第2部 反 乱

第4章 ケントの反乱


前頁より



 ウィリアム王は、ノルマンディーに帰郷する前に、オド公とウィリアム
・フィッツ・オズバーン隊長の両摂政に、統治は厳しすぎることの無い
ようにと念を押していた。

 だが、荒れくれた末端の兵士たちまで浸透するのは難しかった。
各地に配備されているノルマン兵たちは、それまでの支配者であった
アングロ・サクソンの兵士たちに比べれば格段に優れた装備をし、堅
固な砦の中に生活していたが、何分にも戦闘直後であるだけに気が
立っていたから、統治はどうしても暴力的になるのはやむをえなかっ
た。

 ヘイスティングズで敗れて野に伏していた農民兵たちは、ノルマン兵
の横柄な暴力に反感を懐いていた。しかし自分たちだけでは反乱は無
理だと知っていた。誰か首領が必要だ。彼らはノルマン兵の目を恐れ、
ひそかに謀議を図った。

 ケント州の西部からサセックス州やサリー州の中央部にかけて、「ザ・
ウィールド」と呼ばれている広大な森林地帯がある。
謀議の場所にこの森を選んだ。

「今、アングロ・サクソンの主だった貴族諸侯は、皆人質となってノルマ
ンディーに連行されている。エドガー・エセリング王子、モルカール伯、
エドウィン伯・・・・・」
「旧主のゴッドウィン家のご子息や、麾下(きか)の勇将たちも皆ヘイス
ティングズの戦いで戦死されたからのう」
「誰か適任者はいないか?」
 リーダーを欠く軍議は、堂々めぐりと愚痴で終わっていた。

 ある夜、この深い森の中で謀議していた男たちの前に、どこからとも
なく笛や竪琴の音が聞こえてきた。すると突然白い薄絹を着た若い女
性たちが、飛び跳ねるようにして現れた。

「ヤヤッ、何者だ!」
「これが噂の白い妖精たちか?」

 ケントの男達が立ちあがって剣の柄に手をかけた時、一人の妖精が
間合いを取った距離に立ち、「お待ち下さい」と、凛とした声を出して、
男達を制した。

 銀のティアラをつけていた妖精の女王であった。

「わらはは妖精の女王クリスティーナ。皆様のお話は、わが手の者が
細大漏らさず聞いております」
いつ現れたのか、黒装束の者たちが一同を取り巻いていた。



「ヘレフォードではエドリック・ザ・ワイルド殿が挙兵されました。
もし皆様に暴政に抵抗されるお気持ちが本当におありになれば、南部
に残っているアングロ・サクソンの僅かな小貴族よりも、むしろ大陸の
方のお力を借りてはいかが?」

「ヤヤッお前たちは、われらが謀議を盗み聞いていたのか。しからば汝
の推薦する人物はどなたじゃ?」
「ドーバー海峡の対岸ブーローニュの領主ユーステス伯です」
「エッ、ユーステス伯だって!?伯はヘイスティングズではウィリアム公
の軍陣についてハロルド王と戦ったではないか。戯(たわ)けたことを
申すでないぞ」

 年配の一人の男が、若者の口を制した。
「ユーステス伯とは面白い。伯とドーバーはいろいろあったから、まん
ざら縁がないわけではない。あの事件以来ユーステス伯とドーバーの
大部分の市民はむしろ友好的だ。もう少しそなたの話を聞いてみたい
ものだ」
と、妖精の女王に言った。
謀議の一同もうなずいた。

彼らの胸中には、エドワード懺悔王が義弟のユーテテス伯を招いた
1051年に、ドーバーの一部の市民と伯の家臣が切り合った事件や、
これらの市民を処罰せよという懺悔王の命を無視したゴッドウィン伯
の国外亡命とその後の復帰復権など波乱の時代がよみがえった。
(詳細は第4章 葛藤を参照ください)

 妖精の女王は言葉を続けた。

「たしかにユーステス伯はウィリアム公に加勢しました。それは伯が臣
従していたフランダースのボールドウィン5世辺境伯がウィリアム公の
妃マチルダの父であり、ボールドウィン伯がウィリアム公のイングラン
ド侵攻を支援していたからです。また、エドワード懺悔王からハロルド
伯が王位を継承したことにも不満があったからです。ユーステス伯夫
人ゴダ様は懺悔王の妹ですから、ユーステス伯もイングランド王位に
は大いに関心がありましたし、今もお持ちです」


 ケントの男たちは妖精の女王の情報に驚き傾聴した。

「しかしボールドウィン5世伯が今年の9月1日に亡くなられたので、今
はウィリアム公との関係では心境に微妙な変化をきたしています。
ユーステス伯はドーバーの方々と親近感があるので、ウィリアム公と争
っても、せめてケントの領主、あるいはドーバー城の城主にはなりたい
と考えているのです。ユーステス伯を首領に仰ぐのであれば、お取次
ぎしますよ」

 謀反を画策する一同は、妖精の女王の助言を受け容れて、ユーステ
ス伯に反乱の助勢を求めることに決めた。



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