到る)、次男が就職して企業の独身寮に入った時とか、高齢者施設で亡くなった母の部屋を整理していた時とか、何かを喪失した時の感情なのだろうが、今回は喪失したものはない。引っ越しただけだ。しかしいままでは、より広い家への引越なので、荷物はすべて運び込んだ。今回はダウンサイジングなので、ほとんどの荷物を捨てた。それが引越の狙いでもあった。息子たちに迷惑をかけないように、余計なものは捨ててしまったのだ。コンパクトなマンションで老後を迎える。そのために、交通の便のいい都心に移った。快適だ。だから転居したことに後悔はないが、27年も住んだ家だから、やはり離れることに胸の痛みがある。まあ、この痛みはすぐに癒える。連休に次男たちが三宿の家に泊まるというので、自分用の小さなテレビは三宿に置いてきたが、これを本日は新居に運び込んで、デスクの前に設置した。アンテナ線の接続が大変だった。壁の差し込み口の形状が違うので、大きなテレビをつないだ時はヨドバシカメラでコードを買ったのだが、今回は既存のコードをつないで何とかならないかと、いろいろ試みているうちに、パズルのようにアイデアがひらめいた。やってみたらちゃんと画像が移った。よかった。これでテレビを見ながら仕事ができる。夜中は寂しいのでテレビをつけっぱなしにしておく。テレビをつけたら元気が出た。

05/08/水
大学。学部長会議と大学院の会議。水曜は授業がないのだが、学部長になったので会議がある。まあ、昼間の電車はすいているので、のんびりと揺られているうちに、アイデアがひらめいた。どんなアイデアかはここに書くことはできないが、かなり重要なことを思いついた。こうやって少しずつアイデアが出ていけば、やがて大きな作品に育っていく。本日はゴミの搬出の日。妻に任せてしまったが、かなり疲れたようで、大変な作業だったと思う。しかしこれで、旧宅が完全に片付いた。これでようやく引越の作業は完了した。いろいろと疲れたが、この時期に引越を決断してよかったと思う。年を取ってからでは動きがとれなくなる。子孫に迷惑をかけないように、早めにダウンサイジングを計った。通勤が楽になったので、まだ働けそうだ。

05/09/木
大学。木曜は3コマある。まあ、雑談していることも多いのだが、さすがに3コマ連続すると疲れる。帰りに学生と生ビールを飲んで疲れを癒す。気がつくと自宅に帰り着いている。引越効果。帰って風呂に入って、さあ、仕事をしようという気分になる。

05/10/金
本日は休み。イーブックジャパンの連載2回目と武蔵野文学賞高校生部門の受賞作のアップが本日より始まる。このホームページのインデックスページからもリンクされているので、高校生の作品をぜひ読んでいただきたい。応募作だからわたしが指導したわけではないのだが、選んでコメントをつけたのはわたしだ。大学の教え子たちでも、指導したから上達するというものではない。わたしにできることは、資質のある書き手を選んで励ますことだけだ。さて、本日は休みなので懸案の一つを果たすことにした。引越に関して、懸案が3つあった。医者、歯医者、床屋の3つだ。このうち医者は、先日、旧居の片づけに行った時に三宿の医者にあと一ヵ月ぶんの薬をもらったから、新たなかかりつけの医者の発掘は先延ばしにできる。歯医者はいま痛いところはないので、ブラッシングをていねいにしていれば先に延ばせる。床屋が問題だ。暑くなってきたし、文藝家協会やペンクラブの総会があるのでさっぱりしたい。この前、床屋に行ったのは大学の卒業式の前だった。というわけで、ネットで理容店の場所を調べて、回る順番を決めた。自宅からなるべく近いところ、というのが条件。最短は駅前のビルの中。行ってみるとトイレの先の暗い地下にあったので、パスすることにした。次は駿河台下のあたり。ここは世田谷理容組合の定価の半分以下の店で、学生向けのところではないかと懸念したのだが、外からのぞいてみると、客は高齢者が多かった。おばさんが4人でやっている。つまり散髪中の客が4人。待っている人も2人いた。ということで3番目として待機する。ものすごいスピードで客が後退し、すぐに自分の番になった。はっきり言ってものすごく乱暴なおばさんが、バッサバッサと髪を切る。シャンプーも髭剃りは超高速。それで1600円。それでいい。何より時間が短かった。サンパツははっきり言って苦痛だ。シャンプー、髭剃りを拒否すればもっと安くなるようだが、まあ、乱暴に耐えていれば短い時間に完了する。床屋と無駄話する必要がないので楽だ。ということで、懸案の1つは解決した。夜は妻と近くのカレー料理店。淡路町から神保町にかけては、カレー屋が密集している。床屋で待っている時に道の反対側を見たら、カレー屋が3軒並んでいた。その中でも評判の店で、確かにいい店だった。自宅から1分という至近距離。少しずつこの街にも慣れてきた。

