Anson Maddocks。4thのスターターを買った人なら誰でも、マニュアルでカード説明の際に用いられていた「ハールーン・ミノタウロス/Hurloon Minotaur」の絵を覚えてるはず。そう、あれを描いたのがAnson。これに限らずHomelandのミノタウロスは全部この人の担当。アヤシイ。ほかには、っつうと4thだと「血の乾き/Blood Lust」「骨の玉座/Throne of Bones」「麻痺/Paralize」「踊る円月刀/Dancing Schimitar」「シャノーディンのドライアド/Shanodin Dryads」「センギアの吸血鬼/Sengir Vampire」う〜ん、堂々たるラインアップ。これならAnsonデッキは組むのに不自由しなさそう。そんなわけでMTGの働き者、Anson MAddocksのインタビュー記事を。前回のMark Tedinとは幼馴染みだってことだけど、Tedinとは打って変わって落ち着いた物腰の彼の一言一言は、イラストで喰っていきたい人にとっては貴重な現場の意見かも。ばかやろー長いぢゃねえか、俺ぁAnsonのことをちょっとだけ知りてーんだ、というあなたにはこちら。Artist's Profileコーナーからの翻訳です。
おまけ:「ぼく的・Lord of Tresserhorn誕生秘話」(DUELIST誌連載記事より)
アラスカのSitkaという町で育ったAnson Maddocks(以下Anson)の小さい頃の遊び場といえば、森に浜辺にロシア人墓地。う〜んCOOL。1988年にはシアトルに出てきて、コーニッシュ芸術大学でデザインを学び始めた。後に大学を出て、フルタイムのイラストレーターとして働き始めた・・・
「最初にMagicの仕事を始めたきっかけは?」
うん、2年前にWizards of the Coast社にスカウトされたんだ(インタビューは1994年になされた)。大学時代からWizards社のアート・ディレクターのJesper Myrforsは知ってたからね。彼、前に僕の(イラストを)やったDarkdreamerって本を見ていたらしくて、ほかに作品を見てみたい、って言ってきたんだ。本を見られたのはちょっと恥ずかしかったけど、彼は気に入ってくれたらしい。それで彼に、そのころやってた仕事を見せたんだ。ファンタジーやSF系よりは、もっとシュールなものだったな。(2行ほど中略。Magic以外の仕事をする時に、Jesperのノルマは非常にきついものだったらしい)ぼくは他の人だったらそんな時間では仕上げられなさそうな仕事をいっぺんにやったこともある。締め切りが近いって言うそれだけで、1日に4つ仕上げたこともあるよ。
「どれくらいMagicのイラストを描いたんですか?」
31。30はもう使われてる。(1994年当時の話です)
「どうやってMagicのイラストを決めるんですか?Jesper(Myrfors)が絵師たちにカード名を渡して、どんな絵を描くかは自由にさせておく、って感じですか?」
そう、彼(Jesper)もどんな絵が返ってくるか楽しみにしてるんだと思うよ。彼は絵師たちに、自由にカード名を解釈させるのが好きなようだ。だから戻ってきたイラストを見て本当にびっくりすることもあるし、デッキのイメージも広がるしね。Magicの場合、(カード)デザイナーたちは文がどういうイメージになるかの大体のアイデアを持っているんだけど、絵ができあがってみたらそれに合わせて文章を作り直す、ってこともある。ただ、絵を描く立場として(Magicの)カードについて詳しくなるのがいいことかどうか分からないなぁ、っていうのは、今ではぼくはMagicというゲームにあうようなイラストを描くようになってしまっているからね。できるだけいろいろな要素を取り入れるようにしているんだけれども。
「トレーディングカードのイラストが本のイラストと違っている点というのは?サイズが小さいことでなにか問題はありますか?」
う〜ん、それは大きい要素なんだよね。本のイラストはでっかいから、ちょっとは気をつけて描かないとだめなんだよね。いや、Jesperには内緒にしてもらいたんだけどさ、Magicのカードってのは原画のサイズからすれば随分小さくされてしまうからねぇ、縮小されるにしたがって結構いろんなディテールがなくなってしまう。だから原画の段階ではちょっと荒っぽく描いても影響ないんだよね。原画を売ることが少しためらわれることもあるし、何枚かは原画を人に見せていないしね。
