「ふうむ」
鮭次郎の話を聞いた常太郎老人は、腕組みをして、
「で、おめえ、この子を江戸に逃がして、それからのあてがあるのか」
「それは……」
「だからおめえは考えが足りないってんだ」
老人は息子を一喝しておいてから小助に向き直り、
「どうだい、おまえ、吉原の女郎になるのは嫌いかい?」
「親爺、あんたなんてえ事を」
「うるせえ」
ふたたび一喝して、
「どうだ、吉原も辛いことはあるが、それはそれでいいこともある。いいおべべは着れるし、いいものも食える。こんな場末で行きだおれるより、考えようによっちゃいいかもしんねえぞ」
しかし小助は、首を横に振りました。
小助の頭には、幼いころに育ててくれた老夫婦の言葉が、こびりついていたのです。
「おまえは女の子だからこんな難儀にあう……男の子ならよかった……よいか、女であることを知られてはならん……女と知れたら、きっとまた難儀にあう……」
子守歌のようにいつも語られていた言葉だけを、はっきりと覚えていたのでした。
「まあいい。人には向き不向きってのがあるからな」
常太郎老人は、あっさりと折れました。
「親爺のからくりと一緒だろ」
「うるせえ!」
鮭次郎の言葉に、意外なほど強い言葉を返して、常太郎老人は、
「じゃあ、ここの興行主に紹介しよう」
と、小助を隣の小屋に連れていくのでした。