05/11/土
雨。明日は神田祭で、雨をついてお神輿が町内を回っている。マンション前の広場がお神輿の発進基地になっているようだ。散歩のかわりに敷地内のパン屋とスーパーに行く。缶ビールと夜食を調達する。傘なしで買い物ができる。『宇宙論』のプリントチェックが終わった。入力が大変だが、これで完了だ。いや、まだ図を作らないといけない。ここが理科系の本の手間のかかるところだ。「カラマーゾフ」の出だしも少し前進。

05/12/日
神田祭。新居のある建物は千代田区の小学校や公園の跡地を利用した再開発なので、地域コミュニティーの施設が入っている。神田淡路町のお神輿の発進基地で、周辺の町のお神輿も集まってくる。大変な賑わいで掛け声が部屋まで聞こえてくる。うるさいけれどもお祭だから仕方がない。われわれも下におりて、お神輿といっしょに神田明神まで行ってみる。人混みに疲れてすぐに帰ってきたのだが、まあ、楽しかった。『宇宙論』の図、6点。作成して、原稿とともにメールで送る。これですべての作業が完了した。『早稲田1968』とこの『宇宙論』とは去年の年末に、企画が通ったもので、5月半ばの段階で2冊が完了したということは、よくがんばったといえるだろう。

05/13/月
大学。1限のあと、いろいろと雑用がある。3,4限は1年生の入門ゼミ。それから会議。能楽資料センターの会議。わたしはセンター長ということになっている。学部長のセットで付随の組織の責任者もわたしが担当することになっている。おい、そんな話は聞いてないぞ、といっても、そうなっているので仕方がない。

05/14/火
大学。1限のあと、すぐに自宅に帰る。着替えて文藝家協会総会へ。都心に引越たので、自宅に帰ってから出かけるという手順が実現するようになった。文藝家協会総会の日は、わたしにとって一番長い日。朝の1限から、総会のあとの歴史時代作家クラブの人々との二次会まで、本当に長い一日だった。明日も学部長会議で大学に行かないといけないが、午後からなので一息つける。

05/15/水
大学。学部長会議。すぐに自宅に戻って、廣済堂出版の担当者と飲む。『早稲田1968』いい感じの装丁に仕上がっている。早稲田の学生に読んでもらいたい。自宅に編集者を招くのは初めて。といっても今回の新居は応接間などはないので、マンションのロビーで打ち合わせをする。このマンションの最大の特徴はロビーが広いこと。20階にあって眺めもいいし、ホテルのロビーのような革張りの椅子がおいてある。広大なスペースだが、いつ通っても誰もいない。静かで落ち着いて話ができる。しかし落ち着いて話す必要もないので、すぐに席を立って、建物の1階に向かう。広場に面してイタリアン・バーが2軒並んでいる。この競合している感じがなかなかいい。どちらに入るか迷ったが、1つはコーヒー店のチェーンが業務を拡大してバーで、もう1つはワインの販売店がバーを開いたもの。そちらの方がワインの種類が多そうなで、ビールを2杯ほど飲んでから、ワインを3人で一本ほど飲む。本が出たことの軽い祝杯だから、その程度にとどめる。

