見世物小屋(5)

 やがて小助が連れてゆかれた興行主というのは、これ以上ないくらいに太った身体を派手な小袖でくるみ、顔の皺を白粉で塗りつぶした、ちょっと不気味なほどの女性でした。
「あなたが小助っての? 小助なのに女の子なの? なんだか変ね。まあいいわ。あたしは砂場亭のお砂よ。京、大阪、江戸、三都を牛耳る天下の見世物主ってのはあたしのことよ」
 その体格から想像もできないくらいの甲高い声で、お砂という肥満女性は叫ぶのでした。
「あれが親爺の女房なんだぜ」と鮭次郎は小助に囁くのでした。
「あなた小助ね? ほら、これを読んでみなさい」
 お砂は小助に一枚の引き札を投げてよこしました。引き札というのは、いまでいうビラのようなもので、見世物興行などのときに大量に印刷してばらまくものです。
「すまねえが、この子は読めねえ」
「あら残念ね。ならあたしが読んであげるわ。いいこと、天下一生人形、いいこと、天下一よ。生けるがごとく動くがごとく、その虚は実を写したり。天下これに驚嘆す。嗚呼砂場亭の生人形、これを見ずして人形を見たと言うなかれ。お砂お砂の大繁盛」
「わかったから、なあお砂」
 常太郎老人は肥満女性の際限なきお喋りをおしとどめました。
「この子はちょっと腹が減っているようだ。なにか食わしてやっちゃくれまいか」
「これからがいいところなのに……でもそうね。あんた、あたしと一緒に朝飯を食うのよ。いいわね」
 お砂は押しつけるように小助に命ずるのでした。

 お砂はお喋りで目立ちたがりでしたが、もともと気のいい性でした。
「いいこと、小助、あんた遠慮しちゃだめよ。どんどん食べなさい。おなかいっぱいになるまで食べるのよ。でなきゃあたしが許さないからね」
 みすぼらしい小屋のなかでの、慌ただしい炊き出しでしたが、白米にちゃんとした味噌汁、川魚の焼いたのと、小助にとっては食べたこともないご馳走でした。
「で、この子、追っ手にみつからないようにすりゃいいのね」
 お砂は行儀悪くも、飯を食いながらもべらべらと喋るのでした。
「そうなんだが」
「じゃ、この子、女の子なんだから、女の子の姿にしたほうがばれないんじゃなくって?」
「それもそうだな」
 常太郎は頷きました。


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