楠蓮之進の奇怪な質問より発した問答は、まだ続きます。
「蓮之進どのはご存じかな。嵐山甫安という平戸の蘭医を」
「名前だけは存じております」
「いまから百年ほど前の人じゃな。長崎で阿蘭陀の医師に学び、蘭医となった。その人が、兎唇の子供の唇を縫い合わせて普通の身体にしたという」
「しゅ、手術したのですか!」蓮之進は叫びました。
「そ、その嵐山はいまどこにいますか? 平戸? 長崎? さっそく行かねば」
「落ち着きなされ」前野良沢はゆっくりと蓮之進を制した。
「さっき申しあげたとおり、百年も前の人ですぞ」
「そうか……手術か……」
蓮之進はうわの空でひとりごとをつぶやいています。
「尾だって切ってしまえば……」
「お待ちなさい」良沢はまた制した。
「兎唇は分かれていたものを縫い合わせるだけだからいいが、尾というものは動物を見ればわかるように、背骨とつながって生じているもの。むやみに切っては生命にかかわりますぞ」
「では」蓮之進はまた悲痛な叫びをあげました。
「どうにもならないものなのですか?」
「わかりません。尾が生えている人というものがいたとして、その人を診てみぬことには、なんとも言えません。医というものはそういうものです」
がっくりしている蓮之進を慰めるように、良沢は声をかけます。
「もしそういう人がいるとしたら……」
「あ、いえ、たとえばの話でございます。実際にはそんな子供はおりませぬ」
蓮之進はにわかに慌てたように、
「どうも、お忙しいときに長話などして申し訳ありませぬ。これで失礼します」
泥吉をつれて去っていく蓮之進を見送って、良沢は独り言をつぶやきました。
「妙な方じゃ。尾ある子供……本当に、そんなものがいるのだろうか。しかしあの態度、いかにも本当らしい……こちらが人と言ったのに、子供と言い返していたから……子供か……しかし、どこに?」