すっかり山の端が赤く染まった夕暮れ。鮭次郎は売れ残りの商売物をかかえ、家へ帰るところでした。
鮭次郎――以前登場した、からくり細工売りの若者です。
「ああああ、また全然売れなかったよ。今晩も酒抜きだな、こりゃ」
ぼやきながらとぼとぼと歩くのでした。
歩きながら鮭次郎は、きょう隣にいた飴売りの忠告を思い出していました。
「おめえの売り物は地味なんだよ。いくらモノはよくったって、子供にゃそんなのは受けないんだよ。安物でいいからもっと派手なもんにするか、でなきゃもっと大物を作って物好きな茶人にでも売りつけりゃいいんだ」
「そんなもんかなあ」鮭次郎は呟きました。
「でもそれじゃ、親爺と一緒だもんなあ。旦那に使い捨てられるなんて、まっぴらだよなあ」
そのとき道端の稲荷堂の裏から、不意に飛び出してきた人影があります。
「うわっ、たっ」
鮭次郎も驚きましたが、相手も驚いたらしく、立ちすくんでいます。まだ子供のようです。どうやら草むらや藪の中を走ってきたらしく、もともと汚れている着物が、あちこち破けたり緑の汁がこびりついたりしています。手足や顔にも傷がついています。
「おじさん、お願いです。助けて」
その子供は小助でした。
「まあ、そんなところに立っていないで、上がんなよ」
鮭次郎の家――家というより小屋に近いものですが――へ小助を連れてゆき、むしろを敷いて座らせ、井戸水を汲んできて飲ませると、小助はようやく落ち着いたようでした。
「たしかあんたは、俺の人形を買っていったお客さんだな」
鮭次郎の問いに小助は、こっくりと頷きました。
「なにしろ俺の細工を買う客なんてめったにいないからな。よく覚えているんだ」
鮭次郎は笑い、飴売りからもらった飴を小助に渡しました。
「いったい、どうしたんだい」
「逃げてきたんです」