「ファンタジーはあなたの得意分野ですか?ファンタジー以外ではどんな感じでイラストを描くんでしょうか?」
シュールリアリズムのほうが好きなんだよね。ファンタジーの仕事を好きだけど、あまり強い関心は、特にいわゆる伝統的ファンタジーにはないんだ。エルフだのドワーフだの、っていう奴にはね。あまり自分とは関係ないって感じかな。だからそういう領域の仕事をするときは、なんか新しい要素を持ち込んでやろうと思ってやるね。自分独自のファンタジーを創造するのが好きなんだ。なにかしら伝統的な題材を使って新しい仕事をしてやる、ってのは、核になるのは同じでも、もうぼくの感性が影響して違うものになるからね。
「多くのRPG系ゲームが、ファンタジー世界に普遍的な神話や『元型』に基づいているわけですが、あなたの仕事はそういった題材を扱いつつ、なにか別のものを取り込んでいるわけですね。その『べつのもの』はどういった要素なんでしょうか?」
全く自分自身の創造によるものだろうね。なんか伝統的なファンタジーの題材を扱うときには、もう自分のやりかたで事を起こしてるね。もうちょっとこう、陰鬱な感じで、ちょっと好色で、そして、まぁ若干芝居じみた感じだろうね。
「ハールーン・ミノタウロスのイラストを見た人がこういうのを聞いたことがありますが・・『Ansonはどうやってこれを描いたんだ?あいつ、ミノタウロスに鏡を持たせて写生させたんじゃないだろうな?』・・・あなたの描くイラストにはちょっと超現実めいたリアリティがありますが、全く違う世界のことなのに非常に解剖学的に正確であるように見えるああいったイラストはどうやって描かれたものなんですか?」
僕は解剖学をきっちり学んだんだ、大学では解剖学のコースを取ったしね。実の所、ながいこと外科医になりたくってね。骨とか筋肉とかの解剖学的機能にとっても入れ込んだもんだよ。イラストにそれらしさをつけるのに、解剖学はとっても大事だったね。SFのセミナーでは宇宙人の解剖学についてのレクチャーもしたことがあるよ。解剖学がどれだけディテールにとって大事かを納得してもらうためにね。
視覚的方面での予備調査はたっぷりするね。いつも百科事典を手元に置くようにしてるし、いろんな違った方面から知識を得るようにしてる。その方が新鮮な感覚を維持できるし、わくわくするしね。センギアの吸血鬼を描いたときも、わざと伝統的ヴァンパイアの姿に似せないようにしたんだ。あの吸血鬼、ベラ・ルゴシっぽくないだろ?
モデルを使うときっていうのは、なにか特別な雰囲気か、写実的なアイデアがあるときだね。あるいは特別に引かれる何かを持った人物をモデルに使えるとき、そんなときはモデルの持つ要素を絵の中に取りこめるからね。自分をモデルに使ったことはあるかって? まぁ、そんなときは自分のイラストがぎょっとするほど自分自身に似てくるんだろうね。時にはそれでもいいだろうけど、時にはそういうのは仕事のないようにふさわしくない、っていう判断をしなくちゃならなくなるね。まぁ、ちょくちょくあることだけど。画材はほとんど何でも使うよ-水彩、色鉛筆、アクリル、不透明水彩(グワッシュ)、油彩・・
「影響を受けたアーティストはいますか?」
Bromのファンタジー・アートは大好きなものの一つになるね。ノーマン・ロックウェルはぼくのヒーローみたいな存在だ。ダリも好きだな。ギーガー、クリムト、メビウス、Bilal、ああそうだった、Milo Manaraにビアズレーも忘れちゃいけないな。
「自分のイラストを芝居じみていてちょっと色っぽいといいましたが、どういうニュアンスなんでしょう?」
