まず動いたのは近藤でした。
大股に足をはこび、上段に振りかぶりながらまっすぐに楠に向かっていきます。楠は下がろうともせず、木刀をやや上に上げてそれを待ちます。
「……!」
掛け声とともに、老人とは思えない裂帛の気合いで、真っ直ぐに木刀を振り下ろす近藤。天然理心流得意の、真っ向からの正攻法です。その木刀の勢いは、とうてい避けることも受けることもできないでしょう。
むろん近藤は寸前で止めるつもりでしょうが、それでも門人や見物人たちは、その恐るべき豪刀で、楠の頭がぐちゃりと潰されそうで、思わず一瞬目をつぶってしまいました。
かっ。
目を開けた見物たちは、そんな音とともに、とうてい信じられないものを見ました。
楠の木刀が、近藤の木刀を受け止めたのです。
近藤は攻撃を受け止められ、やや体勢を崩したかに見えましたが、すぐさま木刀を構え直し、凄まじい勢いで楠を突きにかかりました。まるで、身体と木刀がひとすじの矢となって飛んでくるような勢いです。
しかし楠は、その突きをひらりとかわしました。近藤の脇に回りこみ、くるりと木刀をひるがえしました。
「……そこまで」
静止する近藤と楠。
楠の木刀は、近藤の脇腹から一寸のところで、ぴたりと止まっていました。
「わしの負けじゃ。いや、すばらしい腕を持っておられますな。どこで修業なされました」
道場の離れにある一室で茶を飲みながら、近藤と楠は話しておりました。
武道の道場主といえば、おのれひとりが偉いような顔をしてふんぞりかえり、負けてもなんだかんだ言い訳をする手合いが多いのですが、負けを素直に認めてにこやかな近藤に、楠蓮之進はさわやかなものを感じました。
「直心影流を少し」
「ほう。藤川弥次郎右衛門どのの道場ですな。なんでも、あそこでは竹刀というものを使って普段から撃ち合いをするとか」
「よくご存じですね」
「いや、わしも試してみたいと思っておりましたのでな。どうですか、よろしければ教えていただきませんかな」
老齢になっても他に学ぶ姿勢を忘れない近藤に、楠は内心兜を脱ぎました。
(試合に勝って、人物に負けたな)
そのとき、道場のほうからなにやら騒ぐ声が聞こえてきました。