05/16/木
大学。大学院の授業を6限に移したので夜の授業になる。まあ、研究室で雑談するだけなので負担にはならない。

05/17/金
本日は大学は休みだがマイブック変換協議会の会議。協議会そのものは順調に進んでいるのだが、その先に大きな問題がある。出版業界全体に関わる大きなテーマがあるのだが、出版社に大きなテーマを見すえる見識をもった人物がいないので、困った状況になりそうだ。役所も頼りにならない。わたしも孤軍奮闘するつもりはないので様子を見守っている。漫画家と写真家は少し危機感をもっている。わたしのもっている危機感と少し性質は異なっているのだが、危機感を共有しているという点ではまず話ができる。そんなことよりも、『カラマーゾフ』の出だしが少しずつ進んでいる。しかし、この文体でいいのかという疑問は残っている。一人称で語る語り手という前置きの枠を作るか、神の視点で書くかという基本的な文体の設定でまだ迷っている。

05/18/土
今週は長い一日が続いたが週末にきてようやく少しほっとした感じになった。妻と散歩に出る。週末の秋葉原はアブナイ感じ。人混みを避けて裏道に入ろうとしても、そっちの方がもっとアブナイ感じがする。渋谷や三軒茶屋とは比較にならないスリルがある。JRのガード下のクラフトの店が並んでいるところを歩く。買うものはない。というか、まだ引越の荷物が片付いていないので、新たにものを買う気にはなれない。帰りにヨドバシカメラでプリンターのインクと名刺用の紙を買う。この店は大きく品揃えも豊富だが、かえって迷ってしまう。扇風機を買う。旧居には扇風機がたくさんあったが、すべて捨ててきた。自分用の小さなファンだけをもってきていたのだが、日当たりのよい部屋なので、もう1つ必要。老夫婦2人の生活だから、ファンも2つで充分だ。もっと篤くなればエアコンを入れればいい。高層住宅で風は強いのに、リビングルームとわたしの仕事部屋は窓が開かない。換気口はあるのだが、それは空気抜きであって、風が入らない。風を入れると危ないこともあるのか。それでも寝室と妻の部屋は窓が開く。ここは快適だ。新居はまだ慣れないことも多いのだが、それでも何とか日常性が育ちつつある。『カラマーゾフ』のオープニング、ようやく文体が固まってきた。それで前に進めそうだ。ところでこれはいつの話なのだろう。原典の「まえがき」に、これは13年前の話だと書いてあるので、続篇のスタート地点は「いま」すなわち連載開始の1879年ということだろう。1865年に設定されている『罪と罰』のザミョートフ(わたしの作品では主人公)は三十代半ばになっている。彼を探偵としてもう一度活躍させる。8年の刑期のラスコーリニコフも出所しているはずだが、話がややこしくなるので登場させない。そろそろ頭の中を「カラマーゾフの世界」に切り替えないといけない。大学の会議と著作権の会議などには自分の身体を運んでいくだけでいい。授業は毎年、同じことをやっている。あとはいま執筆中の『釈迦とイエス』なのだが、これもとにかく自動的に書いていくような作業なので、日々コツコツと前進すればいい。

05/19/日
「カラマーゾフ」いよいよ本篇に入っていく。緊張感があるし、恐怖もあるのだが、これまで3冊の仕事をしているので、まあ大丈夫だろうと楽観していく。いまはまだ全体の構成がまとまっていないのだが、こういうものは書いているうちにアイデアが出てくる。とくに今回は続篇なので、原典に細部を縛られることがない。自由に話を展開できる。しかし、わたし自身が生きた20世紀末の日本がこの続篇には反映されるだろう。そうでなければ自分が書く意味がない。これはあくまでも日本文学だとわたしは考えている。

05/20/月
本日は創立記念日で大学は休み。イーブックジャパンの担当編集者と軽く飲んで打ち合わせ。卒論小説、ゼミの学生の作品、高校生部門の入選作、すべて予想以上のダウンロードで、よく読まれているようだ。こういう読者を育てていけば、文学にも新しい可能性が出てくるのではないかと思う。実はかなり手間のかかる作業なのだが、新しい可能性に挑むというモチベーションでイーブックジャパンにもご協力いただいている。住居のあるマンションの1階にあるバー。ここはなかなかいい。毎日ここで、軽く飲む、などというのもいいのではないかと思う。

