「ところで、良沢どの」
楠蓮之進は、不意にきびしい声になって、前野良沢に問いかけました。
「良沢どのは本邦随一の蘭医です。そこでお尋ねしたいことがあるのですが」
「いやいや、私は随一でもなんでもありませんよ。今では、中川淳庵どのか桂川甫周どのこそ随一でしょうな」
「つまり、お尋ねしたいことは」蓮之進はかまわず質問を続けました。
「尾のある人間、というものを、見たことか聞いたことはございませぬか」
「はあ?」
蓮之進のいきなりの奇怪な質問に、前野良沢はしばらくあっけにとられていました。
「尾……というと、尻にある、いわゆる、シッポ、というものですかな」
「そうです」
蓮之進はあくまで真面目に聞いているようです。
「いや……人間とは尾のない動物である、という定義を、昔の哲人がしたと、何かで読んだことがあります。人間には尾がないのではござらぬかな」
「その尾がある人間が、もしいるとすればです」
「ううむ……たしか『山海経』には有尾人なるものが記述されていたが、唐の国のどこを捜してもそんなものはいなかったそうだ。阿蘭陀の言い伝えでも、はるか南に毛生え尾ある人がいたというが、それも人に似た猿じゃったとか。いないと思われますぞ」
「しかし」蓮之進はあくまで食い下がります。「もしも、もしもそういう尾のある人間が産まれてきたとしたら」
「非常に珍しいことだが、首がふたつだとか、目がひとつだとかいう怪児が産まれることはある。神仏の祟りだとか前世の因縁だとかいうが、その原因はわかりませぬな」
「ああ、因縁!」蓮之進は悲痛な叫びを発します。
「どうかなされたか」
「いえ、なんでもありません」
しばらく放心していた蓮之進は、立ち直るとなおも質問を続けます。
「して、そのような怪児を、普通の身体に戻すことはできましょうか」
「首ふたつだとか目ひとつのような、ものすごく変な奇形は無理じゃな。そもそも、そういう子供は産まれてすぐ死ぬことが多い。しかし……」
「しかし?」