イラストは静的なもので、ぼくはそれでいろんなことを伝えたいものだからどうしてもオーバーアクト気味になるし色っぽくもなるんだ。口が聞けないのを身振りでカバーしようとしてるようなもんだね。まぁぼくのイラストはパントマイムみたいなもんだけど、あれほどデリケートなものじゃない。だれでも自分にとってそそられる事柄を仕事にしてると思うよ、それで仕事はずっと楽しくなるからね。確かなのは、ぼくはどんな種類であれ有機的なものはみんなちょっとづつ色っぽいと思ってるんだ。何かとっても柔らかいもの、絵的に豪快なもの、入り組んだ造形や重量感をそなえたもの、重力、ベクトル、流線的なものを描いてるとき、ぼくはそれぞれがとってもセクシーだと思うんだ。胴体なんかを、わざと流れるように描くこともあるしね。顔の造作を描いてるときに自分で燃え燃えになりながらやってるときもあるね、盛り上がった唇とか広がった鼻孔とか、おっきな瞳とかとんがった頬骨とかね、描いてるときはそそられるんだよなぁ。強調して描いてる部分は、たいがい燃えながら描いてるね。長くて蜘蛛の脚みたいな指なんかもそうだね。そこいら辺で「芝居がかった」っていう要素も入ってくるんだ。そういうのがくっきり際だってくるんだね。みんなが派手な衣装を着たりどぎつい化粧をするのとだいたい同じ理由だ。もっとなにかをさりげなく描写するなんて、ぼくには無理だね。なにかを気に入ったら、それらを全部ひきたたせてあげたい。おのおののイメージに序列を決めて「あー、ここは前に出て、あとは引っ込んで」なんてことはぼくにはできない。なにもかもにスポットライトを浴びせてあげたいんだ。まぁ、もっともそれをつきつめると見る人が混乱するんだけどね。どこに注目していいか分からなくなるから。
下書きのときに、そういうことには気づいてしまうね。でもそれを改善しようだなんてぜんぜん思わずに、最初の構想とは別のことをその下書きそのものから始めてしまったりね。だからスケッチをみて思わず「あーっ、なんかこれ見てて浮かんできたぞ、こんどはそれを目指して描くことにしよう」なんて言っちゃうこともあるね。スケッチっていうのはそういう、生々しくてそれ自体があることを描写されたがっているようなところがあるからいいね。その一点にかかりっきりになるから、気がつくと印象を大人しくするなんて段階はとうに過ぎちゃったりしているけれども。
ぼくの仕事はそれは早いもんだと思ってるよ、でもそれはぼくが仕事をしてるときにみるみる時間を使い果たしちゃうからだと思うんだ。Magicの仕事で、1日に何枚も仕上げたことがあるのはもう言ったよね。Thystramでも、一番の記録では1日5枚ってのがあったな。友人が「アートな日」って呼んでるような気分がのりのりな日だと、1日にとても多くの仕事ができるね。でもそうでないとき、霊感がわかないときなんかは早い仕事なんてとてもとても。何もかもを投げ出してしまう。最初の運動量に左右されるんだな、始めさえしてしまえばあとはそれを維持すればいい。通常だったら1週間かかるようなことをいっぺんにしたりしてね。
早起きかって?いいや。朝4時半とかに寝て、昼までそのまま。夜中が一番創造活動にいいってのは、邪魔するものがないからだろうね。テレビもろくなのやってないし、誰も呼びに来ないし、明かりとテーブルと、仕事があるだけで。
コーヒーショップはいい場所だよ。Mark TedinとAndi Rushとで、しょっちゅうコーヒーショップに行って仕事をしたもんだよ。なぜっていったん座ってしまえば、自分が持ち込んだ仕事以外にはなんにもないんだからね。ふらついてみんなと喋るわけにはいかないし、テレビもない。飲み物を頼んでしまえば、しばらくはテーブルに釘付けになるわけだからね。普通の人はコーヒーショップを仕事場だとは思わないだろうって?まあね。
ほかにどんな仕事をしてるかって?いろんな分野のことをいっぺんにするように心がけてるけどね。Seattle Weekly誌のイラストにWhite Wolf社、Pagan社の雑誌や本のイラストもやっている。大判のイラストもやりたいんだけどね、場所を確保するのが難しくて。
Down Underっていうナイトクラブで、Mark Tedinと働いてたことがあるけどね、そこを大改装して一大インスタレーションスペースにしたっけ。壁画に彫刻にライティングにマシンっぽいオブジェとかね。採算にはとてもじゃないけど合わない、でも楽しかったね。彫刻もやっていたんだよ、でもあれはいっぺん始めるとくずが大量に出るしね、もうそんな場所をとれないんだ。
「自由契約のアーティストというのはどんな生活なんでしょう?それ以前はなにを?」
ショップで、ヴィンテージものの服を売ってたことがある。その前は左官みたいなこともやったな。普通の仕事をやめて、フリーになってみるとこれが経済的にはジェットコースターなみに波が大きくてね。ひどい薄給の時期もあったな。そんなときが長く続くと、ちっぽけな仕事でも金脈に感じられるものさ。でもね、アートはぼくの表現手段だから、いろいろなことのはけ口や緩衝体になってると思うよ。
