後沼崎城

概説 沼崎城は北谷ヶ城の山林にある。この城は以前には前木の地に築造されていたようで(前沼崎城を参照)、現在前木には内屋敷、堀之内、丸の内、矢土等の城砦に関する地名があり、また見取図も残されている。永正、天文の年間に沼崎備前守宗幹の名がみえるところから、その頃には前木に築城されていたものであろう。その後北谷ヶ城に移転したようで、構築年代は戦国時代後半期と推定される。小田氏名簿録を見ると「沼崎城々主、壱万貫領、沼崎播磨守五郎」と記されている。小田氏の出城として築造されたものであろうが、城域は広大で整備された立派な城館である。[『豊里の歴史』より]
熊野神社東側が本曲輪になる(正面奥)
    その他の写真
  1. 三曲輪の土塁と堀跡
訪問記[2003/01/06]熊野神社は見つかったがその東隣は屋敷になっている。さらにその周辺の森林に入ってみたが、土塁はかなり低くなっている。
所在地つくば市沼崎字本北谷ヶ城。沼崎小前交差点信号の北1.2km付近に熊野神社が祀られている。その東南の宅地および森林一帯。
参考書『豊里の歴史』