薬品会とは、日本各地から医者、本草学者と呼ばれていた薬学者、蘭学者などが集まり、日本全国の薬や薬用動植物、中国やオランダから輸入した薬剤などを陳列し、あわせて交流により知識を新しくする集まりのことです。
いってみれば、いまの博覧会と学会をいっしょにしたようなものでしょうか。
かつて平賀源内が大々的に行った東都薬品会が有名ですが、その名残りのおかげか、なかなかの盛況のようです。
楠蓮之進は泥吉に持たせた風呂敷包みを開き、中から木箱をとりだして前野良沢に渡しました。
「大槻どのよりことづかりました、阿蘭陀医薬でございます」
「ありがとうございます。おかげさまで薬品会に間に合わせることができました」
良沢は謹直な人柄らしく、ずっと年下の蓮之進に丁寧に頭を下げるのでした。
「今回も盛況なようですね」
「ううむ、品数が多いのは結構なのですが、どうも質のほうが」
蓮之進の言葉に、良沢はちょっと苦笑いしました。
「なにせ源内どのが始められた薬品会ですからな。派手に引き札や川柳でひろめ、百姓町人苦しからずというので大勢集まりました。ただどうも、その遺風というかなんというか、どうも興味本位の方が多くて」
「源内どのはエレキテルや火院布など、びっくりするようなものを出品したそうですね」
「ええ、だから真面目に本草を研究しようとする人より、珍物を求めて来る人のほうが多いのですよ。ほれ、ここにも」
良沢は横に置かれている干物のようなものを指さしました。
「常陸のさる寺にあった河童の木乃伊だそうです。私はこういうのを出すのはどうかと思うのですが、なにせこういうのを喜ぶ人が多すぎて」
蓮之進は河童のミイラとやらを調べてみました。
それは猿の毛を剃り、干からびさせた上半身を、おなじく干からびた鱈の胴に接ぎ木した、妙な干物でした。
「よくできていますね。前歯を子供の歯と差し替えている」
「まあ、それは」良沢はまた苦笑した。
「なんでもこういうものは、阿蘭陀でも求められているそうですな。先年、江戸に来た阿蘭陀商館の人に頼まれましたよ。見せ物にでもするのでしょうかな」