05/21/火
イーブックジャパンの担当者と、自宅マンションの1階にあるワインバーで飲む。イーブックジャパンにはたいへんお世話になっている。教え子の作品や、武蔵野文学賞高校生部門の作品を、電子書籍にして公開してもらっている。無償で公開しているので、お金が儲かるわけではない。ただ無償にしてもダウンロード数が予想以上に伸びているのようなので、サイトの催しとしてはうまくいっている。わたしとしても武蔵野大学の宣伝になるので、せいいっぱい協力していきたい。担当者はなかなかの目利きであって、公開した作品の批評が的確だ。次々と作品を公開してこのコーナーが定着すれば、そこから何かが生まれるかもしれない。

05/22/水
教育実習で学生がお世話になっている中学校を訪問する。わたしのゼミでは教職をとっているのは1名だけで、彼は故郷の新潟で実習することになっている。大学の教員が訪問するのは都内と近県だけなので、わたしのノルマはないのだが、学部長として1人くらいは引き受けたいと思い、あまりに遠いので担当が決まらなかった千葉県袖ヶ浦の中学を引き受けることにした。袖ヶ浦というナンバーの車を時々見かけるので地名は知っていたが、行ったことはない。わたしは御茶ノ水に引っ越したので、千葉県は近い。実はわたしは電車に乗るのが好きなので、本日はのんびりと電車の旅をするというコンセプトで、まず東京駅に向かった。地下のホームから総武線快速電車に乗る。ボックス席の右の窓際、進行方向に向かった席という、わたしの好きな席にうまく座れた。内房線の長浦という駅まで1時間10分ほど。快適な旅だ。駅から中学校まで30分の徒歩。バスも走っているのだが、昼間はほとんど走っていないので役に立たない。農道みたいな道をのんびり歩いていく。歩くのは苦手ではない。迷うこともなく中学について、担当の先生や校長に挨拶して、学生と図書室などを見に行き、それで役目は終わった。また30分歩いて駅に着くと、さすがに疲れを覚えたので、自腹をきってグリーン車に乗る。グリーン車の2階は天国のようなところだ。東京駅までの快適な旅。自宅に帰ってビール1缶飲んでから、飯田橋の出版クラブへ。貸与権センターの宴会。ここには大手出版社の社長や、各社の著作権担当者が集まっている。必要な人に必要な話をして、少し先が見えてきた感じがした。そのことを文藝家協会の著作権担当者に伝え、あまり出版社と対立しないようにしようと話し合った。夜中は自分の仕事。『カラマーゾフ』、進んでいる。ただし『釈迦とイエス』が滞っているので、こちらもがんばらないといけない。夏休みは『カラマーゾフ』に集中したいので、『釈迦とイエス』は7月末完成という目標を設定している。

05/23/木
木曜は授業が3コマある日。本日は学生にプレゼンテーションをやってもらうことにしていたので、楽かと思ったが、こちらから質問しないといけないことが多く、何だか疲れた。今週もこれで終わったかな。明日は図書館との協議会があるが、これはただ出るだけでいい会議。散歩に行くような感じだ。「カラマーゾフ」かなり先が見えてきたのでいよいよ動かしたい。冒頭の修道院の描写。ここをしっかりと書けるかどうかが作品の印象を決定づけるだろう。