実際、なにかを表現するためには自分の中に膨大なものを取り込んでおかないといけないと思う。なにもかもを外の資料や写真に頼るわけにはいかないんだ。だからぼくはいろいろなものを吸収するように努めている。VTRや本を買うのにかなり(費用を)使ってるけど、それは想像力のために必要な経費なんだと思うようにしてるね。あまり関心のない分野にも目を向けるようにしてる、そうすれば新しい視野が開けるからね。
「これまでに引き受けた中で、いちばん奇妙だった仕事はどんなものになるでしょう?」
Pagan Publishing社の「Unspeakable Oath」の表紙だね。なんたって生肉が縫い合わさって本の表紙に装丁されてるみたいなイラストになったからね、あれがまちがいなく一番妙な仕事だったなぁ。(あなたのMagicのイラストにありそうな感じですね)そう、彼らは私の描いたMagicのカードを見て仕事を持ってきたそうだからね。
「本当ですか?『Living Wall』ですか、『寄せ餌/Lure』ですか?」
「Living Wall」のほうだ。ところであのカードは検閲を受けたんだ。知らなかっただろう?あれには食道が描いてあったんだけど、それが人体のほかのある部分の括約筋になんか似すぎていたらしいんだ。ぼくの絵が検閲を受けたたった一回のケースだったね。Jesperが検閲についてどう思っていたかって?その質問については黙秘したいな。
「芸術家として率直であることについては重要視される方ですか?」
ああ。芸術的であるか、道徳的観点に殉ずるかーーいつもそれについて考えるね。多くの芸術家は誰かほかの人の視点に妥協するのがいやであまりそういう風には考えないけど、ぼくにとってそれはある意味でチャレンジだからね。自分の好きで描こうと誰かの指図の基に描こうと、それはある種の挑戦になる。挑戦するのも好きだし、誰かの挑戦を受けるのも好きだ。ある人のもとで働いているとき、その人からの注文が口頭や文書での要請書のかたちでこちらに渡ってきて、それが自分の作品にどうフィードバックされるかーー楽しいね。面白いコミュニケーションのやり方だと思う。何かいわれる、言い返す、そして同意に至る-書き手と描き手との共同作業だよ。
「あなたの作品に降りかかった最悪の出来事とはどんなことになるでしょう?誰かがあなたの作品に、酷い振舞いをしたことがあるとか?
Lolapalusaの絵が踏ん付けられて、黒い靴の跡が残っちゃったことがあったな。修復しなければならなかった。盗まれたこともある。ま、そういうのは遠回しの賛辞なんだと思うようにしてるけどね。持っていった連中に、それをどうしたのかきいてみたい気もするけど。
ぼくは自分の描いた絵については一刻も早く処分したい質でね。あ、売りたいとかそういう意味じゃなくって、文字どおり目の前からなくしてしまいたい、っていうことだ。自分自身の以前の仕事に、あまり影響されたくないんだな。いつもいつも、新しいアイデアを追っていたいんだ。与えられた時間では満足する仕事ができたなんて思いたくないんだ、そんなふうに考えたら怠惰になるからね。それが本当のことかどうかはさておくとしても、そういう風に考えることにしている。まっさらの無地の壁があれば、はっきりした発想ができる。できたものをあまり長く見てると、発想が鈍るような気がするんだ。
(このあとの訳25行分については省略。自分がMagicのイラストレーターとして今後も活動を続けていくということが語られている。気が向いたら改めて訳しましょう<怠惰)
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例によって注釈
(続報)なんて言っていたらWeatherlightでは結構書いていますね。INQUESTの記事が半分ガセだったのか、それとも会社と和解したのか。ともあれ、なんだかちょっと嬉しいです。ところがINQUEST28号によるとこれは「一時的なことで、依然として会社とは和解していない」とのネタが!
そして1998年現在、Portal2やUrza's Sagaでは再び彼のアートワークを拝むことができます。よいことです。