05/24/金
本日は大学は休み。図書館との協議会というのがあって、都立中央図書館へ出向く。この協議会は書協でやるか、図書館でやるかなのだが、図書館側の場所は持ち回りのようで、茅場町の図書館協会であったり、東大、慶大、早大などの大学図書館だったりする。中央図書館へ行くのは2回目。日比谷線の広尾だ。前の住居の三宿からは日比谷線に行きにくかった。新居からはとにかく1回乗り換えで行ける。どこで乗り換えるかじっくり考えて、千代田線で日比谷乗り換えということにした。帰りは霞ヶ関で乗り換えてみたが、日比谷の方が歩く距離が短いようだ。協議会はつねに一進一退。それでは先に進まないので一回だけ発言した。協議会というのは双方が歩み寄りの姿勢を示して、実際に歩み寄るということがなければ、何をやっても無駄だ。無駄に会議に出るほどこちらはひまではない。妻は本日、三宿の旧居に行って、テーブルの補修を頼んだ業者に引き渡してきた。晩ご飯は外食ということなので、秋葉原に電球を買いに行ったついでにどこかで外食と思ったが、何か秋葉原は怪しい人間が多くて疲れるので、御茶ノ水に戻って食事。やれやれ、一週間が終わった。

05/25/土
週末は何もない。本日は予約を入れてあったマッサージ。夜中にシャンピオンズリーグの決勝の中継を見ていたが、前半が終わったところで力尽きて寝てしまった。このところ寝不足が続いているので仕方がない。

05/26/日
夕方、妻と散歩に出る。三越本店まで往復。こちらの方面に向かうと、ほっとする。引っ越して一ヵ月になるのだが、まだ古書店街をゆっくり歩いていない。とにかくスケジュールがつまっていて、どうしようもない。

05/27/月
朝1限の授業のあと、研究室に戻らずに自宅に帰り、着替えてペンクラブの総会に向かう。1度自宅に帰るという経路がとれるのは新居に引っ越した効用。とくに二重橋前の東京会館は、新御茶ノ水から2駅なので、電車に乗ってしまえば5分くらいで着いてしまう。わたしはペンクラブではただの理事なので、本日は発言の機会はないだろうと思い、内職の用意をしていたのだが、何となく総会が紛糾してしまったので、仲裁のために発言せざるをえなかった。まあ、それで何とかまとまる方向に向かったのでよかったと思う。本日は長い1日。明日も1限の授業のあと、日本点字図書館の会議に向かうので長い1日になる。評議員会と理事会のダブルヘッダーなのだが、アキ時間があるので仕事はもっていく。ただし理事会はいつも議長をつとめるので内職はできない。

05/28/火
昨日と同じように大学で1限を終えたあと、高田馬場の日本点字図書館へ。わたしは評議員と理事を兼ねているので、まず評議員会に出席したあと、1時間のアキ時間を喫茶店で過ごし、それから理事会に臨む。評議員会と喫茶店ではひたすら『カラマーゾフ』のメモをとっていた。突然、何かが憑依したようになって、いくらでも書ける状態になった。もうドストエフスキーの霊が取り憑いたのだろうか。理事会は議長をつとめたので内職はできないのだが、そのころには、憑いていたものがきれいになくなっていた。まだ助走段階なので、霊の憑き方が中途半端だ。

05/29/水
大学。水曜日は出講日ではないのだが、大学院設立準備の会議というのに出席。大学院はすでにあってわたしも1コマもっているのだが、学部が2年前まで、英文科と日文科で「文学部」ということになっていたのだが、2年前に英文科が独立してグローバルコミュニケーション学部というものになって、新たな開設された有明校舎に移ってしまった。そこで大学院も有明と武蔵野校舎に分かれることになって、文学部の大学院が独立するかたちとなり、その申請をするということで、わたしが責任者ということになっている。仕事がどんどん増える。まあ、申請は大学でやってくれるので、わたしは会議に出て話を聞くだけでいい。本日の仕事はこれだけ。イーブックジャパンに新たに出す学生の作品へのコメントもできたので、ようやく自分の仕事だけできる態勢になった。「カラマーゾフ」のメモがたまっているのでまず入力しないといけないが、「釈迦とイエス」も少し前進させておきたい。

05/30/木
大学。3コマの日。ああ、疲れた。

05/31/金
本日は大学は休み。文藝家協会でMyBook変換協議会。引っ越ししたので文藝家協会に往復するのも負担にならない。午前中の会議なので昼には自宅に戻る。あとはひたすら自分の仕事。『釈迦とイエス』少し先に進む。『カラマーゾフ』も前進。いい感じで先に進んでいる。


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